第14話「妖術は蟲使い?~長安崩壊の策」
あれからボクの本気の治療もあって、諸葛亮は元気になった。と言うのに、司馬懿を油断させるため未だに死んだままの設定となっていた。大軍師不在のなか、ボクはかつての首都、長安奪取に向けて秘密にしたまま軍師三人と将軍たちの会議に出続ける。
「龐統師匠と馬謖さんのお陰で、先生が居なくとも心強いです。さあ、最終調整といきましょう」
「うむ。かわいい我が弟子の為に、本気を出そうかのぅ」
「ボクの手に掛かれば余裕よ! 天に昇った師匠に褒めてもらえるくらいの戦果を出すわっ!」
良い意気込みだ。もし本当に諸葛亮不在でも、この二人が居れば頑張れるかもしれない。
諸葛亮からは手紙で情報共有をしているため、ボクは安心して最終決戦となる舞台に臨めるというのもあるけれど……。
いや、決して安心は出来ない。しっかりと策を練り上げないと。
将軍たちが地図を囲み、最終局面となる場所、一年で築いた突貫の拠点城と、そこから弓も投石機も届かないくらいの距離を、ボクらの最前線の陣とする。
ボクが大きな城マークを指差しながら言う。
「実は、あっと言う間に出来上がった城ですが、どうやら工法はボクが周瑜戦の時に作った防水の竹筋版築が司馬懿に真似されているようです。何度も視察の忍者隊を送り込んでいたので間違いありません」
「水攻めの時のアレじゃな? 確かに、司馬懿が知識を奪うのも頷ける、優秀かつ簡易な技術であったのう」
「なんだー。元は嬢ちゃんの知恵だったのかー! オレはみるみる内にでっけー城が出来上がってビビっちまったもんだよー。関羽の姉貴が三人縦に並んでもそれより高そうだ!」
張飛は無造作なツンツンセミロングの赤髪をワシャワシャかき回しがら言った。そう、驚く程の短期間で、しかも高く出来上がった城なのだ。それも五丈原の勝敗が決まる前から基礎工事を行うくらい。これが慎重に慎重を期する司馬懿、油断ならない女である。
「んで? どうするんじゃ? 雨狙いかのう?」
「龐統師匠の言う通り、秋霖を狙います。年間を通して雨が少ない長安の地も、秋に差し掛かり大雨が降る時はあります」
すると、首を傾げ美髪を撫でる関羽。
「某もそう思う。しかし、その、程度の策だけなら司馬懿に悟られるであろう。あれの建築は去年のまさに夏前でござったから、一年を通して壊れない事も想定済みのはず。司馬懿の警戒っぷりもお見事と言わざるを得ない……。だが、鳳蓮殿はまだ策がおありなのだろう?」
彼女のボクの信用もかなり上がってると見える。
「はい。司馬懿は雨の時期で壊れない事を想定済みなのも、ボクの計算に入れてあります。だからこそ、そして、大掛かりだからこそ、基礎が弱まれば大きな弱点となるのです。実はシロアリの工兵隊を用意し忍ばせてありました。この兵隊は、捕らえられても自害する為の毒を口の中に潜ませた、信用できる女性兵たちです。良い感じに基礎崩しのシロアリと"餌"を蒔いてくれたと思っています」
「おおっ! いつもの忍者隊ってやつ! 今回は蟲使いのようだなぁ!」
「それに近いです。こっそりは大事ですからね」
驚きの声を上げる張飛に、ボクはしーっと指先を立てるポーズ。
だがそれでも関羽は納得しない様子。
「しかし、"それ"如きにあの防御を食い破られるのであろうか……」
「もちろん、これだけではありません。ほかにも、いろいろと良い交易品や最終兵器まで用意してありますので、お楽しみに……ふふふ……」
「ははー。やるじゃねーか嬢ちゃん! この張飛様の次くらいに賢いなっ! 弟子にしてやろうっ!」
「張飛おねぇさん! もうボクは龐統師匠の弟子ですってば!」
「知ってる知ってる。よし、かんぱーい!」
「茶で何を乾杯しようってんですか……」
この変なおねぇさんには、毎度ボクの平穏を乱される……。
「最終兵器……ねぇ? それって、アレよねぇ? 僕が、すんごい! 頑張ったやつ!」
「そう、そんなんですよ! 五丈原では間に合わなかった新兵器が、ようやく、馬謖さんの計算の早さで実践投入に至れたのです! 皆さん、拍手っ!」
「えへへぇ~」
「よっ! 蜀の算術女王!」
と馬謖には拍手喝采。特に張飛は酒飲み特有の調子の乗せっぷりであった。
「ねぇ? ワシは? ワシは?」
「師匠は全部一役買ってるではありませんか? 成功の暁には酒を飲みながらその技術の成功を祝いましょう」
なんて、師匠を撫でる弟子である。それを見て、張飛が羨ましそうに言う。
「仲よさそーでいーなー。劉備の姉さん! オレらもあのくらい仲良くてもいいんじゃねー?」
「ふふふ。なんだ張飛、その大柄で頭を撫でて欲しいのかい?」
