第186話 いざ販売開始!
飛竜の卵が孵化するタイミングに合わせて、サヘールでは祭りが開催される。
予定では今日明日の間に生まれるとのことだが、待っている側は展示会のような屋台で商品を見て回ったり、職人さんと交渉をして時間を潰すのだ。
あちらこちらで音楽が鳴り、中央のステージでは踊りや劇を披露することになっていて、それを見るために一般客も集まり賑わいを見せ始める。
長い準備期間の末のお祭りだからか、みんな気合が入っていた。
本来の目的は飛竜の誕生を祝うお祭りなのだけれど、旅行客にとってはドワーフ職人さんたちの展示会が主目的になっているらしい。
何せ普通に交渉しようとしても気難しい職人さんの気が乗らなければ依頼は受けて貰えないし、無駄足を踏むことになる。だがお祭り期間中であれば雰囲気に吞まれて交渉もし易くなっているのだ。
「う~ん。思い切って、10個入りを買っちゃおうかな!」
「それでは、どのチョコにいたしますか?」
「えっとね~、ピンクは絶対外せないよね! それとこのホワイトと、マーブルと、ブルーでしょう? ハーフも夫々一つずつ! あ~ん、ナッツ入りも捨て難い!」
「あ~ら、それじゃ私は全種類いただこうかしら~?」
「どうもありがとうございます! 全種類ですと、二十個ですね!」
「アマンダ姉さんズルイ! アタシだってそうしたいのにぃ!」
「チェリッシュも買えばいいじゃない。買えなくもないでしょうに。ねぇ~ブランカちゃんもどれにする?」
「ウキャッ!」
「それが良いの? いくつでも買ってあげちゃうわよ~」
「キャーッキャッキャ~!」
何故隣の高級菓子売り場で、アマンダ姉さんとチェリッシュがサクラ染みたことをしているのだろうか?
「ありゃ、本気になってんな」
「チョコ一粒で大銅貨5枚っすよ? 正気なんすかね、あの二人……」
「リオンの作ったチョコがあるだろうに。わざわざ買う必要はないと思うが?」
「そうっすよね」
「全くだ」
でも俺の作ったチョコと違って、高級志向のチョコは見た目もとても綺麗で可愛いらしく、一粒一粒にドライフルーツやナッツが散りばめられていた。
だから本人たちも最初は眺めていただけだったのに、欲しくなっちゃんだろうな。
「味なんてどれも同じだと思うんだが?」
「そうっすよ。寧ろリオリオの作ったチョコの方が美味いと思うっす」
「それをアイツらの前で言うなよ? 女ってのは見た目にも拘るもんなんだからよ」
デリカシーなし男代表のディエゴとテオに、さり気なく釘をさすギガンである。
コソコソ話しているから聞こえてないだろうけれど、聞かれたら怒られること間違いなしの会話だ。
「だがアマンダたちのお陰か、ご婦人方が集まってきてるぜ?」
「あ、ほんとだ」
同じブースではあるが衝立で区切られているので、その衝立から俺たちは顔を覗かせて隣を見る。
しゃなりしゃなりとお付きの侍女さんを従えて、上流階級のご婦人方が現れた。
これが快速魔動船でやってきた人たちだろうか? 明らかにサヘール人じゃない、見たことのない人種である。
でも中世っぽいビラビラドレスじゃないんだねー。爺さんのレトロ映画コレクションにあった、マイフェアレディで見たような服を着てる人たちだ。
サヘールの人とは違って、布を被っているのではなくお洒落な日傘をさしていた。
「うっわ。金持ってそうな女性ばかりっすね」
「絶好の機会ってやつだな」
日本語だとカモネギってやつかな?
