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『死因:熊。転生先はマンモス時代でした』  作者: 忍絵 奉公


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第14話 太狼神の境界


 オオツノシカの肉は、村に“余裕”をもたらした。

 焚き火の上で肉が焼ける音。

 脂が弾け、香ばしい匂いが広がる。

 子どもたちの笑い声が、夜の空気に溶けていく。

 ほんの少し前まで、ここは死と隣り合わせだった場所だ。

 飢えと寒さに怯えるだけの村。

 それが今は――

「太狼神様!」

「肉をありがとうございます!」

「狼様にも感謝を!」

「……やめろって」

 俺は、げんなりしながら手を振った。

 だが、誰もやめない。

 むしろ、前よりひどくなっている。

 恐れていた時よりも、今の方が距離が遠い気がした。

 人としてではなく、“何か”として見られている。

(これ、完全に祭り上げられてるな……)


 翌朝。

 村の中央に、見覚えのないものが出来ていた。

「……何これ」

 木を組み、石を積み上げた台。

 その上に、狼の毛皮が敷かれている。

「太狼神様の御座です」

「勝手に作るな!」

 思わず声が出た。

 だが、村人たちは真顔だ。

「ここに座り、我らを導いてください」

(無理だろ……)

 頭を抱えたくなる。


『似合う』

 背後で、シロがくすりと笑った。

「似合わねえよ」

『似合う。偉そう』

「お前な……」

 横ではユキが静かに座っている。

『群れの長』

「違うって言ってんだろ」

『違わない』

 即答だった。

 狼たちにとっては、もう答えは出ているらしい。


 問題は、村人だ。

 狩りに出ようとすると、ぞろぞろと後をついてくる。

「太狼神様と共に!」

「狼様に捧げ物を!」

 肉まで差し出してきた。

 ユキがそれを見て、首を傾げる。

『これ、くれるの?』

「まあ……そういうことだ」

『変なの』

 そう言いながら、普通に食べた。

 おい。


 だが、本当に問題なのはそこじゃない。

 森に入ってしばらくして、俺は気づいた。

「……なんで誰も考えない?」

「え?」

「どこに獲物がいるか、とか」

 村人たちは顔を見合わせる。

「太狼神様が分かるから……」

「我らは従えばいいと……」

 頭が痛くなった。

(それ、死ぬやつだ)

 俺は“聞ける”だけだ。

 万能じゃない。外したら終わる。

 その時。

『右、二百歩。兎』

 ユキの声。

 反射的に口が動いた。

「右、二百歩に兎いるぞ」

 ざわめき。

「なぜ分かる……?」

「見えないはず……」

 ハヤテとゴウが走る。

 コマが伏せる。

 数秒後、兎が飛び出し、コマが仕留めた。

 沈黙。

 そして――

「……やはり、太狼神様だ」

(逆効果だこれ……)


 夜。

 焚き火の前で、ユナがぽつりと言った。

「でも、みんな安心してる」

「安心?」

「タカシがいれば、生きられるって」

 俺は、黙った。

 その言葉は、重かった。

 俺は神じゃない。

 間違える。死ぬ。

 でも、村人はそれを知らない。


『なら、見せろ』

 シロが言った。

「何を」

『お前が神じゃないこと』

「言ってるだろ」

『足りない』

 尻尾を揺らす。

『言葉じゃなくて、やり方を見せろ』

 ……なるほどな。


 翌日。

 俺は、あの御座の前に立った。

 村人が集まる。

「太狼神様――」

「違う」

 遮る。

「俺は神じゃない」

 ざわめき。

「間違えるし、死ぬ」

 静かになる。

 でも、続ける。

「でもな」

 俺はユキたちを見る。

「こいつらと一緒なら、生き延びる確率は上がる」

『当然』

 ユキが鼻を鳴らした。

「だから、覚えろ」

 村人を見る。

「火の使い方。狩り方。獣との距離」

「……」

「俺を信じるんじゃなくて、“方法”を信じろ」

 沈黙のあと、長が前に出た。

「太狼神」

「だから違うって」

「いや」

 長は首を振る。

「太陽を起こし、狼と共に生きる術を示す者」

 俺を見据える。

「それを我らは神と呼ぶ」

 言い返せない。

「だが」

 長は続けた。

「学ぶ。お前のやり方を」

 村人たちが頷いた。

(……まあ、いいか)

 完全には止められない。

 でも、方向は変えられる。


 雪は、ほとんど消えていた。

 地面が見え、草が芽吹き始めている。

「……そろそろ動くか」

 俺は呟いた。

「どこへ?」とユナ。

「外だ」

 村の外を見る。

「ここだけじゃ足りない」

 食料も、資源も、情報も。

「また冬が来たら終わる」

 長も頷いた。

「我らも考えていた」

「だよな」

「だが、危険も増える」

「冬の病か」

 長の目が険しくなる。

「あれは……広がっている」

 やっぱりな。


 俺は地面に線を引いた。

「拠点を増やす」

「きょてん?」

「安全な場所をいくつか作る」

 川沿い。森の外れ。高台。

「逃げ場を増やす」

 ざわめく村人たち。

「そんなこと……」

「できる」

 俺は言い切った。

「火と、道具と、協力があれば」


『群れ、分ける?』

 ユキが前に出る。

「最初は少人数だ」

 ハヤテとゴウを見る。

「偵察いけるか?」

『任せろ』

『すぐ戻る』

 コマも前に出る。

『守る』

「頼む」

 シロがくるりと回った。

『面白くなってきた』

「お前ほんと楽しそうだな」

『世界が広がるのは楽しい』

 ……確かにな。

 怖いけど。

 でも、楽しい。


 俺は村を振り返った。

 火。

 人。

 狼。

 ここが始まりだ。

「……行くぞ」

 小さく呟く。

 誰に向けたのかは分からない。

 でも、確実に。

 俺たちは次の段階に進もうとしていた。



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