第7章:異世界の地理
トムは深く息を吸い込んだ。静まり返った洞窟の中に、その呼吸はかすれて響いた。パチパチと爆ぜる焚き火の明かりが彼の顔の上で揺らめき、青白い目元の疲労の陰りを浮き彫りにしていた。
「ヴェニンブルクがあるルシ王国はな」
トムは語り始めた。その声は静かだが明瞭で、まるで頭に叩き込んだ歴史をそらんじる司書のようだった。
「およそ九百年前にピーター一世によって建国された。彼がルシ王国の初代国王だ。その領土はこの島の西部を支配していて、沿岸の端から黒い森の中央の境目まで広がっている」
彼は息を整えるように、少し言葉を区切った。
「黒い森の向こう側、島の中央部には」
人差し指で東を指差しながら、彼は続けた。
「フェルマン王国が存在する。あそこも人間の王国で、重騎兵部隊と厳しい軍規で知られている。フェルマン王国とルシ王国は常に緊張関係にあって、アヴァロン海での影響力と資源を巡って争っているんだ。小競り合いや海戦なんて日常茶飯事さ」
僕はその情報を頭に刻み込んだ。互いに競い合う二つの人間の王国、それを隔てる黒い森。
「それから、島の東部には」
トムは別の方角を指差した。
「ドワーフたちの故郷であるアイゼンホール王国がある。奴らは腕利きの職人で、疲れを知らない鉱夫たちだ。鉄鉱石や貴金属の交易が邪魔されない限り、人間の政治にはあまり関心を持たない」
「そして南部には」
彼の声が一段と低くなった。
「ケーニヒスベルク王国という、亜人の王国がある。フェルマン王国と直接国境を接していて、両国は宿敵同士だ。毎年のように国境紛争が起きている」
僕がその情報を理解するのを待つように、彼は鋭い視線を向けた。
「そして最後に」
トムは締めくくった。
「南東の沿岸部と周囲の小島一帯には、ヴァニシア共和国がある。アヴァロン島と向かいのアタナシア大陸の間で行われる海上貿易を中心とした国家だ。船乗りと商人の国で、その海軍力はアヴァロン島で最強を誇る」
「五大勢力か」
全体像を思い描きながら、僕は呟いた。
「西と中央に二つの人間の王国、東にドワーフ、南に亜人、そして南東に商人の共和国。すべてが一つの島の中にあるんだな」
「その通りだ」
トムは弱々しく頷いた。
僕はガレンとディナを見た。
「じゃあ君たちは……ルシ王国の冒険者なのか?」
ガレンが頷いた。
「俺たちはヴェニンブルクの冒険者ギルドに登録している。商人の護衛から希少な薬草の採取、果ては……まあ、こんな風に魔物を狩る仕事まで、色々な依頼を受けているのさ」
「冒険者ギルド?」
僕は尋ねた。これまた、ひどく馴染みのある概念だ。
「大きな街には必ずあるわ」
ディナが説明した。
「私たちのような人間が仕事や情報を探す場所よ。冒険者のランクを決めるのもギルドね。私たち三人はまだDランクで、Eランクの次に低いランクなの」
「だからこそ、このダイアウルフの依頼を受けたんだ」
ガレンが苦々しい口調で口を挟んだ。
「Cランクの依頼だ。ランクを上げるために、自分たちでもこなせると思ったんだが……完全に計算違いだった」
僕は押し黙り、すべてを整理した。ギルド、ランク、依頼……このシステムは、僕がずっと想像していたファンタジー世界そのものだった。
「ディナ」
彼女に向き直り、僕は尋ねた。
「さっき魔力が尽きたって聞こえたんだけど、君は魔術師なの?」
単刀直入な質問に、ディナは少し驚いたようだった。
「ええ……私は魔術師よ。専門は風と火の魔術なの」
「誰でも魔術を使えるの?」
ディナは首を横に振った。
「全員じゃないわ。魔術は誰にでも学べるようなものじゃないの」
適切な言葉を探すように、ディナは少し間を置いた。
「人間から魔物に至るまで、この世界のあらゆる生物は体内に『魔力』と呼ばれるエネルギーを持っているわ。血のようなものだと思って。生命そのものの根源的な一部なの。もちろん、その保有量には個人差がある。生まれつき深い『池』のような魔力を持つ者もいれば、小さな『水たまり』程度しかない者もいる」
「でもね」
真剣な眼差しで僕を見つめながら、彼女は続けた。
