第10話「弟子は馬謖!? 街亭の戦い」
書きためていた分を出し切ったので、この話で一時休載とします。
今月末にはまた再開する予定です。
初めて人を殺した。しかも、大事な人を。
殺す覚悟なんてのは、とうの昔から決めていたつもりだった。だからすんなり殺せた。でも、胸にぽっかりと穴が開いた気分だった。
心がしくしくと泣いているみたいだ。何度も涙がしたたり落ちるように、ずっとざわついている。
殺した瞬間の濡れた頬の感触が今でも脳裏から離れない。
男装武将たちは、この悲しみをいくつも乗り越えて戦場に立っているのだろう。そりゃあ、皆が、心が決まっているという訳だ。周瑜も、散る最期の一瞬までもが鮮やかだった。
そして思い返す赤壁逃亡戦の、親友関羽に首を差し出そうとした張遼の話だ。
荊州に着いた時に、傾国の美姫たる貂蝉を関羽に殺させるため、ボクは張遼の覚悟を見習った。しかし、結局は真似事でしかなかった。
皆が……命を賭けているんだ。
*
周瑜をこの手にかけてしまった気持ちの整理がつかないまま、ボクは蜀の軍会議に出席する。
いつものメンバーと……。そして幼く甘い顔にキツい表情の、見知らぬ少年が一人……? いや、明るい栗毛色ショートの、ショタ風男装女子だ……。胸を張り見下すように、見開かれた赤目がその自信満々さを物語っている。
「我ら劉備将軍が治めた蜀が勢力を伸ばす中、宿敵、曹操率いる魏は脅威となり続けるでしょう。今後、我らが蜀軍の国力安定の為にも、北の土地を攻める、北伐を行います」
「北伐……っ!」
耳飾りの触り、その冷たさで心を落ち着かせる。それは北の魏軍の土地を得たい蜀の、いや、諸葛亮の悲願だ。しかし、ここでは劉備はまだまだ元気だし、なんなら宿敵曹操ですら生きている最中。
そう、問題なのは相当な歴史改変だ……!
龐統を助け、関羽が生きて、張飛も酒で暴走せず生きたまま。劉備も自暴自棄にならない。
そんな三国志演義夢のif世界線が、ボクの予想より早く実現してしまって、曲がった歴史の歯車が、早馬のように駆け出しているのか……!
うかうかはしていられない。北伐の最終目標は漢王朝の復興だ。王族の血を引く劉備将軍の元、長安というかつての首都の奪取。これをボクの中でも司馬懿ちゃんの決着点と思っているのだから!
そう、歴史が早く進んだとは言え、北伐の第一戦に司馬懿ちゃんがすでに居る可能性もある。未来のお嫁さんとの勝率を上げるためにも、早いうちに、チート技術研究を完成させないと……。
「そこで、彼女を皆に紹介したいと思います。馬謖は大事に育てたわたしの弟子です。北伐の際に活躍していただきたいと思いまして。特に、鳳蓮さんとは連携を密にお願いしたい」
「馬謖……?」
『泣いて馬謖を切る』……っ!
日本でも有名な故事だ。愛弟子の大失敗もしっかり処罰するという話だ。
「アンタが鳳蓮ぇん? ま、僕は諸葛亮先生に直々に教えられた所謂、ま、な、で、しっ。一時期先生に仕えてたんだか知らないけどぉ、僕の足を引っ張らないでねぇ~?」
なんてムカつくメスガキキャラ……いや、ショタだからショタガキか……? いやこの子も男装で女だったわ。
「あ、ああ、よろしくお願いします。馬謖さん」
握手の手を差し出す。しかし、彼女はぺしっと払いのけてしまった。
「『紙の上で兵を語るな』なんて言うけれど、準備と兵法こそ肝要! 兵法を知り尽くした僕に、アンタが勝てると思わないことね」
だなんて、聞いてもいないのに猛アピールだ。
ちょっとかわいいな……。
「紙の上で兵を語るな……それは言われて悔しかった言葉でしょうか?」
言って、しまったと感じた。バシンと音がなる。小さい子に壁ドンされる。すごく不思議な感覚だ。
「そんな風に! 僕を舐めないことねって言いたいの、よっ!」
指を突きつけてふーふーと怒りの吐息をはきながら、この小さい子はボクを下から睨みつける。
かわよっ! もっといじくってあげたい……しかしここは軍議の手前。皆が静まりかえり見る中で、ボクは彼女の手を下ろさせる。
「失礼、ボクだったら、そんな風に言われたら嫌だなぁって思っただけでして」
「ふんっ。アンタの気持ちも少しは分かるわね」
ツンツンしながら、理解をしてくれる。根っからの悪い子では無さそうだが、さて……。
「もちろん、『兵を語るに非ず』とも言います。現場での馬謖さんのご活躍を、神子として、心よりお祈りしております」
「嫌味じゃないといいけれど……でも、そうね。祭壇からでも盤上からでも祈っててちょうだい」
