17 話 王妃の悪意
窮地に立たされたミネルヴァは、どうするか思い悩んでいた。
時間だけが過ぎていく、ジェルメーヌに対する恐れから顔も上げられずにいた。
国の為なら飲むしか――、でも妹の事で考えが巡る。
(これを飲んだとして妹は帰ってくるの?そもそも…王妃の犯行がバレて告発される可能性は?)
(いえ…、エーデルの一件だってあったのに王妃のスキャンダル……レオナルドはともかく国王はこれを受け止めるの?――そんな訳はない、この密室で証拠も残らなければ揉み消されるわ!!)
姉妹二人で助かる可能性はかなり低い、私が毒だと気付いた所で彼女に妄言と言われればそこでおしまい……
かと言って飲まないで拒めば、王妃の好意を断った無礼で国際的に問題が出る。
妹の事は有耶無耶で終わる可能性が高い……
けれど私が死ねば話が違う、調査を行う義務が発生するわ。
トレントなら必ず私の死について追求するはず――国を思うなら答えが出ているわ……分かっていても手が震える、恐ろしくて仕方がない。
こんな短時間で覚悟ができる訳がない、けどやらなきゃいけない、わかってる、これが最善策なの。
彼を殺す気でやってきたのに…自分になったら怯えるなんて、お笑い草だわ。
覚悟を決めるのよミネルヴァ・アクアリア、私は姫なんだから――そうグラスを持ち上げる。
(ごめんなさいレオナルド、貴方とのダンスとても楽しかったわ)
ジェルメーヌが満面に微笑む、私の次の行動を察したのだろう彼女は私を凝視する。
口元にグラスが近づく――ドォン!!と後ろから何かが吹き飛ぶ音がした。
「何事なの!?」
ジェルメーヌは思わず席を立ち上がる――予想もしていないいことが起こったのだ当然だ。
“いつだって貴方は私が来て欲しい時に来てくれる”
目に入る赤毛はいつも通り明るくて、輝くような美しい瞳。
立ち上がった私を後ろからレオナルドは抱き寄せた。
「遅くなってすまない」
「いいとこだけ持っていくなよな…」
そうトレントはその様子にぼやいた。
私に優しく微笑むとレオナルドは、ジェルメーヌに視線を移す。
「これはどういう事ですか――お母様」
「どういう事も何も、ミネルヴァさんにお礼を兼ねて晩餐会に招待したのよ?」
「でもミネルヴァさん、一口も手をつけてくれなくって…そのワインを飲んでもらおうと思っていただけよ」
ずらりと並ぶ料理に、レオナルドもトレントも顔を顰めた。当然だ――全て魚が使われていたからだ……
ミネルヴァが食べられない事も無理はない、寧ろ悪意すらある献立だ。
トレントはうぇっと吐き気を模様し、喉から音を漏らしていた。
ミネルヴァの様子からレオナルドは、彼女がこの光景に不快感を抱いていることに気がつく。
(飲み物にすら手をつけていない――何か入っているのかもしかして)
「彼女の種族を知っての事ですよね!?あまりにも配慮に欠けています!!」
「あらそう?気づかなくってごめんなさいね〜」
「でもねレオナルド、婚約もしていない男女が抱き合うものでは無くってよ」
レオナルドはその言葉にはなれると、母親を、王妃ジェルメーヌを睨みつける。
「俺の意思は伝えた筈だ!!ラストダンスの意味…舞踏会の華だった貴女が分からない筈もない」
「……、貴方は一国の王子、いえ王太子!!いずれ王になる者そんな事許されるとでも思っているの」
「貴女に許されなくたっていい――俺は彼女が良いんだ!!」
ギリッとジェルメーヌは食いしばる、レオナルドの言葉が気に食わないのだ。
「レオナルド…ミネルヴァさんを連れ帰って良いけれど本当にいいの?」
「何の話だい?」
「私の用意した料理を一口も口につけず帰った女…どう思われるでしょうねぇ…陛下もきっと失望なさるわ」
その言葉にレオナルドは顔を強張らせる、母親がミネルヴァに何かしらの加害を行おうとしていた事は確実だが、証拠がない。
(このままでは、思い通りに引き裂かれてしまう!!外交だって…)
これからの未来、会うことすら奪われる事を察してレオナルド母親をはっきりと敵だと認識した。
「アンリエッタ殿は何処にやった……」
「さぁ、知らないわ」
白々しい態度にイラつきを覚えたレオナルドは、その目で強く強くジェルメーヌを見た。
怒りや不条理に抗うように、瞳は強い色が宿っていた。
「そう…その目!私にもっと向けて頂戴!!」
「何よりも熱く、どんな宝石よりも輝かしい、太陽の瞳!!」
何処かうっとりしたように頬を紅潮させ、レオナルドを見つめる。
「貴方が誰かの物になるなんて許さないわぁ!!――これからだって、ずっとずーとね!!」
「さぁどうするの、何をやったってもう手遅れよ――
アハハハハ」
彼女の狂ったような笑い声が響く。
パンっと扇子を叩くと、彼女の兵達に囲まれる。トレントは槍で体を押さえつけられ暴れられない状況に追い込まれる。
袋小路とは正にこの事、何をやったって犠牲を払う状況だ――
(やっぱり私が飲むしか無いわ)
そうミネルヴァが諦めようとグラスを傾けた時、レオナルドは手でそれを制止した。
首を横に振り、その行動を制止する。
ジェルメーヌの思い通りになるしかないの?
悔しい…私の葛藤も、妹の精一杯も何の意味もなくなってしまった。
レオナルドだって覚悟していた筈だ…あのパーティーで自分の立場すら危うくする行為だ。
そこまでしてくれたのに…
「ミネルヴァそのグラス俺にくれるかい?」
「ええ?」
「いいから」
私はそっとレオナルドにグラスを手渡す、何をするのか分からず皆が呆然とする。
「レオナルド…何をするつもりなの?」
ジェルメーヌは笑顔を崩し冷や汗をかく――
「…お母様、俺はただワインを味見するだけですよ」
「あなたの用意した特別なこれを」
ジェルメーヌはいつもの品のある、たおやかな佇まいを忘れたように走り出す。
レオナルドがグラスを口元に運ぶ、口に含もうとした時――
「ダメッ!!」
はぁはぁと肩で息を履き、レオナルドからグラスをはたき落とす。
パリンっとグラスが割れ液体が溢れる、ミネルヴァの入れた銀のティースプーンがカランっと転がった。
黒く変色した銀――これを見せるだけで証拠としては十分だった。
「――つまりそういう事ですねお母様」
「どうして、どうしてなの!?なぜ私を拒むの!!」
ジェルメーヌは目を見開き、呼吸を荒げ肩を震わせた。




