第192話 奇跡と怪奇現象は似ている
ゴロゴロと音が鳴っている。
『猫が喉を鳴らす理由は三つございます。リラックスしている時は中低音。ストレスを感じている時は低音。要求時は高音です。サンドクーガーの子供の喉のゴロゴロは中低音ですので、リラックスして甘えていると考えて良いでしょう』
なるほどね~。
飛び出したちょびっこはファティナ王女様にしがみ付いて、ドリル縦ロールにすりすりしているのはリラックスしているからってこと?
じゃれて爪を立てることなく、うっとりとした表情なのは甘えているからかな?
「リオン様……この子、とっても可愛らしいですわ。うふふっ、それにとっても奇麗な毛並みですのね……」
ちょびっこもファティナ王女様も、お互い縦ロールと毛並みにうっとりしている。
相性抜群なのではなかろうか?
そのお陰で王族不敬罪にならず、俺の頭髪は守られた。
ツルッパゲ状態の炎天下での労役なんて死罪に等しいもんな。
「あ、そうだ」
俺にお礼がしたいのなら、その子を引き取ってくれないだろうか?
爵位とかお屋敷とかくれなくていいので、責任を持ってその子の里親になるか探すかしてくれるととても助かる。と言ったことをディエゴから伝えてもらう。
「いや、だがファティナは此度の女王竜の卵の主となる役目を担っている。厳しい訓練をしてきたのはサンドクーガーの主になるためではなく、辛い思いをして今まで耐えてきたのは――――」
「お兄様。既に風向きは変わりましたのよ」
確りとちょびっこを抱きかかえ、ファティナ王女様はキリッとした表情で兄であるカシム王子に向き合った。
「確かに風向きは変わったが、それは――――」
「精霊の思し召しで、わたくしたちはリオン様に出会いました。お兄様も既にお解りなのでは?」
「だが、王族としての役目は―――」
「精霊のお告げに逆らうことは赦されませんわ。それは王族として、竜騎士となる役目を全うする事よりも重要なのではありませんの?」
「いや、それとこれとは話が別であろう!?」
「別ではありませんのよ! お兄様だって改心なさったのでしょう? 恩人であるリオン様のお願いは絶対ですわ!」
そう言えばほっかむり星人だった時のファティナ王女様が、サンドクーガーの従魔が欲しいって言ってたのを思い出す。空を飛ぶより地を駆ける方が良いとかなんとか言ってたような?
しかも今回たった一つある女王の卵の主候補に、第二王女様も絡んでたっけ。
「だがお前は悩んだ末に、此度の儀式へ挑むと決意したではないか!」
「それこそ話が別なのですわ! この出会いは必然。偶然じゃありませんの!」
偶然だと思うけどね。
たまたま俺たちがサンドクーガーの赤ちゃんを保護して、たまたまサンドクーガーを従魔にしたいと願っていたファティナ王女様と対面したってだけだし。
気難しいちょびっこがファティナ王女様に懐いているのも、たまたまドリル縦ロールが気に入って飛び掛かったってだけだと思うのだが。
あれ? でもそうなると全てのたまたまが嚙み合ったってことになるのか?
「だが王族が飛竜ではなく、サンドクーガーを従魔にすることは赦されない!」
「赦す赦さないではありませんの! 精霊様からの思し召しですのよ!」
「セラピア様はそのようなことは申してはおらぬ!」
「いいえ、だって風が導いて下さったもの。これがセラピア様のご意志でなくて何ですの? わたくしをリオン様の元へ、そしてこの子の元へ辿り着かせたのは間違いありませんわ!」
だから全部偶然なんだって。
うっとりしながらちょびっこを撫でているファティナ王女様だけど。
なんとしてもサンドクーガーの赤ちゃんを手に入れたい気持ちが伝わってくるんだよなぁ。
周りの人たちはハラハラしながら見守っているけれど。俺には判る、判るぞ。
ちょびっこも自分を大切にしてくれそうな下僕――――じゃなくて主人を見つけて必死にしがみついているし。引き離したらギャン泣きしてグレる。間違いない。
もういっそのこと運命だとして、何か決定的な奇跡に近い現象でも起こればいいのになぁ。そうしたらカシム王子様もご納得いただけるのではなかろうか?
なんてことを思っておりましたら、空が急に曇り始めた。
「え? 辺りが急に暗くなったんだけど」
「うそ。もしかして雨でも降るのかしら?!」
「さっきまで晴れてたっすよ!?」
「どういうことだ?」
「やっべ。雷も鳴り始めたぞ!」
どういうことだろうか。雨なんて滅多に降らなければ雲だって見れないサヘールの空が厚く黒い雲に覆われて雷が鳴り始めた。
「御覧なさいなお兄様! わたくしたちを引き離そうとするから、セラピア様がお怒りになられているのですわ!」
「そんなバカな!?」
もういっそ、そういうことにしたらどうだろうか?