集まってきたご婦人方も瞳をキラキラ輝かせながら、ショーケースのチョコを眺めている。販売員さんもにっこりと満面の笑みを浮かべていた。
あのチョコも日本円にして一つ五千円なのに、購買意欲が損なわれないのは素直に凄い。
高いか安いかで言えば超お高いのだが、カカオ農家さんへ還元しなきゃならないし、手作りだからとても手間がかかっている。なので値段的には妥当であろう。
チョコチップクッキーだって、ちょこっとしかチョコが入っていない。それにも拘らず一枚百円という強気な価格設定なのもそれ故である。
「これが噂のチョコレートですの?」
「お母さま。わたし、このピンクとブルーが気に入りましたわ」
「見ているだけでも楽しいですわね」
「お味の方はどうなのかしら?」
保冷機能付きのショーケースに並んだ、宝石のようなデザインをしたチョコにみんな瞳を輝かせている。(商業ギルドと魔道具職人さんで作り上げた渾身の冷蔵ショーケースだ)
購入後は保冷剤を入れて持たせてくれるので、暑いサヘールでも安心してお持ち帰りが出来るようになっていた。
マジックバッグがあれば暑さでチョコが溶ける心配をしなくてもいいのだろうが、みんながみんな持っている訳ではないからね。
だからこの保冷材も作るのが大変だったんだよなぁ~。高吸水性ポリマーに似た素材を探すことから始めたのもあるんだけど―――――。
「よぉ~っす、坊主!」
「すき焼き串とやらを買いに来たぜ!」
「お? まだ店は始めてねぇのか?」
俺が苦労したことを思い出している途中で、ハルクさんとグラスさん、そしてハンターさんのグロリアストリオがやって来た。
「まだだよ」
「何でだ? 他の店はもう売り始めてんじゃねぇか」
「そうなんだよねー」
何せ周りのブースが高級志向だったり、お洒落だったりで気後れしたのだ。
すき焼き串というB級グルメを売り始めてもいいのかどうか。
匂い物でもあるしちょっと悩んでしまったのである。
シュテルさんに相談しようにも、護衛の二人を連れて自分はさっさと買い物に出かけてしまったし。肝心なところで役に立たない人である。
「まぁ、ここら一帯は他と雰囲気が違うからな」
「客も富裕層ばかりっすしねぇ」
「だがせっかく準備したんだ。そろそろ販売を始めよう」
「……うん」
ディエゴにポンポンと頭を撫でられて、俺は覚悟を決めた。
企業ブースっぽく互いの店舗は離れているし、そこまで周りの迷惑にはならないだろう。
少なくとも三人はお客さんが来てくれたしね。
広々とした屋台なだけに、これ以上お客さんが来なかったら寂しいものがある。
でも閑古鳥が鳴いても泣かないもん……。
という訳で、いざ販売開始と行きますか!
さぁみんな、カラ元気を出して行こう!
◆
じゅうじゅうぐつぐつと肉と野菜が煮込まれる音が鳴る。
パカリと蓋を開ければふわりと香る甘辛い醤油と砂糖のハーモニーが漂う。
そこへチリペッパーをさっとふりかけ、この国の人の味覚に合わせたピリッと刺激的なすき焼き串が出来上がった。
「おーい、こっちは三本、いや五本くれ!」
「はーい、かしこまりー」
「クソうめぇなこれ。追加で十本頼むわ!」
「ちょっとまっててー」
「おじさん、ぼくらには二本ずつちょうだい」
「お、おう、並んで待ってくれねぇか?」
「コレが噂のクッキーか。十枚入りを頼むわ」
「ういーっす。十枚で大銅貨一枚っす。まいどあり~」
「幸運のクッキーらしいな。俺にもすき焼き串とそのクッキーをくれよ」
「了解した」
B級グルメの屋台だからと気後れしていたのも何のその。
俺の屋台は気付けばどこのブースよりも長蛇の列が出来上がっていた。
「はいはい、ここがすき焼き串の最後尾だから行儀良く並べー」
「売り切れたりしねぇから喧嘩すんじゃねぇぞー!」
「クッキーだけの奴はこっちに並んでくれよ~!」
そして何時の間にかグロリアストリオも、混雑する列捌きをしてくれることになって助かっている。後でバイト代を払わなければ。
「あ~すっげキツイ……。俺、屋台販売舐めてたわ」
「午後からは派遣された交代要員がくるそうだから、それまで頑張れ。クッキーの追加もその時くるそうだ」
「ディエゴはあんま疲れてなくねぇか? そういやお前さんはクッキー売ってるだけだもんな……」
「同時に会計もしている。リオンなんか作りながら売ってるぞ」
