10話 悪の没落
港に帰ると、嵐を知ってか多くの衛兵達がレオナルドの帰りを待っていた。
私はその後保護され無事に人の足に戻った。
妹はどうなったのだろうか…廊下を歩きながらそう思いふける。
彼を見ていたかも知れないが、少なくとも接触はしていない…
もし恋に落ちることがあるならその時こそ、――
「おや、迎えに行こうと思っていたのに」
正面にはあの憎たらしい男がいた。
少し困った顔の後いつものようにはにかんだ笑顔で、こちらにやってくる。
「いつまでも手を焼かせる理由にはいけませんもの」
荒治療も良いところだが、船上で体幹が鍛えられたのか私は歩行がかなり行えるようになった。
流石に船から戻った翌日は、筋肉痛でまともに立てなかったけどね……
「今日は陛下へ謁見するのよね」
「そうだよ父上…いや陛下が、大衆の前で君が恥をかかないように、陸での暮らしが慣れたら元々行う予定だったんだ」
「成る程ね…」
足元を見るとレオナルドは歩幅を狭く感じる、あぁそうか――
私に合わせて歩いてくれているのね。
そんなさり気ない彼の優しさに少し調子が狂うのを感じる。
他愛も無い話をしている内にあっと言う間に、王の間へとたどり着く。
レオナルドは私に手を差し伸べると、ゆっくりと私はその手を掴む。
大きな扉が開き私は一歩踏み出した――
パチパチと歓声があがり王城で正式に私は迎え入れられる。
多くの貴族や重鎮たちが、壁際にならび私達を出迎えた。
道の正面には玉座に座る男がいた。
この人がレオナルドのお父さん。
レオナルドと同じ――いや少しくすんだ赤毛の男性だ。
線は細く頬はコケているせいか少し不気味さを帯びていた。
「会えて光栄だ海の姫君」
「我が息子にして王位継承者たるレオナルドを救ってくれた事心より感謝する」
私の予想に反し彼は優しげに微笑む、そのせいか先ほど感じた不気味さは和らいだ。
「こちらこそ盛大かつ快く私を迎え入れて頂いたこと、心より感謝しております」
「父に代わりお言葉を申し上げます」
「これから先も両国が互いに手を取り合い、共に歩む未来があらん事を」
そう言い終えるとパチパチと拍手が上がる、両国の同盟がこの国で具体的に形にされたのだ。
それから、私は同盟国の王子とその来賓たちを救ったのだ、王女としてこれ以上の大義はないだろう――
「陛下俺から報告したい事がございます」
「うむ、なんだ?」
「その前にエーデル・マルシャン前へ――」
そう告げると貴族たちの中からコツコツとヒールの音を鳴らし一人の女性が現れる。
エーデルだ――
「っ、レオナルド様何の御用で」
引きつった笑いをエーデルは浮かべる。
これからの事を想像してか、汗が滲んでいる。
しっかりと整えた化粧は今にも崩れそうだ。
彼女は私と目が合うと鋭い眼差しで私を睨みつけた。
「言わなくても分かっているだろう」
「何のことかさっぱりわかりませんわぁ、私からしたらその女が怪しげな術を使って、嵐を呼んだと思っていますの」
考えもつかない戯言に私は驚愕する、ここまでして私を貶めたいっていうの?
それに……自分が王子を突き落としていながら――
「私達にそんな力はないわ!!」
「怪しげな歌で船を先導したのに?信じられませんわぁ」
その言葉にミネルヴァは言葉を詰まらせる。
証明する方法がない、しかし天候を操るそんな力は私には無い。
しかし無いことは証明が出来ない――どうすれば、どう言えばいいかと混乱する。
「根拠のないことを言うんじゃない!!」
レオナルドがすかさず反論するも、エーデルは止まらない。
「だって人外の姫ですのよ!?我が王国に取りあるために、わざと王子の命を危険にさらした自作自演だとは思いませんのぉ?」
私には疑念の目が向けられる。
「確かに人間じゃないしな…」
「そんな事をもししていたのなら」
「そもそも元々信用にたるのか…?」
貴族達は根拠のない噂をしだし、その目はどんどん冷たくなっていく、
私がバケモノとして映っているだろう、――ここまで来たのに!!
