第193話 精霊による祝福と加護
歴代の風属性の王族は、常に飛竜を従魔にしてきた。
なのでファティナ王女様は、サンドクーガーを従魔にすることに憧れていても、それが叶わない願いであると言い聞かせられていたそうだ。
うっかり外に出てサンドクーガーと従魔契約をされてはならぬと、一人で行動することも王宮と竜騎士候補の宿舎以外の行き来は赦されていなかった。
おまけにボンバーなロングアフロであるため、遠回しに揶揄われたり陰で嘲笑されていた。
我儘で癇癪持ちとされていたのも、飛竜よりサンドクーガーを従魔にしたがって暴れたことがあるからなんだって。小さな子供の頃ことなのに、ずっとそれを引き合いに出されて陰口を叩かれていたってことか。
親戚の集まりでのあるあるネタだよね。子供の頃にたった一度やらかした失敗を、大人になってもずーっとネタにされて揶揄われ続ける苦痛といったら、毎回涙が出そうになるもん。
いい加減しつこいから止めろと言っても止めないおじさんやおばさんのなんと多いことか。
何で一々人の顔を見て思い出しては、楽しそうに人の心を抉るんだろうね。それ以外話題はないのか。心も脳みそも貧しい愚か者どもめ。
俺はあーゆー大人にだけはなりたくないと常々思っている。
王族としてあるまじき行動だのなんだのと、他人に押さえつけられて育てられるのって辛いよね。
ちょっとでも不満を口にすれば、それ見た事かとやはり癇癪持ちが直っていないと大袈裟に騒ぎ立てられ、かなりの精神的虐待を受けていた。
ロングアフロの手入れも適当にされて、もっと丁寧にしてと頼めば我儘だのなんだのと言われる始末。厭味ったらしく「櫛が通らないのも仕方ありませんわ。だって個性的な髪質ですものね~」なんて言い方をされて、逆に非難されるのだ。
これでグレない方がおかしいと俺は思う。寧ろ相手の髪を引っこ抜いてやってもいいぐらいだ。(子供の頃、実際に引っこ抜いて大騒ぎになったらしい)
庶民と違って王侯貴族は生みの親に育てられることは滅多にない。母親が子に母乳を与えるのを直ぐに止め、なるべく早く次の子供を産む準備をするためだ。
アラバマ殿下が自分の父親を種馬呼ばわりするのも、そう言った事情を含めてのことかもね。
よって王子や王女は生まれて直ぐに、親から引き離されて複数の乳母や家庭教師に育てられる。
だからこういう歪な環境になってしまうのだろう。養育や教育する相手に恵まれないと、王族とはいえ悲惨な幼少期を送ってしまうのだ。
それでもずっと耐え続けてきたファティナ王女様は偉いよね。
「きっとセラピア様は、わたくしを見ていて下さったのですわ……」
うん。きっとそうだと思うよ。
まぁ、俺は本物の妖精じゃないから精霊様の存在なんて感じられないんだけど。
でも怪奇な自然現象による小粋な演出によって、運命的で奇跡の様な従魔契約を結ばせてくれたのだ――――ということにしておこう。
ファンタジーの定番である神様が直接本人に言葉をかけてくれるより、自然の驚異を見せつけて独自の解釈を与える方が良いこともある。
自然の力って偉大だし、人知の及ばない超越した影響を及ぼす。
この場に居た人たちはみんな自然現象を精霊様の奇跡だと思い込んでいるので、それをまんまと利用させてもらうことにしよう。
「だがサンドクーガーを従魔にすることで、ファティナは更なる苦境に立たされることになるぞ? それでも良いのか?」
「構いませんわ。だってわたくし、この子と出会えてとても幸せですもの!」
最早心配性のお兄ちゃんでしかないカシム王子様に、ファティナ王女様はきっぱりと言い切った。
これからは二人で逆境すら乗り越えてみせると、腹をくくったようだ。
「ふふふ。この子ったら、早速名前を付けて欲しいと強請っておりますわ!」
「名前か。何が良いだろうか?」
「お兄様が考えたって仕方がありませんわ。わたくしがこの子に似合う素敵な名前を考えて差し上げましてよ!」
ちょびっこがぐりぐりとファティナ王女様の頬に額を擦り付け、名前を強請っているようだ。微笑ましいね~。
『ところでマスター』
なんだいSiryiや。
『……サンドクーガーの子供ですが、本当に精霊の加護を与えられているようです』
なんですと?
