15話 王妃の晩餐会
ジェルメーヌの後をついていき、続いて部屋へと入る。二人で使うにはあまりにも広すぎる部屋には、多くの椅子と長い机が用意されていた。
その机には用意された、美しい食器達が並んでいた。
用意されたカトラリーの刻印は美しく、全て金で作られていた。
いったい何のつもりだろうか……
彼女は上機嫌そうに鼻歌交じりに席へと座る。
「おすわりになって」
言われるまま私は席についた、周りを見渡すと私の観たことのない衣服を着た兵がいる。
扉や王妃そして私を囲っていた――
(これは私兵ね、王妃直属って言った所かしら)
「ミネルヴァさん貴女ってレオナルドの事どう思っているの」
「外交を惜しまず、人種関わらず偏見を持たない素晴らしい人格者かと」
「まぁ素敵に思っていて嬉しいわ」
一体何を考えているのかしら…本当に食事に誘っただけ?
使用人たちは忙しなく何かを運んでいる、彼女はまるで準備を終わるのをただ待っているようだ。
「そういえば貴女…妹さんとは、とても見た目が似ていないけれど…どうしてなの?」
「私と妹は母親が違うのですよ…、私は母から色を受け継ぎました」
「あら…なら苦労したんではなくって」
「そうですね…、差別は受けました故郷で黒い髪やこの瞳はあまり好まれる物ではないので」
正直な話…本当だ。
魔女は忌避される存在だ…平和主義かつ遊び好きな人魚達にとって、代償と引き換えに願いを叶える魔女は恐ろしいのだ。
するとジェルメーヌは、悲しそうな視線を送る。
「その気持ちわかるわ…」
「私ね…外から来た人間だからこの国では孤独だったの」
「陛下は優しかったけれど……異国の色の私を周りは、色々言っていたわ」
美しい彼女にも悩みがあったようだ…いや美しいならさぞ目立った事だ、嫌味も多くあったのだろう。
思ったより雑談ね…本当に私と話したかっただけなのかしら?
「自国には帰りたくは、ならなかったのですか?」
「――それは無いわだって……私は天啓を得てここに来たんだもの」
その言葉は予想外のもので、一瞬何を言っているか分からなかった。
一体どういう事なのだろうか?
(私が見た夢と関係している?)
「とても素敵な方だったわぁ…思い出すだけでドキドキしちゃう」
「それに…レオナルドが生まれた時の事を思い出すわ」
恋をする生娘のように頬を染める彼女に言い知れぬ違和感を覚える。
レオナルドに特別な感情を抱いていそうだけど、それに対して一つの疑問が浮かぶ。
“それは母として?それとも女として??”
(何だか……不気味だわ)
彼女の言い知れぬ雰囲気に私は圧倒されていた。
「今日は、特別に仕込みから私がしたんですのよ」
「形式とは違いますが…見てほしいの、皆さん持ってきて」
コースとは違い、眼前にずらずらと料理が並べられていく。
クローシュに覆われ皿の中身が見れない…
王妃が自分の扇子をパンっとひと叩きすると、使用人たちは一斉に蓋を開けた。
「ひっ――」
照りついた魚の巨大な頭、
魚の丸焼き、
魚の目玉のスープ、
魚のカルパッチョ、
小魚のフライ、
鱗で縁取られた、目玉と鱗がない無残な魚のソテー
全ての料理が、美しく珍しい装飾めいたものだが…その全てにわざとらしく魚が使われていた。
魚の料理をするなとは思わないが――、余りにも見え透いた悪意に吐き気を模様す。
彼女はニコニコと満足げに微笑むだけだ。
「あらあらどうなされたの」
わざとらしく彼女は私の反応を楽しんでいた――
いったい何なの…分からないわ。
「何故私を晩餐に…」
「そりゃまぁ息子を救ってくれた特別なお姫様ですもの〜もてなすのは当然でしょう?」
もてなす?これが――