「そりゃそうだが……。手際がいいんだよな。ちっさいのに無駄も隙もねぇわ」
小さいは余計だ。
魔獣狩りをするより、屋台販売の方が俺にとっては楽なんだけどね。
アマンダ姉さんとチェリッシュは、気付けばお向かいのサロンブースへお手伝いに行っていた。
そこではヘアアイロンでのヘアアレンジを実演したり、ドライヤーの使い方の説明などを行っているのもあり、かなり賑わっているようだ。
なので野郎どもは全てこちらの屋台のお手伝いをしてる。
すき焼き串はギガンと俺、クッキーはテオとディエゴが担当だ。
シルバとノワルはちょびっこのお世話と、ちゃんと役割分担をしていた。(囲いを作ってブースの後ろで遊ばせている)
作ると言っても下準備したすき焼き串を、ホットサンドメーカーに並べて蒸し焼きにするだけだし。特に難しい調理ではない。幾つも並べたホットサンドメーカーの焼き具合を確認するだけである。
会計なんて消費税込みの値段じゃないから計算も楽なんだよ。
「飛ぶように売れてるが、値段設定が安すぎたんじゃねぇか?」
「一本小銅貨三枚(三百円)っすもんね」
「それでこれだけうめぇからなぁ。やっぱ安いって」
「そうでもないよ。はーいおまちどうさまー」
材料費は実質タダだし、人件費以上のお値段設定のつもりだ。
しかしお隣の高級チョコレートなんて一個五千円でも売れているのだから、世の中解らないものである。
「おいおい、あの最後尾看板って面白れぇな!」
「よくあんなもん思い付くよな~」
「そうかな? こっちはごほんだったねー、まいどありー」
ハンターさんたちが列捌きに苦労していたので、即席で作った最後尾看板を渡したのだが、それってそんなに珍しいものだったかな?
行列のできる人気店やイベントでよく見かける物のような気がしたのだが。
「他の屋台でも真似し始めてるぜ」
「ふ~ん?」
敵情視察にでも行っていたのかな? まぁ、どうでもいいけど。
「流石にここまで長い列じゃねぇが、どこに並んでるのか判りやすくて良いアイデアだと思うぜ」
「よかったねー。はーい、クッキーごまいとくしさんぼんだったねー」
「……坊主のヤツ。適当に返事しながら確り注文受けてんな」
「邪魔すんのは止めようぜ」
「そうだな。列整理に行ってくるぜ……」
なんかよく判らないけれど、グロリアストリオは列整理に戻って行った。
お仕事ごくろうさまでーす。バイト代は弾むのでよろしくお願いしまーす。
「ギガン、くしじゅっぽんだって。それもうできてるよ」
「お、おう。マジでしっかりしてんな、リオンは……」
「どういう脳の働きをしてんすかねぇ……」
「お前ら、サボりたければその倍は働け」
「……ディエゴさんも大概っすよね」
「言ってることが矛盾してんだよコイツは」
やる時はやる男のディエゴである。
サボりたければその倍は働く。普段はサボっていても、それはいざという時に動けるよう、充電しているだけなのである。ということにしておこう。
時間帯はお昼時を回ったのもあるが、一般客も大勢押し掛けてどこもかしこも忙しそうだ。
あちらこちらでは楽しそうな笑い声と、場を盛り上げる音楽が奏でられている。
心配だった匂い物の被害はなく、逆に商業ブースの客寄せに一役買っていた。
「いつになったら客が途切れるんだよ……」
「ちょっと列の方を確認したんすけど、嫌になるぐらい並んでたっす」
「マジかよ……」
「昨日の敵も、今日は客になってくれてるっす」
「あ~、カシム殿下の陣営の奴らも並んでんのかぁ……」
「勝負がついたら、あっさりしたもんすよね?」
「そういう気風なんだろうな」
昨日まで敵だったカメムシ陣営の冒険者さんも並んでるのか。
美味しくなかったら文句を言われちゃうのかな?
でも閑古鳥が鳴くより全然いいよ。
どうせなら美味しいって言わせたい。
用意した材料もまだまだあるし、みんなで頑張って売ろうね!
「いらっしゃいませー」
「昨日の功労者が今日は屋台やってるって聞いて、買いに来たぜ!」
「おれらは休んでんのに、お前さんらはよく働くなぁ~」
「取りあえず、そのすき焼き串ってのを十本くれよ!」
「はいっす、注文十本入りましたー!」
「かしこまりー」
飛竜の卵の孵化は午後から始まるとのことなので、それまで俺はせっせと屋台販売に勤しむのであった。