急激な天候の変化って、よくある事のような気がするんだけど。
信心深い人たちにとっては自然現象というより、怪奇現象に近いかもしれない。
そこに超常現象が重なると、神様の存在を信じてしまうのだろう。知らんけど。
まぁ、この世界では精霊様なんだろうけどね。
俺にとっては精霊も自然現象と同じ扱いだからいいんだけどさ。
空を見上げれば、丁度俺たちの真上に少しだけ雲の切れ間が出来て、一条の光が降り注いだ。
これって『天使のはしご』っていうんだっけ?
『天使の階段とも言いますね。スピリチュアル界隈では幸運の兆しらしいですよ。この世界では「妖精のはしご」となりますが。精霊から使わされた妖精が、地上へ降り立つ現象とされております』
なるほど。自然現象の一つではあるけど、確かにちょっと神秘的だよね。
特に雨の少ないこのサヘールでは、滅多に見られない自然現象でもある。
ふむ。こんな時に従魔の契約を結べばどうだろうか?
周りはきっと精霊様からの祝福と勘違いしてくれそうなんだけどなー。
ちょびっこはどうかな? ちらっと様子を伺うと、まるで俺の気持ちが伝わったかのように、うんと頷いた。やはりこの子は賢い。
そうしてそっと前足をファティナ王女様へと伸ばす。契約の合図だ。
ファティナ王女様も察したのか、祈るようにちょびっこの前足と掌を合わせる。
その瞬間、まるで精霊の祝福のように空から降り注ぐ『妖精のはしご』が、彼女たちの周りを輝くように照らした――――。
◆
「スゲェもんを見ちまったぜ……」
「ありゃぁ、精霊の祝福だ」
「セラピア様の加護が、王女様に降り注いでいらしたわ」
「お二人の未来が、明るく照らされているようでしたわね」
「これこそ奇跡というものだ」
「見て。すっかり空が晴れてるわ!」
「王女様バンザイ! サンドクーガーもバンザイ!」
怪奇現象を目撃していた人々が、両の掌を上にして、頭を下げて祈る仕草をする。
雨を受け止めるような仕草が、両手を挙げて万歳するのと同じ意味を持つらしい。
「ああ、本当に、精霊の祝福だったのか……。ボクは何て勘違いをしていたのだ」
呆然と呟くカシム王子様。
全ては勘違いと偶然なんだけどね。
自然現象を利用して、ファティナ王女様とちょびっこは契約を結んだだけなんだけど。これを祝福と思うか偶然と思うかは人夫々である。
「素敵ねぇ……」
「アタシ、精霊の祝福を初めて見ちゃった……」
「俺もっす。チョー感激っす!」
「ああ。契約でこれだけの光を放つのは、滅多に見ることはない」
「そういやディエゴの時も――――って、言っちゃダメな奴だったな」
確かに俺の時も「目がぁ~! 目がぁ~!」ってなったっけ。
それに天使のはしご現象が重なったので、ファティナ王女様とちょびっこの契約はかなり眩しかった。
俺は咄嗟にゴーグルを掛けて事なきを得たけどね!
しかも目撃者多数なので、正に神の奇跡というか、精霊の奇跡のようである。
偶然も三度重なれば必然という。
俺とファティナ王女様、俺とちょびっこ、そして俺が出会った一人と一匹が出会ったことで、偶然が必然と化した。
そこに自然現象が重なったことでより強固な奇跡になった訳だ。
不可解な天候の変化はこの際置いておくとする。
もしかしたら、本当に精霊の祝福かも知れないしねー。
「ではお兄様、わたくしはこれにて女王竜の候補から外させて頂きますわね」
「仕方あるまい。これだけの目撃者のいる中で、精霊の祝福を受けたのだ。お前たちを引き離すのは精霊のお告げに逆らうこととなる」
カシム王子様が苦渋の表情でそう告げると、ファティナ王女様とちょびっこは抱き合ってくるくると回った。
ゴージャスなドリル縦ロールも一緒に舞っているので、光り輝くようにキラキラ光って見える。それを見た周りの人々も嬉しそうに歓声を上げた。
あ~これで漸く子育てから解放されて助かった。
たった一日とは言え、流石に小さな赤ちゃんの面倒を見るのって大変だったんだよね。この世の全ての子育てをしている方々の苦労がしのばれる。
次いでなので、俺は子育てしている人々へ感謝と祝福の念を送ろう。
どうか世界がもっと子育てしている人に優しくなりますように。
情けは人の為ならず、巡り巡って己がため。
そうなってこそ、世界はきっと平和で幸せに満ちていくのだろう。




