第13話 名を持つもの
洞窟での“ブツブツ交換”から、半日ほど経った。
俺は今、雪の森を歩いている。
前を行くのは――あの少女。
ユナだ。
あの時は、薬と火打石を交換しただけだった。
しかし、ほぼ無言。
それなのに。
ユナは、俺を振り返っては歩き、また振り返っては歩く。
完全に――案内している。
「……いいのかよ」
思わず呟く。
ユナは、聞こえてるのか分からないが、歩みを緩めた。
置いていかない距離。
完全に、導いている。
『あれ、群れを持ってる匂い』
肩の上で、白狐が言った。
「群れ?」
『仲間。人間の』
「……マジか」
つまり、あの先に人がいる。
喉が、少しだけ乾いた。
母狼が、低く唸る。
『気をつけろ』
「分かってる」
狼たちは、俺の少し後ろを歩く。
警戒はしているが、逃げる気はない。
シロ(仮)は、相変わらず軽い。
……いや、そういえば。
「なあ」
俺は、ふと思った。
「このまま人に会うとしてさ」
シロが耳を動かす。
『なに』
「名前、ないと不便じゃないか?」
『困ってない』
「俺が困る」
ユナが、ちらりと振り返る。
声のやり取り自体は分かるらしい。
でも意味は通じていない。
だからこそ。
「決めるぞ」
俺は、肩の上の白狐を見た。
白い毛。
賢い目。
ちょっと偉そう。
「お前は――シロ」
『……雑』
「覚えやすいだろ」
『……まあいい』
尻尾が一度、ゆっくり揺れた。
『嫌いじゃない』
「よし」
次に、母狼を見る。
強くて、静かで、動じない。
雪みたいな存在感。
「お前は――ユキ」
母狼の耳が、ぴくりと動く。
『雪』
「ああ。似合う」
しばらく、俺を見て。
『……悪くない』
決まりだ。
若狼たちにも、順番に名を与える。
「お前はハヤテ。で、お前はゴウ。そっちはコマ」
よく分かってない顔だが、ユキが認めると従った。
『名をもらった』
シロが、ぽつりと呟く。
『群れになった』
「……そうだな」
少しだけ、胸が温かくなる。
ユナが、足を止めた。
振り返る。
俺をじっと見る。
それから、自分の胸を指差す。
「……ユナ」
「ああ、知ってる」
思わず笑う。
「ユナ、だろ」
ユナの目が、ほんの少しだけ柔らいだ。
今度は、俺を指差す。
「……?」
「あー……俺か」
自分の胸を叩く。
「タカシ」
ユナが、口の形を真似る。
「……タ……カシ」
「そう」
通じた。
完全じゃない。
でも、確実に一歩。
そのまま、しばらく歩く。
森が、開けた。
雪原の向こう。
煙が上がっている。
「……あれか」
ユナが、足を速めた。
俺も続く。
狼たちも、間隔を詰める。
シロが、耳を伏せた。
『匂い、多い』
人の匂い。
火の匂い。
獣の匂い。
混ざっている。
近づく。
見えてきた。
木と石で組まれた簡素な住居。
囲うように並ぶ柵。
雪を踏み固めた道。
――集落だ。
「……ほんとに人、いるな」
その瞬間だった。
ギリッ、と音がした。
視線。
いくつも。
俺たちに向けられている。
柵の向こう。
人影が、次々に現れる。
男。
女。
老人。
そして――
武器。
槍。
石斧。
弓。
一斉に、構えられた。
「……うわ」
やっぱり、そうなるよな。
狼。
狐。
毛皮の男。
どう見ても、危険人物だ。
ユナが、一歩前に出た。
何かを叫ぶ。
言葉は分からない。
でも、必死だ。
腕を広げる。
俺を指す。
狼たちを指す。
説明している。
……つもりだ。
だが。
集落側の反応は――
変わらない。
むしろ、強くなる。
弓が、引き絞られる。
矢が、俺に向く。
「……マジかよ」
母狼――ユキが、低く唸る。
『敵意』
「分かってる」
シロが、小さく言う。
『言葉、通じてない』
「だろうな」
ユナが、振り返る。
困っている顔。
伝わらない。
どうしていいか分からない。
その目。
……さっきの俺と同じだ。
俺は、ゆっくりと槍を下ろした。
地面に置く。
両手を上げる。
「……敵じゃない」
伝わらない。
でも、やるしかない。
沈黙。
冷たい風が吹く。
誰も動かない。
ただ。
張り詰めた空気だけが、そこにあった。




