第09話「銀翼に恋がれ~荊州防衛戦」
今作で一番大好きな(先生、師匠、司馬懿ちゃんを差し置いて)周瑜編ラストです!
「なぁに! 呉軍が水攻めの準備を……! なぜ気付かなかったのじゃ!」
天幕で三人が顔を見合わせ、龐統が早馬の兵に怒る。
「どうやら諸葛亮殿の早馬が呉軍にやられたようです。予備とされたこちらの部隊も、季節外れの雨により道がぬかるみ報告が遅れました」
くっ、そんな歴史は無くて油断した……! 天も呉軍の味方をしたか……! 未来技術の出し惜しみをせず、遠距離通信技術の開発が急がれるな……。
「鳳蓮殿よ、お主はどう考えるか」
傾国の美姫の後、覇気は失われつつも冷静に戻った関羽が問う。
「ここは水対策をしつつ……別で仮城を作りましょう。そこに、兵を分散させるのです。水攻めしたらまさか生きてる拠点が別にもあるだなんて、夢にも思わないでしょう」
「しかし、あたり一面が水浸しでござろう……! ここも仮城もそのような強度など……」
関羽に言われボクはニンマリと笑いながら一つ、指を立てる。
「なぁに、水攻め本番の数日ほど持ってくれればよいのです。師匠、輸送などの準備含め夜通し数日間、出来ますか?」
「なるほどの……。そんなもの、出来るかじゃない、やるんじゃよ……」
「ふふふ……」
「ニシシ……」
「某は初めてこのお二人が銀翼の二鳳と呼ばれる所以を目の当たりにしているでござる……」
ボクの酒開発の時代から、久しぶりの師匠との知恵比べだ。危機だと言うのに、血が疼いてちょっとワクワクしてきた。
だがまだ関羽は心配そうに自分の綺麗な髪を撫でる。
「しかし、水攻めと分かっているのであれば、逃げるなどした方がよいのではなかろうか。真っ向勝負なぞ……」
「いえ。むしろ水攻めが効いているはずと油断した所を、どっと返り討ちにしてやりましょう。諸葛亮先生ならきっとそう言うはずです」
「ふむ……なるほど……。それならば、某も『雪辱』の為に、戦い申す」
「頼みましたよ」
ボクの信頼に関羽は頷く。しかし龐統は面白くなさそうに言う。
「諸葛亮だけでない。ワシだって返り討ちが最適と思うぞ。ただ逃げるだけなぞつまらんし、この場所をやられるだけで見捨てるのは勿体ない。この好機、捨て置く訳にはいかぬよのぉ。くぅっくく……」
悪戯少年のように高い声で笑った。途中までは諸葛亮への嫉妬心が見られたが、これでこそ師匠だ。
そこに、別の馬が駆けてきた。天幕を開けたのは、赤髪を結った猛将。ギロリと見る怖い目も慣れっこだ。
「魏延さん!」
彼女は、落鳳坡でも矢の雨からボクと師匠を守ってくれた仲間の猛将だ。
「久しぶりだな、怪しい弟子殿よ。早馬は届いたか。諸葛亮のやつ、敵の動きだけで水攻めを察し、水害の範囲外に仮の城と兵糧を用意している。しかし、私はただの兵卒から戦場を見てきた身。それだけでは足りぬと私が志願してここに来たのだ。我がうなじの勘に感謝するがよい」
「ありがとう! 魏延さん!」
「離せ。熱いではないか」
ボクが抱きつくと珍しく素直な感想を漏らす彼女。不器用な巨体のイケメン女子が照れる姿はちょっと面白い。
「面白くないのぉ」
「なに? 師匠も抱きついてほしいんですか?」
「そ、そんなんじゃないわいっ!」
ツンデレだなー。弟子兼娘みたいな存在が取られるのがそんなに怖いと見える。
「ともかく、諸葛亮先生と魏延さんの先見の明もあり、水攻めで壊滅するとは限らなくなりました。水害対策を万全に取り、ボクらは呉軍を見返してやりましょう!」
*
ドォーンッ!
