第199話 お天道様が見ている
空に大きな虹がかかっている。
虹は幸運の兆しと言われ、サヘールでは精霊からのメッセージとされていた。
農場に散水すれば見られる光景だけどね。雨の多い日本では特に珍しくもないが、この国では特別な意味を持つらしい。
『空にかかる巨大な虹は滅多に見られませんからね』
それはそうだね。
特にこの国の雨量は少ないし。
だから雨雲を運んでくれる(とされる)風と大地を司る精霊セラピア様を信仰している。
水の精霊は緑の豊かな土地にしか居付かないが、セラピア様は風の力を使い、祝福の雨雲を呼んでくれるので敬われていた。
その分、あっちふらふらこっちふらふらしてそうだけどねー。
「見ろよ、祝福の虹だ!」
「セラピア様が祝福して下さっているんだわ!」
人々は祈りを捧げるように、両手を頭上に掲げながら恵みの雨を受け取る。
みんな濡れることを厭わず、子供ははしゃいで走り回っていた。
まぁ、要するに今現在。霧雨の様な柔らかで優しい雨が降り続いている。
土砂降りじゃないのがまた粋だよね。丁度いいお湿りって感じで。
偶に降る雨は土砂降りなことが多いだけに、霧雨はとても珍しいのだそうだ。
因みに日本でいう『土砂降り』っていうのは『ドシャー!』と降る雨の音を当て字にしただけである。どうでもいい知識だけど。日本語はオノマトペが豊富だ。
「ファティナ殿下の時も雲行きが怪しかったが、本格的に降り始めたな」
「あの時は雨は降らなかったんだがなぁ?」
「直ぐに晴れたっすからね」
しっとりとした雨に濡れた姿で、ギガンが頭髪を気にしている。酸性雨じゃないから禿げる心配はないのだが。
クマバチのローヤルゼリーの効果なのか今や毛量が増えているので、頭頂部分を気にしなくても良いんだけど。面白いから黙っておこう。
「精霊殿のある方から虹が出てますね」
「そうだねー」
セラピア様を祀っている精霊殿では現在、叙任式が行われていた。
王族と竜騎士しか参加できないので、俺たち庶民は祭り会場で騒ぎながら新たな竜騎士の誕生を祝っている最中である。そんなタイミングでの雨と虹なのだ。
しかも雨が降り出した時は一重だった虹が、いつの間にか二重になっていた。
『ダブルレインボー』って、確か願いが叶う前兆だったかな?
幸運のパワーが高まっているとかなんとかって意味だった気がする。この世界でも同じなのかどうかは判らないけれど。
「どうやら我が主が射止められたようです」
「そうなの?」
何を射止めたのかは知らんけど。(知っているがあえて言及はしない)
(ん? 射止めたではなく、射止め《《られた》》って言った?)
人化したムスタファが、精霊殿に潜入させていた仲間のカーバンクルからの伝達を聞いてにんまりと笑った。
「叙任式の日に恵みの雨が降り注ぎ、巨大な虹が空に架かるなんて……」
「ああ……なんて素晴らしいのかしら!」
「女王竜に選ばれた騎士を、セラピア様が祝福されているに違いない!」
「ファティナ王女様の時に呼ばれた雨雲が、戻ってらしたのでしょうね」
「あの時も素晴らしい祝福だったからな!」
「セラピア様は常に我々を見ていて下さっている事の証だ!」
だから雨が降っているし虹が出ている――――らしい。
これも精霊の祝福ということで。セラピア様が雨が降らせたり虹を出したりと、祝福の大盤振る舞いをしていると民衆は感じているようだ。
あれだけ目を潰すようなエンゲージメントの光をまき散らしたり、天使のはしごを降ろしたり、明け方の空を昼間みたいに明るく照らせばそう思うのも無理はない。
日本でも似たような事象があるもんね。特に衆目の集まる皇室行事の際、当日は雨だったのに直前に空が晴れたりしたら奇跡や祝福だって思われるのと同じく。それを『天皇晴れ』と言って話題になることがよくある。
それはまさに人外のなせる業であり、神秘現象と言えるものだ。
自然現象というモノは、時に人を畏れさせまた感動もさせる。
人知の及ばない領域だからこそなのだろう。
魔法という不思議な力はあっても、流石に自然を操ることはできないからね。
だからこの世界の人々は精霊を信仰するんだろうな。
そして妖精の監視の元、禁忌に触れるべからずという考えに至る――――と言ったところだろうか?
