第200話 妖精の影響力
孵化の儀から数日経ったが、今も柔らかな雨が降り注いでいる。
そのお陰もあって、現在俺たちはまったりと休養日を取っているところだ。
雨と言っても柔らかな霧雨なので、子供は元気に外で遊んでいるけれど。それでも風邪をひかないように祈っておこう。
そして樹木の多くない地域では、普通なら降り続く雨で地盤が緩むのだが、不思議なことに土砂災害にはなっていない。
それというのも。
「地下水を溜める側溝などを掘っていたからな」
「ああ、それで寄宿舎が崩壊したのか」
アラバマ殿下の呟きに対して、察しの良いディエゴが頷いた。
「ただの嫌がらせじゃなかったんすね~」
テオは嫌がらせだと思ったみたいだけど、俺は男の浪漫上位にランクインする秘密の通路や抜け穴掘りだと思ってたよ。
「目的があって掘ってたのかよ……」
「嫌がらせや目的もなく穴など掘らんわ!」
どうやら詳しく話を聞くと、アラバマ殿下はカーバンクルと一緒にこっそり治水工事を進めていたらしい。
なのであちこちに水の逃げる溝や穴があって、そこに雨水が流れているお陰で地盤が緩んでいないのだそうだ。
そして地属性であるアラバマ殿下やカーバンクルによって、それらの水路や地下に掘った貯水池周辺の地盤は固められている。今も順調に水が溜まっているそうで、「先見の明のある俺様は凄いだろう?」とニヤニヤしていた。
遊びで穴を掘っていたのではないと知って驚いたけれど、まさか本当に治水作業に着手しているとは恐れ入った。
雨が降らなければ意味のない用水路だが、現在降り続く雨に対応している。
今まで雨量が少なく苦労してきた分、セラピア様がご祝儀で雨を降らせてくれているのかもしれないけどね。
なんてことを思っていると。
「貴様が言っておっただろうが。雨の少ない地域で、たまに雨が長く降ると酷いことになると」
「あー、いってたねー」
雨が少ない地域では、排水設備が不十分な為に雨が降ると水害が発生し易いのだ。
そのことを雨が降った時に、屋根から滑り落ちてきた竜騎士の服や毛髪を回収している時に何気なく口にした。
土砂崩れとか怖いよね~、治水工事していないの~? みたいな感じで。
あの時も民家では多少の被害が出ていたので気になっていたし。
案外雨量の少ない地域の方が、突発的な豪雨とかで水害に遭いやすいからね。
「俺様も気にはなっておったが、頻度が少ないために後回しにしていたのだ」
「そうなんだー」
「その他にも色々と邪魔が入っておったのだが……まぁ、カーバンクルのお陰で、着手出来たようなものだ」
「よかったねー」
王宮内で悪さをしていた貴族連中が、ハゲの呪いによって様々な悪事がバレたことも大きい。
育毛剤でも生えない不毛頭の連中が、毛根同様根こそぎ検挙されたそうだ。
彼らはすべからく、脱税だの賄賂だのといった様々な悪事に手を染めていたが、現場や証拠を押さえることが出来ず野放しにされていたらしい。
がしかし、ムスタファを中心とした隠密カーバンクルによって、それらの証拠を手に入れることが出来たのである。
そのお陰か、既得権益に群がっていたハエがいなくなり、今までアラバマ殿下がやりたくても邪魔されて出来なかったことが出来るようになった。
食料自給率が上がらなかったのも、奴らの悪巧みの一つだったそうで。
税金で食料の備蓄をしながら傷む寸前まで溜め込んで、食糧不足に陥らせてからさも慈悲であるかのように、庶民に高値で売り払うようなことを一部の貴族が共謀してやってたんだって。
この国の王族は精霊に祈る事や、竜騎士となり国防を担うのが主な仕事だから気付けなかった部分である。
早くから連中の企みに気付いていたアラバマ殿下ではあったが、肝心の兄弟姉妹と不仲だっために孤軍奮闘してたみたい。
最初から貿易や外交を担うアマル様と、国力を強化するために自給率アップを目指すアラバマ殿下の仲が良ければ、内部の腐敗は最小限に防げていたのだろうけれど。
わざとシエラ王女様をナベリウスの巣に誘い込んで大怪我をさせ防衛面の弱体化を謀り、国益に直結する貿易や外交を担当していたアマル様を帰還できなくさせて食糧難を煽っていたのもこの計画の一部なのだそうだ。
