第18話 塩と笑う夜
火の上で、貝が口を開く。
ぱかっ、と音を立てて、白い身が顔を出す。
じゅう、と脂が弾けて、香ばしい匂いが広がった。
「……これ、やばいぞ」
タカシは思わず呟いた。
殻を石でこじ開け、中身を取り出す。
湯気が立つそれを、ふう、と冷まして――口へ。
「……うまっ」
思わず笑った。
隣では、ユナが恐る恐る口に運ぶ。
「……え?」
目が見開かれる。
「なにこれ……!」
その一言で、全員が一斉に食べ始めた。
無言。
そして――
「うまい!!」
「柔らかい!」
「甘いぞこれ!」
一気に歓声が上がる。
未知の食べ物は、不安を一瞬で吹き飛ばした。
タカシはニヤリと笑う。
「だから言ったろ」
その横で。
ハクが、ウニをじっと見ていた。
『……これも?』
「それもだ」
『トゲ』
「中身は別物だ」
タカシは石でウニを割った。
ぱきっ、と殻が割れる。
中から現れたのは――
黄金色の身。
「ほら」
指で少しすくって、ハクの前に差し出す。
ハクは警戒しながらも、ぺろりと舐めた。
『……』
一瞬、固まる。
そして。
『あまい』
尻尾がぶわっと膨らんだ。
『なにこれ、あまい』
「だろ?」
ユキたちも興味を示し、次々と口にする。
『あまい!』
『やわらかい!』
狼たちまで夢中だ。
人間たちも同じだった。
「……すごい」
ユナが呟く。
「口の中でとける……」
誰かが言った。
「頬が……落ちる……」
誇張じゃなかった。
全員が、夢中で食べている。
タカシはその様子を見ながら、ふと考えた。
(……初めてウニ食ったやつ、天才だよな)
あんな見た目で、食おうと思うか普通。
トゲだらけで、黒くて、不気味で。
でも、中はこんなに甘い。
(……いや待て)
タカシはふと気づく。
(これ、この世界で最初に食ってるの……俺じゃね?)
誰も知らなかった。
誰も手を出さなかった。
それを、自分が開いた。
「……はは」
一人で笑った。
「どうしたの?」
ユナが不思議そうに見る。
「いや、なんでもない」
タカシは首を振る。
でも、内心では少しだけ思っていた。
――これ、結構すごいことやってるな。
食事が落ち着いた頃。
火の前で、タカシはぼそりと呟いた。
「……網とか、フライパン欲しいな」
「なにそれ?」
ユナが聞く。
「もっと楽に焼いたり、まとめて調理できる道具」
「そんなのあるの?」
「ある。……はず」
この時代にあるかは知らない。
でも、いずれは作る。
鉄はまだ無理でも、石や土でなんとかなるかもしれない。
(その前に……)
タカシは海の方を見た。
(保存だな)
いくら食料があっても、腐る。
冬になれば、また厳しくなる。
その時、ふと頭に浮かんだ。
「……塩」
ぽつりと呟く。
海がある。
なら、塩が作れる。
そして――
「藻塩……」
思い出した。
昔、テレビで見たことがある。
無人島で、塩を作る方法。
「海藻に、海水を染み込ませて……乾かす……だったよな」
完全にうろ覚えだ。
でも、やる価値はある。
「よし、やってみるか」
タカシは砂浜を歩き、打ち上げられた海藻を集めた。
ぬめりのある、大きな葉。
これを――
「こうして……」
棒に引っ掛けて、干す。
即席の干し場だ。
さらに。
木をくり抜いた器に、海水を汲む。
それを――
ちゃぷ、ちゃぷ、と海藻にかける。
「これで、乾いて……塩が残る……はず」
周りで見ていたユナが首を傾げる。
「それで塩になるの?」
「なる……と思う」
「思う?」
「やったことはない」
「……大丈夫?」
「たぶん」
自信はない。
でも、やるしかない。
タカシは何度か海水をかけ、海藻を風に晒した。
潮風が吹く。
いい感じだ。
「まあ、様子見だな」
日が沈む。
空が赤く染まり、やがて闇に包まれる。
焚き火の明かりだけが、揺れていた。
人も、狼も、次々と眠りにつく。
タカシも、毛皮にくるまって横になった。
波の音が、一定のリズムで響く。
(……悪くない)
前世では考えられなかった生活。
でも、今は。
確かに生きている。
そんな実感があった。
ゆっくりと、意識が落ちていく。
――翌朝。
ざわざわと、音がする。
タカシは目を開けた。
「……もう朝か」
空は、薄く明るい。
周囲を見ると――
すでに何人かが起きて、動いていた。
石を運ぶ者。
木を切る者。
火を起こす者。
「……早えな」
思わず笑う。
この村は、本当に働く。
そこへ。
「タカシー!」
元気な声が響いた。
振り向くと――
ユナがいた。
しかも。
籠いっぱいに、貝を詰めて。
「見てこれ!」
「……お前、もう行ってきたのか?」
「うん! 昨日のやつ、また食べたくて!」
満面の笑み。
完全にハマってる。
籠の中には、ホタテやカラス貝がぎっしり。
「……行動力すげえな」
「でしょ?」
ユナは胸を張る。
その後ろでは、他の村民もちらほら海へ向かっている。
昨日の“成功体験”が、全員を動かしていた。
(いい流れだ)
タカシは頷いた。
食えると分かれば、人は動く。
それが文明になる。
ふと、干していた海藻を見る。
表面が、少し白くなっている気がした。
「……お?」
近づいて、触る。
ざらり、とした感触。
指につけて、舐める。
「……しょっぱい」
小さく笑った。
「……できてるかもしれないな」
まだ微量だ。
でも、確かに“塩”の気配がある。
タカシは空を見上げた。
「……いける」
確信が、あった。
この土地は――
間違いなく、当たりだ。




