第08話「傾国の美姫~荊州」
個人的に好きなベスト3、短いですが貂蝉編です。
私程度が言うのはおこがましい話ですが文学の良さを味わうが如く、三国志好きの方にも、そうでない方にも、読んでいただければ幸いです。
つい先日の師匠と飲み明かした日が今や遠い昔のように思えるくらい――。
忙しい日々の合間に諸葛亮と数々の知識を共有し、そして軍師としての教育をほどこされた。
やがてボクは関羽と共に荊州の守りに付くこととなった。
長い黒髪を悩ましげに払い、諸葛亮が説明する。困った顔が思いのほか色っぽいものだ。
「呉軍の周瑜は怪我を負ったと聞きます。しかし一方で、魏軍とは怪我を理由に和平を結び、この劉備軍の土地となった蜀の国、荊州を攻める兵を整えています。周瑜としては魏軍との消耗戦よりも、急拡大しまだ国力が整いきってない我を叩く算段でしょう。しかし、兵法を軽んずる博打のような強引さ、かつての周瑜とは思えない随分無茶な策術です。これはわたしの計算違いとなりました」
なんと、かなりの歴史修正だ……! 本来の周瑜ならば、魏軍との戦いで矢傷を受けて弱っていき、攻めるなぞ出来ないはずだったのに……!
「先生。しかしなぜ、周瑜は荊州を攻めにくるのでしょう? 一応は同盟だったはずでは?」
「赤壁は表面上は呉軍による勝利が大きい。その手柄の支配権が我々の手にあるのが納得ゆかないのでしょう。それが魏軍と和平を結ぶくらいにまで。もちろん、他に理由があると思いますが。鳳蓮殿は存じ上げませんか?」
「いやぁ……」
諸葛亮がちらとボクを見る。細いたれ目の眼光が黒く鋭い……。浮かぶモノが無いが、もしかしてボクが戦況をかき乱しているのか……!?
天才軍師、諸葛亮をもってして惑わすほどにっ!?
くぅっ! やっぱり目立たない神子として活動すれば良かったかなぁ! ねぇ司馬懿ちゃん!
ボクが悩んで居ると黙っていた龐統が「ニシシ」と笑う……。ボクの本心を読んでいるな……。
一方、懊悩するボクの横で、頷く美髪の主は関羽である。こちらは堂々たる態度で黒髪を大きく払う。
「なるほど、その戦いに、某を向かわすというのであるな。馳せ参じよう」
「ええ。赤壁の失敗もあり、貴女にも武功を立ててもらわねば、兵に示しがつきません。もちろん、軍師となる龐統殿にも、軍師の副官となる鳳蓮殿にも」
これは諸葛亮が龐統の落鳳坡の独断を聞いて配慮した采配だろう。いくらボクを弟子に欲しいからって、先生は暴走しない方で安心だ。
「わかった。やろうではないかのぉ」
「分かり申した。我々にお任せあれ」
そして、軍師の座についた龐統の指揮の元、ボクらは準備し荊州に赴いた。
*
しかし……。
「近頃の関羽殿の様子がおかしい。そうは思いませんか? 師匠」
「ニシシ……そうじゃのう」
ボクの問いに龐統はなんだか意味ありげに笑う。いたずらっ子の少年のようで可愛いが、それどころでない。
我々は敵情視察をしながら地図と睨めっこし、防衛策を練り上げる日々。軍神関羽も本来ならば兵法を用いれる知才の持ち主。なのに……。
「毎日、上の空って感じで……」
「あれは……仕方がないよう。対策を取らねば」
「師匠! 分かるのでございますか!?」
「……お主には分からないかも知れぬが、どれ。関羽殿の仮の屋敷を、こぉ~っそりと、覗いて来るがよい」
「そのような不埒な行為のように言われましても」
しかしそれから師匠は笑いこけるばかりで何も言わなくなってしまった。仕方がなく、ボクは関羽の屋敷の元へ。
「この音は……琴か……」
あまり上手くはないが、感情の乗った音を奏でている。綺麗な歌声と共に。関羽らしくはないが、楽女が居るみたい。
美しすぎるな……。
女のボクとて狂いそうだ、この声は。男装女子として女に惚れっぽくなっているのだろうか。
と考えているうちに、屋敷の案内の者と共に、焦った関羽が応接室にやってきた。
「な、なんでござろう。鳳蓮殿。まだ戦は準備段階のはず」
「いえ。荊州に来てからというものの、関羽殿の体調が芳しくないように見えましたので、不眠対策や集中力を上げる薬などを煎じて来たのでございます。先ほどの歌は?」
「さ、先ほどのは……! が、楽女だ。鳳蓮殿の推察通り、某、近頃寝れなくてな。芸の力に頼ってみようと思ったのだ」
「それは良い心がけではございますが……」
その焦る赤ら顔は余計に紅を差したようだった。こんな大きな美人もイジってやりたい気持ちはあるが、しかし嫌な予感。理屈ばかりで感情に鈍いボクとて、女の勘がビシビシと働く。
「よろしければ、その楽女を紹介してはいただけないでしょうか? ボクも琴を嗜むもので、腕前を見てみたく存じます」
「いやはや、鳳蓮殿は多彩でいらっしゃるな。だ、誰か、"楽女"の者をここへ呼んでくれ」
そう言われ現れたのは、男装でもない、絶世の美女。真っ白な肌。透けるような薄茶の髪。物憂うような、まるで殿方や男装女子を惑わしそうな表情……。
心臓が深く脈打ち、ボクまでも虜にされそうな、その瞳……っ。
現れた瞬間に、緊張していた関羽までもが破顔する……傾国の美姫……っ!
