第191話 風向きの変わった人たち
人間変われば変わるものだ。
変わり過ぎて誰だか判らなくなることもあるけどね。
そうして俺は思い出す。
おばあちゃんがまだ元気だったころ。知り合いの娘さんが都会へ就職して、お盆に帰省してきた時のことを。俺が幼稚園生だったから随分と昔の話だけど。
俺はその娘さんのことを全く覚えてなかったのだが、都会で洗練されたのかとても綺麗になっていた――――らしい。
その時おばあちゃんが娘さんを見て「あら~、○○ちゃんったら見違えるほど綺麗になっちゃって。もしかして整形したの?」とのたまった。(名前は覚えてない)
そして周りの空気が凍った。真夏だったけど、瞬間的に真冬になったことはよく覚えている。(おばあちゃんに悪気はない)
その娘さんは「整形したと思われるぐらい綺麗になったってことだから、嬉しい」という、とても大人な返しをしてくれたのでその場は治まったけれど。(勿論整形なんてしていないので、下手をしたら謂れのない噂になる危険性があった)
その娘さんの顔は覚えていないけれど、おばあちゃんのとんでも発言だけは忘れられない思い出である。
なので俺は不用意な発言だけはしないよう、気を付けるようになった。
なんてどうでもいいことを思い出しつつ。
俺は目の前の爽やかメガネ男子君と、ドリル縦ロールお嬢様と対峙していた。
『ほっかむり星人が現れた
▶逃げる
無視する
様子を見る
家なき子君が現れた
▶逃げる
無視する
様子を見る 』
Siryiのふざけた選択肢が目の前に表示される。
虫メガネのレンズ越しではなくゲーム画面の様なウインドウが出せるようになったので、たまに遊び心でこういうことをするんだよなー。進化しすぎだよSiryi……。
ん? っていうか、爽やかメガネ男子君は、家なき子君だったの!?
「改めてご挨拶させて頂きますわ。わたくし、この国の第二王女、ファティナと申しますわ。今日はあの日の約束通り、お礼をしに参りましたの」
驚き固まってしまったせいで、選択肢は自動的に『様子を見る』状態になったのか、自己紹介を受ける羽目になった。
「こちらも改めて名乗ろう。ボクはこの国の第一王子、カシムと申す。あの時はろくに礼も言えず、去ってしまって後悔していたのだが。こうして再び相まみえることが出来て嬉しく思うよ」
わぁビックリ。
どちらも噂だけが先行していた王女様と王子様だった。
特にカメムシ呼ばわりしていたカシム王子様の方はイメージと全然違っていて、噂なんて真に受けちゃダメだというのを痛感した。
だが家なき子君だった時の最初の印象は、卑屈で根暗だったような……?
今やすっかりその面影はなく。最早別人と言っていいほどの爽やかなメガネ男子になっていた。
『カシムには「分け与える者」「美男」という意味もあります』
この前は悪い意味ばかり並べたてたくせに、良い意味もあるんじゃないか。
ほんと印象操作はやめろください。
『因みにファティナは「魅力的」「魅惑的」と言った意味がありますね』
へぇ~。確かに今のほっかむり星人さん改め、ファティナ王女様は魅力的なドリル縦ロールをしている。そのせいなのか目覚めたちょびっこが、やけにファティナ王女様の縦ロールを見てふんふんしていた。それ、猫じゃらしじゃないからね。
ファティナ王女様も当初話に聞いていたところによれば、我儘で癇癪持ちな上に自分が一番可愛がられていないと許せない性格だったような気がするんだけど。
俺から見ればボンバーなロングアフロに悩んでいただけの、ちょっぴり面白おかしいお嬢様口調の少女ではないか。
どこがどうなって二人ともおかしな人物像に仕立て上げられていたのか。
王族がそこらをホイホイ歩き回ることがないだけに、噂だけが先行しているってことはよくあるのかもしれないけれど。アラバマ殿下ぐらいだよ。アグレッシブに活動しているのは。
まぁ、色々と事情や思惑もあるのだろうが、人は自分が見たいようにしか見ないの典型のような気がした。
アラバマ殿下やアマル様も、お互いが向き合わないままだと悪い印象を持った状態だったし。周りの評価や印象操作で仲を悪くさせられていたようなものだ。
よくある話の一つとして、具合が悪くて黙っているだけなのに、機嫌が悪いと勝手に思い込まれてしまうようなものだろう。
そこに悪意があるかないかと言えば、悪意しかない場合の方が多いんだけど。
「今日アイツ機嫌が悪いみたいだから近付かない方が良いぜ」なんて余計なことを吹き込んでくる奴がいて、それを聞いた人が「そうなんだ。近寄らないでおこう」と思うようなものだ。
実際に話しかけてみれば機嫌じゃなくて、具合が悪く苦痛を耐えるために黙っていただけだったりするのにね。
気にかけてあげるべき人に優しく接する気のない意地の悪い人によって、逆に悪者に仕立て上げられていくといった風に印象操作されるのである。
おそらくこの二人もそういう印象操作によって、悪いイメージが植え付けられたのかもしれない。
そうして誰にも理解されないまま捻くれた結果、まんまと悪意に染められて噂通りの行動を取るようになったというのが俺なりの推測だった。
「おい、リオン。もしかして、既に知り合いだったのか?」
「これが噂の第一王子サマと第二王女サマっすか? 全然イメージと違うんすけど……」
「いつの間に知り合ったんだ?」
コソコソと三人が話しかけてくる。