「魔力を持っているだけじゃ足りないの。それを行使し、呪文へと昇華させるには……『魔術の才能』を持って生まれなければならない。残念ながら、ほとんどの人間はその『才能』を持っていないのよ」
ディナはため息をついた。
「けれど、ほぼすべての個体がその才能を持って生まれてくる種族もいるわ。例えばエルフ族。あるいは魔族。そしてもちろん、ドラゴンロードの血を引く者たちね」
僕の不安を察したかのように、今度はより柔らかい表情でディナが僕を見つめた。
「でも心配しないで、リアム。もし後で魔術協会かどこかで適性を測定して、結果がゼロだったとしても、落ち込まないで。あなたがどうやって今まで黒い森で生き延びてこられたのかは知らないけれど、覚えておいて。魔術がすべてじゃないわ」
「体内の魔力エネルギーは他のことにだって使えるのよ」
焚き火の傍らで小石を使って剣を研いでいるガレンを指差しながら、彼女は続けた。
「あそこにいるガレンのようにね」
ガレンは顔を上げ、ニヤリと笑った。
「その通りだ、坊主。俺には魔術の才能なんて一滴もありゃしない。だが、自分の魔力を使って身体を強化しているんだ。そのエネルギーを筋肉や骨、感覚に巡らせるのさ。俺たちはそれをマーシャルアーツと呼んでいる」
彼は拳で自分のたくましい胸を叩き、ドスッという音を響かせた。
「たとえ魔術の才能がなかったとしても、俺のような戦士や、騎士になることだってできる。努力する者にはいつだって道が開かれているのさ」
彼の笑顔は大きく、温かかった。
「魔術がすべてじゃないにしてもな」
もたれかかった場所からトムが口を挟んだ。その声は平坦だったが、重みがあった。
「魔術の才能があれば、あらゆる物事がずっと楽になる」
「ちょっと、トム! そんな言い方しないでよ!」
ディナが頬を膨らませて咎めた。
「何が悪いんだ?」
小さく咳き込みながら、トムが言い返した。
「実際、俺の言っていることは正しいだろ。魔術師は国や協会にとって貴重な戦力だ。下級の魔術が使える程度でも、王国の魔術省や魔術協会で安泰な地位を得られる。そんな機会を全部捨てて冒険者になるなんて、あんたくらいの変わり者だけだ」
「私は変わり者じゃないわ!」
ディナはトムの怪我をした太ももを軽く叩いた。
「痛っ! 痛いぞ、ディナ!」
トムが悲鳴を上げた。
「思い知りなさい」
二人のちょっとした言い争いを見て、ガレンは大声を上げて笑った。
僕は小さく微笑んだ。
魔術協会、魔術の才能、貴重な戦力とされる魔術師……。
次々と情報が流れ込んでくる。だが、他のすべてを差し置いて、僕の頭の中で巡り続ける一つの言葉があった。
魔族!
この世界には本当に存在するのだ。もっと詳しく聞きたかった。どんな姿をしているのか? 物語のように邪悪なのか? どこに住んでいるのか? だが、すでに色々と尋ねすぎていた。これ以上は気が引ける。
情報は後で街に着いてから探せばいい。
「それで……この世界ではどんな通貨が使われているの?」
僕の質問を聞いて、ディナは小さく吹き出した。
「なんなのその奇妙な質問は、リアム」
「おい、からかうなよ」
ガレンがたしなめた。
「わかってるわよ、ガレン。ただの冗談じゃない」
「この世界では白金、金、銀、銅を通貨として使っている」
トムが根気よく説明してくれた。
「白金貨一枚が金貨百枚に相当し、金貨一枚は銀貨百枚、銀貨一枚は銅貨千枚に相当する」
彼は一度言葉を切り、それから付け加えた。
「もちろん、それは理論上の話だ。実際には、発行された国や金属の純度によって硬貨の価値は異なってくる。だが普通は、純度が九十五パーセント以上の硬貨しか通用しない」
「どうやって見分けるの?」
僕は尋ねた。
「道具があるのさ。貴金属の含有量を測定するために、魔術師が作った魔導具がある」
「白金貨はどうなの?」
「白金貨は例外だ」
トムが答えた。
「貴族や王、あるいは大商人だけが使う硬貨だからな。純度は常に百パーセントだ。少なくとも、人々はそう言っている。俺自身、実物を見たことはないがね」
「そうなんだ……」
僕は頷き、その極めて重要な情報を頭に叩き込んだ。これは後で通販システムを利用する際にとても重要になるはずだ。
