第166話 訓練中の事故
アマル様やシエラ王女様に、アラバマ殿下の実験農場や乳製品工場などを見学してもらってから数日が経った。
サヘール王族の勢力図は、所有する財産に関係している。アマル様やシエラ王女様は魔動船や竜騎士隊を維持できる魔晶石の鉱山を所有しているので、勢力的にはかなり大きい。第一王子やその妹王女様も似たようなもので、やはりいくつかの魔晶石の鉱山を所有していた。
アラバマ殿下は魔晶石の鉱山ではなく、希少な魔法金属のドロップするダンジョンの管理を冒険者ギルドと一緒に運営している。でも冒険者や職人さんの生活を支えるために、あくまでも運営の管理責任者という立場であるだけだ。
本人の収入は王族として与えられる品位維持費と、農業や産業で得られるものぐらいなので兄弟の中で一番資産が少ないと考えていいだろう。まぁ、今のところはね。
「あ奴らも、乳製品工場や実験農場を見て少しは民の苦労が判ればよい」
「そうだねー」
なんだかんだで和解(?)した殿下たち姉弟は、そこで普段何気なく口にしている物が、どうやって作られているかを知ってもらったのである。(実験農場では農業体験までさせていた)
そこで色々と騒いだりしていたけれど、概ね理解してくれたようだ。
「でもお金持ちの貴族って、案外食べ物がどうやって作られているか知らないのね」
出来上がった物を口にするだけだからね。原型を見せても「まさかコレがこんな風に調理されているとは知らなかった」という話もよく聞くし。
最近の人の中には、レタスとキャベツの違いや、小松菜と青梗菜とほうれん草の区別が出来なかったりするのに近いかな?
現代人ですらそうなのだから、貴族階級の人は特にその傾向にあった。
「俺らだってそこまで知っちゃいねぇが、食い物の価格帯ぐらいは知ってるぜ?」
「自分で買うっすからね」
「地域ごとで安かったり高かったりするもんね~」
俺は工場見学が好きだし、自炊もしているからその苦労も判るけどね。
シエラ女王様やアマル様は、バホメールのミルクから様々な食品が加工され、その過程を見ることで学んだようである。
アマル様は「このように手間がかかっている乳製品を、安価でなければ売れない等と言って非常に申し訳ない……」とアラバマ殿下に謝っていた。
どれだけ手間暇をかけて、あれだけの乳製品が作られているのかを知らなかったようだ。自国で生産している食品なので、他国からの輸入に頼らずにいられる程度の認識だったのだろう。
なので他国に輸出するための設定価格を高すぎるって思っちゃったんだろうね。
他と比べてもの凄く手間も暇もかけてるし、衛生面でも気を使って作るだけあって美味しいのに、同価格帯で売ろうとしたことを詫びていた。
シエラ王女様なんて、普通のヤギとバホメールの違いすら理解していなかったし。
テイマーの多いサヘールだし、生活に密着した魔獣でありふれ過ぎているだけに、希少性という感覚が薄れてたんだろうな。
俺の持っていた僅かなヤギのミルクを飲んで、バホメールとの味の違いに驚きまくっていたし。濃厚さの違いもあるけど、栄養価も違うんだよね。
サヘールのような砂漠や高山地帯にしか生息してない魔獣なだけに、他では従魔にすることも飼育するのも難しいと言うのが判っていなかったようだ。
そうしてこの国の置かれている現状や、他国に劣らない農産物を考える切っ掛けになったみたい。最終的に全力でアラバマ殿下を応援すると宣言してくれたのである。
それはそれとして良かったのだけれど。
「ところでリオン。貴様はシエラに竜騎士隊の見学に来いと誘われておったが、どうするつもりだ?」
「え? いかないよ」
「行かぬのか?」
「きょーみないし」
飛竜もバホメール同様、特殊な環境にのみ生息している魔獣だ。
時折人の生息する地域に現れるのは、縄張り争いで負けた飛竜がエサを求めて襲ってくるからである。
というか飛竜みたいな大型の飛行魔物は、切り立った崖が生息地らしいよ。
ナベリウスも似たようなもので、特殊な環境にしか生息してはいない。特に飛竜やナベリウスは地熱によって卵を暖めるので産卵場所が決まっている。
それを見せてくれるという話なのだが、俺は断った。
「え~、俺なら見てみたいっすけど! 飛竜に乗れるかもしれないっすし!」
「そうだよリオっち! 貴重な飛竜の孵化が見れるんだよ!」
若者二人が羨ましがって俺を説得しようとせっつく。
「何度か王宮に降り立つ飛竜を見たが、見事な調教だったよなぁ。よく訓練されているし、冒険者でも飛竜をテイムしている奴がほぼいねぇのは、サヘールのような環境じゃなきゃ無理だからだろうぜ」
「まず卵から育てなければいけないし、大きすぎるものねぇ」