視覚異常に陥って引き籠りになっちゃったカシム王子様を、これ幸いとばかりに神輿に担いでやりたい放題を企んでたみたいだし。
ファティナ王女様も同じように、ガスライティングという精神的支配で抑えつけようと考えたのだろう。
でもその計画も全て、今や妖精の悪戯という名のハゲの呪いの前に瓦解した。
こういうとちょっと情けないけれど、大袈裟なバトルをしなくても悪事を暴く事ってできるもんだし。割と地味に解決することの方が多いのだ。
まぁ、後に語られる場合、派手に脚色されそうだけど。
それにしても。税金で食料を備蓄しておきながら、有事の際に無料で配給せずに高値で売るってどういうことだ。よく考えなくても税金の二重取りだよね~これ。
主食であるお米でそれをやられたら俺ならきっとキレる。でも物がなければ高値でも買うしかないという情けなさ。
国民を守る対策をせずお金を搾り取る事ばかり考えるなんて、ヤのつく稼業の人たちも顔負けだよね。
気が付ける人が少ないだけに、中々悪辣なことを思い付くものである。
それ以上に悪徳貴族官僚共はもっと滅茶苦茶な計画を立てていたらしいのだが、それをアラバマ殿下とアマル様が協力したことで阻止できたんだってさ。
仲直りできて本当に良かったね~。
殿下たちが水面下で必死に頑張っている間、俺なんか遊んでばかりで本当に申し訳ない。知っていてもどうにもできないから仕方がないんだけどさ。
そう言うとみんなから物凄い複雑な顔をされた。それってどういう感情!?
「あの者どもの奸計に気付けず、今以上に外国に食料を頼るようになれば、もっと恐ろしいことになっていたと思います。私は外ばかりに目を向け、内に目を向けなかったことで気付けませんでしたし……」
「魔晶石は輸出品の一つであって、それに頼り切ってしまえばお終いだからな。最悪の場合、食料を盾にされ他国に自国を売り渡すような事態になるぞ」
「それについては、私も勉強不足でした……」
しょんもりと肩を落とすアマル様に、「今回のことで勉強になっただろう?」とアラバマ殿下はふんと鼻を鳴らした。
なので今後はカーストの底辺扱いされていた農民の差別をなくさせたいと、農業を守るための法律を強化させていく方針になったそうだ。
今回お縄になった連中は、日本でいうところの腐敗官僚とか悪徳政治家みたいな人たちらしく、俺は全く面識がないのでよく判んないんだけどね。
そもそもこの国の政治の仕組みがよく判らぬ。(聞いても覚えられない)
そんな悪徳官僚&貴族政治家たちの子供を王子様や王女様の友人や侍従として側に控えさせて、色々やらかしてたってのが今回の騒動の主な原因だった。
王族同士のドロドロの権力争いではなく、その臣下たちの企みだったって訳だね。
大体王族同士の争いって、奸臣が原因ではあるんだけど。
政治家や官僚の子供とはいえ全員が全員悪いわけではないのだが、運悪くアラバマ殿下やファティナ王女様やカシム王子様には悪いご友人や付き人が宛がわれちゃってたんだってさ。
お互い交流できないように、相手の悪口や嘘の噂を流し込んでいたってんだから質が悪い。そりゃお互いに険悪にもなるよ。
付き合う相手は選ばなきゃとは思うけど、友人も自由に選べないなんて、王族ってホント可哀想だよねー。
俺の知らないところで色々あったのだろうが、取りあえず王族の兄弟姉妹が仲直りできたことは幸いだろう。セラピア様も見ていてハラハラしてたに違いない。
もっと早くハゲの呪いをかけてあげればよかったのにねー。とはいえ、頭髪の有無で善悪の判定をしているのはどうかと思うけれど。
この国では頭髪問題が深刻なだけに、妖精の呪いの威力のすさまじさに誰も疑わなかったのである。
どうやら心を入れ替えれば本当に毛が生えてくるらしいし。
カシム王子様の隊でやりたい放題して毛根が死滅した竜騎士の人たちも、今は俺の畑でこき使ってやっているが、心の底から悔い改めた人から順にちょっとだけ頭髪が生え始めていた。(むせび泣いて俺に感謝するから怖い)
妖精の悪戯も偶には役に立つもんだ。
毛根を死滅させる呪いを思い付いた妖精さんは賢いね。
目に見えて判る罰だし、呪われた本人以外には害がないけど、この国の人にとっては死活問題だもんな。いやぁ~この世界の妖精さんの影響力は侮れないね!
