第05話「三国志の英雄たち」
「なぁに!? 諸葛亮よ! 我が愛弟子の鳳蓮を、あの危険な女狐の酒飲みに一人で応じさせたぁっ! 鳳蓮の師匠はワシじゃぞっ! 立場を弁えぬかっ!」
銀髪の天パを最大限に揺らし怒る龐統。嫉妬の緑の目が紅く思えるほどにめらめら燃え上がっている。一方で、長い黒髪を悩ましげに払うのは白服の軍師、諸葛亮であった。
「計画通り、呉軍の侮りがたし知者、周瑜の信頼を得られたのですから、良いではございませぬか。そもそも、この戦いにおいて総司令官は私となります。それに、鳳蓮殿は"わたし"に、真っ先に報告に来てくれたのですよ? 弁えていないのはどちらでしょうか。龐統の意見も重用はしますが、私用と混同するのは控えていただきたい」
「うぬぬぬぬ……!」
「師匠、それくらいにして……。ボクが悪かったのですから」
斜め切りの銀髪を、所在に迷った手で触る。諸葛亮の言う通りで仕事としては上官への相談が一番大事だ。だが、師弟の間柄でそんな重要な局面を知らなかったというのは、感情の話である。龐統としては嫌なモノだろう。
そうボクが龐統を宥めていると、諸葛亮の黒い目が光る。
「それなのですが、龐統。鳳蓮殿を一時的でいいので、私の弟子にさせていただけないでしょうか?」
「なんじゃとっ! 旧知の間柄とて、この大事な弟子を奪うのは許さんぞっ!」
「一時的と言っているのです。この度の祈祷の意味の理解、周瑜天幕での計の成功、この赤壁で光った才覚が豊富にある。彼女を育てるのは奇才家の貴女ではなく、私の方が適任です」
「それは……そうかもしれぬが……」
かなり悔しそうな龐統。筋は通ってる。だけど、ボクとて師匠の恩に報いない訳にはいかない!
「諸葛亮先生、師匠はただの奇才家ではございません! 神子としての治癒術の技術発展には、ただ泥臭く実験を繰り返すだけのボクにはない、彼女のアイディアが豊富に含まれております! 私一人では絶対にたどり着けなかった! 今回の周瑜に振る舞った特製の『酒』だって、師匠と協力したから出来上がったモノです! だから、ボクには彼女が必要なのです!」
「鳳蓮……」
言い切った。緑の目を涙ぐませる龐統。ボクは本当は出世したいが、聡明な諸葛亮の元なら、知恵だけで出世できるのはほぼ確かなはず。これまで一緒に頑張ってきた龐統の気持ちを無碍にはしたくない。
「そうですか……。それは残念です。ならば、その"神子"としての治癒術を、後に技法書としてまとめていただきましょう」
「それならば……」
とボクの袖をつまみ、小柄で華奢な龐統が背伸びしてボクに耳打ちする。
「鳳蓮よ……。そんなに切り札をホイホイと渡してよいのかのう? いざという時に切る手札が無くなるのはちと怖いぞ?」
「大丈夫ですよ師匠。ボクの天命から授かった知恵の泉はまだまだ豊富にあります。劉備軍の人々を救えるのなら、このくらいの技術提供は進んで行いますよ」
「ぬぬぅ、"妙な知恵"とは言うが……お主は優しすぎるのぅ……」
「優しくはありませんよ。計画的利用です」
そう、衛生治療、そして食と保存はなんとしてでも劉備軍に広めるべき案件だ。それを諸葛亮自らが求めて恩を売れるというのは好都合。
しかし、諸葛亮先生とは何度も技術の相談をしなくてはいけないかもなぁ。それで師匠が弟子を奪われたと思わなければいいけれど。
*
雲の流れを見るに、祈祷も大詰めの頃だろう。ボクは酒をあおり、また踊り歌う。周りにはうっとりと見惚れる女性兵ばかりが集まる。
「そろそろですっ!」
ボクが風の空気を肌で察知すると、途端に風の向きが変わった。そしてまもなく、敵、曹操軍の船が火計の罠に落ちる。
夕刻の暗い中、敵の船団が大きく燃え上がる。この前の周瑜の戦略で水軍の将が曹操に切られたという報告もある。大成功だろう。
「鳳蓮様っ! 万歳っ!」
「天をも操る麗人の神子っ!」
「攻めよ! 攻めよ!」
周りの兵たちの賞賛と将軍たちの声が入り交じる。攻めの銅鑼の音が次々と鳴り響く。這々《ほうほう》の体で逃げ始める曹操軍。はてさて、ボクの役割はお仕舞いかな。
と、祭壇の縁で桃の果実酒を飲んで一息ついていた所だった。嫌な予感……。