「従魔の中でも飛竜のような大型の飛行魔獣は、環境が整っていないと飼育が難しいからな」
「それゆえ、他国では従魔であろうが飛竜の飛行を禁止しておるそうだな?」
「飛竜用の離着陸場がねぇし、普通に討伐対象だからな……」
「シルバやノワルですらギリギリの大きさだものね」
「これ以上となると、従魔用の厩舎はないしな。稀に貴族が大型の従魔を飼育しているが、あくまでも愛玩用という訳だ」
従魔だから何でもOKって訳にはいかないのだろう。
魔獣であっても保護の対象だったり、討伐対象だったりと、昔から積み重ねてきた苦労の末、明確なルールが作り上げられているようだ。
とはいえサヘールでは飛竜を飼育する環境が確立されていて、竜騎士隊の育成にも力を入れている。それは過酷な環境で暮らす民の知恵があった。
「ふ~ん?」
「だから、サヘールではないと見られないモノがココにはあるんすよ!」
「飛竜の赤ちゃん見てみた~い!」
貴重だから見に行こうと誘われるが、やはり興味は惹かれない。
「だが孵化場は危険だぞ? 竜騎士候補も毎回命がけで感応に臨んでおるし。貴族用の観覧席が用意されておるとはいえ、生まれたての飛竜ですらノワル程の大きさがあるのだ」
言われてみんながノワルを見た。
最近益々大きくなっているような気がするノワルである。
既に俺の肩に乗っていいレベルじゃなくなっているので乗らないけれど、シルバの背に乗って楽をするのは止めてあげて欲しい。シルバは大らかな性格だから文句を言ってないけれど、止まり木扱いするのはどうかと思うぞ。
「ジャーキー?」
小首をかしげて問われて頷く。
うん。食べ過ぎなんじゃないかな? 成長期(?)なのかもしれないけれど。
身体の大きさに比べて軽いのが、鳥類の特徴だけどね。こんな見た目だけど、俺より体重は軽いみたいだ。でも飛竜は羽毛がないだけに、全身が筋肉の塊だから重量もかなりある。
それが主人を見つけて飛び掛かってくるので、鍛えられていない候補生の何人かは大怪我を負うそうだ。
なので飛竜との感応の儀式(?)に参加できる年齢が、二次性徴が安定する16歳から18歳までという決まりがあった。
そうでないと力負けするからなんだってさ。
「とはいえ、確り安全を確保した上での見学になるとは思うが……」
「やっぱいかない」
「え~! なんでなんでぇ~!?」
「リオリオが行かないと、俺らも行けないんすよ~!」
「安全なら見ようよ~!」
「こんな体験二度と出来ないっすよ!」
招待客として特別に観覧させてもらえるのは、俺が同行することが条件なので若者二人は必死である。だが断固として断る!
「めんどうくさそうだからね」
シエラ王女様からは飛び掛かられるし、彼女の部下である飛竜騎士隊の面々も面倒そうだからだ。
合気道を教えて欲しがってるけれど、何かの遊びと思い込んでいる節があった。
「貴様がそういうのなら無理強いはすまい。だが、バホメールの出産には立ち会うのだな?」
「うん」
そっちは行く。でも飛竜の方は行かない。
バホメールの出産も間近に控えているのでそっちの方が気になる。同じく飛竜の孵化もそろそろらしいけれど、話に聞く限り結構面倒そうなんだよな。
そもそも俺の興味は美味しいミルクを出すバホメールにしかないのである――――なんてことを言っていたのに、後日そうもいかなくなる忌々しき事態が発生することになる。
面倒を避けても向こうからやってくるって、こういうことを言うんだろうね。
◆
本日も晴天なり。
アマンダ姉さんたち四人(ブランカも連行されている)はダンジョンに腕試しがてらアタックをしに行き(流石にもうシエラ王女様の護衛は必要なくなった)、ハルクさんたちはアマル様の護衛と密偵を継続中。
そして俺たちいつもの面々は畑仕事へと向かっていたのだが。
「……なんてことだ」
俺の畑が滅茶苦茶になっていた。
被害に遭ったのはゴールドラッシュ。トウモロコシ畑だ。
柵も作ってあるし、俺の許可がなければ立ち入り禁止であるにも拘らず、どんな邪智蒙昧な輩が踏み入ったのであろうか。
サヘールにも害獣としてボアが生息しているので、柵は頑丈に作ってある。だがその柵は壊されていないのに、畑だけが荒らされていた。
「どうやら、空からだな」
「そら……」
アラバマ殿下に促され、空を見上げてみるとそこには数匹の飛竜が飛んでいた。
「シエラの隊ではないな。アレは、第一王子のカシムの竜騎士隊の者であろう」
なんということでしょう。
空を飛ぶ魔獣が、俺の畑を荒らしたのである。
そろそろ収穫時であると、ワクワクしながらその日を待ち望んでいたというのに。
みんなにこの美味しいトウモロコシを味わってもらおうと、料理のレパートリーも考えていた矢先の事件である。