「今後は庶民共の生活区域にも、上下水道を整える予定だ」
「がんばってねー」
増え続けるカーバンクルに困っていた割には、ちゃんと適材適所で使役しているところがアラバマ殿下である。
フェネックに擬態しているせいか、カーバンクルは穴掘りが大好きだからね。
穴を掘ればご飯が貰えるとあり、たまに宝石もゲットできて万々歳らしいよ?
だけど砂漠で穴を掘るのとは違って、人の暮らす場所での穴掘りは気を付けないといけないのに、最初の頃は勝手が判らずやらかしちゃったんだって。
寄宿舎の崩壊については、引き籠りのカシム王子様や、脱走を計画していたファティナ王女様にとっては災い転じて福となすだったから良かったけど。
本人たちはセラピア様の導きによって俺に出会わせてくれたのだとかなんか言ってるのだが。自ら変わろうとするタイミングに、偶然俺が関わっただけだろう。
俺がやったことと言えば、道端で倒れているところを拾って色覚補正眼鏡をあげて天パを縦ロールにしたぐらいだし。どちらも労力にしようと思ったり、実験台にしただけなので褒められたことはしていないのである。
だから妙に熱い視線で俺に感謝の念を飛ばすのは止めろ下さい。
俺の中にある細やかな良心が痛いから!
「クズ魔晶石の活用法を思い付かれたお陰で、新たな産業も生まれましたしね。これもリオン様の偉業でしょう」
「そんなことはないよ」
キラキラした笑みを浮かべながら、新たな輸出品の項目を整理しながらアマル様がそう口にした。
魔道具って大きくて動力も長持ちしないといけないという発想になるせいで、クズ魔晶石が捨てられていただけなんだよね。
クズでも魔晶石は立派な資源なのだから、魔道具を小型化して使えるようにしたらいいだけの話だけど、案外気付かないものなのだ。
庶民には大型の魔道具や、派手な装飾なんか必要ないしね。
これで安価な魔道具が普及して、少しでも庶民の生活が楽になればいいな。
生活水準を上げることで、衛生観念や道徳的理念が育てば儲けものである。
そういやこの前アマンダ姉さんに「この国に定住したい?」って聞かれて少し悩んでしまった。
もうちょっと国民全体に衛生観念が身につかないと難しいんだよね。
アントネストでも結構それで苦労したし。
拘りに拘り抜いて作られた、アラバマ研究所(俺にとっては秘密基地)の中だけなら及第点ではあるけれど。俺の基準は高いのだ。日本人だからしょうがないね。
そうそう研究所と言えば。適性有とみなされたテイマーと契約したカーバンクルが、ムスタファと共に土木作業に勤しんでいるとか。
そのお陰で益々地属性のテイマーの地位が向上しているそうだ。
サボテン栄養剤やクズ魔晶石を使った安価な農業用魔道具の開発のお陰で農地の開拓も進んでいるし、他国に比べて劣っていた一次産業もこれからどんどん発展していくことだろう。
サヘールは対外的には魔晶石で豊かな国というイメージはあるけど、それはあくまでも富裕層の暮らす天空都市だけの話だ。
それはどこの国でも同じなのだろうけどね。
真の豊かさとは、インフラが整って庶民も安心して暮らせるようになってこそ。
上位数パーセントだけが安全に暮らせるだけでは駄目なのだ。
こうして。急速ではないけれど、庶民の住む下層区域も緩やかにインフラが整備されつつあるサヘールである。
