2話 いざ人間の国へ
「…人間の足だ」
海辺の石に腰掛け、ミネルヴァは殆ど裸の状態で大きな薄布一枚を纏い足を確認する。
鱗は消え失せ二本の生え揃った脚がそこにはある。
懐かしいな…毎日これで歩いてたわね。
この脚はアクアリア王家に伝わる満潮のペンダントの力だ、月を模したこの首飾り。
古い時代まだ人間と交友があった頃、私達王家はこのペンダントを使って交友を図っていたそうだ。
しかしこれの難点は水をかけられると元の姿に戻ってしまうことだ陸であの姿になれば間違いなく逃げられない。
暮らしていくと同時に私の弱点にもなる。
「あなたたち見送りありがとう」
そう目を向けると城の兵たちや、ついてきた魚達がこちらを心配そうに見つめている。
「姫様本当に大丈夫でしょうか…」
「国王同士がこの外交に同意したのよ、すでに父は支援をしているわ」
「私の留学もその外交の取引のひとつなの、もし何かあれば国際的な問題になるわ」
そういうと兵たちは訝しげに考え込む。
無理もない人との交流が断たれてから永い年月がたっている。
信用など我々にないに等しい、建前ではあるが私はそれを勝ち取りに来たと言ってもいい。
「さあもう行って私一人で行く約束だから」
そういうと彼らは名残惜しそうに海の底へと帰っていく。
震える足や手を押さえつける、恐怖で止まるなんてあってはならない。
ここからは私の戦いだ、一人でやり遂げなくてはならない。
(失敗すれば妹は泡になって死ぬ――)
「これはこれは海の姫君がやってくると聞いたのだけど」
「まさかそれが人魚の正装なの?」
嫌味混じった声が耳に入る、人魚が海で暮らしていることを分かっていないのか?
そんな布の多い服を着ない事は分かっているでしょうに…
「あなたは?」
彼女は複数の女性の召使いたちを引き連れまるで権威を見せびらかすようにドレスを持ち上げる。
「私ったら名乗り遅れて申し訳ありませんわ」
「私はエーデル・マルシャン公爵令嬢でございます、このアルカディア国のレオナルド王子の婚約者ですわ」
婚約者…ですって?
人魚姫の物語に確かに隣国の姫との結婚がある話は知っているが、婚約者は聞いたことがない。
「それはそれはお迎えにあがり、光栄っ――」
そう立ち上がり挨拶をしようとした時、ずしゃっと勢いよく砂の地面へと倒れ込む。
砂が皮膚に張り付き水とは違う感覚に不快感を覚えた。
まともに立てない。
「ぷっ、ふふっ失礼まさかぁ、まともに立てすらしないんですかぁ?」
クスクスと彼女達の笑い声が聞こえる。
嘲笑を孕んだその声に惨めさを覚えた。
練習しておくべきだった…そう後悔する。
「どうして君がいるんだい?」
男の声…、しかしそれは何処か軽やかな聴き心地のいい声。
顔をあげるとそこには、はっとするような赤毛の髪を持つ宿敵がいた――私の殺すべき相手。
ギュッと拳を握る。
「レオナルド様、私は人魚の姫様を迎えに来ただけですわ」
「女同士のほうが勝手が分かるでしょうから」
言い分はもっともだが、あれが歓迎ならあまりにも違う文化だと思うけれど。
そんなげんなりとした気持ちに胸がモヤつく。
「そう言ってあげたいけどねエーデル嬢」
「彼女は異国の架け橋となる姫君だ、相応の対応が望ましい勝手な行動は困るよ」
エーデルは笑顔をひくつかせそれを扇子で隠すと言葉を続ける。
「私が相応しくないと言いたいのですか?貴方の婚約者の私が?」
「はぁ、まぁ身分の話はよそう…けどね」
ジトッと彼は私をいや地面を見回すと、何かに目をとめたようだ。
「まさかと思うけど倒れた彼女を放置していたなんて事ないよね?」
「そんな事はっ…!?」
エーデルは王子の視線の先に何があるかに気がついてしまった。
それは砂の上の足跡。
ミネルヴァのもとには一切無く、それをみれば自分が何もしていない事が明白だったからだ。
「不適切な振る舞いをして申し訳ありません…失礼させていただきます」
彼女はそういうと立ち去っていくとき、私と目が合ったギラギラとした鋭い瞳が私を貫いた。
「初めまして俺は、レオナルド・アルカディアこの国の第一王子だ君を迎えに来たんだ」
「兵は連れてこなかったのですか?」
「この先にいるよ」
ならもしここで私が何かすればバレてしまうし、アクアリアにとても不利だ今は大人しくついていこう。
これが妹を破滅させる悲劇の元凶…その割にはあまりに優しげに見えた。
不覚だ…宿敵に助けられてしまった。
「では王城に来ていただけますか姫様」
そう手を伸ばす彼の手を、不服だが掴んだ。一人で歩けそうにはない。
そう掴むと彼は私を引っ張り上げ、そのまま抱えた。
こっこれは――
「ちょっ何をなさるんですか!?」
お姫様抱っこだ!!
ミネルヴァは顔を赤らめ恥ずかしがる。
「見たところ歩くのが困難と見えたからね」
「歩けます!!」
この男に恥を晒すなんて最悪だ!!ただでさえ助けられてしまったと言うのに。
「それに…その格好で歩き回る姿を見せるのはちょっとね」
ハッとし布しかまとっていない自分を思い出す、……私はゆっくりと抵抗をやめる。
「ご配慮…感謝しますっ」
建前として王子の好意を無下にする訳にはいかない、ここは大人しくした方が得策だろう。
彼はニコッと笑うと兵をかき分け馬車まで私を運んだ、至近距離殺すならうってつけだろう。
(兵もいる事だし、でも今はそんな事は考えも仕方ないわね)
そう思った私は体の力を抜いた。




