8話 夜のパーティーに向けて
ミネルヴァはレオナルドの元を立ち去った後、自室に帰るためにヒールをコツコツと打ち鳴らし歩いていた。
感情からか踏み鳴らす音が一層に強く響いていた。
その歩みをとめる者がいた――
「ミネルヴァ様探しましたよ!!」
そう呼び止めたのは、マチルダだった。彼女が側仕えから離れてしまった為か、少し懐かしく思えた。
「マチルダさん!いったい何のご用?」
「質問の前にせめて誰かお一人つけて下さいませ!」
(耳が痛いわ、流石に私が悪いわね…少しプライベートが欲しいのも本音だけど)
「すぐ帰るつもりだったの悪かったわ…」
トレントやレオナルドが絡んでこなきゃとっくに、いや泣いてたから…帰れなかったかも知れないわ。
彼女が来るって事はそれなりの事なのかしら?
「反省なさるならこれ以上言及致しません」
「用と言うのは、もうしばらくすると夜の舞踏会が開かれるのですよ…ダンスパーティーです」
「急ね…」
「急じゃありませんよ、エーデっコホン!!あの一件が無ければとっくに行われています」
名前を出しかけてマチルダは誤魔化すように、咳払いをする。
「船で特別な生誕祭を送ったあと、城内でパーティーを開く予定だったんです…レオナルド様の告発によりドタキャンになりましたがね!!」
私怨もこもってそうね…
確かに王子、しかも王位後継者の誕生祭があれでは可哀想だろう。
んっ、まってダンスパーティー?
――という事は踊れって事!?
「もしかして私も踊るの?」
「はい勿論で御座います、講師は既に手配しております」
「壁の花を決めて頂いては困ります」
パーティーの花形だものね、断るのも無理かしら…せめて数を減らしたいわ。
全ての演目は踊れる気がしない、話さなくっていたのは楽そうだけど至近距離なのもね…
一曲踊れば許されるかしら、でも誰と踊れば――
レオナルドの顔がよぎる…、こんな時すら頭によぎるなんて。
「明日から早速練習ですからね!!妹様も来ますよ」
「えっアンリエッタが!?」
「私達も流石に無理にはとは思ったのですが、どうしても踊りたいそうですよ」
「そう…分かったわ、明日の為に今日はもう休むわ。夕餉は部屋にお願い」
「畏まりました、マリーに伝えますわ」
私は部屋に帰ると、メイド集のハンナ以外の二人はマチルダに怒られた〜と私に楽しげに愚痴ってくれた。
その後部屋で食事を終えると、すっかり二人はパーティーの事で夢中になっていた。
「新しいドレスですね!!」
「ダンスパーティーですからね!踊りに映えるデザインがいいですね〜」
「楽しそうね二人とも」
「当たり前ですよ〜ハンナもきっと妹様と盛り上がってますよ」
いつも元気な彼女達には元気を貰える、こんな時はとても有難い。
講師はどんな方なのかしら?
妹は踊れるのかしら…海のなかでもダンスがとても上手だった妹の事だすぐに覚えてしまいそうな気がする。
歌はそこそこだったけれど…私踊りはあんまりだったのよね、不安だわ。
「そろそろ寝るとするわね、二人とも楽しみにしてるわね」
「はーいいくつか取り揃えています!!」
「では、おやすみなさい」
彼女達は立ち去っていく。
私はゆっくりと目を閉じる――余計な事は考えても仕方がない。
(でも…レオナルドに当たってしまったのは謝らないとね)
あれは間違いなく私の問題だ、関係が不仲になったら外交が滞ってしまうもの…そうそれだけよ。
朝になればもっと楽になるといいのだけど…
(結局金に気をつけろって何を指してるのかしら…アンリエッタの事とは思いたくないけど……)
考えるうちに次第に意識が薄れ私は眠りに落ちた。
朝になり私はマリーに案内され、練習する部屋へと向かう。
既にアンリエッタが居たようで、此方に控え目に手を振ってくれる。
私もそれに手を振る、そしてそこにはトレントの姿もあった。
「皆様揃ったようですわね」
品の良さそうな赤毛の女性が喋る、彼女の赤毛は銅のような色だ。
40代程だろうか?
