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第19話 出会う

第19話 出会う

 地下のライブハウスが気になって覗いてみた。しばらく同じバンドが出ているようだ。マコトは知らなかったがコアなファンが付いているインディーズバンドらしい。

(あの黒い瞳に会いたい。彼はローディだから楽器を運んだらもういないのかな。名前くらい聞いておけば良かった。

でも、俺の一目惚れだからなぁ。)

 ライブハウスは結構混んでいた。顔見知りのマスターに店に入れてもらうと、爆音と共にジャニスジョプリンの「ムーブオーバー」が聞こえて来た。

 シャウトするその姿は、まさしくあの黒い瞳、だった。

(最高だな。でもこの声、女っぽい。)

 次の曲になってボーカルを交代すると彼はステージを降りて来た。そして目が合った。何も言わずに彼はマコトの腕を掴んでバックステージに連れて行った。

 薄暗い通路で激しいキス。二人は恋に落ちた。

 その日から二人は一緒に暮らしている。初めは性別も年令も出自も何も知らない。彼ではなかった。彼女だった。お互いに女性だということは後で知った。

(俺、レズビアンを返上しなければならない、と一瞬思ったよ。

 こんな存在がいるんだな。メドウズは運命の人だ。メドウズが女で良かった。

メドウズはどう思っているんだろう?)

 マコトに安堵と不安が一気に押し寄せて来た。


 この世にこんなにも同じ気持ちの人がいたなんて。

 レズビアンとか名前をつけなくてもいいんだ。二人が出会ったことが奇跡だ。

 マコトは「運命」という言葉が自分たちのためにあると初めて思った。

「メドウズ、俺でいいの?」

 恋する二人はいつも不安だ。お互いを見失うのが怖い。

「マコト、私でいいの?」

 その漆黒の肌に触れる時、マコトは奇跡を感じる。美しい身体。

「メドウズ、俺だけのものでいいの?

こんな綺麗な肌。俺だけが独占していいのかな。」

「じゃあ,他の人と分け合うの?」

「そんな奴がいたら、殺す!」

「マコト、愛してるよ。」

 言葉にならない思いを二人は確かめ合っている。

 他の人から見たらおかしなカップルかもしれない。

 それがなんだっていうのだ。

色々な形の愛がある。LGBTQA・・・

限りなく愛はあるはずだ。なぜ名前をつけて分けるのだ?

