第205話 アマルとアラバマの思惑
空調管理されたドーム栽培温室には様々な果樹や野菜が植えられ、そこかしこにフェネック姿のカーバンクルがいる。
一見して愛らしい姿で寛いでいるようだが、大きな耳をピクピクと動かしながら辺りを警戒していた。
そうして温室内に設えられたカフェエリアに辿り着くと、豪華なガーデンテーブルで仕事をしているアラバマを見付け、アマルはふわりと微笑んだ。
「どうなった?」
書類から目を離すことなく声を掛けられるが、アマルは気にした風もなくガーデンソファに腰かけた。
目線で侍女に飲み物を持ってくるよう頼む。それが届くと、ゆっくりとした所作でアイスショコラを一口飲み一息吐いた。
「全て、引き取って頂けましたよ」
「本当か?」
「はい。予想外でしたけどね」
リオンの性格上、遠慮して一隻だろうとアマルは予想していたようだ。
「まぁ、あやつなら全部回収するだろうと思っておったがな」
「そうなのですか?」
「ゴミ同然の扱いをされておれば、憐れに思って当然だろう?」
「そのようなものですかね? まぁ、敢えてわざとそう思わせましたけれど」
壊れて動かないとはいえ、サヘールが孤立せずに貿易で稼ぐ切っ掛けを作ってくれた貴重な遺物である。本来ならばもっと大切に保管すべきところだが、魔動船を復元する際に中のパーツはほぼ抜き取られてしまっていた。
アマルやアラバマがその希少性に気付いたところで時既に遅く。
捨ててしまったパーツが多かった所為で元に戻せる筈もなく、太古の魔動船があの状態になってから随分と経っていた。
「ドワーフの連中は優秀な職人ではあるが、後先考えぬからな。大部分の者がそうであるのと同じではあるから、今更叱り飛ばす訳にもいかんのが頭が痛い」
「私たちが物心つく前には既に、抜け殻状態でしたからね」
魔動船開発のための尊い犠牲と言えば聞こえはいいが、結局は太古の遺産を破壊したも同然だ。その価値や重要性も、十分理解していなかったのもある。
失伝した技術を蘇らせる研究だったとしても、逆に復元できないまま失った部分も多かったに違いない。本当に、今更悔やんでも仕方のないことだが。
「それでもヤツは価値を見出したのであろうな」
「かもしれませんね。リオン様が復元出来なかったとしても、大切に保管してくれそうですから。お互い損はありませんよ?」
「本当にそう思っておるのか?」
「あのままの状態で置いておいても、今の私たちの技術ではどうにもできませんし。できれば価値の判る方にこそ、復元して欲しいと思っておりますから」
「魔塔の連中が研究したいと申し出たのを、突っぱねたとは思えん発言だな」
魔動船の開発に成功した当初、他にも何か機能があるのではないかと魔塔から研究の許可を出して欲しいと言われたことがある。
できれば太古の魔動船を売ってくれとまで言われたがしかし。
「あの者たちには危なっかしくて研究させられませんよ。それに私の母上を怒らせてから、魔塔関係者は出入り禁止にされてますしね」
「……そうだったな」
アラバマの脳裏にふとディエゴが浮かんだが、アレは元だったなと思い直す。
リオンもアルケミストでありながら賢者の塔に引き籠らず、冒険者として出歩いている。
二人とも好奇心が強く興味のあることにまっしぐらだが、人に迷惑をかけるようなことはせず、争いを起こさないので放っているようなものだ。
喧嘩を売っても返り討ちにされそうではあるが。
魔塔の魔法使いはあちこちで倦厭されるような行動を取るので、出入り禁止にされている国や地域は案外多い。アルケミストのように塔に閉じ籠っていろとまではいわないが、迷惑行為をするなと言いたいところだ。
それにスプリガンのメンバーは魔塔の連中を避けているような節もあるので、彼らと出くわさないサヘールでは気楽に過ごせているようだった。
「奴らも魔塔とは拘わりたくは無かろう。丁度良かったではないか」
「そうですね。お二人とも実に伸び伸びとしておりますよ」
「伸び伸びしすぎだ。お陰で輸出品目が増えて書類整理が終わらん」
「嬉しい悲鳴じゃないですか。まぁ、魔塔からの問い合わせも煩いですが」
「放っておけ。相手にしても良いことなどない」
「それもそうですね」
珍しい輸出品に目を付けたのか、魔塔から特許の公開を求められている。
国家安全保障に関わる機微な発明だからと、公開を制限しているせいだろう。
分析されてもサヘールでしか手に入らないモノなので、おいそれと真似はできないけれど。大量に妙な奴らが入り込んでこられても困るのだ。
今後はより一層、出入国の制限を設けなければとアラバマは考えている。
「その分、他国から危険視されそうではあるがな」
「我が国がですか?」
「いや、あ奴らがだ」
関わった者なら判る。
いずれ彼らの――――特にリオンの――――齎す知恵や幸いが、羨ましくも欲しくなるだろう。
