第07話「逃す罪、許す罪」
歴史のつなぎポイントはなかなか難しい……かなり修正しながらこの話は書くと思います。
ボクは諸葛亮先生の前で土下座をしていた。
「なんですか、その座り方は」
「天より受け賜った、最上たる謝罪の姿でございます」
珍妙なものを見るような目をしながら、しかし諸葛亮は冷静に、ボクと関羽の罪を確認する。
「ともかく、恩義に報いる関羽殿を止められなかったと。そういう訳ですね? 鳳蓮殿」
「そ、その通りでございます」
諸葛亮の尋問である。声が裏返ってしまう。綺麗なお姉さんから浴びせられる丁寧な言葉が余計に心臓をキュッと締め付けていくようだ。
「諸葛亮殿。鳳蓮殿は某を止めてくださいました。それでも逃したのは、某の義を守るため。約束は某の首だけであったはず。ならば、某の処罰のみを、どうか甘受いたしたく」
いつもの軍神たる佇まいだが、その言葉は覚悟の声だ。いや、ボクを守る為に、心を決めているのかもしれない。
ボクは……何も言えない。我が身がかわいいからだ。命を賭けた覚悟の応酬は、ボクの体験した事のないもので、血の気が引いたまま全身が冷たくて痛いくらいだ。
そこに、深緑のまとめた前髪を揺らしながら、話を聞いていた劉備が手を挙げる。丁寧な人だが、感情も押し殺している様子。少しふるえている。
「諸葛亮よ。わたしは確かに赤壁の戦いを貴女に任せた。だが、失敗したからといって、我がかわいい義妹と、そして新しく入った未来の軍師を潰すような事は、認められない」
「しかし、軍規違反の約束がある以上、部下への示しがつきません。ならば、二人の処遇はわたくしが引き受けるとして、命に関わる処罰は無し、という事でも良いでしょうか?」
「……関羽には一時も離れて欲しくはないが、分かった。それでいい」
劉備の許可に、ホッと胸を撫で下ろす。全身に血が通うように暖かくなる。曹操とは違って劉備は人と良い優しさが滲み出ているが、彼女もまた、鶴の一声のような、気品を兼ね備えた人物のようだった。
「だってよ鳳蓮。お前、命救われたなー」
「やめてください張飛殿。腕を回さないでください」
「おっ!? 照れてるのかー? かわいいやつめぇ~」
なんだか上機嫌である。なんで気に入られてるんだ?
「張飛は関羽の義を守った鳳蓮を評価してくれたのだろう。我が義妹と共に前線に挑んでくれて、ありがとう」
頭を下げる劉備、いえいえと、つい日本人の癖で手を振るボク。
「おいおい、長姉の礼が受け取れないってかー? ほらほら、出された酒を飲めー」
「お酒なんて一つも出てませんよねっ!?」
なんて、飲み会の真似事をする有り様だった。処罰の話から打って変わってである。
「ふふふ……」
流石の諸葛亮もボクの声に笑っていた。皆が笑っていた。
敵将を討てなかった、だがボクらの命があるから、それでいいじゃないのだろうか。
もちろん司馬懿ちゃんに会えない可能性もある。しかし、変わる、変わらない歴史の中で不安に思いつつ、目の前の小さな安寧にホッと安堵の一息をついた。
でもその中で一人、笑わない物。龐統である。
「それで? 我が"弟子"の処遇はなんなのじゃ? 諸葛亮よ」
「はい。曹操軍が弱まっている今、我が軍は至急国力を整えなければなりません。鳳蓮殿を副将の座から降格し、わたしの側仕えとして働いていただこうと思います」
「なぁにっ!」
ボクより先に声が出たのは龐統である。出世コースから外れたとは言え、諸葛亮の側なら国を動かしやすいかと思うが……。
「ならぬっ! 鳳蓮は我が弟子、我が子のようにかわいがってきたのじゃぞ! なのに、銀翼の二鳳の片翼をもぎ取ろうというのか! もしやそなた、この為に新参の鳳蓮を副将に付けたな?」
「はぁ~」
珍しくため息をつく諸葛亮。わざとらしくも、感情が表に出るだなんて彼女らしくない。
「龐統、貴女、すっかり変わりましたね。希代の奇才家が呆れますよ」
「なんじゃと?」
「貴女は鳳蓮の陰に隠れて、力を失いつつあると言いたいのです。赤壁では、何か良い案が出ましたか? 逃亡戦では。わたしと周瑜の策が暗躍するばかりで、なかったではございませんか。少し、"子離れ"をして、その鋭い感性を磨き治していただきたい。それがわたしからの願いです」
なんてきつい言い方だ! 龐統がその天然パーマの銀髪を逆立てるようだ……!
