第12話「秋の恋風、五丈原」
五丈原とは、劉備将軍が治める蜀の土地の北にある。
目指すべき魏の都、長安への最後の関門であり、馬謖がやらかした街亭のさらに北の地域。
その戦に向けて、研究に研究を重ね、ボクらはなんとか得られた兵糧と技術を携え、五丈原の地に陣地を張り巡らせる。
「大変だったぁー。なんでこの僕がこんなに頑張らないといけないのよぉ」
「あら。馬謖さんのお命を助けたのは"このボク"の言葉添えがあってのこと。つまり、貴女の命はボクの物ってコトに……なりませんかねぇ~? もっと"このボク"の為に命を賭けていただかなくてはねぇ~」
ボクが誘惑するように唇に指を当てると、顔を真っ赤にして怒る馬謖。
「ぐっ……。か、感謝してるわよっ! でも、アンタのモノにはなるワケないんだからっ! 勘違いしないでよねっ! ばぁーかばぁーかっ!」
ああ、麗しいかな、僕っ子ショタ……じゃなくてメスガキのツンデレは……。
「貴女の見事な計算力と研究資料の読み取り能力には助かりましたよ、馬謖さん。よしよしです」
「あ、頭撫でるなーッ!」
「わ、わしも頑張ったんじゃがのう……」
「ああ、師匠も……相変わらずの着眼点で発想をいただきボクも助かりました。よーし、なでなで~」
「ふんっ、分かればいいんじゃ」
なんだこれ。
見た目はショタ、中身は師匠、しかし幼児化したかのような変な少年風少女であった。
ボクは未来の理系知識を持っている、とは言っても丸暗記してる訳ではない。曖昧な知識のトライ&エラーだ。その中で暗号化手紙技術と文字教育は出来あがった。史実では屯田兵で畑作業をさせないといけない程に困っていた兵糧と輸送問題も解決。食べ物の連携で困る事はないだろう。
となると、この戦いは、司馬懿ちゃんからすると蜀軍側の根負けを目指す戦いではない。諸葛亮先生の病気を、彼女がどう捉えるかで持久戦なのか短期決戦なのか、大きく変わる。
先が読めない……だからこそ、本気でオトす……待っててね……。
*
司馬懿の作戦は史実の通り、魏軍の司馬懿は五丈原の城に籠城する手立てのようだ。
しかしボクら側の攻撃手段はというと……。火薬は城壁相手には威力不足で、攻城兵器もまだ未完成。守りに徹する敵を倒すとならば、本来ならば大軍か策かの二択以外にない。いくらこちらの武将が揃っていても、城に立てこもられてはどうしようもない。
そう、実は研究と言っても、五丈原の最低限の要、兵糧輸送しか整って無かったのである……! これは馬謖が居たから一気に完成したのであって、もっと早くに取りかかればという大反省……。
下地はあるが切り札はない、軍師たるボクはどうするか……。
「諸葛亮先生……策を……」
「鳳蓮……頼みましたよ……」
諸葛亮先生の指示を仰ぐ。手紙を貰った際に見えた彼女の肌は血色が悪く痩せ衰えていた。先生にも最期の戦いまで見て貰うべく、今は軍師となったボクが頑張らないといけない。冷酷に生きると覚悟を決めて割り切っていたボクにも、そのくらいの感謝の情はあるようだ。
はてさてその肝心の策はというと……冴えてるとはいえなかった。司馬懿に女の子らしい服を送ったり、挑発したり、司馬一族が魏を乗っ取ろうとしているという噂を流すくらい。
だが、司馬懿ちゃんは真っ向勝負に弱い可能性も高い……! ボクはその策を携えて、五丈原の城へと勇み行った。
*
「やぁ~い! 司馬懿ちゃんの、ばぁ~かっ! う゛ぁ~かっ!」
研究の傍らに作ったメガホンを手に、魏の城に向けて大声で叫ぶボク。……ふふふ、念願の司馬懿ちゃんを煽れる日が来ようとは……!
「もやしっこ色白~。それだけの軍を持ってながら引きこもるのが大好きだなんて! ビビりなんじゃないのぉ~? それとも、打って出られない理由でもあるのぉ~? ボクの登場に、メ・ロ・メ・ロ、になっちゃってるんだねぇ~」
そして近衛兵にメガホンを口に添えてもらいながら、ボクはメガホン2、メガホン3でリズミカルに叩きながら煽る。側の女性兵たちは皆、奇妙なモノを見る目つきだ。
それもそのはず。ボクはニヤケながら、嬉々として煽っているのだ。ボクっ子メスガキ煽りキャラも、馬謖じゃなくてボクの肩書きになりそう……いや、言うてんの現代オタクのボクなんだけど。
しかし、やめられないっ! ボクは最大限の声量をもって、司馬懿ちゃんをバカにするっ!
