第189話 禁忌の存在
サヘール国で信仰されている精霊の名は『セラピア』というらしい。
割とポピュラーな精霊様で『癒し』の能力があるのだとか。セラピーの語源でもあるしまんまの意味だね。
そしてそのセラピア様は風と地の属性を持つ妖精を眷属にしている。
精霊や妖精が実際目に見えるかどうかは不明だけれど、信仰ってそういうものだからね。信じることで救われるのだ。
サヘール王はそのセラピア様に祈ることでこの地を治める役目がある。
カーストの頂点である王様は最高司祭でもあるということだろう。
そんな信仰対象であるセラピア様に奉仕する最高司祭である王様から、ハゲの呪いが広まり始めた時に『風向きが変わった』と告げられたそうだ。
ここら辺はよく判らないのだけど、風属性の王様が選ばれる理由はその《《風を読む力》》が必要だからなんだそうで。王にならなければその力も与えられないので、それ以外の人間には何のことか判らないそうだ。
日本人の能力の一つである『空気を読む』と似たようなものと考えたら失礼に当たるのかもしれないけれど。この国の王様になるためには、『風を読む力』を最も重要視されているということだ。
飛竜に乗って空を飛ぶためには必要な能力でもあるし。
実力主義で選ばれるとはいえ、歴代の王様がみんな竜騎士だったというのも『風を読む力』が必要とされたからだろう。
性別や生まれた順番も関係ないのもそのためだ。
実力がまんま風属性に繋がっているってことだね。
そうなるとやっぱり地属性のアラバマ殿下は王様には選ばれないってことになる。
空気を読む力はあると思うんだけどなぁ。『風を読む』っていうのはそういうことじゃないんだろうけど。
そんなことはともかくとして。
何故ほっかむり星人軍団が平身低頭謝り始めたのかと言えば、彼らが購入しようとしていた発毛剤を作ったのが俺だと知って恐れおののいたからだそうだ。
ついでに自分たちが残した残骸を手渡されて確信したという。
彼らに身分を明かしたつもりはないのだが、ラベルのコロポックル印を見て改めて納得した。
俺の肖像権はこの世界にはないらしい。人権がないよりはマシだけど。
ということで、訳の判らぬお告げについて説明を受けることにしたのだが。
「禁忌に触れると、風向きが変わると申されまして……」
「影響力の強いお告げなので、逆らうと良くないことが起こるのです」
「我々は最初、自分たちに関係のないことと考えておりました。しかし実際に風向きが変わり、このようなことになってしまい……」
目深に被っている布をぎゅっと握り、彼らはしおしおと縮んだ。
《《このようなこと》》というのは、おそらく《《ハゲたこと》》を意味するのだろうけれど。
予言やお告げって意味不明な内容だから、解読するのに苦労するんだよね。もっとはっきり言ってくれないと判らんではないか。
そして結局は禍を未然に防ぐことが出来ずに、後の解釈でこじつけることになるんだよね。普段から心掛けて備えてればいいだけの話なのにねぇ?
「だからつまり。『風向きが変わった』っつーのは、どういう意味だ?」
土下座姿勢をして平伏しているほっかむり星人軍団こと、竜騎士の方々にギガンが問い掛けた。
「つまり『風向きが変わる』というのは、その……」
「良い意味でも、悪い意味でも変わるということなのです」
「我々は禁忌に触れてしまったので……」
だからどうした。
俺の世界にも『風向きが変わる』という言葉はある。
単純に天気だったりもするけど、置かれた状況や立場が変わる時にも使う。転じて状況が変わることを表現する時に使うのだ。それと同じと考えていいのかね?
そして彼らは『禁忌』に触れて『風向きが変わった』ってことなんだろう。悪い意味で。
「その禁忌ってのは何だ?」
俺も気になっていた『禁忌』についてディエゴが問い掛ける。
何故かこの場に居るみんなの視線が俺へと向かった。
だから事あるごとにこっちを見んな。泣くぞ。
「なるほど。そういうことか」
うんうんと頷くディエゴとその他。
そもそも彼らが平伏している状態ということは、つまりはその《《禁忌》》ってのが――――。
「触れるな危険。わざわざ厄介を求めるなってことだな」
「目に見える妖精っすもんね。アルケミストって」
「滅多にお目にかかれない引き籠りだしよ」
「リオンがこの国で自由にしていられるのは、禁忌そのものだったからでもあるな」
「まぁ、コイツらはそれを知らなかったから仕方がねぇのか?」
「やっちまったなぁ~お前さんらも」
だからどういうことなんだってばよ。
みんなもなんでそんなニヤニヤしてんだよ!
魔法使いも同じく危険な存在だけど、なんちゃってアルケミストである俺は更にその上を行くヤバイ存在ってことなの!?
「どうか、どうかお許しくださいっ!」
「知らぬこととはいえ、大変なことを仕出かしてしまいましたっ!」
「金輪際あのようなことは致しませんので、どうか怒りをお鎮め下さいっ!!」
いやだから。
俺に土下座して謝ったって呪いは解けないよ?