無暗に敵を作るような者たちではないとしても、ちょっかいをかけてくる輩というのはどこにでもいるものだ。彼の仲間たちも、それは十分理解していると思うが。
「自重しろと言っても言う事を聞かんからな」
悪いことをしている訳ではないし、問題を起こしている訳でもないけれど。
いや、ある意味問題を起こしているかと、アラバマは苦く笑った。
「だからこそ、あの魔動船をリオン様に託そうと?」
「まぁな。何かの役に立ててくれれば良いと思っておる」
今はただのガラクタかもしれないが、失伝した魔法合金まで復活させた者たちだ。必ずや太古の魔動船を復元させるだろう。
水晶型格納庫というとんでもないアイテムを持っているだけに、それだけでは済まなさそうだというのがアラバマの考えであった。
「悪用するような者ではないから、大丈夫であろう」
とんでもない物を作り出したとしても、事前に確認するぐらいの慎重さはある。
最も、リオンにしか作れず製品化にまで至らないことの方が多かったけれど。
「ゴミや使えないと思っていたものですら、役に立つよう工夫するアイデアに溢れておるからな。身近なもので、誰でも簡単に作れるので助かっておる」
「私も最近は、何でもないモノがとてつもなく価値のあるような物に見えてきましたからね」
「良い影響だな」
「商人としての目利きが鍛えられましたよ」
魔晶石という資源に頼りきって見失っていた。
自国で生産できるモノは少ないのだと勘違いして。
見渡せば他にも豊かな資源に恵まれていた。
それをリオンは気付かせてくれたのである。
「やはり……いなくなってしまうのでしょうか?」
「冒険者ゆえ仕方あるまい」
やたらとバホメールの乳製品を買い占めていることからそれは察せた。
他にもサヘールの地でしか手に入らない鉱物や食品も大量に補充しているようだ。
それをいつものことと見逃す程、短い付き合いでもない。
「私としては、引き留めたいのですがね」
「無理だろうな。既に去る準備をしているようだ」
「……仕方ありませんね。私もハゲの呪いには罹りたくはありませんし」
「セカンドハウスぐらいに考えてくれればよかろう。せいぜい奴が何度も来たくなるよう、美味い特産品でも開発する方が賢明だな」
エサで誘き寄せられる動物のような扱いだが、あながち間違ってはいない。
ただとんでもなくグルメで、味にうるさいというだけで。
商品ブランドとなっているコロポックルもそうだが、美味しい物が好きな妖精と同じだ。好きにさせておくだけで、多少の悪戯には目を瞑れるぐらいには、幸福を撒き散らしているような存在である。
「下手に欲張ると不吉なことが起きそうだ。ただでさえ益の方が多いのだからな」
「あの方のお陰で、悩みの種は随分と減りましたしね」
「ここから先は自分たちの力でどうにでも出来るであろう?」
何もかもが上手く行くことはないかもしれない。悩み事というのは、一つ解決すればまた他のところから湧いて出るものだからだ。
それでも頼れる兄弟姉妹と共に、この国をより良くしようと思えるに至った。
「奴が戻ってきた際に、居座りたくなるよう環境を整えねばな」
「そうですね」
まずは衛生管理からですねと、アマルはそれらの施策をしているアラバマに協力することにした。
妖精は心が清らかな者を好む。
それと同じく、住み心地の良い、綺麗な環境を好むのだ。
アルケミストが妖精と例えられているのも、彼らが色々な意味で汚れた外の環境を嫌っているからだと言われている。
リオンもハエの集っている食品には絶対に手を出さないので、まずはそこから始めようと思う二人なのであった。
一方その頃のリオンは。
「ねぇ、コレつかえそー?」
『レヴィアタンを斃した時にドロップしたダンジョンコアですか?』
新たなダンジョンを創る核となるドロップ品を取り出し、太古の魔動船を復元させる素材にならないかと問いかけた。
失ったパーツの素材を補充することは無理でも、それに代わる素材があればと考えたようだ。実際に先程から、様々なモノを放り込んで実験している。
詳しく調べてみれば、水晶型格納庫には自動修復機能の他に、別々の物を『合成』して組み合わせる機能と、合成された素材を『分解』する機能があった。
そうして修復する素材がなければ代替品で合成し、失敗すれば分解して元に戻せばよいという考えの元。
『エネルギーの塊のようなモノですからね。魔晶石の代用品としても十分な素材になりそうです』
「だよねー」
寧ろ魔晶石より高エネルギーであると、Siryiの鑑定では表示されている。
『確かに魔晶石が不要になる可能性はありますが。しかし高エネルギーの塊のようなダンジョンコアとの合成となれば、付加や脱離、または置換反応という――――』
「そいやっ」
魔動船型ダンジョンになるという懸念すら抱かず、リオンはヒトデ型のダンジョンコアを水晶型格納庫に放り込んだ。