「あ、頭じゃないやいっ! 仲の良さだやいっ!」
「ふっ。我が妹も甘えたがりの歳になってしまったのであるなぁ」
「だからなーかーのー良ーさーっ!」
なんて関羽にまでイジられ。戦前だってのに、穏やかな雰囲気であった。
あの五丈原から一年。着々と進めた下準備の合否が、今、明らかになろうとしている。
工事中の大工事である。各地の根城の拠点のほかに、物見櫓、雨にも山にも強い兵糧輸送の道筋が、長安を取り囲むように出来上がっていくのだった。
*
「やーいやーい! 司馬懿ちゃんのばーかっ! う゛ぁーかっ! 漢王室を裏切った血塗られた歴史を知らないなんて言わせないぞーっ!」
ボクの挑発に、城壁の高いところから見下ろしあざ笑う彼女。
「ふははははっ! また阿呆の娘かっ! 諸葛亮が亡き今、我を再び挑発する事しか出来ぬとは凡愚な策よのぉ……! インチキ神子らしくそこで踊っているが良いっ!」
なんて、向こうはただ笑っていた。その慎重っぷりが仇になるとも知らずにねぇ……。
そして、歴史の話をして怯んでいる兵も見えたのは確かだ。今回は色んな方面から司馬懿ちゃんを揺さぶり疲れさせ、間違いなく成功させる……。
夜。長安の拠点の城に、我ら蜀軍の火炎壷が投げ掛けられようとした。しかし、呆気なく失敗。城の少し前が焼けるだけに終わってしまった。
「阿呆の娘の策にハマるな! 壁に毎晩、水を染み込ませよっ!」
余裕綽々な態度を見せたいのか、わざと城の上から指示の声を聞こえるようにする司馬懿ちゃん。ああ、その高慢ちきなお姉さん低音ボイス……好きだよ……。ボクの策に負けたとき、どんな風に哭いてくれるんだろうね……。
夜明けの日差しに照らされながら、城壁に水を蒔く魏軍。するとまあ不思議、城壁が夕焼け以上に赤く染まるではございませんか。
「こ、これが妖術師鳳蓮が言っていた漢王室の呪い……!」
「我が魏軍は呪われているんじゃないの……!?」
そんな風に言う兵も現れたと言う。しかし、司馬懿は、わざと立ち向かう拠点に居るボクに聞こえるように、城壁の上からメガホンで叫ぶ。
「バカめがっ! これが神子とやらの妖術かっ! 愚かにもほどがある! 燃えやすい塗料を投げ込み、呪いの演出をしただけに過ぎぬ!」
と、ボクの"策"が看破されてしまった。しかし、ボクに聞かせる為にメガホンを使った猛アピールである。かわいいなぁ。
翌朝、我が蜀軍の陣地に次々と建つ物見櫓のほか、今度は投石器を設置し始めた。大事な局面なので、軍師組三人で現場チェックを行う。
そこに、暇をしていた張飛までがノリでチェックごっこをしだした。大柄でお茶目なお姉さんというのはちょっとかわいい。
「ここも点検よぉーしっ! こちらもよぉーしっ! それで鳳蓮の嬢ちゃんよー。こんなあからさまに投石器置いたら司馬懿のやつも、けーかいするんでねーのぉ? そもそも届くのかこれ」
「張飛さん、貴女の担当は北門では……。まあまだ時間あるしいいや。普通は届かないでしょう。司馬懿も、このわざとらしい大きさでは自壊すると気付いているはずです」
「なのになんでって聞きたいんだよー」
「わざとらしく見えるように配置した攻城兵器。司馬懿の目から見て、果たしてこれは、ハッタリか新たな絡繰りか……。神経を尖らせ観察する事でしょう。弱点である門をわざわざ開けて下手に兵を向けるよりは物見の兵だけ差し向けて静観かと、司馬懿の心を揺さぶる効果も大きいのです……。今回は五丈原みたいな追撃の手すら躊躇するでしょう……ふふふ……」
「んへー。嬢ちゃんはそういう嘘好きだよなーっ!」
「嘘じゃありません。れっきとした策ですよ」
そこに、手を振ってもうアピールし走ってくるショタロリが。
「ほうれぇんっ! 例の二つは僕の計算通りに動くはずよっ! あとは本番を待つだけねっ!」
「馬謖さん、良い働きっぷりありがとうございます。ええ、待つだけ……楽しみですねぇ……」
「そうね……うふふ……」
「うへぇ、嬢ちゃんだけじゃなく馬謖ちゃんまで怪しい笑いをするようになっちまったぜ……」
なんて、張飛はドン引いているが、こちらはこちらだ。全てのピースがドンドンとあてはまっていく快感……それに司馬懿ちゃんがもうのめり込んでいるとも知らずに……。
ああ、堪らない……!
「ひっ……アンタってそんな顔もするのね……この僕もドン引きよ……」
「知らぬのか馬謖……これがこやつの本当の狂気よぉ……ニシシ……」
「流石は師匠……ボクを"解って"いらっしゃいますねぇ」
と一緒に笑ってたはずの馬謖までもがドン引きし始める中で、ボクと龐統の怪しい笑いだけがこの場に響いていた。




