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『死因:熊。転生先はマンモス時代でした』  作者: 忍絵 奉公


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第25話 境界と最初の法


 昼過ぎだった。

 海からの風が、少しだけ暖かい。

 石を積む音が、規則的に響いている。

 そんな中。

「……来たぞ」

 見張りの声が、低く落ちた。

 全員の動きが、一瞬止まる。

 丘の向こう。

 ゆっくりと、影が現れた。

 人だ。

 数は……百。

 女。

 子供。

 老人。

 そして、その先頭に――あの男。

 敵のリーダーだったやつだ。

 俺は、静かに息を吐いた。

「……戻ってきたか」

 逃げなかった。

 それだけで、評価は上がる。

 だが――

 問題はここからだ。

 村の連中が、ざわつき始める。

「敵の仲間だろ……」

「近づけるな!」

「また襲われるぞ!」

 当然だ。

 感情としては正しい。

 でも。

「全員、その場で止まれ!」

 俺は前に出て、声を張った。

 ぴたり、と列が止まる。

 距離、二十メートル。

 ちょうどいい。

 これ以上近づけない。

 これ以上遠ざけない。

 “境界線”だ。

 リーダーが一歩前に出る。

 そのまま、膝をついた。

「……連れてきた」

 後ろの連中が、不安そうにざわめく。

 当然だ。

 知らない場所。

 敵だった相手。

 怖くないはずがない。

「話はしたのか」

「ああ……」

 男は、うなだれたまま答える。

「食料があることも……働けば生きられることも……全部」

 少し間。

「……信じたのか」

 俺が聞くと。

「……信じるしかなかった」

 絞り出すような声。

 その言葉に、後ろの女たちが小さく頷く。

 子供が、母親の服をぎゅっと掴んでいる。

 ……いい。

 少なくとも、“覚悟”はある。

 俺は周囲を見た。

 自分の村の連中。

 警戒、敵意、不安。

 全部混ざってる。

 だから。

「よし」

 俺は一歩前に出た。

「ここから先は、俺のルールで動く」

 静かに言う。

 全員が、息を呑んだ。

「お前らは、ここに住んでいい」

 敵だった連中の目が見開かれる。

「だが」

 声を少し強める。

「場所はここまでだ」

 足元の地面を、槍で線を引く。

 ざり、と音が鳴る。

「この線の内側は、俺たちの村」

 さらに、横を指す。

「その向こう。戦ってた場所。あそこがお前らの村だ」

 はっきりと、分ける。

 混ぜない。

 最初はそれでいい。

「越えていいのは、働く時だけ」

 視線を全員に向ける。

「勝手に入ったら――敵とみなす」

 空気が、張り詰めた。

 だが、誰も反論しない。

 当然だ。

 今は、弱いのはあっちだ。

「……わかったか」

 リーダーが、深く頭を下げた。

「……わかった」

 後ろの連中も、次々と頭を下げる。

 これで、第一段階はクリアだ。

 だが。

 これだけじゃ、足りない。

 俺は振り返る。

「全員、聞け」

 自分の村の連中も、敵だった連中も、全員だ。

「これから“決まり”を作る」

 ざわっ、と空気が動く。

「守ライナい奴は、生きていけない」

 静かに、でもはっきり言う。

 そして。

「覚えろ。これが最初の法だ」

 “法”。

 その言葉の意味は分からなくても、重さは伝わる。

 俺は指を一本立てた。


「一つ」

 全員の視線が集まる。

「盗むな」

 短く言う。

「食い物でも、道具でも、人のものを勝手に取るな」

 間を置く。

「やったら――手を使えなくする」

 空気が凍る。

 重い。

 だが、それでいい。


「二つ」

 指を二本にする。

「理由なく人を傷つけるな」

「喧嘩もだ」

 睨み合いをしている連中を見る。

「やりたいなら、俺の前でやれ」

 勝手はさせない。


「三つ」

 三本目。

「働け」

 はっきり言い切る。

「働かない奴に、飯はない」

 これが一番大事だ。

 生きる=働く。

 シンプルでいい。


「四つ」

 最後。

「裏切るな」

 ゆっくりと、全員を見回す。

「仲間を売る奴は――殺す」

 完全な沈黙。

 誰も、息すらしない。


 俺は手を下ろした。

「以上だ」

 風が吹く。

 誰も動かない。

 だが。

 やがて。

 一人が、膝をついた。

 次に、もう一人。

 そして。

 全員が、頭を下げた。

 敵だった連中も。

 元からの村民も。

 同じように。

「……守る」

 誰かが呟いた。

 それが、広がる。

「守る」

「守る」

「守る」

 小さな声が、やがて重なっていく。

 俺はそれを聞きながら、少しだけ息を吐いた。

 これでいい。

 完璧じゃない。

 でも、始まった。

 ただの群れじゃない。

 ただの集まりでもない。

 ここには、ルールがある。

 秩序がある。

「……街だな、もう」

 ぽつりと呟く。

 白狐――シロが、横で尻尾を揺らした。

『えらそう』

「うるせえ」

 でも、少しだけ笑った。

 その時。

 子供の泣き声が聞こえた。

 振り向くと、敵だった側の小さな子が、震えている。

 腹が減ってるんだろう。

 俺は、ユナを見る。

「飯、配れ」

「はい!」

 ユナが動く。

 肉と貝を、慎重に分け始める。

 敵だった連中が、恐る恐る受け取る。

 そして、一口。

 その瞬間。

 顔が変わった。

 驚き。

 安堵。

 涙。

 子供が、夢中で食べ始める。

 母親が、泣きながらそれを見ている。

 俺は、それを見て思った。

 ――これでいい。

 戦うより。

 食わせた方が、強い。

 ゆっくりと、空を見上げる。

 青い。

 広い。

 この世界で。

 俺は、何を作るんだろうな。

 まだ分からない。

 でも。

 もう、止まライナい。



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