話せば長くなることもなく実に単純明快なのだが。
畑で行き倒れていたカシム王子様は、視力が悪くなって捻くれてたっぽいから遠近自動調整・色覚補正機能付きの眼鏡をあげただけだし。
道端で倒れていたファティナ王女様は、ボンバーなロングアフロで悩んでいたからパーマ実験としてドリル縦ロールヘアーにしてあげただけである。
そして両者ともに名前も聞いてないし、どこの誰とも知らないまま別れた。
なんてことを搔い摘んで説明すると、ギガンとディエゴ、そしてテオはどこか呆れたような表情で溜息を吐いた。
「目を離した隙に、なんつーことをやってたんだ……」
「知らなかったとはいえ、王族を労働力にしようとしたり、パーマの実験台にするなんて。リオリオマジ尊敬するっす」
どういう意味でだ。
「シルバとノワルが何も伝えてこなかったのは、危険はなかったということなんだろうがな……」
特筆すべきこともなく、報告する必要性もないので忘れていたんだよ。
王族だなんて知らなかったし。
拾った後はちゃんとリリースしたし。
それなのに「以前助けてもらった鶴です」状態で、姿を変えて再び俺の前に現れたのだ。カシム王子様なんて変わり過ぎである。面影なんて眼鏡しかないよ。
眼鏡をかけて視界が良好になった時のテンションは高かったけど、その後食べ過ぎによる腹痛で蹲ってたのであんまり顔を見てないんだよね。元々隠してたし。
だからおばあちゃんが久しぶりに帰省した知り合いの娘さんを見て「整形したの?」と聞いた気持ちも判らなくもない。あの陰鬱とした表情はどこへ行ったのか。
爽やかに「是非ともお礼をさせていただきたい」なんて言い放ってきた。
いや本当に、恩返しがしたいと俺の前に現れたんだよこの二人。
罠にかかった鶴を助けた程度なのに、自らの羽で作った美しい生地を差し出すという過剰な恩返しを俺に突き付けようとするのだ。
そんなのいらないよ。
家なき子君だったカシム王子様はタダの労働力として拾っただけだし、最終的には食い逃げされたとはいえ恩に着せる気はない。
ファティナ王女様に至ってはストレートパーマの実験台にされただけである。ストレートじゃなくてドリルになっちゃったけど。
そこに優しさや愛はあったのかと言われれば、打算しかないので何とも言えず。
多少気の毒に思った程度で、どうにかしてあげたつもりもないのだ。
それなのに。
「リオン様に出会って、わたくし、風向きが変わりましたの!」
「ボクもそうだ。君に出会って、風向きが変わったのだ」
「精霊のお告げは正しかったのですわ!」
「それも良い意味でだ! 感謝してもし足りないぐらいだよ!」
だからみんな俺を『禁忌』扱いするな。風向きが変わったのは君らが前向きになっただけで、自ら逆風を乗り越えただけなのだから。
「こういうのを、人生が変わるっていうのかしらねぇ」
「リオっちの影響力って、ほんと凄いよねー」
アマンダ姉さんやチェリッシュはここへ連れてくる前に二人から色々と話を聞いていたのか、どこか生暖かい眼差しで俺を見ていた。
聞くところによると『コロポックル印』の商品を販売しているブースを渡り歩いて、サロンブースに辿り着いたそうだ。
そこで二人が何を聞いたのか知らないけど、かなりの脚色をされていると思うので信じないでほしい。
悪いことをしたつもりはないけど、特に良いことをした覚えもないからね。
「良い意味で風向きが変わったヤツが出て来たぜ」
「あの丸坊主竜騎士連中とは全く逆の風向きだな」
「やっぱ坊主ってスゲェな」
面白がってるだけだろうけど、グロリアストリオもいい加減なことを言うな。
「かんべんして……」
お忍びのつもりで俺に会いに来たのかもしれないけど、悪目立ちしてるからね君ら二人とも!
王族だから逃げ出さずご対面願っているけれど。出来ればこの場から逃げたい。
特にファティナ王女様は、そのゴージャスな縦ロールが隠しきれてないために、やたらと注目を浴びていた。
多分わざと見せびらかしているのだろうけど。
そんなにその髪型が気に入ったの?
ちょびっこも興味津々だし、通りがかる女性や男性もみな彼女の被った頭巾から覗く縦ロールに注目している。
しかもその視線は嘲笑ではなく羨望のようで。
女性であれば羨ましいと言わんばかりの表情だし、男性であれば見惚れているようであった。
案外この国の人って、縦ロールに好印象を持つのだろうか? 普通ならお手入れ大変そうだもんね。すごく髪に気を使っている人という印象を受けるし。
ちょびっこも抱っこ袋から手足を伸ばしてその縦ロールにじゃれ付きたそうにしているもんなー。だからそれは猫じゃらしじゃないって。
あ、ちょっと待って。ジタバタ暴れ始めたちょびっこが、ファティナ王女様へ飛び掛かろうとしているんだけど。
止めて駄目だって大人しくして~!
もぞもぞとうごめく抱っこ袋に、ファティナ王女様もようやく気付いたのか覗き込んでくる。
だから止めてお願い、お互いに興味を持つんじゃありません!
「あら。もしかしてリオン様が抱えてらっしゃるその子は、もしかして――――」
「あばばばば」
赤ちゃんなのに脚力が半端ないちょびっこが、とうとう抱っこ袋から飛び出して、ファティナ王女様へと飛び掛かった。
ギャーッ!!
その瞬間。
王族不敬罪という罪状により、俺の頭が坊主にされる未来が思わず脳裏に過った。