風向きが変わったって言うけど、結局のところ因果応報なだけだし。今までやらかしてきた罪が罰となって一気に爆発しただけじゃん。しかも物理的に爆発して毛髪が霧散したって意味だけれど。
権力を振りかざして威張り散らしたり、農地の監視を怠って魔物に襲撃されても知らんぷりをした挙句、俺の畑をめちゃくちゃにした罪が加算されたわけだし。
俺一人に謝罪したところでその罪が帳消しになる訳もない。
それをディエゴに説明してもらい、俺一人の赦しではどうにもならないことを伝えてもらった。
ほっかむり星人軍団は顔面蒼白になって泣き出しちゃったけど。
髪を失うってのはそんなにも酷い罰なのだろうか?
後で聞いた話によると、この国の罪人はまず最初に丸坊主にされるんだって。
男女関係なくみな坊主にされることで罪人であることが判るそうだ。
そして罪を償い終えるまで、常に毛髪をむしられ――――じゃなくて剃り続けられるらしい。お坊さんにとって剃髪は俗世との決別や煩悩や雑念を断ち切るためなのだけど、この国では罪人の証なのだそうだ。
体質で禿げていくのとはまた別の話だけど、この国では薄毛や抜け毛は妖精の怒りに触れたとされ、周りの信用も失う原因となるというのだから恐ろしい。
そんな訳で。頭髪が寂しい者は人前では布を外すことすらできなくなるほど恥ずかしいことなのだそうだ。
それを聞けば婚約破棄されるのも無理からぬというものである。
好んで丸坊主にする人だっているのにおかしな話だけど。
少林寺の武僧とかカッコイイじゃんね? 俺にとってはヘアスタイルの一種でしかないので、この国の人の価値観が理解できなかった。
事前にほっかむり星人さんに出会って、この国の人が如何に髪に拘っているのかを知ったので何となく深刻さは知っていたけれど。
彼女も人生を左右する程の辛さを感じていただけに、気の毒だなぁとは思ったし。
そういえばあのドリルヘアーじゃなくて、お嬢様風縦ロールは健在だろうか?
彼女の未来に幸あれと願うばかりである。
一方のほっかむり星人軍団のほうだが。
このまま放置して人権を失わせるだけでは意味はないので。
取りあえず解呪方法として、生まれ変わったつもりで禊をさせることにした。
真面目に職務を全うする事。権力を振りかざして威張り散らさない事。
そして最も重要なのは、食べ物を粗末にしない事である。
大切な農地を荒らされた俺の怒りや悲しみを理解しないから、自分の大切な農地が不毛地帯になったのだ。
しかもこの国のカースト底辺とされる農民をバカにし過ぎなのもいけない。食べ物を作るというのは大変なことなのだ。お百姓さんを大切にせよ。それを軽んじたばかりにこんな目に遭ったんだと俺は思うよ。
だから心を入れ替えて畑を耕す苦労を知り、弱き者のために尽くせばそのうち解呪されるんじゃないかなぁ~なんてことをのたまっておいた。
方向性さえ示してあげれば未来も明るくなるしね。
天罰によって荒れた不毛の大地であっても、諦めなければいつか新しい芽が生えて実る日も来るであろう。知らんけど。
この後。
サヘールでは農地や農民(地属性)を大切にするようになるのだけれど。
それもこれも頭部を農地に置き換えて表現するようになったからだとか。
風に靡く髪を美しさの象徴のように謳っていたが、その髪を育てる大地も大切にすべきという考えに至ったのだろう。
まぁ、良い教訓になったと思えば、彼らが呪いにかかったのは不幸中の幸いであるような気がしないでもない。
◆
今後は心を入れ替えて真面目になると言質を取ったので、俺たちはほっかむり星人軍団と別れた。
屋台巡りの途中に無駄な時間を費やしてしまったので、既に孵化場へと行かなくてはいけなくなったではないか。
屋台巡りは明日に先送りだね。本当に迷惑な人たちだよ。悔い改めよ!
そんなことを思いつつ、アマンダ姉さんたちを迎えに行きがてら。ディエゴたちから何気なくこの国でのアルケミストの扱いについて説明を受けることになった。
「この国に来た時に、リオンがアルケミストであることは伝えてあっただろう?」
「うん? そうだね?」
攪乱作戦とかでそういうことにしたんだっけ?
王侯貴族は一般庶民より立場に敏感だからね。狙われないよう、または狙われやすいようにジョブを明かしてあった気がする。
そんなことはすっかり忘れて物作りに高じてしまったが。
「後で聞いた話だが、アマル殿下曰くアルケミストは禁忌の存在なので、手出しするべからずという意味合いがあったそうだ」
「それでジョブを公表したんっすね」
「厄介を求めるなっつーのはな、つまりは、妖精的存在であるアルケミストに触れるなという意味だぜ?」
「ふ~ん?」
触らぬ神に祟りなしって意味と同じなのかな?
