第5章:最初の接触
辿っていた川は次第に広がり、その流れは穏やかになりつつも深さを増していた。周囲の森の様子も変わり始めた。さっきまで頭上を覆っていた苔むした巨木がまばらになり、丈の低い開けた植物へと移り変わっていく。
森の天蓋に遮られていた朝日の光が、薄い曇り空に覆われながらも、遮るものなく僕の顔を照らした。
雨はようやく完全に止んだ。空気が暖かく湿り気を帯び始め、まるで大地の息吹のように森の地面から水蒸気が立ち上っていた。
僕は黒いポンチョを脱いで適当に折りたたみ、バックパックのサイドポケットに突っ込んだ。今の僕を守るには、ソフトシェルジャケットだけで十分だった。
一定のペースで歩きながら、視線は絶えず周囲を警戒し続けた。さっきのオークは警告だ。一匹いれば、普通は群れや集落があるはずだ。
「システム」
ホログラム画面が現れた。
【残高:807ポイント】
僕は薄く微笑んだ。さっきのオークの大剣の売却は悪くなかった。少なくとも今日のところは赤字ではない。だがもっと必要だ。この森で生き延びるのには、安くない出費がかかる。
不意に、耳が新しい音を捉えた。獣の鳴き声でも、水の流れる音でもない。
金属が……ぶつかり合う音?
それと叫び声。人間の叫び声か?
僕はピタリと足を止め、背の高い藪の陰に身を隠した。その音は前方、川から少し離れた方向から響いていた。
人間か? エルフか? それとも他の種族か?
好奇心と警戒心が僕の頭の中でせめぎ合った。もし人間なら、自分がどこにいるのか手がかりが得られるかもしれない。だが、もし盗賊やエルフ狩りの兵士だったとしたら……僕は大きな危険に晒されることになる。
僕は近づくことに決めたが、極めて慎重に行動した。姿勢を低く保ちながら茂みの間を這うように進む。新しいズボンに泥がついたが、気にしている場合ではなかった。
戦いの音が次第にはっきりと聞こえてきた。剣の打ち合う音、怒声、そして野獣の唸り声。
倒木の幹の陰から覗き込んだ。
木々に囲まれた小さな広場で、戦いが繰り広げられていた。
三人の人間――男二人と女一人――が、包囲されながら背中を向け合い、脆い三角形の陣形を組んでいた。そのうちの一人は銀色の鎧を身につけていた。
本来なら輝いていたであろうその鎧は、今はくすんで見え、表面は深い傷と黒ずんだ血痕で覆われていた。さっき出くわしたオークの粗末な革の鎧より明らかに上等な品だったが、今や崩壊の危機に瀕しているように見えた。
最前線に立つ鎧姿の男は、左手で半分ほど割れた丸い木製盾を握りしめていた。砕けた端からは木の破片が突き出している。右手には、刃が少しこぼれた長剣を構えていた。
その後ろでは、青ざめた顔の女がふらつく体勢で立っていた。彼女は細く曲がった木製の杖を握っており、その先端には今にも消えそうな鈍い光を瞬かせる青い水晶が嵌め込まれていた。
そして三人目の、彼らの中で一番若く見える男は、地面に力なく倒れ込んでいた。血まみれの足を押さえながら苦痛に呻いており、手から零れ落ちた短剣がその傍らに無造作に転がっていた。
そして彼らの相手は……。
五匹の狼だった。
だが、ただの狼ではない。バイソンほどの巨体を誇り、針のように逆立った銀灰色の毛並みをしていた。目は燃えるように赤く、開いた口からは地面に触れるとシューシューと音を立てる唾液が滴り落ちていた。
狼?
でも、どうしてこんなに巨大なんだ?
そのうちの一匹が遠吠えを上げた。鳥肌が立つような声だった。奴は跳躍し、盾を構えた男へと襲いかかった。
ドカァン!
男は後ろへ押し戻され、足が地面を引きずった。盾にさらなる亀裂が走る。
「陣形を維持しろ! ディナに近づかせるな!」
男はしゃがれた声で叫んだ。
ディナと呼ばれた女は、震える手で木製の杖から火球を放った。火球は狙いを外し、狼の背後の木に直撃した。
「私……魔力が尽きちゃった!」
女は絶望的に叫んだ。
あの女は今、杖から火球を放った……。
やっぱり、この世界には本当に魔法が存在するんだ。
僕は素早く状況を観察した。死の淵に立たされた三人の人間と、五匹の狼の魔物。
選択肢は二つ。黙って立ち去り奴らを見殺しにするか、それとも介入するか。
前者は安全だ。後者は危険が大きい。だが……彼らは人間だ。僕の理解できる言葉を話している。情報源でもある。それに、もし彼らを助ければ……報酬をもらえるかもしれない。あるいは、せめて近くの街まで連れて行ってもらい、この世界の基礎知識を得られるかもしれない!