「貂蝉……殿……!」
言われ、彼女は驚くように、しかしすぐに一礼して耳飾りの大小の鈴がリンと鳴る。
「ほ、鳳蓮殿は貂蝉をどこでお知りになったか……!」
しまった。これは三国志演義知識だ! どうにも、ゲームのイメージとそのまんまなので名前を言ってしまった……!
「かつての暴虐の王を滅ぼした美姫と伺っております。しかし、かの乱の後に死んだとされていたはずでは……」
ゲームなどの知識がごちゃ混ぜになりつつも適当に言うと、関羽はかぶりを振る。
「その通り。前の主に仕えていたが、我らが攻めた時に死のうとしていたのだ。それを某が……引き留め、我が側室扱いとして、殺さぬのもまた義であろうと、手も出さずに面倒を見ている」
「そうでございましたか……」
すごい嫌な予感だ。こんなに女の勘がビシビシに刺さる事があるか……?
恐ろしすぎる……!
これは、一計を案ずる必要があるだろうか。覚悟を決めねば……。
「分かりました。音楽の力は偉大でございます。神子とも呼ばれるボクが煎じた薬の力と合わせて、"軍神"関羽殿の体調が戻られます事を、お祈りしております」
ボクが強調して言うと、かなり気まずそうに関羽は「分かった」とだけ言った。
*
龐統と相談の結果、ボクは三日後にまた関羽の屋敷を訪れる事に。流石に敵が妙な動きを始めたという中で、我らの軍神が上の空ではボクらも困るのだ。
残念ながら、あれは……『義』……ではない。
荊州の屋敷の地図はなんとなく分かっている。ボクは屋敷の守人が止めるのを無視して、ズカズカと中へ勇み入る。
「鳳蓮様、なりませぬ!」
「失礼っ!」
「ほ、鳳蓮殿っ!」
その部屋の奥では、麝香を焚き、ただひたすらに貂蝉の琴と歌声を聞くだけの、見るも無様な関羽の姿が……!
「ほう! これが関羽殿のおっしゃる『義』かっ! 我々がなんのために荊州に赴いたのかお忘れでございますか!? 先の赤壁の雪辱を晴らす為でございましょう! なのに、なんという体たらくか……!」
「違うのだ……これは……!」
しどろもどろだ。しかし、こちらにも時間はあまりない。傾国となってしまう前に……!
「共に乱世を切り開く友として誓い合った義姉妹が、大役を忘れ女にうつつを抜かすなぞ、劉備将軍が悲しまれるでございましょう! まさに暴虐の王を陥れた傾国の美姫! 関羽殿、この剣で貂蝉の首をおハねなさいっ! それとも、仮初めにも愛した女の最期をボクの手に委ねますか!?」
「鳳蓮……きさまっ!」
美髪公と呼ばれる綺麗な髪を振り乱し、ボクの前に剣を向ける……っ。義に厚いはずの関羽でこの狂いようなんだ! これくらい強く言わねば、傾国の美姫に骨抜きとされた関羽の目は覚めない! こちらとて覚悟が決まってる。震える声を押し殺して、ボクは叫ぶ……!
「我が首をハねたいのならどうぞご勝手になされよ! それで貴女が恋に惑わず、劉備将軍を大道へと導く軍神を演じきれると断言するのであれば!」
どうしても感情が押し殺せず、ついぞ涙ながらになってしまった。
関羽殿、貴女にボクを切るだなんて出来ないでしょう。貂蝉の首をハねるのならばいざしらず、ボクの首なんてハねる理由もない。劉備、諸葛亮にとっても痛手となる。義に反する。それに、今のこの現状だ。彼女がよくわかっているはずだ。
その剣幕をみて、ずっと黙っていた貂蝉が口を開いた。
「わたくしは、ご存知の通り……。かつては乱世を憂えた父に従っただけの命……。本心に反して暴虐の王に仕え、狼藉者に仕え、そして今……なんの因果か、大義を持たれる劉備様の軍に拾われ、そして尽くすことが、私の残りの天命と考えておりましたが……。それが軍神、関羽様のお心を惑わしてしまったのですね……。どうぞ、お斬りください。劉備将軍と関羽様が安寧の世を築かれます事を、心よりお祈り致しております」
「……ぬぁああああああ!!!」
――――――――
そこには大小の鈴の音だけが、残っていた。
こういうエンドが癖でしてねぇ……大好きなんですよぉ(ねっとり)
死に様の美学は他にも詰めておりますので、お楽しみにしていただければ幸いでございます。