でもそれは魔法使いも同じだったような気がするんだけど。
「貴族や権力者がお前さんに近付かなかったのも、禁忌だからってのもあんだよ」
「特に貴族の間じゃ、アルケミストに手を出して痛い目に遭った連中の噂は溢れるほどあっからなぁ」
「妖精と違って目に見える恐怖ってやつだな」
グロリアストリオが笑いながら話しているけど、俺はそんな恐怖の対象じゃないからね! まぁ、実際に関わりのある人たちは、俺を恐怖の対象として見ていないから良いんだけどさ。
「坊主が色々作ってたモンがあるだろ? それを持つことは、今やこの国の上流階級じゃステイタスになっちまってるそうだ」
アマンダ姉さんやチェリッシュが売り歩いてたからかな?
「アマル殿下やアラバマ殿下が保護してたってのもあるから、手出しされなかったのもあんだがよ。なんだかんだで良い方向に進んでたのもあったし、欲を出して厄介を求めて痛い目に遭いたくないだろう?」
「恩恵に肖れないとなると、社交の場でつま弾きにされっからな」
「それを知らずに手を出しちまったアイツらが、周りから信用を失っちまったのも無理はねぇんだよ」
ハルクさんたちグロリアストリオも、俺が安全地帯である王宮を出てフラフラしているのを気にしていたそうだけれど、そう言った事情を知って心配するのもバカらしいと考えを改めたのだそうだ。
一般庶民よりも信心深いのが貴族であり、貴族という立場上異常なまでに体面を気にしている。威張り散らしたり権力を振りかざすのとはまた違うらしいが。
アルケミストの不興を買うことは避けるべきというのが暗黙の了解なんだって。
だからあえて下手に手を出していい存在ではないアルケミストという身分を明かすことで、より安全を確保できるという考えに至ったってことだ。
「おれにそんなちからはないけどね?」
「本人にその気はなくとも、周りに与える影響ってのがあんだよ」
「でもリオリオは気にせず、そのままでいいんすよ」
やれやれとギガンが呆れたように肩を竦め、テオは俺を生暖かい眼差しで見た。
「ハゲの呪いにかかったのは、何もあの連中だけじゃねぇしな」
「今や王宮でやりたい放題やってた大臣や宰相も、軒並み禿げの呪いにかかったって話だぜ?」
「だから最初は病気を疑っていたそうだ」
とはいえこれはあくまでも噂で、布を外した姿を確認したわけではないがとハルクさんたちは嘯いた。
「それで発毛剤や育毛剤の販売を急がせたんだな?」
「年齢やストレスで禿げることはあるし、呪いじゃなきゃ発毛剤で効果は出るだろうしな」
「だがそいつらの脱毛は、確実に呪いの類にちげぇねぇよ」
ディエゴの発言にハルクさんたちは頷くと、ニヤリと笑ってそう口にした。
もうちょっと時間をかけて個人差や副作用について調べたかったのに、そんなところから圧力がかかってたのか。
思い起こせば、発毛剤の実験に付き合ってくれる人を探していたアラバマ殿下も、販売を急がされたというのに怒ったり嫌がるよりもどこかワクワクした表情だったもんなー。どこの貴族にこの商売を持ち掛けようかって楽しんでたもん。
圧がかかったと言っても、不毛地帯を抱える人たちが必死になってるだけだと思ってたよ。
でも呪いだったら発毛剤でも生えないと思うけどね――――ってそうか。
呪いであれば発毛剤でも効果がないと証明されるってことだから――――。
「アラバマ殿下が妖精の呪いを否定しなかったのはそのせいか……」
「呪いじゃなく悪戯ってことにしてたがな」
「それがココに繋がるんすか。策士っすね」
要するにアラバマ殿下はハゲの呪いを知っていたってことだな?
発毛剤を必要としている人に探りを入れて、反応を確かめていたのだろう。
アラバマ殿下は当然王様のお告げについても知っていたわけだし、十中八九禁忌に触れた妖精からの呪いだと知った上で状況を見守っていたに違いない。
そこに便乗して、建物の崩壊が妖精の悪戯であるという噂も否定しなかったのだ。
あくどい連中の恐怖をより煽るために。妖精の怒りに触れ呪われた者たちを炙り出すため、あえての発毛&育毛剤の販売を急いだのだろう。
不安に苛まれていた者たちはたまったものではなかっただろうな。精霊のお告げもあるし、心当たりのある人たちの中では生きた心地はしなかったかもしれない。
俺の畑を荒らして悪びれることのなかった竜騎士たちのあの変わりようを見れば、ハゲになる呪いによるお仕置きの効果は抜群である。
「まぁいっか」
妖精の悪戯が自浄作用を促すのならば、あえて呪いと思い込ませるのもやぶさかではない。
これぞ正に必要悪ってことかな? 違うかもしれないけど。
呪いの効果を実感するためには、まずは人権を失った竜騎士たちが心を入れ替え、早目にその呪いから解放されることを願うしかないね。
この国の王様がセラピア様から『風向きが変わった』というお告げを受けた。
それが今後どういう風に風向きが変わるのかは判らないけれど、良い方向へと変わるようにと俺は祈るのであった。