僕は話題を変えた。
「それで、みんなはこれからどうするの? ヴェニンブルクに戻った後は」
ガレンは深くため息をついた。その声には疲労が滲んでいた。
「まずはトムの足の治療だ。あの傷はお前の応急処置だけじゃなく、本職の治療師に診てもらう必要がある」
彼は心からの感謝を込めた眼差しで僕を見つめた。
「それから……ギルドに依頼の失敗を報告して、残ったダイアウルフの毛皮を納品し、おそらくは……別の仕事を探すことになる。この依頼のせいで俺たちは無一文だ。失敗の違約金を払わなきゃならないからな」
僕は眉をひそめた。
「違約金?」
「ええ」
ディナが沈んだ声で言った。
「依頼の達成に失敗した場合、報酬総額の三十パーセントの違約金を支払わなければならないの」
「それって……厳しい規則だね」
僕は率直に言った。
「妥当な規則さ」
ガレンが訂正した。
「未熟な冒険者が身の丈に合わない依頼を引き受けて依頼人を危険に晒すのを防ぐためだ。ギルドの信用を守るためでもある」
僕は納得して頷いた。それでもやはり後味が悪かった。この失敗のせいで彼らはパーティーを解散することになるかもしれないのだ。そして僕の手元には、彼らを救えるはずの三枚のダイアウルフの毛皮がある。僕のシステムでは一枚五十ポイントの価値がある品だ。見捨てるのは忍びなかった。
「もし……」
僕はためらいがちに口を開いた。
「……さっきのダイアウルフの毛皮を、みんなに渡すと言ったらどうする?」
三人は驚いて僕を見つめた。
「本気なのか、リアム?」
「この世界の基礎知識を教えてくれたお礼だと思ってよ」
僕は微笑みながら言った。
「ありがとう、リアム……」
ディナは目に涙を浮かべながら囁いた。
「リアム」
ガレンが険しい表情で口を挟んだ。
「俺たちが教えたのは、ただの基本的なことにすぎない。街に着けば誰だってすぐに知ることだ」
「それでも、みんながいなければ僕は何も知らなかった。街で取り返しのつかない失敗をしていたかもしれない。僕にとってはこの情報はすごく貴重なんだ。だからトム、ガレン、ディナ……受け取ってよ」
僕は鞄から丸めた三枚の狼の毛皮を取り出し、彼らに差し出した。
ガレンはまだ躊躇している様子だった。
「だが、俺たちは……」
「ガレン、受け取っておけ」
トムがため息をついた。
「人の好意を無下にするのは失礼だ。ましてや命を救ってもらった相手なんだからな」
それを聞いて、僕は笑みを浮かべて頷いた。
「わかった」
トムは再び言った。
「だがリアム、タダで受け取るわけにはいかない。ギルドでこの毛皮を売った後、相応の分け前を払う。あんたみたいな身寄りのない子供から金を巻き上げるほど、俺たちは落ちぶれちゃいない」
彼は手を伸ばし、僕のニット帽の上から優しく頭を撫でてくれた。
「うん、ありがとう」
僕は少しほっとして言った。
「礼を言うのはこっちだ、リアム。お前がいなきゃ、俺たちの冒険はあの狼どもの胃袋の中で終わっていた」
「そろそろ寝るとしよう」
あくびをしながらガレンが言った。
「俺が二番目の見張りをする。ディナ、お前が三番目だ」
「僕はもう十分寝たから」
僕は言った。
「最初に見張りをやるよ」
ガレンは心配そうに僕を見た。
「本当にか、坊主? 疲れているように見えるが」
グロック17が隠されているジャケットのポケットを軽く叩いた。
「眠たい目よりも、もっと頼りになる見張りがいるから」
ガレンは反論しなかった。僕が何を言いたいのか察したのだ。
三人はマントを毛布代わりにして、洞窟の奥で横になる場所を整え始めた。間もなく、規則正しい寝息だけが聞こえるようになった。
僕は再び洞窟の入り口に腰を下ろし、膝を抱えた。焚き火は今や赤く灯る熾火だけになっていた。外の暗く静まり返った森を、そして空に見張りの巨人の目のように浮かぶ二つの月を見つめた。
手首のデジタル時計に目を落とす。
23:30
夜はまだ長い。
息を吐くと、再び白い息が立ち上った。ポケットの中の拳銃に触れ、心を落ち着かせてくれる金属の冷たさを確かめた。