ところで。アラバマ殿下もだが、二人とも執務室とかでなく、何で俺のハウス栽培内にある豪華なガーデンテーブルで仕事をしているのだ。
侍女さんも当たり前のようにお茶の用意をしていて解せぬ。
あそこだけ豪華で優雅な空間みたくなってんだけど。
それというのも、屋根付きテニスコート程度だった畑が、全面強化ガラス張りになってちょっとしたドーム規模に拡大されてしまったからだ。
どうやらこのハウス栽培ドームは、俺へのプレゼントらしい。
なんかねー、アマル様が魔動船の温室で俺が楽しそうに薬草栽培しているのを見て、アラバマ殿下と話し合って拡大してくれたらしいんだよね。そりゃ畑仕事は趣味の一つではあるけどさー。
ただの暇潰しでやっていただけなのに、自前の種を持ち出してこの国では珍しい野菜を作ったせいで、二人からは畑仕事好きな奴と思われたようだ。
本業の農家の方に比べれば、家庭菜園レベルでしかないのに大げさすぎる。
ちょーっと畑を人に任せて工房で趣味の研究に没頭してる間に、数日で家庭菜園が巨大化してて驚いたのなんのって。雨も降ってたのに何やってんだか。
「アラバマ兄上を見て、私も考えを改めさせられましたので」
「農業は国防の要だからな」
「はい。兄上とリオン様を見て、農業こそこの国で最も重要視せねばならないと私も学びました。今後はもっとこの分野の研究に、協力していきたいと思っております」
「良い心掛けだ」
「つきましては、リオン様がもっと自由に研究されるようにとご用意いたしました」
「これだけ広ければ好き勝手出来るであろう?」
そう言って二人とも満足気な顔で俺にこのハウス栽培ドームをプレゼントしてくれたのである。(勿論他の兄弟姉妹も出資者だ)
流石王族。やることがデカイ。
ドワーフの職人さんも協力という名の悪乗りをして加担したんだってさ!
わ~い! これだけ大きかったら何を植えるか迷っちゃうなぁ~? じゃない!
いらないよ、こんなおっきな家庭菜園!
いや、最早家庭菜園ではない。
温室どころか巨大な植物園である。
おまけにハウス内に自分たちの共有執務室を作ってるし!
でも便利な魔道具の揃ったカウンターキッチンは魅力的だね!
居酒屋ごっこや喫茶店ごっこがしたくなる誘惑にかられちゃう!!
森の小さなレストランごっこでもいいかな!?
そうして俺が巨大化したハウス畑を見てあわあわしている背後で。
「あの~ディエゴさん。確か妖精に過剰なお礼をすると、嫌がって逃げるんじゃなかったっすか?」
「……そうだな」
「過度なお礼はすんなつってたんだがなぁ……」
「でもアレって、お礼になるの?」
「……半分困って、半分喜んでいるから複雑なところだな」
「それにリオンは、感謝されたくてやってないものねぇ」
「いっつもやりたいからやるって感じっすよね?」
「……妖精だからな」
「しかも過剰に感謝すると、恥ずかしがって逃げるんだったか?」
「いや、それ以上の要求をされると思って逃げるんだ。……面倒事を嫌うからな」
「だから妖精は害がない限り、自由にさせるのが一番なのよ」
「でもその匙加減ていうか、扱いが難しいんだよね~」
背後ではやれやれと肩を竦めながら。
スプリガンのメンバーがそろそろ潮時だなと呟いていたことを、俺は知らない。
それに俺はこの国でやりたいこと(やらなきゃいけないことかな?)が残っているので、もうちょっと居座るつもりだった――――ことを仲間は知らないのであった。




