第17話 海の恵み
潮の匂いが、風に乗って流れてくる。
「……いいな、これ」
タカシは深く息を吸った。
冷たい空気とは違う、どこか重たい匂い。
でも嫌じゃない。むしろ――生命の匂いだ。
隣で、白い尻尾が揺れる。
『しょっぱい匂い』
ハクが鼻をひくつかせる。
その後ろでは、ユキとハヤテ、ゴウ、コマたちが砂浜を歩いていた。
波打ち際に興味津々で、時々水に足を突っ込んでは跳ねている。
『冷たい!』
『でも面白い!』
子どもみたいだ。
タカシは苦笑しながら、足元を見た。
「……ん?」
砂の上に、いくつも転がっているものがあった。
丸くて、少し平たい殻。
手に取る。
「これ……ホタテみたいなやつか?」
ぱかっと少し開いているものもある。
中を覗くと――
「うわ、でか」
白い身が、ぎっしり詰まっていた。
『食べ物?』
「たぶんな。しかも当たりだ、これ」
周囲を見渡す。
あるわあるわ。
波打ち際一面に、同じ貝が打ち上がっている。
「……宝の山じゃねえか」
思わず笑った。
川とは比べ物にならない量。
しかも動かない。
拾うだけ。
「おい、ユキ」
『なに』
「これ運ぶぞ」
『わかった』
ユキが短く返し、狼たちに視線を送る。
『集める』
その一言で、全員が動いた。
ハヤテが器用に口で貝を拾い、コマがそれを籠の近くに落とす。
ゴウは砂を掘って埋もれている貝を掘り出す。
完全に連携が取れている。
「……優秀すぎるだろ」
タカシは苦笑しながら、自分も拾い始めた。
しばらくして。
「よし、次行くか」
籠はすでに半分以上埋まっていた。
タカシは視線を海の奥へ向ける。
「岩場、気になるな」
少し離れた場所に、黒い岩が連なっているのが見えた。
波がぶつかり、白い飛沫が上がっている。
『危ない』
ハクが言う。
「だろうな。でも、ああいうとこは当たりが多い」
タカシは慎重に岩場へ向かった。
足元に気をつけながら、滑らないように進む。
そして――
「……はは」
思わず、笑いが漏れた。
岩に、びっしりと張り付いている。
「カラス貝……ミュール貝みたいなやつか」
黒い殻が、隙間なく並んでいる。
その隙間には――
「これ、亀の手か」
指みたいな形の奇妙な生き物。
さらに奥には――
「うわ、岩ガキまであるのかよ……」
ゴツゴツした巨大な貝。
そして足元には――
「ウニまでいる」
トゲだらけの黒い球体が、無数に転がっている。
海藻もびっしりだ。
揺れている。
生きている。
全部、食える。
「……ここ、チートだろ」
タカシは呟いた。
これだけあれば、飢えることはない。
むしろ、余る。
『食べられるの? これ全部』
ハクが少し引いている。
「食える。しかも美味い」
『見た目、怖い』
「分かる。でも中身は最高だ」
タカシは笑いながら、手を動かした。
カラス貝を剥がす。
亀の手をちぎる。
ウニは慎重に拾う。
刺さらないように。
岩ガキは……今回はやめた。
「でかすぎる。後で道具揃えてからだな」
無理はしない。
それも生き残るコツだ。
気づけば、籠はいっぱいになっていた。
「……持ちきれねえな」
『帰る?』
「ああ。これだけあれば十分だ」
村へ戻る途中。
遠くから、人の声が聞こえた。
「……来たか」
タカシは目を細める。
砂浜の向こうから、大勢の人影。
ユナの姿も見える。
そして――長も。
移住組だ。
「おーい!」
タカシが手を振る。
ユナが気づいて、駆け寄ってきた。
「タカシ! すごいよ、人いっぱい連れてきた!」
「見りゃ分かる」
苦笑する。
その後ろから、長がゆっくり歩いてきた。
「……ここが、新しい地か」
「ああ」
タカシは頷き、籠を見せた。
「それより、こっちだ。見ろ」
中身を見せる。
貝、ウニ、亀の手。
山盛りだ。
「食料だ。豊富だぞ、この辺」
自信満々に言う。
だが――
長は、じっとそれを見て。
「……食えるのか?」
「え?」
「これ」
指差したのは、ウニだった。
トゲだらけの黒い球。
「……これ、食べれるの?」
ユナも覗き込む。
「怖い」
「わかる」
タカシは笑った。
「でも中身は美味い。あとで教える」
次に、貝を手に取る長。
「……硬いな」
「中身食うんだよ」
「中に?」
「そう。割るか焼くかすれば開く」
長はしばらく考え――
「……面白い」
ぽつりと言った。
未知だ。
だが、それは可能性でもある。
「後で全部ばらし方教える。期待しとけ」
タカシはニヤリと笑った。
新しい村――予定地の中。
すでに人が動き始めていた。
石を運ぶ者。
木を切る者。
地面を均す者。
役割は、すぐに割り振られていた。
誰も迷わない。
全員が、生きるために動いている。
「早いな」
タカシが感心すると、ユナが胸を張った。
「村だからね!」
「まあな」
タカシは頷く。
そこに、アグニが現れた。
「お、帰ってたか」
「おう。川、どうだった」
「最高だな。あれ使えばいくらでも運べる」
にやりと笑う。
頼もしい。
「で、それ何だ」
籠を指す。
「海の食料」
「……食えんのか?」
「お前ら全員それ言うな」
タカシは笑いながら、火の準備を始めた。
「まあ見てろ。世界変わるぞ」
貝を並べる。
ウニも置く。
火を入れる。
ぱちぱちと音が鳴る。
やがて――
じゅうう、と香ばしい匂いが広がった。
全員が、息を呑む。
「……いい匂い」
誰かが呟く。
タカシはニヤリと笑った。
「だろ?」
海は――
想像以上に、豊かだった。