「よっ、司馬懿ちゃんの、ビッビッリッ。ビッビッリッ。この天下の神子たる鳳蓮様が怖いのかなぁ~。司馬懿ちゃんの策なんて妖術の前には歯が立たないって事ぉ~? 面白くなぁ~い」
なんて煽りに煽り散らす。さあ出てこい……! 出てこい……!
「ああ……っ!」
叫び疲れ、秋の風が吹く中で休憩にお茶を飲んでいた時だった。ボクの悪口雑言に流石に様子を見に来たのか、深い青髪三つ編みの男装軍師が、城壁の上に現れた……っ! 野山での狩りで遠目を鍛えたかいがあると言うモノ……! ボクは感嘆の吐息が漏れる……! 間近で見なくても分かるその目つき……!
「んあ~! 司馬懿ちゃん~っ! ボク! 鳳蓮がきたよぉ~っ! 運命の相手っ! 神子の鳳蓮だよぉ~っ! 会いたかった~! かわいいお召し物を送ったから、次のデートの時には着てきてね~っ!」
と、ボクの言葉に照れてしまったのか、司馬懿はすぐに隠れてしまう。
「なんなのだあの珍妙な女は……!」
「わ、わかりません……! 数々の妖術を使う神子の鳳蓮である事は間違いないのですが……」
メガホンを耳に当てて聞き耳立てればそんな声が。遠くからでも聞こえるくらい狼狽しているみたい。しめしめ……。
だけれど、その後はと言うとそのまま隠れたっきりだった。ボクの第一の策(?) は終了。お楽しみは後に取っておくとして、また司馬懿ちゃんをバカにしに来よう……っ。
しかし、翌日のボクの策は上手くいかなかった。
その城壁の上に立つ姿は、大きな三つ編みを横に垂らし、そして全身が青いフリル地獄に白と黒の、ゴスロリ風ファッションである。
「あぁ~んっ! 司馬懿ちゃん! ボクの選んだ服を着てきてくれたんだねぇ~っ! 嬉しいよぉっ!」
「ふんっ、バカめが。この程度の恥辱、覚悟を決めた男装武将としてなんになろうかっ! 愚かな策に乗ってやったというモノよっ!」
向こうもボクの真似をしてか、メガホンのようなモノを使って叫んでくれる。うんうん、ボクはうれしいよ。
しかし、暖簾に腕押し、まさに手応えがない感触……。
ボクは一度現れただけで再び隠れてしまったかわよい司馬懿ちゃんの姿を脳裏に焼きつけつつ、またその場を後にした。
あとは、別途流している策の、司馬懿の一族裏切りの噂が広がる事を願うのみ……だが、それも半端に終わっているようだった。
*
そしてそして。やはり上手くいかないものである。蜀の天幕で軍師三人、会議中の時であった。
「えっ! 兵糧輸送の絡繰り、木牛流馬が……!」
「そうなのよ……。せっかく諸葛亮せんせいの提案で作ったのに、雨にやられて兵糧輸送が滞ってるんだって……」
木牛流馬とは、登りは牛の如く下るは馬の如し、その正体は兵糧輸送用効率化しただけの木製機械であった……。
だが、その天才軍師の策が、ボクの案も入れたのにこんな呆気なく……!?
そのボクの疑問に答えるように、龐統が自分の銀色の天然パーマを撫でる。
「あれは安全設計の開発に時間が足りなかったのが明白じゃわい。我々劉備軍は、蜀の地を得てからというものの、全く休まる暇なく戦と研究を続けてきた。国の為に働く諸葛亮には病気になるくらい忙しかったじゃろうて。いくら諸葛亮開発の絡繰りと言っても、早期登用には早かったのじゃろう」
「そんな……」
だが、それはボクのせいな気もした。歴史が進むのが余りにも早いのだ。それは、蜀の武将が皆揃ってるからでもあり、そして、要所の戦いを勝ってしまったから、劉備将軍が生きているうちにと、賽を投げ続ける連戦になってしまった。
その諸葛亮の焦りが……かの天下の大軍師を失策に陥らせてしまっているのか……。
そこに、追い打ちをかけるように、諸葛亮先生の死を告げる早馬が来たのだった……!