とある日の夜中。最近の雨で川に貯まった水が荊州の城に押し寄せる。普通なら逃げるか、耐えてもジリ貧の戦いにしかならないだろう。
しかし、
何日経っても開かぬ城門。貯まることなく綺麗に流れていく水。食べ物に飢えて疲弊した兵などどこにも居なかった。
そこに、筏の部隊が荊州の前に到着する。思ったより排水が進んでおり、兵たちが、そして将軍が様子を見に筏から降りる。
そこに、遠くから鳴り響く、我ら蜀軍の攻め太鼓の音。刻の声。
「なぁにっ! 三方向から挟み撃ちだと……! おかしい……なぜ城が持ちこたえている……! どこから兵が沸いて出る……! 水をせき止めてから三日しかなかったのだぞっ! 発見の伝令があったとしても間に合うはずが無い……!」
狼狽える『彼女』の上から、ボクは精一杯の声を張り上げて勝利宣言をする。
「ふーはっはっはーっ! ふははのはっ! このボク、鳳蓮の才覚を持ってすれば、水攻め対策なぞ朝飯前よぉっ! ご覧になられましたかな!? 周瑜様ぁ!?」
「あれが妖術使い……!」
「銀翼の片割れ、神子の鳳蓮……!」
城壁の上から見下ろす世界。女性兵たちはボクの名乗りに畏れおののき、右往左往し始める。周瑜の部隊である。まさか大将首がノコノコ出てくるとは……余裕でボクらに降伏勧告が出来ると思っていただろねぇ。驚きのあまり油断しまくりだねぇ。
「バカな……どうやって城を持ちこたえさせた……!」
「ふふふ。竹と土を突き固め石灰も混ぜ、表面には油を塗って水を弾くようにしてあります。水が当たる所だけ壁を厚くし、下には排水の溝も掘ってありますからね。表面が数日持つだけで十分です」
「なにうぉぅ……そんな作業なぞ……いつ行った……!」
「夜通しですよ? 材料は水攻めが来る前に川で配送させてね。まったく、麗しい乙女に夜更かしをさせるだなんて、周瑜様も罪なお人です。肌荒れが酷いじゃないですかー」
「おのれっ! 口の軽い阿呆の娘かと思えば……してやられたっ!」
「周瑜様はボクの事をそんな風に思っていたんですかっ! ひっどーいっ!」
一方で、大口の裏は諸葛亮と魏延の先見の明のお陰であって、城の中は士気を保ってるだけでギリギリだ。油断した敵を囲って叩く以外の策はない。
狼狽した敵兵が次々とボクらの矢に討たれてゆく。しかし、周瑜だけが残る。ボクがそう指示したからだ。ここには精鋭の弓兵ばかりを残してある。
水溜まりだらけの城の前、ボクはロープを片手に降り立ち、周瑜に剣を向ける。
「周瑜様……貴女をここで討ち取ってあげます」
「くっ……鳳蓮……子鳳……っ!」
響く金属音。ボクがいくらか剣戟を放つ。彼女とて決して弱くはないが、しかし、文武両道として鍛え続けたボクの剣の――。
「相手ではないっ!」
「ぐあっ!」
周瑜の剣を弾き飛ばす。遠くの魏延の軍、別の近くの拠点からは関羽の軍。三方向から攻められ、周瑜の軍は逃げる兵も多く壊滅状態となった。
ボクと周瑜だけが残る水の世界――ふと二人だけの時間が訪れる。
「矢傷にやられたと聞きましたよ。大丈夫だったのですか?」
「ふんっ、君がくれた酒がまさか、毒を打ち消す事が出来るとはな」
「本当に飲まずに持ち歩いてたんですか……」
「そうだ、一口も含まずにな……君が常に、側に居るように思えて……。矢傷は深かった。死の淵を彷徨いかけたが、お陰で、君を全力で奪いに来る決心がついた。大敗のようだがな」
ボロボロの顔で、呆れ笑う彼女。その姿すら、凛と輝いて見えた。
「ボクらも危なかったですよ。諸葛亮先生と魏延、そしてボクと龐統師匠が並んで居なければ、こちらの負けでした」
「銀翼の二鳳か……。羨ましいものだ……。なあ子鳳よ……今からでも、私の弟子にならないか?」
「なりませんよ。貴女は美しすぎる。ボクの心をかき乱す、一輪の花だ」
それは、心に決めた司馬懿ちゃんへの想いが揺らぐほどに。
「そうか……では……悔いはない。君が手折ってくれ」
ふと木枯らしの冷たい風が吹き、雲間の朝日が剣の銀色に反射する。最期、ボクは彼女に言い放つ。
「散らぬ花はなく、落ちぬ露はないのが世の理。美周瑜、貴女という薔薇を、ボクの手で落としましょう」
そう宣言するボクの頬は、美しい花の露で濡れていた。
この死に際の美学というのが好きでしてねぇ……。
軍師モノなんだからもっと良い案を練ろうと思ってたのに、面白さを優先する為に策はボロッボロ状態です……笑