俺がショックでわなわなと震えているところに、上空から声が落ちてきた。
「いやぁ、すまないね! まだコイツは子供なもので、飛び慣れてなくて落っこちたようだ」
「訓練中の事故だ。よくある事ゆえ、そちらも気を付けよ」
「いやいや、ここは飛行訓練に使っていたのだから、畑を作る方が悪かろう」
「荒れ地を畑にしたそちらが悪いのだ!」
「確かにな!」
安全な空の上からそう言い放ってくる。
寧ろ揶揄い混じりの口調なのが余計に腹が立つ。
知らん顔で通り過ぎれば良いものを、わざわざこちらの反応を見る為だけに声をかけてきたのが小賢しい。
「おい、お前ら。ここは既に俺様の管理する農場であることを知っての狼藉か?」
「おやおやアラバマ殿下ではございませんか? こちらは空の警備をしておりますが、殿下は何をしておいでで?」
「土いじりでしょうか? よくお似合いですよ~!」
「我々は崇高な竜騎士隊の訓練を遂行しておりますので、ご容赦願いたい!」
「また訓練中に落ちるかもしれませんが、その時はお許しください!」
「これも民を護る崇高な使命ですので!」
アハハハハハと笑い、少しも詫びる気もなく不敬そのものな態度で飛び去った。
それを見送りながら、アラバマ殿下も怒りで拳を固く握りしめている。こういうことはよくある事なのだろう。第一王子の竜騎士隊ということで、自分たちもエライと勘違いしている連中であることは間違いなかった。
俺の怒りを感じ取り、今にも飛び掛からんばかりに臨戦態勢を取るシルバとノワルをディエゴが抑える。
「くそっ! あ奴ら、またやってくるつもりだぞ!」
「地上ならばともかく、農場は空からの攻撃には弱いですからね」
「だがこちらが仕掛けるのも、後で難癖をつけられそうではあるな……」
「害獣対策用の魔道具を作れば……」
「竜騎士隊の飛竜を傷つける行為は、厳しい罰則があるからそれも難しいのだ」
どうしたものかと、ディエゴとアラバマ殿下も頭を悩ませているようだ。
保護の対象になっている飛竜だけに、攻撃されないと思い込んで横暴に振る舞っているのだろう。
「興味を持たれたのが失敗だったということでしょうかね……」
「多少の嫌がらせはあれど、ここまであからさまではなかったのだがな……」
「農場が成功しそうだからでしょうか?」
「それもあるだろうな」
シエラ王女様やアマル様がこちらに接してきたことで、第一王子派がアラバマ殿下の農場に関心が向いたのだろうと話し合っている。
それまでは飛行訓練などここで行っていなかったのに、急にこちらへ向かってきたのはそういうことなのだろう。
単純に嫌がらせをしに来たのか、偵察に来たのかは判らないけれど。
「……ゆるさない」
「ど、どうした、リオン?」
「げいげきしてやる……」
「迎撃とは……貴様、何をする気だ?」
そっちがその気なら、こちらも対策を練るよね?
「だがこちらから手を出すのは悪手だぞ?」
「腐っても第一王子の竜騎士隊だからな。俺様も抗議はするが、聞き入れられるとは思えぬ。妙な言い掛かりを付けられるだろうしな……」
力になってやれないと、申し訳ないと項垂れるアラバマ殿下。悪いのはアラバマ殿下じゃないし、謝る必要はないのに。謝罪すべきはあちらである。謝る気は毛頭なさそうだけどね。
とはいえ、多分こういう連中は放っておくとどんどん調子に乗るモノである。
また不慮の事故を故意に起こそうとしている魂胆が見え見えなのだ。
咎められたり厳しい罰則がない限り、俺の畑だけではなくおそらくアラバマ殿下の開拓した農場にも矛先を向けるに違いなかった。
「ならばせんそうだ」
完膚なきまでに叩き潰すか、泣いて詫びるまで――――いや、泣いて詫びても許さない。
収穫を待たずに踏み潰されたトウモロコシを見て、俺は怒りが込み上げてきた。
自然災害ならば諦められるし、猪やカラスの食料になったのならば、食べるために、生きるために畑を荒らしたとして百歩、いや一万歩譲って許してやれるが、ただ悪戯に踏み荒らしたその行いは赦し難い。万死に値する。
でも俺は良い子なので、呪ったりはしない。自ら暗黒面に陥るような愚行は冒さないと決めたのだ。
よって真っ向勝負に出ることにする。
「シエラおうじょさまに、つたえて」
「何をだ?」
「けんがくにいくって」
「見学に行って、どうするのだ?」
「救援要請でもするのか?」
「それもあるけど―――――」
単純に救援要請をしたところで状況は悪化するだけなので、二人には瞬間的に思い付いた作戦を話すことにした。
やられたらやり返す。
俺は泣き寝入りなんてしないんだからな!
食べ物の恨みを思い知るがいい!!




