第43章:深夜の会話
ガブッ!
「肉、めちゃくちゃうまいな」
石川が手にした分厚い焼き肉の塊にかぶりつきながら、がつがつと貪るように呟いた。口の端から肉汁が滴り落ちる。
「ああ。こんなまともな食事を口にするのは、本当に久しぶりな気がするよ」
涼は眼鏡の位置を直しながら、感慨深げな眼差しで同意するように頷いた。
「確かにうまいけどさ。塩の味と、よくわからない変な香辛料の味しかしないからちょっと薄味だけどな。昔ファミレスでよく食ってたステーキとは比べものにならねえよ」
健太は口いっぱいに頬張りながら喋り、木皿の上から休む間もなく次の肉の塊をすくい上げ、乱暴に咀嚼し続けた。
「健太、行儀よくしなさいよ。口に物を入れたまま喋るんじゃないの」
その食べ方に嫌悪感を露わにして眉をひそめ、ヤナミが咎めた。
ゴクン。
健太はその肉の塊を無理やり飲み込み、それから木のコップをひったくって中の水をがぶ飲みした。
「自分の心配だけしてろよ、ヤナミ。これが俺の食い方なんだよ!」
水が少しこぼれるほどの勢いでコップを乱暴に置きながら、健太が言い返した。
「だいたい、本物の肉を食うのなんて一ヶ月ぶりなんだぞ。餓鬼みたいになったって当然だろ!」
「全然当然じゃないわよ。ヒロの食べ方を見習いなさいよ」
フォークの先でテーブルの向かい側を指差しながら、ヤナミが反論した。
そこでは、ヒロが少し上品な手つきで肉を切り分け、無言で咀嚼していた。健太のように散らかすような真似は一切していない。
「チッ。ヒロはヒロ、俺は俺だ。俺には俺の食い方があるんだよ」
健太は舌打ちし、不満そうに頬を膨らませてそっぽを向いた。
「喧嘩はやめてくれないかしら? 食事を楽しもうとしているところなんだけど」
冷ややかな声で雪乃が遮った。彼女は木製のフォークを肉の塊に突き刺し、口元へ運ぶ前に、長い黒髪の房を優雅に耳の後ろへと払い除けた。
「ご、ごめんなさい」
「わ、悪かったよ」
ヤナミと健太が揃って口ごもった。
「ところで……このお料理、一人前いくらだったの、ヒロ?」
ミユキが視線を伏せながら尋ねた。テーブルの上で不安そうに指を弄びながら、頬をほんのり赤らめて少年を見つめる。
「ああ、結構安かったよ。銅貨三十枚だけさ」
ヒロは心を落ち着かせるような温かい笑みを浮かべて答えた。
「高いわね……」
ミユキは肩を落とし、小さくため息をついた。
「いや、かなり安い方だと思うよ」
ヒロは軽く首を横に振った。
「冒険者の収入水準からすれば、これくらいの食事なら週に一度くらいは食べられるはずだからね」
「お金の話といえば」
雪乃がカトラリーを置いた。
「ヒロ、そろそろ宿の部屋代を払う時期よ」
「そうだったな。あの宿を借りてから、もう丸々一ヶ月経つのか」
こめかみをゆっくり揉みながら、ヒロが呟いた。
「宿と呼ぶより、馬小屋と呼んだ方がお似合いだろ!」
健太は拳でテーブルを叩いた。
「乾燥した藁の山の上で寝続けてるせいで、体中が痒くてたまらねえよ! それに、もう一ヶ月以上も石鹸もシャンプーもなしに水だけで体を洗ってるんだぞ! クソッ、気が狂いそうだ!」
健太は全身の苛立ちをぶつけるように、自分の腕を手荒にかきむしった。
「女の子みたいに愚痴ばかり言ってるんじゃないよ」
涼はずり落ちかけた眼鏡の位置を直しながら、冷淡に口を挟んだ。
「あぁ?! 何だと?!」
健太が目を剥いた。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
ヒロは慌てて両手を挙げて割って入った。
「健太の言うことにも一理あるよ。ギルドからもらったばかりの銀貨一枚があれば、基本的なお風呂セットを買って、この先一週間分の食料を備蓄するくらいのお金は残るはずだからね」
「でも、石鹸やシャンプーみたいなものが本当にこの世界にあるのかしら?」
ヤナミが怪訝そうに尋ねた。
「あるかもしれないよ」
ヒロが答えた。
「いずれにせよ、ここはただの中世世界じゃなくて、魔法のファンタジー世界なんだから」
「後で商人や街の人に聞いてみるわ。石鹸と同じような役割を果たすものを売っているかもしれないしね」
雪乃が言った。
「その計画、大賛成!」
ミユキが期待を込めて声を上げた。
「体中がベタついてすごく気持ち悪いの。水だけで洗うなんて、本当に耐えられないわ」
「俺個人としては、石鹸もシャンプーもなしで水浴びするくらい、全然平気だけどな」
石川が明るい調子で笑い声を響かせながら口を挟んだ。
だが、誰からも返答はなかった。全員一致で彼の言葉を聞き流し、真面目な会話を続けた。
「雪乃、一人で聞き込みに行っちゃ駄目だよ。危なすぎる」