*
そして、まさかの日が訪れた。
「はぁ~っ!? 諸葛亮先生! 副将として鳳蓮を連れよだなんてジョーダンでしょっ!」
「鳳蓮だけではございませんよ。百戦錬磨の猛将、魏延もです」
「そうだけどさぁ~。兵法が通じるのが鳳蓮~? 不安~」
「ははは、全力で援護させていただきますよ、馬謖さん」
軽くいなしつつ、ボクは変に思う。馬謖が出陣する事以外、三国志の街亭の戦いとはかけ離れている。
「そもそも魏延だって暴れ馬と聞くではございません~?」
「それはわたしも心配していますが、なぜか鳳蓮殿の側では姉御肌のように大人しいのです。お二人の連携は侮れません」
「そうでしょうかねぇ、そうだったら嬉しいなぁ」
「ぬぬぬぅ~」
ボクが照れる一方で悔しがる馬謖。
「あら、馬謖さんも姉御肌に触れたいですか?、ボクがなりましょうか?」
「結構よっ!」
真っ赤に怒られそりゃあ断られる。しかし、このツンツン具合もまた愉悦というものだ……。
一方、ボクの癖に関わらず、編成自体は好機にも思える。
本来は、魏延は馬謖らの本軍からは遠ざけられる。兵法を鼻にかけた馬謖は、諸葛亮の勧告も、そして現場の副将の意見をも、『兵法知らず』として聞かず。ゆえに山の上で孤立した物語がある。それが、ボクと魏延が近くに居るのであれば、要所さえ守っていれば勝ち戦になりそうな組み合わせだ……。
だが嫌な予感がピリピリと肌の上をなぞる……。うなじの直感を信じる魏延の気持ちがよくわかるくらいだ。馬謖を見ているだけで……。
この子、やらかす……。
*
「馬謖さん! 守るだけで良いとされているのに、なぜ山の上に陣を敷くのですかっ! 馬謖さんは兵法を学んだのではないですかっ!」
「諸葛亮先生にも止められたけど、それは無計画に敷くなって事でしょ~? しっかり注意すれば大丈夫よ~。魏延にも川を守らせる事だし、それこそ、『必ず高陽に居りて、以て敵を待て』敵兵を知るには高い所からが定石でしょう?」
「それは孤立しない事が大前提で……」
「うるさいっ! アンタと魏延が今回の大将たる僕を補佐すればいいじゃない! 『勝利の形は補佐にあり』って言うじゃないの! 僕の完璧な采配に文句を言う前に、アンタたちの補助を完璧にしなさいよね! 己の未熟を他に求むるなかれ、よっ!」
なんて、決めポーズを取りながら、言っても聞く耳を持たない有様だった。
色んな出典をごちゃ混ぜに用いて、論点を逸らして勝手に勝った気でいるのが上手いんだよなぁ。
知識はある。頭も回る。だからこそ、こういうタイプはかなり厄介と見える。油断すれば、ボクの方こそ窮地に立たされてしまうなと覚悟するものであった。
しかし、ボクとて未来の知識を持つ神子。彼女の暴走を知った上でここに馳せ参じている。
ボクらは馬謖の失敗をサポートすべく、魏延と打ち合わせする。
「魏延さんは言われた通り、敵が川を越えてやって来ないように、注意して陣を敷いてください。ボクは、馬謖さんの補佐として、失敗を全力で支えます」
「うむ。我がうなじも嫌な予感がジンジンする。川は私に任せよ。そなたも奮闘するように。変な弟子殿よ」
「変な弟子は余計ですって」
そして山の上を思う。今こそ孤立していないが、魏延が守り、ボクが救護策の二段構えにした方がよいだろう。
ボクは大急ぎで持ってきた新技術を手に、山の上に陣をしく馬謖を睨みつける。
「くそぉ~。準備間に合えよぉ~!」
その工事は、崖登りが得意な忍者隊の身軽な者を中心に、下からは力仕事が得意な大柄な者を中心に、着々と進んでいた。
*
だが、何事も上手くいかないモノである。トラブル続きで準備が進まぬと設計図を広げていた時に、伝令の早馬が来たのだった。
「なに! 魏延さんが……!」
「はいっ! 補給路途中の村を張郃軍が囲ったので、魏延軍が救いに出たところ、守っていた川を曹操の本軍が乗り越え占拠したとの情報です!」
「ぐっ、猛将の張郃の上、動かぬと思っていた切れ者の総大将、曹操までが直々に……!」
田舎兵卒の出身たる魏延だから無視できなかったのだろう……! もしやその性格まで読んだ曹操の策略か……!
ボクが知識チートなんかしてないで川の方に居れば、魏延と正しい策が打てたかもしれない……! 『一挙両得』のつもりが、『二兎追うものは一兎も得ず』の故事通りになってしまう……! 下手に対策を二分したせいで、どちらも散々な結果だ……!
もはや馬謖は孤立! 魏延が助けようにも、水の補給がままならない状況では山の上はジリ貧だろう……!