『サンドクーガーから、サンドク《《ル》》ーガーに進化しております』
クルーガー?
『賢く、聡明という意味もありますが、サンドクルーガーは聖獣の一種です』
ほえ?
『念波も既に使えるようで、ファティナ王女様へ名前を強請っているのもそのせいです。王女様はまだ気づいてないようですが……』
思わずディエゴを見る。
そしてSiryiの鑑定によるちょびっこの進化を伝え、確認してもらうことにした。
「――――間違いなくこれはサンドクルーガーの証だ。この額の聖紋は、聖獣に進化すると現れるからな」
流星の様な、または吹く風の様な三本の線がちょびっこの額に浮き上がっている。
最初はなかった模様なので、契約時に浮き出たのだろう。
「それでは、本当に精霊様から加護が与えられたということなのですわね?!」
「祝福だけでなく、加護までとは……」
「既に主に念波を送っているだろう。聖獣と契約すると、テイマーでも召喚士のように従魔と念波で意思の疎通ができるようになるからな」
ディエゴにそう断言され、思わず息を飲むファティナ王女様。そしてカシム王子様も驚いたように目を見開いた。
名前を強請ってたもんね。
そういやシルバの額にも不思議な模様があるね。氷の結晶みたいな模様だから綺麗だなって思ってたけど。
ノワルもよく見ればそれに近い模様が浮き出始めている。もうちょっとしたら聖獣に進化するのかな?
聖獣になってもジャーキーは強請りそうだけどね。
「赤ちゃんなのにやけに賢いと思っていたけど。まさか聖獣になるなんて……」
「まぁ、その予兆のようなもんはあった気がするけどな」
「リオっちに懐いてるだけじゃなくて、本当に人を区別してたんだ~」
「でもこの子って、元々聖獣の子供だったんじゃないすか?」
「いや、聖獣は進化の過程でなるだけで、親が聖獣でも子はそうはならない」
「そうなんだ?」
「知能レベルが上がらなければ、聖獣にはなれないからな」
「そういうものなの?」
「だから精霊の加護を与えられた証明にもなる。こんな子供の内に聖獣に進化する魔獣など滅多にいないからな」
「へぇ~」
ちょびっこって生後三週間程度なのに妙に賢いとは思っていたけど、こんな赤ちゃんの内から聖獣になってしまうとは流石である。
まさか中に転生した人間の記憶が入ってたりしないよね?
『魔獣は知能が異常に高くなると聖獣へと進化しますが、人間の記憶程度では聖獣にはなり得ません』
そうなんだ。
要するに精霊の加護って所謂ギフテッドと同じなのかな?
ファンタジーでよくあるスキルが与えられたりするのとは違うんだね。
『魔獣の場合、スキルを与えられるより知能が上がる方が良いかと』
たしかにねー。
善悪の区別や生存戦略を考えられる方が役立つもんな。
特に人間のパートナーになるには、正確な意思の疎通が必要になってくるし。従える人間も、従魔と意思の疎通ができる方がもっと心を通わせることができる。
だけどこれで王族としての面目が立ったんじゃないかな?
サンドクーガーじゃなくて、聖獣であるサンドクルーガーを従魔にしたのだ。
これで誰に憚ることなく、ファティナ王女様とちょびっこは堂々としていられる。
飛竜でなければダメだと言っている人ですら、聖獣を従魔にしたことで尊敬と畏敬の念を向けることになるであろう。
◆
聖獣になるためには賢さが必要であると、俺はまたこの世界の理を一つ学んだ。
賢いと言えばアラバマ殿下の従魔であるムスタファはどうなんだろうね?
幻獣だから聖獣にはならないのかな?