こんな事で。父に顔向けができなくなるなんて…目頭が熱くなる。
「大丈夫だよ」
小さな声でレオナルドがそう私に投げかけた。
私の瞳には涙が滲んでいた――それを拭うと彼は自分の父親に向き直る。
「陛下――エーデル公爵令嬢は、同盟関係の印に来訪したアクアリアの王女ミネルヴァへの数々の無礼を働きました」
「嘲笑や暴言、注意したにも関わらず侮蔑の言葉さえ送りました」
「未来の国母として相応しくない働きを犯しました」
彼は淡々とエーデルのやった事を述べる、その言葉に周囲の人々は新たな話に話題を変えて目を白黒させる。
王宮の一大スキャンダルに、耳を傾けた。
「それは――」
「黙れ!!今は俺が喋っている」
黙れ――その強い言葉にエーデルは思わず身を引いてしまう。
彼女の笑顔の仮面はすでにはがれ落ちていた。
「よって俺は――、エーデルとの婚約破棄を宣言します!!」
その声に大勢がざわめく――
婚約破棄、彼はそういったのだ、これは由々しき事態だ。
「ふっ――ふざけないでくださいますぅ!?レオナルド様」
「そんな事言うなら殿下は、異国の女魚とベタベタとくっついていたじゃありませんかぁ!?」
「婚約をした私への裏切りでしてよ!!それはどう言い訳するおつもりぃ!!」
金切り声の様に彼女は叫ぶ様に言い放つ、その姿に品位はない。
血走った眼でレオナルドを見つめる、その気迫に少しゾッとするものを覚える。
「それは彼女は王女であり、釣り合う相応しい人間が出迎えるべきだったからだ」
「立場を鑑みず、女というだけで疑うなんて――国益を考えていない証拠だ」
レオナルドはエーデルの言ったことを否定していく。
優しい彼の顔をどこへやら冷たい顔で、躊躇わず言い放っていく。
彼の言い分はもっともだ、少なくとも王が同意した同盟に茶々を入れるのだ賢いとは言い難い。
「だいたい、彼女に暴言を吐いた証拠がありませんわぁ!!」
「あるよ――」
そういうと一人のメイドがお辞儀をし挨拶をする。
それはマリーだ、彼女は顔を強張らせながらこちらに出向く。
「失礼ながら使用人の身分で発言させて頂きます!!」
「ミネルヴァ様の飲み物を取りに行った所、私はエーデル様の使用人に妨害されました。さらにはご用意した、水差し取られ給仕を行えませんでした」
「扉の奥からは、エーデル様の怒鳴り声が聞こえてきました……」
マリーは発言を終えるとまたお辞儀をしスカートの裾を持ち上げて壁際へと戻った。
「間違いなく故意的にミネルヴァ王女を孤立させていました――その後、俺が駆けつけた時彼女は地面に倒れていて、水を浴びせられていた」
「そんなの水を自分で浴びたかもしれないじゃありませんか!!」
エーデルは顔を歪め、必死に抗議をする。王は首を傾げどちらが嘘を言っているのか審議しているようだ。
貴族達は、流石に公爵令嬢がそんな事するわけ無いとまだ信じて居ないようだった。
「なんのために?」
「私を貶めるためですわ!!」
「ならミネルヴァはなぜそう発言しなかったんだ、むしろ君が彼女を貶めようとしたじゃないかエーデル!!」
その言葉が決定打になったのか、貴族達はレオナルドの言葉に確かにと同意していく。
私が彼女を貶めて居ないのに対しエーデルは疑いをかける――どちらが攻撃しているのかは明らかになった。
その瞬間空気が変わっていくのがミネルヴァにも感じられた。
「それに、これだけじゃないだろう?」
「君は俺を船から突き落とした――」
その言葉にこの部屋の人々は、声を抑えることも忘れ話し出す。
「それって…」
「王位継承者のレオナルド様を?」
「……それは国家反逆罪ですぞ」
そう皆が一様に彼女を見る目が変わる。
それは無礼な令嬢から更に落ちた、犯罪者を見る目だ――
「もう良いレオナルド、十分に分かった――」
「残念だエーデル嬢――王の伴侶という器ではなかったようだ」
「兵よ、この罪人を牢へ捕らえろ!!」
国王が言葉を言い終えると、鎧を身にまとった兵士たちが彼女を取り囲む。
「いやよっ離しなさい!!」
「私を誰だと思ってるの公爵令嬢よ!?」
彼女は身をよじり逃げ出そうとする――、しかし男の力には到底及ばず叫ぶだけとなっている。
「黙れ犯罪者!!」
兵の一人がそう声を張ると、エーデルは自分がとっくに地に落ちたことに気がついた――
「嘘よ、うそよ、うそっていって!?」
「レオナルド――!!」
彼女はレオナルドに手を伸ばす。
彼女はまだレオナルドに自分が選ばれていると信じているのだ、しかし彼は温度のない瞳で彼女を見ると顔を歪めた。
深い嫌悪と軽蔑の眼差しだけが、エーデルに贈られた。
「――エーデル、俺は君を許さない」
「……どうして、私はただ、――」
彼女のつんざくような泣き声とも叫び声とも取れない声でそう投げかけた。
しかし誰もそれに同情せず、むしろ軽蔑の目を送った。
彼女は映えある公爵令嬢であり未来の国母だった――
しかし今この瞬間――彼女は全てを失ったのだ。
私はそれを見つめていた。
痛々しさを覚えつつも、私は何処か手が震えていることに気がつく。
何をしでかすか分からない彼女に、私は恐怖を覚えていた――まだあの声が耳に残っている。
「陛下…ミネルヴァは心身共に疲れています。どうかお開きにして頂きたいです」
「祝う場としては壊れてしまったからな仕方あるまい、皆今日の集まりはこれで終いとする」
私はレオナルドに肩を抱かれ、王の間を後にした。
私の自室ではなく、レオナルドの部屋へと案内される彼の計らいなのか誰もいない。
ほっと息をつく。
「大丈夫かい?」
「ええ…でもとっくに言ってるものだと思ったわ」
「裏を回されたらたまったもんじゃないからね…公の場で言うつもりだったんだ」
急に黙り込むと彼は、真剣な顔で向き直る。
その視線は真っすぐに私を射抜く、何処かそんな顔に私も背筋を張ってしまう。
「約束を守る、あの時のことを話すよ」
彼の力の謎を話すつもりで連れてきたようだ。
いったいあれは何だったのか――
バクバクと心臓が跳ね上がる、今か今かと答えを頭は求めていた。