それに何より、僕には彼らが持っていない武器がある。
「当たってくれよ」
ポケットからグロック17を引き抜きながら、僕は呟いた。
女魔法使いに最も近い位置にいる狼に狙いを定めた。その狼は背を丸め、まさに飛びかかろうと身構えていた。
距離は四十メートル。拳銃の射程としては少し遠いが、標的は大きい。
息を止める。集中しろ。
プシュッ!
弾丸がその狼の頭の側面に命中した。即死はしなかったものの吹き飛ばされ、痛みに遠吠えを上げながら地面を転がった。
人間も狼も、その場にいた全員の視線が一斉に僕の方へ――正確には、僕の潜む茂みの方へと向けられた。誰もが当惑している様子だった。
考える隙は与えない。負傷した男の足に噛みつこうとしていた二匹目の狼に狙いを定めた。
プシュッ! プシュッ!
二連射。一発は首に、もう一発は背中に命中した。その狼は痙攣し、獲物の上に倒れ込んだ。
「誰だ、そこにいるのは?!」
盾の男が叫び、正体不明の助っ人を探して目を泳がせた。
残った三匹の狼はもはや獲物のことを忘れ、鼻をひくつかせて空気を嗅ぎ、この新たな脅威の出所を探った。そして、見つけ出した。
三対の赤い瞳が、まっすぐに僕を見据えた。
「くそっ」
僕は悪態をついた。
「サプレッサーじゃ匂いまでは隠せないか」
一匹の狼が低く唸り声を上げ、僕に向かって猛ダッシュしてきた。ものすごい速度だ。さっきのオークよりも遥かに速い。
僕は立ち上がり、隠れ場所から姿を現した。もう隠れていても意味はない。
引き金を引いた。プシュッ! 外れた。狼は横へと跳躍し、滑らかな身のこなしで弾丸を躱した。
奴が迫ってくる。二十メートル。十メートル。
手に汗が滲む。
落ち着け、リアム。落ち着くんだ。
最後の一撃を食らわせようと跳びかかる瞬間まで待った。その巨体が宙に浮き、視界を塞いだ瞬間、無防備になった胸元に向けて立て続けに三発撃ち込んだ。
プシュッ! プシュッ! プシュッ!
血が四方八方に飛び散った。狼の体が僕に激突し、痛烈な衝撃とともに地面へと突き飛ばされた。その巨体に押し潰されそうになり、とっさに体を左へとずらした。生臭く腐ったような息の臭いが一気に鼻腔を満たした。だが、狼はすでに息絶えていた。
倒れたときの音からして、この狼の体重は一トン近くあるに違いない!
危うくミンチにされるところだった……。
広場の方へ目を向けた。
残された二匹の狼は躊躇している様子だった。仲間の三匹が僕によってほんの数秒のうちに殺されたのだ。奴らの生存本能が働いた。短く遠吠えを上げると、踵を返して森の奥へと走り去っていった。
再びあたりに静寂が戻った。
狼が立ち去ってくれたのを見て、僕は安堵のため息をついた。
立ち上がり、震える手でジャケットについた血を払った。血管の中をアドレナリンがまだ激しく駆け巡っていた。
三人の人間は、ぽかんと口を開けて僕を見つめていた。フードをかぶり、白みがかったグレーの奇妙な服を着た小さな子供が、自分たちを殺しかけた魔物を殲滅した小さな黒い物体を手に持っている姿を、彼らは見ていた。
盾を持った男は、ゆっくりと武器を下ろした。足を引きずりながら、一歩前へ踏み出す。
「坊主……」
その声はかすれていた。
「お前……誰なんだ?」
僕は拳銃を収めたが、手はポケットの近くに置いたままにした。油断は禁物だ。
「ただの迷子の旅人だよ」
僕が答えた声は幼くあどけなく響き、周囲に転がる狼の死体の山とは対照的だった。
「怪我はない?」
男は女と顔を見合わせた。その瞳には困惑の色があったが、それ以上に深い感謝の念が宿っていた。
女は杖を取り落とし、へたり込むように座り込んで、安堵の涙を流した。
「助かったのね……神様、ありがとうございます……」
僕は狼の死体を跨ぎながら、彼らへと歩み寄った。
「僕の名前はリアム・アシュフォード」
他の生き物に対して初めて新しい素性を名乗り、僕は言った。
「教えてくれないか……ここはどこなんだ?」