諸葛亮先生の早馬が来たのだった。
*
軍略会議である。机と椅子が並び皆が座る。
なぜボクがここに……。
まずは軍師側。艶やかな漆黒の髪を光らす諸葛亮を中心に、銀髪天パの龐統、そして銀髪斜めパッツンのボクが並ぶ。白黒白、これだけで異様な光景だ。劉備軍からしたらボクなんかはただの祈祷師なのに……。
そして向かいに、短い綺麗な緑髪の誠実そうなイケメン女子、総大将の劉備を真ん中に。左には赤い肌と腰まである長い美髪を広げる関羽。右には無造作なセミロングの赤髪をワシャワシャっとかく張飛。最後に、遠慮して立っているのが、青く長い髪を背中で結う趙雲であった。趙雲以外三人が三国志演義の主人公三姉妹である。この女の世界では、義兄弟ではなく義姉妹の契りを交わしているらしい。
最後にボクまでの挨拶が終わる。すると張飛が言う。
「なぜこのような小娘がこの会議にいるんだぁ? オレと姉者でさっさと曹操を打ちに行けばいいじゃねーか」
「そうは行きません。鳳蓮殿は、風向きを変え、仮初めの同盟でしかない孫呉軍の総司令官たる周瑜の信用を得、赤壁の戦いを大成功に導いた、知と武勇を兼ね備えた人物。我が軍として重用したいのです」
「え、ええ。剣術も弓術も、馬術も心得があります」
「信用ならねぇなっ!」
と、張飛が箸を投げる。しかし、すぐにはじき返すボク。
「張飛、暴力はよさぬか」
「姉者ぁ……なかなかの反応速度だぜコイツ……」
関羽が止めるも、張飛はヒヒと笑う。合格点は貰えたようだ。この為にも、昔から野山で虎狩りなどにも臨んだのだ。もちろんしっかり防御武装した上での経験値稼ぎである。
それを見て諸葛亮はニンマリと笑い、そして地図を指しながら言う。
「いくら敵の逃亡戦とは言え、曹操軍は猛将が多い。こちらは鳳蓮殿を信じ頼まざるを得ないくらいに人が足りないのです。なので、最初に関羽殿、次に趙雲殿、中間地点の山岳の砦に龐統殿が指示役。最後に張飛殿と副将に鳳蓮殿を連れていって、曹操を討っていただきたい」
「諸葛亮殿! なぜ某が最後でないのでござるかっ!」
美髪を振り乱し怒ったのは関羽であった。この武将たちの中なら、間違いなく一番の高身長で体格にも優れた猛将、軍神と呼ばれるほどの彼女である。女の身でありながら背丈は百九十はあるだろう。
「関羽殿は以前、曹操に恩義を受けたと伺っております。今お乗りの名馬、赤兎馬を頂くほどの仲だったとか。そんな中で、最後の砦に貴女を置けますか?」
「我は長姉たる劉備将軍の義を重んずる者。そのような話は関係ないでござろう!」
問われ、関羽の赤ら顔が更に赤く怒る。女の低い声でここまで迫力を出せるものなのか……! 心臓がビビり返りそうだ……!
その声にも気圧されず、諸葛亮は関羽を宥める。
「関羽殿、貴女は確かに義に厚い人だ。だからこそ、いざという時に曹操を逃されては困るのです」
「ならば、某が曹操を逃した暁には、この首をハネてもらおう! それならば良いのではなかろうか! どうであろう皆の衆よ!」
それは演説の大詰めような気迫。関羽が皆を見渡すと、黙っていた総大将の劉備がようやく口を開く。
「関羽、義妹に死なれてはわたくしが困るよ。我ら生まれは違えど死ぬときは同じ時と誓い合った義姉妹なのだから。命を軽々しく扱うのはやめておくれ」
柔らかい口調だ。だが、真摯な切実さも感じられた。
「姉者よ、死ににいくという訳ではござらん。某が曹操を逃さず討つ。指示を守らなかった場合には処刑というだけの約束。必ずや武功をあげ帰ってきまする」
「姉者がそこまで言うなら、信じてやってもいいんじゃねーかぁ? なあ、諸葛亮さんよぉ~」
張飛に言われ、諸葛亮は考える。地図の上の石を動かし、僕らの位置関係を置き直す。
「ならば、最初に趙雲殿、次に張飛殿、最後に関羽殿と副将として鳳蓮殿で良いのではありませんか? 鳳蓮殿、もしもの時は関羽殿の"補助"をお願いしますね?」
「え……」
ええーッ!?
それってもしかして、関羽を止めないとボクも重大責任ってコト……!?
くそぉっ! 司馬懿ちゃんに会う前に……死んでたまるかぁっ!




