第188話 妖精の呪い
この世界に髪はいない――――じゃなくて、神はいないけど妖精はいる。
信仰の対象が妖精って意味だけどね。
精霊信仰みたいなもので、妖精は精霊の眷属のような扱いだ。
サヘールでは風の精霊や妖精が特に信仰されていた。
飛竜を使役するのに風属性は欠かせないし、風に靡く髪が美しいとかそういう理由からかもしれないね。
王族はその精霊に祈る力が強いとされ、王になるためには風属性の魔力を持っていることが必須であるのもそのせいだろう。
この国の王様の仕事はその風の精霊や妖精を宥め、祈り続けることだ。同じく俺の国の最高権力者である天皇陛下も神に祈る存在である。ただし国政の最高権力者は総理大臣となるので、ここら辺がややこしい。
アラバマ殿下曰く、国王は種馬なんて言っていたけれど、要するにこの国の王様は象徴的な扱いなのだ。
側室や王妃様と享楽に耽っているのではなく、普段のサヘール国王は王宮にある精霊や妖精に祈りを捧げる祭壇に引き籠っているらしい。
祈りによってたまに精霊だか妖精さんからのお告げめいたものがあるそうだけど、それって本当なのかなぁ?
よって国政に携わるのがお妃さまや側室の親類縁者で固められるので、祈る存在である王様より権力を握ってしまう構造になったのだろう。ここら辺は平安時代の貴族層による政治や経済的支配とよく似ていると思う。
王子や王女が様々な事業を手掛けたり、騎士職の最高位に就くのもそれ故である。
まぁそんなことはともかく。
神様のような精霊や妖精よりも、髪についての問題を抱えているほっかむり星人軍団の方に興味を惹かれる俺たちだった。
「本当に毛生えに効果はあるのか?」
「実際にお試しになられた方々の多くは、たった一度の使用で実感されましたので効果は確実ですよ」
「本当の、本当に、これを使用することで、死滅した毛根が蘇るのか!?」
「嘘は申しておらんだろうな!?」
「個人差はございますが、効果を実感されなければ、返金もお受けしておりますので――――」
少し離れた場所から様子を窺っている俺たちが、ほっかむり星人軍団の必死さを感じ取っているところへ。
「ありゃぁ、多分、カシム殿下の竜騎士連中だろうな」
「最近は妖精の怒りを買ったとかで、竜騎士の連中の一部が大変なことになっているって噂が流れてただろ?」
「騎士寮や候補生の宿舎がぶっ壊れた件か? だがありゃぁ……」
「いや、それだけじゃねぇ。最近は頭髪が抜け落ちる呪いにかかってるって噂だ」
いつの間にやら買い食いに出かけていた筈のグロリアストリオが現れて、俺たちに噂話を囁いた。
両手に食べ物を持っている姿は置いといて、その表情はどこか険しい。話を聞いたギガンの表情も強張っている。
「その話が真実なら、恐ろしいな……」
「この国では禿げに人権はねぇから、悲惨っちゃ悲惨だよな」
「年食ってんならともかく、若い連中が軒並み呪いにかかってるそうだぜ」
「婚約者の居た奴らは、ほぼ全員相手側から破棄されたって話もあるしな」
「どこで妖精の呪いにかかるようなことをやらかしちまったんだか……」
宿舎が壊れたのはアラバマ殿下のカーバンクルが原因だけど、ハゲになる呪いには加担してない。なので本当に妖精の呪いなのかもしれないと、あちこちで噂が流れているとグロリアス軍団が教えてくれた。
でもたかが頭髪を失っただけで婚約破棄までされるものなのだろうか?
いやでもこの国の人って、髪の毛に異常な拘りがあるからなぁ。ほっかむり星人さんも人生が崩壊する寸前までいってたし。失ったのは頭髪だけでなく愛情までとなると呪いの効果は抜群である。
「それってマジなのか……?」
ギガンがグロリアストリオの話に食いついた。
頭髪の話に敏感なお年頃だからだろうか?
「ああ。特に今まで権力を振りかざして、好き勝手にやってた連中ばかりだそうだ」
「真面目に職務を熟していた連中は何ともねぇってんだから、病気の類じゃねぇのは間違いないらしい」
「しかもカシム殿下側の竜騎士連中の飛竜も、自分の騎士に対して態度が冷たくなってるそうだぜ?」
「契約解除まではいってねぇそうだが、命令を聞かなくなってるって話だ。隊長であるカシム殿下の方は何ともないらしいんだけどな。寧ろ以前より積極的に良好な関係を築いてるって話だが、どこまでが本当で嘘かは判んねぇよ?」
あくまでも噂の範疇であると、彼らは耳にした情報を教えてくれた。
相変わらずあちこちで情報をよく仕入れてくる優秀な冒険者である。
そんな中、俺はハゲになる呪いでふと気づいたことがあってディエゴを仰ぎ見た。
「言っておくが、俺は何もしてないぞ?」
「そうなの?」
「断じて呪いのアイテムは使ってない」
「ふ~ん?」
まぁ、ディエゴがそう言うならそうなのだろう。そもそもハゲになる呪いのアイテムは俺のリュックに入ったままだしね。
やる気をなくすタリスマンの他に、ディエゴが作成してしまった物騒な呪いのアイテムの中に、ハゲになる呪いにかかるモノがあった。
もしかしてそれに近い何かに触れて、彼らはハゲになったのかもしれない。
だが妖精の呪いが本当なら、なんとも絶妙で恐ろしい呪いである。
妖精にとっては嫌がらせや悪戯の類だとしても、この国の人にとっては人権を消失してしまう怖さがあるのだ。
「まぁ、十中八九、妖精の呪いだな」
「リオリオの畑を荒らした連中っすしね……」
「間違いねぇ」
「……」
呪いなんてかけた覚えはないよ。だって俺は本物の妖精じゃないし。
トリモチで頭髪が抜け落ちたのは確かだけど。関係ない人にもその呪いがかかっているみたいなので、直接の原因じゃない気はするんだけどね?