「貴女は?」
「メリダ・バークレイです、バークレイ夫人と呼ばれているわ、陛下とは従姉妹なの」
「あなた方のダンス講師を頼まれましたの、よろしくね」
「よろしくお願いします」
軽く挨拶を終えると、彼女は口を開く。
「みんなダンスの予備知識はあるかしら」
「本でなら…」
「全く無いです!!」
「勿論ないぜ!」
ミネルヴァ、アンリエッタ、トレントはそう順番に答える。
メリダは少し困った顔をするが、絶やさず笑みを浮かべていた。
呆れてるんでしょうね、貴族のたしなみだ仕方がないわ…。
「まぁまぁ、こんな事もあるかとスケットはお呼びしたから大丈夫よ皆さん」
「でも遅いわね…」
そう振り子時計をみるバークレイ夫人、そういえば時計ここにはあるのよね…海にもあったらいいのに。
アンリエッタは不思議そうに見ている。
海のなかには無かったものね、私達は潮の流れである程度の時間を見ていたけど大雑把なものだ。
だいたい…、海の人たちは海の底に住むから、日照時間が季節で異なる事もあまり分かってはいないだろうしね。
「お姉様、あれ何かしら」
「時間を計ることができるものよ、時計って言うの」
「潮の道引きじゃなくても分かるんですか!!すごい…」
「ほーん人間は便利なもん作るな」
そんな雑談をしていると足音が此方に近づいてくるのが分かる、何か話し声もする。
そっと耳を私は傾けた。
「困りますってば」
「あら、人数足りてないのでしょう?」
「我々で事足りますから!!」
この声…レオナルドなのは確かだがあと一人は誰かしら?
ガチャッと開かれて現れたのは、色白で白金の髪に灰色の瞳の何処からどう見ても異国の女性だ。
アルカディアの住民は、海に近いためか小麦色の健康的な肌や茶髪が多い。
彼女は北国のような白く澄んだ肌をしていた。
「ジェルメーヌ様!?」
バークレイ夫人がそう叫ぶ、少なくとも彼女より上の身分なのだろう。
後ろのレオナルドは頭を抱え、何処かげんなりとしていた。
何だかあんな彼を見るのは初めてかも知れない…
「あらあら、あなた達が海からのお客様?」
「はじめまして私の名前はジェルメーヌ・アルカディア――現国王ハリソン・アルカディアの妻に当たりますわ」
「…俺の実母で、この国の王妃だよ」
そうレオナルドは語る、実母にしては…
「随分と若い母親だな!?…人間ってそうなのか」
同じ感想をトレントも抱いていたようだ。
「あら、お上手ねもう35になるわよ」
35歳!?…若いけれどにしても若いわ…二十代後半程に彼女は見えた。
レオナルド程の子供がいるなんてまるで想像ができない。
確かに…人間の寿命ぐらいは私たちにも伝わっている、この時代の人間ならせいぜい50…長くても100年ほどだ。
50年で考えるなら、人生の半数を生きているのにこの若さは驚愕そのものだ。
「ダンスのレッスンをするんですのよね?メリダ、私もお手伝いするわ」
「まぁジェルメーヌ様と言ったらダンスですもの、心強いわ!」
「結婚式に踊られた陛下との舞は、美しく水面の精霊のようだと言われていたんですよ」
バークレイ夫人はキラキラと目を輝かせていた。よほどいい思い出なのだろう。
ダンスの得意な方なのね…習う側も三人教える側も三人なら都合が良いだろう。
私のお相手が誰かが気になるところだけど……
こうして新たな人物を加え私達は、ダンスを習うことになった――