だが、ボクも言われっぱなしではいけない、フォローはしないと。
「師匠、ボクも大人になりました。少しくらいお互いに羽を伸ばす事くらい良いではありませんか。ボクは龐統様第一の弟子。それは変わりません。龐統様もボクが第一の弟子。ですよね?」
「その通りです。前に話したように、一時お借りしたいというだけ。龐統、よいですね?」
「ぐぐぅ……わかった」
不満を無理矢理飲み込んだような声だった。だが、諸葛亮の側で国を動かさねば、いつ呉や魏に滅ぼされるか分からないのだ。
蜀漢を復興させ、司馬懿ちゃんを屈服させる未来には、ここに居る皆で劉備と諸葛亮を支えるのがベストだ。
だが、ボクの長い謀略の裏で、龐統は、悔しそうな顔のまま、俯いていた。
その後であった。落鳳坡の嫉妬の暴走があったのは。しかしそれも、その感情も、過去の話だ。
なかなか流せる感情でないが、ボクらは次に進み続けるほかない。
*
ボクらは最初はギスギスした間柄だったが、三人の軍師という関係はなんだかんだ良くやるようになった。
「ニシシ。お主と居ると暇しないわい。衛生がどうの、食事がどうの、研究の案出しならまだしも、数字と文字の羅列には参ったもんじゃが。この大酒飲みが他人と飲むのが久しぶりとわのぅ」
「ボクもですよ。しかし、一時の暇がいただけて良かったです」
「忙しくさせておるのはお主本人じゃろうて」
「違いありません。しかし、我ら劉備軍が蜀の地を治めるのに、大きく役立てられました」
机を囲み、アルコールの強い匂いが立ちこめる。バーテンダーのように、ボクは専用の配分の酒を作る。
話はここ数年の事ばかりだ。
ボクの軍師っぷりは少し冴えないなか、内政では司馬懿ちゃんをオトす為の知識チートをねりあげる。研究を指示しつつ、衛生医療、食事と保存技術、そして伍長什長クラスの兵にまで文字教育を一気に押し進め、兵の消耗や連絡ミスを減らしたのだった。
この大改革で歴史の早回しかと思うほどスムーズに劉備軍は西へ進軍し、落鳳坡の龐統の死もなんとか避けて、今に至る。
「やっとじゃのう。我々劉備軍がやっと、蜀という安定した国を得られた。宿敵の魏、赤壁の共……呉、そして我らじゃ。短くも長かった気がするのぉ」
龐統が杯を置き、銀の天パをくるくると巻く。機嫌がいい時の癖だ。
「あら。ボクはすんごく長い気がしましたよ。だって師匠ったら死地に突っ込もうとするんですもの。あれにはボクは肝が冷えました……」
ボクはあの時の感覚を、触る耳飾りの冷たさで思い出す。
「その話はなかった事にしてくれぃ。この通りじゃっ」
「許しますよ。師匠の過ちは弟子の責任。それがボクの『義』です」
「そ、それは逆な気もするがのぅ」
恥ずかしいのだろう、怪しい帽子で目を隠しながら謝る彼女にボクがいう。酒には強いその白肌が少し、紅くなった。
そう、あの時、師匠が単独で突撃したのをボクが死に物狂いで止められたお陰で、今がある。諸葛亮が人材不足に悩まないまま、蜀漢復興の礎がようやく出来上がったのだ。この戦力を元に、司馬懿ちゃんと全力のぶつかり合いをして、オトし切る……!
つまりボクの戦いはこれからだ……! そんなタイミングである。
その、落鳳坡の危機を無事に乗り越え、蜀の地を得て落ち着いた今やっと、龐統と久々の酒を飲む。好きな桃の果実酒だ。
「あの時は、まさか師匠が諸葛亮に嫉妬してるだなんて驚きましたよ」
「お主にも嫉妬しておるぞ? だが、もういいのじゃ」
「そうですか。それは良かった」
なんて、一杯目を飲み干してまた乾杯。先ほどよりも桃の配分が強い甘辛い酒だ。少年ような顔がほころぶ。師匠なのに、かわいいものである。
「我々は、劉備殿のような義兄弟の契りは果たせぬが、桃酒の誓いは果たせそうじゃの」
「あら。師匠となら、ずっと昔にしたではありませんか」
「む? いつだったか。酒を飲み過ぎて忘れたのぅ」
彼女が銀髪の頭をかく。ボクは桃の酒を左右に振り、昔を思い返す。
「出会って早々に、桃の絞り汁に酒を入れたのはどなたですか? あの時に酒を交わし弟子になったのですから、それでボクらが師弟の契りを行ったと言えるのではありません?」
「それは……ある意味そうじゃったかもしれぬ。ははは、これは"一杯"取られたな」
そしてまた一杯と飲む。二人とも、久々過ぎて上機嫌だ。
「ボクらには立派な決意などいらぬのです。ただ、互いを想う心があれば……。これから師匠とは離れ離れになる事は多いでしょう。しかし、我らが銀翼の二鳳の魂は、常にここにあり、です」
そう言ってボクは、胸を叩き、酒を高々と掲げる。
「そうじゃな。我々、銀翼の二鳳は……永遠じゃ。件の時は確かに死にかけたばかりじゃがの」
「しかし、師匠が冷静になられて助かった話です。どれだけ冷や冷やしたと思ってるんですか。目に見えた危険な死地、確認しきれない伏兵。もうあのような、博打はうたないでくださいね?」
「ああ、心より反省しておるよ」
言ってグイッと果実酒を飲む。龐統の白い肌が銀髪と対比して真っ赤だ。酒に強いはずなのに、かなりハイペースで飲んでいるな。
「時に、昔から言っていたお主の野望を、未だに聞いてなかったのぉ。まだ言う気にはならぬのか?」
龐統はそう言うが、ボクは未来に雌落ちさせたい司馬懿ちゃんの話なぞ出来る訳がない。誤魔化すために、大きく息を吸う。
「劉備将軍の元、蜀漢の復興です。その先に、ボクの野望があります。そのためにも、負ける訳にはいかないのです。ふふふ……」
「そうか……」
まだ見ぬ司馬懿ちゃんを妄想しながら語るとつい笑いが……すると、龐統はうっとりと眺めるような顔だった。
「どうしましたか?」
「いや、なんでもないさね。さあ、次の戦いへ赴こう!」
「戦いって酒ではありませんか」
杯をぶつけ揺らす。
それが、また次の戦いまでの、ほんの一息の休息とは知らずに。




