9話 嵐の航海
しばらくすると海は雷鳴が響き先程の天候とは打って変わった。
多くの客は船内に避難した、幸い同じ航路を辿らなかった為か雷は船に落ちていない。
しかし荒波に飲まれ不安な声でざわざわと人の声がささやき合っていた。
外ではザーザーと雨が降り、雨粒が体を打ちつけていた。
「ミネルヴァ、本当にここにいるのかい?」
「ええ人魚達から話を聞くわ」
「人魚は海のスペシャリストよ現状を知りたいの」
いつ物語通りになってしまうか分からない…
けれどこの嵐中とはいえ、外交任務を彼らは放棄していないだろう。
「でもその足じゃ…船上で危険すぎる」
「あっそうだ!!」
レオナルドはこっちに寄ってくると、いつもと同じように私を抱えた。
またしてもお姫様抱っこだ――
「ちょっと!!こんな時まで!!」
「緊急事態だ仕方ないだろ」
「はぁ…死にかけたんだから、……もうちょっと自分の身を案じなさいよ」
「それはそうだけど、命の恩人に恩返ししないとね」
わざとらしくウインクを私に見せつける。
危機感がないのかしら…
「――♪――――♫」
ミネルヴァが歌うとそれは不思議な音色を奏でる。
それは人魚達を呼ぶ為の歌声だ、…アクアリアの王族の声は特殊なようで人魚達はこの声を聞き逃さない。
人には聞き取れない音に、レオナルドはその音に聞き入る。
海の方からバシャバシャと音がする、レオナルドがミネルヴァを抱えそちらに近づく――
「姫様!!」
「海の状態を教えてちょうだい」
「嵐は益々酷くなるばかりです…雷が船に当たれば沈没するでしょう…」
「そう…」
絶望的な状況は変わらない、このままではレオナルドだけでなくマチルダやメイド達…それだけでなく多くが死ぬ。
殺せなかった以上、何としても安全に国まで送り届けなければ――
「ですのでミネルヴァ様、歌ってほしいのです」
「歌?」
「人魚姫の歌声には船を導く力があると言われています」
確かに父から歌には力があると…そう言われていたような気がする。
子供の頃から私たち姉妹が歌えば魚は踊り泡は煌めいた。
「確かに噂で聞いたことがある、人魚の声には船を導く力…もしくは惑わす力があると」
レオナルドがそういうと人魚達はコクリと頷く。
「分かったわ――やるだけやってみる」
すうっ――息を吸う。
海の中とは違い海水が口内に無いことに違和感を覚える。
かつては陸で息をしていた筈なのに、今では海のほうが恋しい。
水のなかで響かせていた音を大気に伝えるために、私は大きく口を開けた。
「――――♪」
私は歌う、海よ聞いてくれ。
私達を岸に返してほしい。
そんな思いを込めて歌う――
その様子にレオナルドは呆然とする、ハッとすると景色をよく見る。
雨は激しいが海の波は落ち着きを見せ始めていた。
「海が凪いでいく…」
「今のうちに全速力で帰るんだ!!」
ドゴンッと――落雷が海上に落ちる。
落雷を背に船は進む、その音に掻き消されまいとミネルヴァは声を張り上げる。
その声は美しく訴えかける張り裂けそうな声だった。
嵐の中私はレオナルドの腕の中で必死に歌い続けた。
どれほど時間が経っただろうか、レオナルドは立つことをやめ座りながらも私を抱え続けた。
人魚とはいえ、嵐の中で海に落ちればただでは済まないと思ったのだろう。
しかし雨にさらされ続け彼は、かなり疲弊していた。
嵐の中、見えない景色の中途方もないまま歌い続けた。
そんな時、私の目に光が差した。
見上げれば青空がこちらを覗かせ、陸が見えていた――
未来が変わったのだ。
「レオナルド陸よ!!」
「――そうかい、良かった」
彼は私を抱えたまま項垂れる、顔をペチペチ叩いても反応する素振りがない。
スーッと寝息を立てている、どうやら気絶してしまったらしい。
「ちょっと、」
無防備な顔に考えがよぎる――
(今なら簡単に殺せる)
そっと毒の短剣で斬れば彼は絶命する、上手く行けば私は航海のさなか船員と客人を救った英雄になれる。
「今回は…見逃してやろうかしら」
「約束もまだ守ってもらえないし、これはあの時助けた借りを返しただけなんだから」
エーデルから守ってくれた時のことを思い出す、そっと彼の額に手を置き顔を見つめた。
あどけなく眠る彼の顔に毒気が抜かれてしまう、私は陸を見つめ直し空を見上げる。
嵐は明けたのだ――