「もはや、この策を成功させるのみ……」
助けてもボクまで討ち死にするかもしれない。しかし、助けねばまた馬謖の暴走を止めなかったボクの処刑の可能性もある。
「ぐぐぐ、覚悟を決めた以上はやるしかないぞ……ボク……っ」
引きちぎれるんじゃないかという位に、耳飾りを強く握りしめる。
ボクはただひたすらに崖の上目掛けて工事を続けた。思ったより工期が延びていても、もう後戻りも出来ない。
「出来た……! 水運びの滑車だ!」
想定より運ぶには物足りないが、仕方がない。水の入った壷を頑丈な篭に入れ、くるくると山の上に登らせる銀翼の二鳳開発のカラクリを使った滑車。それは三国時代の技術とは違ってスムーズかつ逆戻りしない安全装置付き。女性兵たちに荷物を積ませ、ある程度輸送の流れが出来てゆく事を確認する……!
そして、流通の安定を見たボクは、滑車に乗って山の上へと勇み出る。
「待ってろぉ馬謖ーッ!」
*
馬謖の本隊は、川からの補給が絶たれた水不足により、脱走兵がチラホラと出始める始末であった。
「馬謖っ! ああ、だから言わんこっちゃない!」
「うぇえええん!!! 鳳蓮ぇん~!」
泣きつくショタ……じゃなくてロリ。ボクはその小さい頭を存分に撫でてやる。
「ボクが水を持ってきましたからね、もう大丈夫です」
「でも兵の士気がぁ……」
「ボクが居れば大丈夫です。貴女は、いつものような強気の顔を崩さずに、ボクの横でふんぞり返っていてください。それが兵の安心になるのです」
敵の攻め太鼓が遠くで鳴り響く中、ボクは困窮した自軍の前に躍り出る。
「兵たちよ! 神子たる我、鳳蓮が、妖術により山の上へと馳せ参じた! 飲み水ならばここにたっぷりとあるっ! 安心するがよいっ!」
「銀翼の二鳳の神子様よ……!」
「鳳蓮様っ! 万歳っ!」
女性兵たちの歓喜の声。あらかじめ最前線部隊の弓兵には飲ませていたから、途中から足りぬと大騒ぎになっても問題ない。
少ないのはいずれバレるだろうが……! 一時的にでも士気を上げられるのなら……!
「我らが弓兵よ! 急げ! 急げ!」
と指示し、なんとか最前線が窮地を脱する事となる。しかし、水を飲み回復した兵の数がまだまだ追いついていない。弓の数が減り、再び敵の部隊に押しやられゆく。
「まだだ! 最前の兵よ下がれ! 盾兵構えっ! 後ろの兵がまもなく到着するまでここを通すなっ! あれは……っ!?」
ボクが自ら指揮を取る。だがそこに、その前線の先に、まさかの人物が居た。遠目の敵陣の奥ですら分かる、老齢ながら強い気迫を感じさせる真っ赤な衣の美人将軍……。
「曹操……殿っ!」
ついにこちらの攻撃の雨がやんだ時である。敵が弓を構えようとした時、その合間から総大将が直々に出てきてたのだ……!
まさかの事態にどちらの兵も困惑する中、ボクもそれに応じる。兵たちは、ボクらの動向を固唾を飲んで見守っている。
「おおこれは、いつぞやの名の知れぬ少女。鳳蓮と言うらしいな。我が覇道の"最期の戦い"はいずこやと臨んで来たものが、まさかこんなところで相まみえようとは。天も珍妙な謀を好むものよ」
「貴女が補給路の村を襲わせると見せかけて川を制圧する策を講じたのでしょう……。流石です。ボクには敵わない」
「貴公も、"妖術"とやらで山の上に多くの水を携え現れたそうではないか。ワタシからしたら、そなたの策の方が興味深く思える」
「ボクのは天より授かった知恵だけです。策の優劣であれば、貴女に負けました」
「ふむ。負けたというのならば、ワタシの元に来るが良い。そなたのような面白き女、ワタシは大好きだ! 我が陣営で、夜な夜な性と策について語り合おうぞ!」
「曹操殿、お戯れを。ボクの相手は命に障りますよ? それに、ボクには心に決めた人がおりますゆえ」
実はそれは、今魏軍に居るはずの司馬懿ちゃんなんだけどね。歴史通りであればこの戦いのどこかで会えるかと思ったのに、居なかったのは残念……。
その我らが押されようとする中で、なんの救いか、曹操軍の早馬が来たようだ。
「蜀の魏延軍が張郃軍の包囲を突破し、我ら曹操軍の背後に差し迫っております! このままでは挟み撃ち……! 曹操様! ご決断を……」
「それは惜しい事だ……。ワタシはもう先は長くないというに……。しかし、最期に会えた事を嬉しく思うぞ! 面白き少女よっ! 全軍、退けぇ!」
そう言って、曹操軍が退却の銅鑼を鳴らし始めた。水を飲んだばかりで疲弊した我が軍は、追い打ちをかける余裕もなかった。
なんて、豪胆な女……乱世の奸雄。
しかし、その時が、本当に彼女との最期だと知ったのは、のちの話である。
彼女の最期の戦いは、引き際の一瞬までもが見事であった。
曹操編の最期です……! この終わり方も好きで、今のところ今作二番目の出来だと思ってます!