「貴様らか。この騒ぎの原因は……」
噂をすればなんとやら。ではなく。勝手に脳内でアラバマ殿下を思い浮かべていただけなのだが、ご本人が騒ぎを聞きつけてやってきたようだ。
「アラバマか……」
「ふん。カシムか。何故この者たちと一緒にいるのだ」
お互いに睨み合う兄と弟である。まだ険悪なままか~。困ったね。
カシム王子様が部下を放置して、警備すべき農地を疎かにさせていたのは事実だし、そこは誤解じゃないから無理からぬことではある。
そうなった理由については情状酌量の余地もあるにはあるのだけれど。
孵化場へ向かう途中で少しだけ話してくれた、カシム王子様の事情についてだが。
彼が引き籠りの捻くれ根暗になってしまったのも、元はと言えば既に亡くなってしまった彼らの兄であった第一王子と第二王子に原因があった。
カシム王子様が飛竜から落ちて頭を打ったことで、視力が低下して色覚異常になった原因を引き起こしたのも、亡くなった兄王子たちの所為だもんなぁ。
この人もなんだかんだで兄王子たちの権力争いに巻き込まれただけの可哀想な弟王子様だったと知って、職務怠慢を非難するのが難しいのだ。
「詳しい説明は後でする。だが先に言っておくこともある」
「……何をだ?」
「ファティナは此度の感応の儀式を辞退することとなった」
「どういうことだ?」
そうしてファティナ王女様が抱っこしているちょびっこ改め、ラージャを見て何かを察したかのように眉を顰めた。
ラージャとは『王道・王者』を意味するらしく、猫に名付けられる割とポピュラーな名前なんだって。確かに猫は人間が傅く存在だから『王者』は相応しいと言えば相応しい名である。
早速お猫様としての地位を獲得したラージャは流石だね。
「俺様としては構わぬが、貴様らはそれで良いのか?」
「精霊のお導きだ。逆らうことはできない」
「……なるほど」
何がなるほどかは判らないけど、多分ある程度の事情を察したのだろう。
もしかしたら隠密カーバンクルから情報を得たのかもね。
「サンドクーガーか……。いや、違うな」
そうだね。違うね。流石アラバマ殿下。気付くの早いよ。
「――――どういうことだ」
険しい表情でアラバマ殿下が俺たちを見た。
特に俺を凝視するのは止めろ下さい。
「しらないよ」
「知らないことはあるまい」
「まぁ、人知の及ばない力が働いたということだ」
すっとぼける俺に、ディエゴが助け舟を出す。
「例のセラピアのお告げか?」
「そうだ」
「そうですのよ!」
アラバマ殿下に問われて、カシム王子様とファティナ王女様が頷いた。
何でもかんでも精霊様の所為にすんなと言いたいところだけど、それで通用しちゃうし説明不要なのは便利なんだよなー。
精霊様はよく言えば大らか、または大雑把だから気にしてなさそうだけどね。
俺なりの解釈になるけど、この世界では大きな現象は精霊様が引き起こして、小さな悪戯を妖精がやらかしているのではないだろうか?
どちらも人間に恵みも弊害も与えるけれど。受け取り方は様々だ。
「ふん。運の良い奴らだ」
だがこちらにとっては都合が良いと、アラバマ殿下はぼそりと呟いた。
ラクシュさんの強力なライバルが一人減ったってことだもんね。
表情には出してないけど、嬉しそうなんだよな。
彼女の協力者としてアラバマ殿下が親身になっているのは間違いないし。シエラ王女様より熱心に推していた。
シエラ王女様は自分の隊の候補生の誰かが女王竜の卵を射止めれば良いという考えだからね。
そう言えば候補生の儀式の衣装ってどうなったのだろうか?
肌も髪も整えられたラクシュさんが、飛竜好みにどれだけ美しく着飾られたのかも楽しみである。
「もう直ぐ孵化が始まる。貴様らも早く中へ―――――」
アラバマ殿下が俺たちを洞窟内へ誘おうとしたその時。
シルバとノワル、そしてブランカとラージャが微かに反応して、俺たちに何かを伝えようと振り向く。
それと同時に、岩棚で寛いでいた飛竜たちが何かを察したように、次々に甲高く鳴き始めた。