「発毛剤の効果があればいいが、ありゃダメだろうな」
ギガンの懸念も判らないでもない。
微かに生える程度で、完全復活まではしなさそうだよね。発毛剤の効果はそこそこ現れたとしても、呪いの方が絶対に強そうだもん。
「心を入れ替えればワンチャンありそうっすけどね?」
「いや。妖精の食べ物に対する恨みは恐ろしいからな。呪いもそう簡単に消えることはないだろう」
「あ~、確かにそうっすね。食にまつわる話も多いっすし」
ディエゴやテオの言う通り、この世界の妖精って食べ物に関する逸話が多いみたいなんだよね。特にコロポックルとか食べ物を分け与えてくれるって言うし。
妖精さんは美味しいものが大好きで、不味い物を食べさせると居なくなるそうだ。不味い物とは単純に美味しくないってことじゃなくて、食べ物を粗末にした結果の産物に怒りを感じるからかも――――というのが俺の予想である。
だからきっと彼らは土の妖精の怒りを買ったんだろう。畑をめちゃくちゃにして、食べ物を粗末にしたから呪われたに違いない。
勿体ないお化けならぬ妖精の仕業としても納得のいく罰当たり行為だったしね。
「相当怒ってたっすしね……」
「呪いの解除条件もあるにはあるが、時間がかかりそうだな」
この国の人にとって髪は命だから、一番効果のある悪戯をされたんだろう。
「あ、そうだ」
妖精の呪いで思い出したけど、雨があまり降らないサヘールでも極たま~に降ることがある。その時に俺の畑のハウスにへばりついていた騎士の服や毛髪が流れ落ちてきたのを回収していたんだよね。捨てようと思ったんだけど、何となく捨てずに取っておいたのだ。
いい機会だし、この際持ち主へ返してあげよう。
食べ物の恨みは忘れてないけどね。それとこれは別の話だし。持っていても仕方がないゴミだから、さっさと手放そう。
「はいこれ」
店員さんに威圧的な態度で商品を購入しているほっかむり星人軍団へ、俺はリュックから取り出したゴミを見せた。
俺からすればゴミだけど、彼らにすれば竜騎士の服であり貴重な頭髪類である。
見覚えがあれば反応するだろう。そう思って差し出してみたのだが。
「――――ヒィッ!?」
「な、何故これを!?」
「かえしてあげる」
やはり予想通り彼らのモノだったらしいゴミを見て、激しい反応を見せた。
抜け落ちた髪が誰のモノかは判らないけれど、搔き集めてカツラにでもすればいいんじゃないかな?
だがそれらを見たほっかむり星人軍団は、喜ぶどころか顔を真っ青にしてガタガタと震え始めた。
「ま、まさか、これはっ!?」
「呪いの元凶っ!?」
「う、うわぁぁぁぁっ!!」
「ゆ、許して下さいっ!」
「もうしませんっ!!」
「頼むからもう呪わないでくれぇー!!」
呪いの元凶とは人聞きの悪い。元はと言えば土の妖精さんの怒りを買った自分たちが悪いんじゃないか。
ぷんすこ。
「すみませんっ、すみませんっ!」
「今後は二度とあのようなことは致しませんっ!」
「どうか我々の頭髪を返して下さいっ!!」
だからこうして髪の毛(騎士服)を返してあげているのだが。何を畏れているのか俺に平伏して涙ながらに謝罪を繰り返した。
でも畑を荒らしたことは許さない。根性が腐っている人間は、のど元過ぎればなんとやらで、どうせ同じことを繰り返すに違いないのだから。
そもそもこの人たちは、自分が犯した罪を理解しているのだろうか?
何に対して謝り、そして誰に許しを乞うているのか。
俺は忘れかけていたけど忘れていなかった畑を荒らされた時のことを思い出し、その怒りが徐々に蘇ってくるのを感じた。
普段は気にしないようにしているけれど、ふとした瞬間に蘇ってくる怒りってあるよね?
今まさに、当の本人たちを目の前にしたことで怒りが込み上げてきたのである。
「なんだなんだ?」
「まさか坊主が呪ってたのか?」
「それとも、坊主が妖精に見えるとか?」
だから俺は妖精じゃないんだって。グロリアストリオも面白がるんじゃない。
きっと俺の代わりに妖精さんが怒ってくれているだけだよ!
ギガンたちも黙ってないで否定してくれないかな?
気まずそうに目線を逸らしてないで、助けて欲しいんだけど!
「お、おい、ちょっとヤバイ感じになってきちまってねぇか?」
「ああ、どうやら空気がざわつき始めたようだ」
「うっわマジでヤバいっす!」
鳥肌が立っているのか、テオたちが腕を摩ったりしている。
髪が逆立つような感覚がしたけど、別に空気が動いているような感じではない。
なのにみんなの表情が、冷たい空気に晒されたように蒼褪め始めていた。
「まぁ、ここじゃ目立ってしょうがねぇしな」
「場所を変えてもらおうか」
「そうっすね。謝ってる理由も聞きたいっすし……」
騒ぎを聞きつけたのか、周りに人が集まってきてしまった。
店員さんも困った表情で俺たちを見ているし、こんなところで平伏し始められたら営業妨害も甚だしい。
店員さんの手前、俺も怒りをスンと抑える。
仕方がないので店舗の裏をちょっと借りて、ほっかむり星人軍団が平伏し始めた理由や詳しい話を聞くことにした。




