第13話「諸葛亮の策」
諸葛亮の葬儀は、密やかに行われた。司馬懿に悟られぬよう急を要する為に、遺体は火葬済みだった。
黒い喪服の軍服をまとう我ら。涙をこらえながら、龐統と馬謖とボクを含めた軍師三人が諸葛亮先生の計の手紙を読む。
『五丈原はわたしの詰めの甘さで撤退となりましたが、別方面より、次の戦への足掛かりは用意させていただきました。その策を、別の手紙に詰め込んで用意してあります』
それは、どこまでも先の未来を読み、手紙として用意された策であった。
葬儀の列で、涙を流すボクら三人。その姿を見て他の将軍たちも、涙を流す。
その中で、劉備がボクを側に呼びつけて言う。
「鳳蓮よ。諸葛亮の最期の手紙だ。看取ったのは彼女の願いで、わたし一人だけだった。遺言を君に託したい。君一人で読んで欲しいとの頼みだ」
「承りました」
ボクは拝してそれを受け取る。
そこで全ての策を託したいのだと書いてあった。場所は諸葛亮の独房。手紙の山でも残してあるのだろうか。果たしてボクの頭で処理しきれるといいけど……と、思いながら、
しかし、先生の遺言。ボクが叶えなくて誰がやると、涙を拳で拭って、その運命の場所へと向かう事にした。
*
諸葛亮先生のお着きだった女人に案内された場所、それは地下室のような部屋であり……。
「こんなにも……巻物が整理されている……まるで小さな図書館」
こここそが、諸葛亮の知恵の泉……。小さな図書館のような、そんな感想であった。
だがそこに、部屋の外から錠の鍵が掛けられる音が……?
「ついに、わたしは貴女を弟子取ることは敵いませんでしたね」
「――ッ!? 諸葛亮……先生……!」
それは、その声は、何度も聞いた、諸葛亮の生声であった。いつもの厚い軍師服が脱がれ、男装で隠されていたグラマラスな体型が、灯りの炎の陰に揺られ浮き上がる。
「……やはり、劉備将軍を巻き込んでの、詐病でありましたか……。火葬なんてのも偽装……!」
「詐病と、分かっていて泣いていたというのですか? やはり貴女の演技は侮れませんね……」
「いえ、先生が死んでしまった可能性も充分にあり得ると、怖くなって泣いていたのは事実です……。どんなにハッタリが上手かろうと、そのような演技までは出来ません」
「ほう。ならばわたしの病人演技は上手くいったようですね」
「病人演技なものですか……」
ボクは五丈原の戦いが始まる前の彼女の姿を思い返す。その姿は……。
「諸葛亮先生は、白目すら黄色みがかっていて、先は長くないのは分かっていました。死んだ事は演技でも、病気は演技ではないのですよね?」
「読まれていましたか……。意外と鋭いですね」
「ボクがどれだけ怪我人病人の看護をやったと思ってるんですか」
「なるほど……やはり、職人を欺こうという方が間違っていますね……。貴女を想うとつい油断してしまう、わたしの失策です」
そして、悲しそうにその長い睫毛を伏せる。艶やかだった黒髪も、しおれたお下げとして広がっている。
「それで……実は生きているというのに、この独房にボク一人呼びつけて、なんの用でしょうか?」
言うと、彼女は決意を込めたように大きく息を吸った。いつも冷静な彼女も、頬に少し赤みが差しているようだった。
「男装武将としての願いです……。わたしに、貴女を抱かせてください……。貴女に、わたしの子を、産んで欲しいのです」
「……」
なんですとーっ!?
「な、な……諸葛亮先生は、そんなにボクを……あ、愛してらっしゃったのでしょうか……?」
「愛……と、呼べるかわかりません。ただ、わがままにも……劉備将軍が築かれる漢王室の復興に……わたしの血が通っていて欲しいのです……。 しかし、貴女を側室として迎え入れるには、龐統が許さないでしょう」
「な、何を言いますかっ。龐統師匠にはそんな独占する親のようには扱われて居ませんよっ」
「そうでしょうか? そのような立場を利用したいだけにしか見えませんでしたが。しかし、貴女の本命は司馬懿だったのですね? かつては会った事もない……。その存在が、今や、わたしを憔悴させ病気にさせるほどに……苦しめる……」
そこでせき込む彼女。とても苦しそう……演技ではなさそうだ。側の水壷から水を注いでも、諸葛亮は少ししか飲めなかった。
「だから、貴女を……抱きたい……わたしと貴女の後継を残せたら、わたしの本望です……」
優しい目元から、涙が光って落ちる。彼女は、泣いていた。そんな、身勝手な感情を言うだけ言って……。
ボクに子どもを産ませたいだなんてのはもちろん恥ずかしい……認められない。しかしそれよりも……。
身勝手なのはボクも同じ……大きく息を吸って……。
「勝手に楽になるなぁーっ!」
ボクの声に驚く彼女。一言、物申さなくてはっ!
「ボクは、ボクの理想のために、貴女には生き残って欲しい! 平和を築くのは大変なんですよ……!? それを勝手に後の世代に託した気になって……楽になってんじゃねーこのやろーっ!」
「楽に……なんか……、こんなにも苦しいのに……」
お痩せになっても綺麗な彼女。大きな胸を押さえる。
それは、本来の三国志で見られたような諸葛亮とは大きく違う、一人の少女の姿のように思えた……。
「諸葛亮先生の病気が、今分かりました! 恋の病です! それが原因で粥すら喉を通らなかったのでしょう! そりゃあ栄養足りず、重い病気にもなるってもんです!」
「バカな……わたしが恋の病だなんて……」
「だからっ! そんな病はボクの妖術で治して差し上げます! ボクは貴女と一緒に安寧の世を築きたいのですからっ! 勝手に病気のフリして亡くなられたら、承知しませんよっ!?」
ボクは大柄な彼女の首元を引き寄せ、睨みつけるように行った。そう宣言するように吐き捨てると、珍しく彼女は大きく笑いだした。
「ふふふ……はははっ……。いや、大したモノですね……。わたし自身が計りかねていた気持ちを、貴女にピタリと言い当てられてしまうとは」
「お互い鈍感なのですね。ボクも阿呆の娘と言われます」
「確かに、軍師一人で任せるには怖い子ではありますね」
「やっぱり思ってたんですか……」
軍師として司馬懿ちゃんをオトすなら、もうちょっと慎重にならないとダメだなと心深く刻む……。
ボクは再び、先生に向き直る。
「その阿呆の娘に! 蜀の未来を託したくはありませんか? ボクの希望の未来には、貴女の存在が必要だ」
つい決めるように言ってしまった。灯りの炎が揺れる。
そのボクの気迫に負けたのか、ふふふと再び笑う諸葛亮。合図のように手を叩き、扉の向こうのお着きの女人を呼ぶ。
「これ、扉の錠を開けてください」
諸葛亮が指示する。ガチャリと音が立ち、先ほどの女人が扉を開けて礼を拝する。やっぱり鍵がかかってたのか。
「なんで鍵なんか掛けてたんです? 秘密の会議のため?」
「それはもちろん、貴女を監禁して無理やりにでもわたしの子を孕んでもらう可能性も視野入れて念の為に……ですよ? もちろん、そんな事まであって欲しくはありませんでしたが」
「諸葛亮先生こわっ!」
っていうか!
まさかのヤンデレ軍師かよっ!
しかし、その部屋を出るときに、最後に見た彼女の笑みは、儚げでありながら、憑き物が落ちたように、さっぱりとしていた。




