封印された歴史
それは、今より二百年も昔ことであった。
大国ルスタリアに仕え、預言者として民を導いてきた偉大なる精霊ラクレシア──彼女の魂は天に返った後も、その系譜は途絶えることなく受け継がれ、王家の血脈と共にあった。
だが、その血脈の傍らには、ひとつの分家が秘かに存在していた。
ラムド伯爵家──それが、その一族の名称である。
かつて彼らは、崩御した王族や英霊たちを丁重に祀る、由緒正しき祖霊信仰の一族であった。その霊力は神がかりとさえ呼ばれ、死者の魂を現世へと召喚し、霊たちの声を人々に聞かせ、数多の奇跡をもたらしたと言う。
だが、数世代に渡って守られてきた門外不出の奥義は、長き時を経て恐るべき暗黒魔術に変遷した。
あくなき力を求めた彼らはその果てに、生きる者の命を供物として、死者の魂を自在に操る禁術──神に背く魔法をも手中に収めたのであった。
かくして、栄えある祖霊の守り人たちは、忌まわしき死霊使いの一門と化し、以後百年にわたり影の裡に力を蓄え続けてきたのである。
やがて、ラムド家が最盛の時を迎えたある日、一族が待ち望んだ〝最強の後継者〟が誕生する。
その者は底しれぬ魔力を持ち、レミナレス王家をとりこむほどのカリスマ性と狡知に長けた。
この世のあらゆる魔道に精通し、闇の魔女王にすら認められし者。大国ルスタリアの裏世界に君臨する死者の王ラムド・リッチⅣ──すなわち後の世に〝不死王リッチ〟の名で知られることとなる、骸の王である。
彼にまつわる数々の逸話は、すでに人外の者とすら思わせるが、当時、人々の間ではまだ「生身の人間」として知られていた。
しかし実際には、彼の肉体は〝不死〟の領域へと踏み入れており、すでに〝人〟の枠を超えていたのだ。
それでも、彼の飽くなき野望は終わらなかった。
さらなる力を求め、自らを真の超越者たらしめることでレミナレス王家を打倒する。その上でルスタリアの玉座を奪い、最終的には国家という剣を手に、世界全土を戦火に染め上げること──それこそが、彼の真なる目的であったのだ。
だが、その陰謀は、彼を警戒していたレミナレス王の耳にも届く。忠義なる者の報せにより、王は即座に動いた。
ルスタリア正規軍より二万の兵が動員され、国家転覆の兆しを見せていたラムド家に急襲をしかけた。
黒き城に火が放たれ、百五十年にわたって続いた伯爵家の栄華は、一夜にして灰燼と化した。
死霊使いの一族は残らず滅ぼされ、その名も記録も王国の歴史から抹消された。
ただひとつ、見つからなかったものがある。
それは、リッチの亡骸である。
焼け落ちた城のどこを探しても、王を名乗った男の屍は発見されなかったのだ。誰もがその存在を消えたものと信じ、あるいは……恐れて忘れようとした。
だが、百年の歳月を経て──〝不死王リッチ〟の名は、再びルスタリアの地に甦ろうとしている。
すでに彼は、過去の亡霊などではない。
闇の覇者である魔女王配下〝六魔導〟のひとりとして、確実に現世に帰還したのであった。