「そんなバカな……先生がっ!?」
血の気が引いていく。ボクが絶望する横で、龐統は苦々しい面持ちで、しかし冷静に現状を把握する。
「兵糧は足りず、蜀の国を支えてくれた大軍師は死亡……。早い内に引かねばなるまいの……」
「悔しいけど、そうよね……諦めましょう、鳳蓮」
馬謖が告げる言葉が頭に入らない……。ボクはフラフラの足で、目の前の地図広がる机に、ドンと両手をついた。
「ボクのせいだ……」
「……? 何がよ?」
「ボクの半端な策で、半端に勝つ戦いを続けてしまったから……諸葛亮先生を生き急がせるように、働かせてしまった……。ボクらが頑張れば頑張る程に、目前に迫りつつある漢王室復興の夢へと、諸葛亮先生が突き進んでしまった……。そんな気が、するんです……」
いくら司馬懿ちゃんの為とは言え、先生の寿命を縮めてしまったのでは、胸が押しつぶされるように痛む……。
「情けない事を言うでないっ!」
それは、少年風軍師の、珍しい真面目な叱咤であった。
「お主の夢があるんじゃろう! その為に、その狂気の瞳に惚れて、ワシは……一緒に頑張ってきたのに……! 今更ウジウジしてどうするんじゃっ! 銀翼の二鳳で、その夢を叶えたいんじゃろうっ! 今はまず出来る事をせいっ!」
「そ、そうよっ! 最初アンタに会った時は気にくわない奴って思ったけど、違った! ちゃんと僕の能力を評価して、研究の大成功を納めさせてくれた! だから上手く行った戦もある! その中で、一番大事なせんせいが死んじゃっても……ここで止まってなんか居られないのよ……!」
二人は泣いていた。ボクは、覚悟が足りず、泣いていた。
「そうですね……撤退しましょう……。士気が下がりきる前に……」
そんな中で、またも、嫌な早馬が来るものだ。女性兵が伝令を告げる。
「諸葛亮死亡の噂が流れ、魏軍が攻めて来ております! 今すぐ総退却を……!」
「ぐぅうううう……! 撤退っ! 撤退っ!」
そうしてボクらの五丈原は敗北に終わった。
*
運ぶ物もほとんど諦め、我々は必死に撤退を余儀なくされる。背後では殿の趙雲と魏延の軍が居るとは言え、兵士のやる気を考えれば長くは保たないだろう。
そこにまた、前線の様子を告げる早馬が。
「司馬懿の本軍が殿を抜けてこちらに接近中! 両方から挟まれます……!」
「諸葛亮が危ないと知って、なんて真っ向勝負な……くそぉっ! おのれ司馬懿ちゃん……!」
こんなに準備したのに、負けるとは思わなかった、いや、半端な技術に胡座をかいて甘く見ていたと言ってもいい。
未来人のボクが、負けたのだ。
そこに、まさかの人物が近づいてきた……。遠くに見える軍隊は、フリフリゴスロリ服の、司馬懿ちゃん……!
「司馬懿ちゃん! デート服着て会いに来てくれたの……! でも今は都合が悪いんだよねぇ……っ!」
「ふははははっ! この私をバカにした愚か者の最期を、この目で見てやろうとなぁ! この私が直々に出てきてやったのだ! その首、討ち取れぇ!」
なんて、メガホン風の紙筒で遠くから叫び返す司馬懿。ぐぅ~。一対一なら煽り負けしないのにぃ~。だがそんな中で、蜀軍の方から、まさかの煌びやかな車が……! 司馬懿が情けない叫び声を上げる。
「バカなっ! あれは、諸葛亮……!? 死んだはずなのに、前線に出る余裕まであるだと……! この私が、計られた……! 計られた……! 珍妙な小娘まで騙すほどの策とは、おのれぇっ! 撤退だ……! 魏軍、警戒しながら撤退っ!」
司馬懿が命ずる。しかしボクはその遠くで豪華な車に乗る人影を見る。最期に見た先生は椅子に座る事すら出来なかった……ならばあれは……。
「我が軍よっ! 我が妖術で諸葛亮先生の病は取り除かれた! 敵の総大将は目の前にありっ! 打ち取れ! 打ち取れぇっ!」
とボクが号令をかける。驚く敵に次々と矢を放つ。鳴り響く蜀の攻め太鼓でボクらの軍以上に狼狽する司馬懿に、血気盛んだった敵兵が見るも無惨に散ってゆくのだった。
逃げ切れた……しかし、その功績は、半ば史実通りの諸葛亮の策によってだった。




