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第21話 一閑人

第21話 一閑人

 俺が人に何かしてあげられるわけではないな。

俺と関わりなく人は生きているんだ。

 人間は一人で生まれて一人で死んで行く。それでも愛し合う事をやめない。

 寂しいということか。


「いつも寂しいわよ。」

凪は言った。

「若い頃は、その事を考えないように、自分を忙しくしてた。

 寂しさなんて、心の片隅に追いやって,見ないようにしてたわ。

 でも年と共にその封印していた「寂しさ」だけが、実はいつも私のそばにいてくれた、私を離れない親しい感情だった事に気がついたの。

 この頃は、それを心の中から取り出して,眺めてる。

 そんなにハッキリと意識しているわけじゃないけど、ま、そんな感じ。」

 饒舌な凪に

「珍しいな、ワインに酔ったのか?」

「この頃思うのは死んだ後の事。

この感情は消えてしまうのか?

それともどこかに行くのか。」

 凪は70才になった。ヒロシは誕生日を祝え、と呼び出された。

 凪は子を持たない。子供を欲しがった夫の希望を拒否して来た。

 凪の欲しいものは、あのバラ色の薔薇だ。ゴージャスな花束をプレゼントした。この頃ヒロシは花屋の得意客になっている。

「ありがとう。欲しかったのよ、ヒロシから。」

「おまえは欲しいものなんかないだろう。何でも持っている。

 そうだ、子供を欲しいと思わなかったのか?」

「ふふ、私はそんなに恥知らずじゃないわよ。今でも子供がいなくてよかった、と思う。」


『一閑人』

 和食の店だ。趣味人の店。宣伝はしない。余計なものはいらない。

 開店祝いの花輪も断った。にぎにぎしいのは昔から好きじゃない。

 ある日、住宅街のこの家が少し改装され、素朴な一枚布の暖簾が掛かった。

 墨痕黒々と達筆な一筆。ヒロシの友人の書道家の手によるものらしい。


 父親が白寿で大往生した。後僅かで百歳だったのだが。

 ヒロシの弟は大学の教員になってスイスにいる.娘の花夫婦と親しく行き来している、とジョンと花と一緒に写ったカードが届く。ジョンと花はスイスの動物保護施設で働き始めたらしい。


 時の流れのままに人生は過ぎて行く。

一閑人、は和食の店だが,営業は不定期で、夜なら辛うじてやっているが適当だ。店には不釣り合いなピアノが置いてある。近所のOが時々弾きにくる。

「リサさんの事、大変だったね。」

口数の少ないOがポツポツと話す。その静かな語り口がヒロシを慰める。

「誰にも紹介しないうちにリサは逝ってしまった。仲間たちに、結婚の事もみんなマスコミの報道で知ったって怒られたよ。

 俺の妻になったのにOにも合わせてあげられなかった。

 今になって色々な事が悔やまれる。」

Oは黙ってピアノの所へ行った。静かにショパンの「別れの曲」を弾き始めた。

 終わってから、

「全部、全うして心置きなく生を閉じる人なんて、きっといないよ。

 生きる事と死ぬ事と、そんなに違いはあるのだろうか?

 この頃、命、という事を考える。でも答えは出ない。

 年をとるって事と、若かった頃の自分とひとつながりになってるから僕は年をとった実感がないんだ。

 不幸ではない。静かな孤独を感じているよ。

 結局ここに行き着く。

生きるって何だ?死ぬって何だ?

命って何だ?答えの出ない疑問を繰り返す。死んだ人には聞きに行けないし、ね。

 祖母ならなんて言うだろう。笑い飛ばすかな。肝の据わった人だったから。」

 Oの周りにはいつも静謐な空気があった。

「ニーナ・シモンみたいなの弾いてよ。」

「ははは、僕はクラシックしか弾けないな。」

 ヒロシは自分の友達と酒を飲むために店を開いたようだ。

 もう、丸くみんなを囲む「まる庵」はいらない。

 「一閑人」。俺は一人でいいんだ。

すべてを包含する円ではなく。

            了

2022年に書いたものを、書き直しました。

実際の人物も存在するのですが、ほぼ、私の創作です。

創作のスタートとなった作品です。

R18 要素を削りました。原作はもう少しエロティックです。

 作中の登場人物、マコちんとメドウズは、拙作「叶うならあの日に戻りたい1 」のインド編に出てくる,サルベージボランティアの二人です。このお話の後日談です。

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