『マスターの生まれた日本でいうところの「お天道様が見ている」みたいなものでしょうね。この国ではその傾向が特に強いようです』
うむ。その感覚なら何となく判る。
子供の頃から言い聞かされている教えのようなものだ。
誰かに見られていると思えば自然と背筋を正すようなもので。悪いことをするのを躊躇う感覚に近い。とはいえ、どの世界にも「そんなの関係ねー!」と思う人はいるけれど。
大半の人が、拾った財布を交番に届けるように。自分が拾ったモノだから、神様の思し召しだわーいと勝手に解釈して自分のモノにしたりしない。
落とした人が困っていると判っているからこそ交番に届ける。
自分だって落したモノが戻ってきたら嬉しいからね。だからそうするのである。
誰かが言った。やらない善よりやる偽善。
情けは人の為ならず。巡り巡って己の為なのだ。
周りを見れば、誰もが立ち止まり天に向かって祈りを捧げている。
雨や虹にはしゃいでいた子供たちも、大人を見習って祈りを捧げていた。
「ふむ?」
シエラ王女様たちから協力して欲しいと頼まれたのも、ただ祈る事だったっけ。
どのタイミングで祈るのか悩んでいたけど、今のような気がする。
なので取りあえず俺もこの国の民のように心を込めて。一緒になって癒しの精霊であるセラピア様に感謝して拝んでおこう。
恵みの雨と祝福の虹を架けてくれてありがとうございます。
ありがたや~ありがたや~、どうかあの二人をさきわえたまえ~。
「―――おい。リオンが手を叩いてなんか祈ってるぞ……」
「もしかして、精霊と交信しているのか?」
「あの独特な祈り方、たまにやってるっすよね……?」
「確かに。奇妙な顔のマグカップにやってるのを時々見かけるな」
「なぁ……取りあえず、俺たちも真似しとくか?」
「どっちの祈り方だ?」
「リオンの方で良いだろう? 妖精式の祈り方だろうし……多分」
「……そうだな」
「そうっすね」
そうして俺の背後では、何故かギガンとテオ、そしてディエゴも俺の真似をして手を合わせて祈り出した。
それと同時に、空には更にもう一つの虹が架かったようで。途端にわっと歓声が上がった。
どうやら『トリプルレインボー』が出現したらしく、更に民衆が湧いて「奇跡だ」なんだと騒いでいた。
因みに女性陣は虹が出た瞬間、「キャッホーイ!」と叫んで大勢の女性達と一緒に精霊殿の方へと走って行っている。楽しそうで何よりです。
楽団の人と一緒だったので、多分フラッシュモブをしに行ったんだろうけどね。
「何にしても、上手くいったってことで良いんじゃねぇ?」
「だよねー」
ギガンの言うとおりである。これだけ祝福の虹が架かってるのだから、現場を見なくても上手く行ったことが判るだろう。
「余計なことをしなきゃいいんすけどねぇ」
「それなー」
それでも確認のために見に行きたいと思うのが、乙女たちなのであろう。
俺は人の恋路や恋愛にはあんまり興味がないからその気持ちは判らないけれど。
「あの二人は精霊の祝福で保障されたようなもんだからな」
「誰も文句は言わないっすよ」
「邪魔したり文句を言えば、妖精に呪われっかもしんねぇしな?」
「たしかにー」
ハゲの呪いに罹りたくなければ祝福しろというのも怖いけれど。
俺も精霊様を怒らせないようにしとこう。
そうしてライスシャワーならぬ、本当のシャワーを浴びながら。
アラバマ殿下と竜騎士となったラクシュさんを取り囲みながら大勢の人々がやってくるのはもう少し。
このお祭り会場が、彼ら二人の婚約式場に様変わりしたのを見て驚くのも。
顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに怒鳴り散らすアラバマ殿下が現れるまで後僅か―――――。
余談だが。
騎士の誓いをしたラクシュさんが、精霊殿から出てきた時にアラバマ殿下をお姫様抱っこしてたというのを耳にした。
実際には見てないし、どういう状況だったのかよく判らんが。
「見に行かなくて良かったな……」
「この国の風習とはいえ、恐ろしいぜ」
「あの巨体を抱えられるラクシュさんすげえっすね」
「それなー」
どうやらプロポーズした側が、された側を抱えるのがこの国の風習だとか。
あなたを生涯護る力がありますという証明であるらしい。
だからプロポーズをしたければ、相手より体を鍛えることが必須なんだってさ。
なので割とこの国の人は男女関係なく逞しい。竜騎士であれば尚更である。
だが巨漢であるアラバマ殿下は、自分が抱えられる側に回るとは思ってもみなかっただろう。(これぞまさにサプライズである)
こっそりプロポーズをしようとしていたのに先手を取られたってところかな?
二人とも時々いい雰囲気になってたし、秒読み段階ではあったのだけれど。
グズグズしているから焦れた周りに固められ、逃げられない場面でプロポーズをされちゃったに違いない。(殿下の捻くれ天邪鬼が顔を出さなくて良かった)
「アラバマ殿下の名誉のためにも、俺たちだけでも見に行かなくて良かったな」
「うん」
胸を撫で下ろしてそう言えば。
「えー? 見に行けばよかったのにー!」
「ええ、とっても素敵だったわよラクシュさん!」
「うむ。とても堂々としたプロポーズであったぞ」
「アラバマお兄様をあのように軽々と持ち上げるなんて、素晴らしいですわ!」
「カッコ良かったよねー!」
「ウキャキャキャーッ!」
逆プロポーズにキャッキャと盛り上がる女性達。
彼女たちは抱えられるより、抱えたい側なのだろうか?
主導権を握るという意味では、力持ちの方がいいのだろうけれど。(暴力はダメだよ!)
まぁ、どっちがプロポーズしようが俺はどうでも良いんだけどね――――って。
こらノワル! 俺を持ち上げて飛ぼうとするな!
シルバも背中に乗せようかどうしようか悩むな!
まったくもう。力自慢をしなくても、俺の方が弱いのは自明の理だってば!
ただ見なくても判る。
女王竜の騎士に選ばれ誇らし気にきりりとしたラクシュさんと、抱きかかえられて真っ赤になった顔を両手で覆い隠すアラバマ殿下が脳裏に浮かんで。
――――うん。やっぱ見に行かなくて良かった。
イメージだけでかなりのダメージを負うし。
当の本人なら尚のこと、知り合いには見られたくは無かろう。
せめてもの武士の情けとして、俺たちはそのことをそっと胸に仕舞った。