 お互いに立場を決める必要はない。

妻であり夫であり父であり母であり、

女であり男である。二人にはこんな生活がしっくりくるのだ。

 レズビアンバーでも二人のことは話題になる。面白半分の冷やかし客も来るが

幸せそうな二人を見るとそんな事はどうでもいいと思い始める。

 従業員でもないメドウズがいつも店にいるわけではないが、地下のライブハウスの仕事が増えたので終わると必ず店に来る。

 メドウズのファンがついて来てマコトのファンにもなるので店は繁盛している。バンドのメンバーも来て賑やかだ。

なぜかカラオケで盛り上がる。

 メドウズとマコトはいつもくっついてキスばかりしている。

「もう、目のやり場に困るわ。」

と苦情が来ても気にしない。

「ま、これがうちの店の評判になってるから、いいわよ。」

 オネエのママに言われている。


 ヒロシが店にきた。

メドウズとの披露をする、とマコトに招待されたから大きな薔薇の花束を持ってやって来た。

「マコト、メドウズ、結婚おめでとう!」

「ヒロシさんありがとう。でも、結婚って言っても俺たち普通じゃないだろ。

 照れるなぁ。」

 マコトは赤くなった。

「ありがとうございます。綺麗な薔薇。」

メドウズはうっとりして言った。

「俺はこの色の薔薇が一番好きなんだよ。薔薇色の人生を約束している色だよ。」

 リサにプロポーズした時の薔薇の色だ。忘れられない思い出の薔薇。

「シャンパンを開けてくれ。

俺がみんなにごちそうするよ。」

「ホストクラブじゃあるまいし、そんなに高いのは置いてないわよ。

 ピンドンのマグナムが一本あったはず。ドンペリのピンク。

みんなに回るかな?」

 オネエのママが笑いながら用意してくれた。みんなで一本のシャンパンを分け合うのも中々悪くない。店の中が一気に和やかになった。

「さすがヒロシさん。

盛り上げるのが上手い。」

 マコトが感心している。

「メドウズ、今度、櫻子に会わせてくれないか?懐かしくて会いたいんだ。」

「うちの母も喜ぶと思います。

軽井沢に連絡しておきますよ。」


第20話 櫻子

「ヒロシ兄様,お久しぶりです。

軽井沢も寂れたでしょ。

私がメドウズと暮らし始めた頃は、まだ

別荘地でおしゃれなお店がたくさんあったわ。ジョン・レノンとオノ・ヨーコのお気に入りのカフェとかパン屋さんとかも話題になった。今は静かな町よ。

 ヒロシ兄様の事は、マスコミが騒いでたから、事情を察してはいたけど。

 相変わらずおもしろい人生を歩んでいるみたいね。」

 ヒロシは軽井沢にいた。

久しぶりに会う櫻子は、ずいぶん落ち着いた女性になったようだ。

「俺と櫻子の人生が交差する事はない、と思っていたが、こんな形で縁が繋がるとはなぁ。メドウズに連れて来てもらったが。」

 メドウズはライブがある、と東京に戻って行った。

「メドウズは素敵な子でしょ。18才になるまでここで二人で暮らしていたのよ。

ヒロシ兄様も知ってるように,今は東京でミュージシャン。メドの歌はすごいわよ。やっぱり血なのかしら。」

「メドウズの父親には、会った事あるのかい?」

当時、財閥の娘が父親のわからない黒人の子を生んだ事は大ニュースだった。

 メドウズが生まれた時、櫻子と遊んだ身に覚えのある男が三人名乗り出て来た。櫻子が資産家の娘だ、と知ったからだろう。

 櫻子の父、岩成田会長はDNA鑑定をさせて父親を見つけた。その男はアフリカ系アメリカ人で売れないバンドをやっていた。ディスコで演奏しては遊び暮らしていたようだ。妻もいたらしい。

 櫻子に

「おまえはこの男と結婚したいのか?

妻がいると言っている。

 訴訟を起こして別れさせるか?」

「パパ、酷い事しないで。

私はメドウズだけが大切なの。

この子に父親は必要ないわ。」

 岩成田会長は、妻と一緒にアメリカに帰るという男に、今後一切関わりを持たない,という約束で何某かの金を持たせてキッパリと縁を切った。

 それ以来メドウズの父親とは会っていない。

「メドウズは会いたがらないのか?」

「ええ、私に気を使って何も言わないわ。最近知ったんだけど、彼女はレズビアンなんだって。

父親がいない事と関係あるのかしら。

 それで病んでしまったのかしら。」

 櫻子はレズビアンが心の病気だとでも思っているのか。だったらとんでもない事だ。マコトがメドウズをどんなに愛しているか、知らないのだろう。

「櫻子は意外と了見が狭いんだな。

俺はメドウズの相手のマコトって奴をよく知ってるんだよ。以前職場が一緒だったから。マコトは生物学上、戸籍も今は女だけど信頼のおける奴だ。

 変な言い方だが、男気のある奴だ。

結構苦労して来たんだが荒んでいない。

 そして何より、二人は愛し合ってるよ。櫻子は会った事ないんだろ。会えばわかる。真っ直ぐな奴だよ。」

 ヒロシは、二人の仲を取り持つために,わざわざ軽井沢まで来たわけではなかったが、櫻子の偏見に満ちた考え方に腹が立って、思わず二人を擁護してしまった。

「櫻子はもっとトンデル女か、と思ったがなぁ。」

「アハハ、トンデルって死語だよ。」

 二人が若かった昔の思い出話で盛り上がった。笑い転げて一気にあの頃に戻ったみたいだ。ヒロシと話をするとみんな「あの頃」を懐かしむ。 つい、昨日の事のように話題は尽きない。それでみんな、ヒロシに会いたがる。


 櫻子は、今の暮らしを語り出した。

「ビーガンって知ってる?

菜食主義のもっと進んだ考え方。

 それだけじゃないの、生き方の事ね。

ずいぶん前から私,ビーガンを実践してるのよ。まだ、そんなに厳密ではないけれど。何ものも傷つけない生き方なんて難しいけど、一つずつ生活を変えて行こうとしている所。

 ヒロシ兄様は魚を捌くんだっけ。

可哀想。」

(櫻子の了見の狭さはここからきていたのか。動物を殺さないってのは,ある意味必要な事だが、極端なのはどうだろうか。)

「窮屈な感じだな。もう少し肩の力を抜いて生きようよ。」

 櫻子が涙ぐんでしまった。

「いろんなことがあったのよ。

ヒロシ兄様の事を好きだったのは子供の頃の私。

 メドウズを生んで世界は変わったわ。

私の価値観もまるっきり変わった。

 それまで私の生きて来た世界は、なんて偏っていたんだろうって気がついたの。

 父の庇護のもとで何も考えていなかった気がする。世間知らず。

 人はみんな同じように,時の中を生きている。時間は同じように過ぎるけどその中身はみんな違うのね。当たり前だけど。そんな事にも気付かなかった。

 ヒロシ兄様は、興味深い経験をたくさんして来たでしょ。

 マスコミはいろんな事を暴露するけど本当の事は見えにくくなる。

心の中は教えてくれない。」

 子供をあやすように肩を抱く。

櫻子が腕の中で力を抜いた。その肩を受け止めて優しく抱いてやる。

 ひとしきり泣いた櫻子は、表情を変え、キリッとした声で

「ありがとう、ヒロシ兄様。あの頃こうしてもらいたかったわ。」

ふっと笑って

「寂しかったの。ここにはお友達もいるし、ビーガンの人たちは優しいのよ。

 でも私、肩肘張って生きて来たの。

メドウズの気持ちを分かりたくなかった。私だけ置いていかれそうで。

ヒロシ兄様、もう少しだけハグしていて。」

 もう今はあの頃のようにアラームは鳴らない。

「可愛いな。櫻子はやっぱり妹以上にはならない。いつでもハグしてあげるよ。」

「どんな形でも愛は尊いのね。

ありがとうヒロシ兄様。また,来てね。」

櫻子に見送られて帰路についた。

 


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