私達は人魚、あんまり言いたくわないが半魚の存在だ…
人間が猿を食べないように、私達は魚を食べない。
でも文句を言ったら何が出るか分からないわ…
「そういえば何をお探しになっていたの?」
「いっ妹が居なくなってしまって探していたのですが…」
「あぁ〜、あの子ねぇ」
含みのある言い方で彼女はワイングラスを持つ、すると使用人たちは彼女に白ワインを注いだ。
クイッと一口含んだ。
「レオナルドに色目を使った品のない小魚ちゃん…立場もわきまえずね」
(…レオナルドに何かしらの執着と、妹に嫌悪を抱いているのは間違いなさそうね。犯人は彼女にほぼ間違いないだろうけど――王妃に楯突くなんて出来ないわ)
一国の王子に対して、恋愛的な好意を表に出すのはいけないだろう…しかも外交という手段を使って。
それは間違いなく妹の落ち度だ――
私も彼女の幸せばかり願って、品位等を鑑みてなかったわ。
私は掌を握り込む、冷静さを繕わないと…私は外交官よ交渉の余地は何処かにある筈よ。
「まぁ…貴女は、弁えていたようだけれど」
「王子に…未来を担う王太子に対して無礼な事をしていた事を認めます…ですが悪気はなく幼い妹のやった事です」
「どうか温情を――」
「そんな事は良いのよ気にしてないの!!小言が過ぎたわごめんなさい」
「だから仲直りしたいの、食べてくださる?」
そう彼女は両手を広げる。
さぁ、召し上がれと言わんばかりに…
断るわけには行かないわ、大丈夫よ…前世では食べてたじゃない。
しぶしぶ私は震える手でカトラリーを持つ。
死んだ魚の目が私を責め立てるようで、息が荒くハーハーと呼吸が乱れる。
辛い、怖い、嫌だ――何故海の仲間を食べなければいけないのかそんな気持ちが渦巻いた。
気持ちを抑えるように、手前にあるムニエルにナイフを入れる――しかしその感触を感じた瞬間に言い知れない嫌悪から手から離れた。
ガシャン――と皿が鳴る、ジェルメーヌは冷たい表情のまま私を見ていた。
「わっ私達に魚を食べる…しゅ、習慣が無いのです」
「もっ申し訳ありませんが……」
食べたくない――私には無理だ。
「食べられないとおっしゃるの――この王妃たる私の用意したものを」
「っ――」
周りを見渡せば、兵たちからの鋭い視線が送られる。
食べなければいけない、海にいた友達を、その家族かも知れない生き物を――口に入れて咀嚼しないといけない。
ゾワゾワと寒気が経つ。
目の視界が滲む、再びナイフとフォークに手を取る。
一口だけ、ひとくちだけ、形だけでいい食べれば…――パンっと音がした。
「泣きそうになりながら頑張ってもらっては、此方が悲しいですわ」
「ごめんなさいね、別のものをご用意致しますわ!」
そうして用意されたのはどす黒い色をしたワインだった――何だか嫌な予感がする。
「さぁお飲みになって――」
「あっありがとうございます…」
手元に寄せ王妃に見えないように膝近くに持っていく。
隠し持っていた銀のティースプーンを恐る恐る入れてみる。
カランっと言う音と共に――銀は黒く変色した。
これってつまり……冷や汗がブワッと溢れる。毛穴の一本一本が逆立つようだ。
ミネルヴァ口元に手を置く、この飲み物に入っている物を察してしまったからだ…手は震え歯がガチガチと言い出すのを何とか抑える。
“毒”だ。
王妃が用意したサプライズ、晩餐の物も拒み飲み物も拒む…こんな事をもし陛下に進言されれば私に立場はない。
これを飲むことを拒めば、レオナルドとの関係は絶たれるだろう。
かと言って此処で飲めば間違いなく私は死ぬ――
恋を取って死ぬか、恋を諦めるか究極の二択を迫られていた――