ヒロは心配そうな表情で雪乃を見つめた。
「健太か涼に付き添わせなよ」
「俺は構わないぜ」
健太が肩をすくめて返した。
「僕もいいよ」
涼も静かに頷いて付け加えた。
「結構よ、遠慮しておくわ」
雪乃は平坦ながらも毅然とした声で断った。
「自分の腕にはそれなりに自信があるもの。それに、健太みたいな向こう見ずを連れて行ったら、後で足手まといになるだけよ」
「おい! 今のどういう意味だよ、あぁ?!」
プライドを踏みにじられた健太は、カッとなって席から立ち上がった。
「自分で考えなさいよ。言葉通りの意味よ」
雪乃は素っ気なく答えた。
「はいはい、喧嘩を蒸し返さないで」
急にズキズキと痛み始めた鼻の付け根を揉みながら、ヒロが慌てて仲裁に入った。
……
彼らはようやく食事を終えた。店の主人に代金を支払い、外に出て赤レンガの歩道を進み始めた。西の地平線の空はゆっくりと茜色を失い、夕方から夜への移り変わりを告げていた。
「珍しいこともあるものだね……今日は一日中まったく雨が降らなかった」
雨雲一つない空を見上げながら、涼が呟いた。
「ああ、感謝しなきゃならんな!」
健太は両腕を大きく広げ、夜の空気を深く吸い込んだ。
「寝てるときにずっと付きまとってくるあの湿気と冷気には、もううんざりだったんだよ」
「ねえ、雪乃」
ヤナミは長い黒髪の少女と歩調を合わせながら呼びかけた。
「あんたはどう思う……私たち、今熱帯気候の島にいるんじゃないかしら?」
「そうだと思うわ」
雪乃は静かに頷き、街道沿いの植生へと視線を巡らせた。
「この地域の天候のパターンや湿度、降水量は、昔学校の地理の教科書で習った熱帯気候の特徴とあまりにも一致しすぎているもの」
「やっぱり、そうよね……」
ヤナミは足取りを緩めた。
「それが何か問題でも?」
雪乃が横目でちらりと見やりながら尋ねた。
「ううん……何でもないの」
ヤナミは力なく微笑み、乾いた苦笑いをこぼした。
「こんな湿った天気……なんだか、昔家族と一緒に海外旅行に行ったときの夏休みをふと思い出しちゃって。あのときも、ちょうどこんな天気だったのよ。やまない雨がずっと降ってて……」
「そう」
雪乃は小さく相槌を打つだけにとどめた。うつむいたヤナミの横顔の奥に、深い哀しみの翳りがあるのを見逃さなかった。
私たちは本当に、地球へ帰ることができるのだろうか?
雪乃の胸が不意に苦しく締めつけられた。
お姉ちゃん、お母さん……会いたいよ。
雪乃は視線を逸らし、夜の帳に包まれ始めたヨーロッパ風の街並みを虚ろに見つめた。
……
しばらくして、彼らは自分たちが『我が家』と呼ぶ建物の前に辿り着いた。そう、我が家だ。少なくとも今のところ、一日中命を懸けた後に帰るべき屋根があるだけマシだった。
その建物は、ひび割れた素焼きの瓦屋根を乗せた、粗末な石積みの壁だけで建てられていた。外から一見したところではそれなりの広さがあるように見えたが、二十一世紀の衛生水準で暮らしてきた彼らにとって、ここはみすぼらしいあばら家にすぎなかった。床は固められた土間のままで、板張りも絨毯も、ましてやタイルなどあるはずもない。室内の空気は常に息苦しく、カビ臭い湿気が充満していた。
ガタついていた正面の木製ドアでさえ、昨日の夕方に石川と健太があり合わせの道具を使って苦労の末に修理を終えたばかりだった。
「よし、俺は市場へ行って小麦や他の食料を買ってくるよ」
ヒロは腰の小銭入れに手を入れ、お金が無事にあることを確かめながら言った。
「先に体を洗ってお風呂に入らなくていいの、ヒロ?」
薄暗い玄関先で立ち止まり、ヤナミが尋ねた。
「いいよ。今夜の用事が全部片付いた後で入るから」
ヒロは薄く笑って首を横に振った。
「そう。それなら気をつけて行ってきてね、ヒロ」
ヤナミは軽く手を振った。
「ヒロ、俺もついて行こうか?」
石川が申し出た。
「助かるよ。頼む、石川。お前のその体格なら、小麦の袋を担ぐのに大助かりだ」
ヒロはほっとしたように微笑んだ。
「外じゃ気をつけるんだぞ、ヒロ! チンピラに絡まれたりトラブルに巻き込まれたら、俺の名前を大声で呼べよ! すぐに駆けつけてケツを蹴り上げてやるからな!」
健太は自分の手のひらを拳で叩き、自信満々の顔を作ってみせた。
「あはは! ああ、もしそうなったら真っ先に俺たちのヒーローの名前を呼ぶよ」
ヒロは友人の振る舞いに救われたように声を上げて笑った。
「馬鹿ばっかりね」
雪乃が小さく呟いた。しかし皮肉な言葉とは裏腹に、その口元は人知れず微かに緩み、滅多に見せない薄い微笑みを形作っていた。
「ヒロ、警戒を怠らないでくれ。油断するなよ」
涼が一歩前に進み出た。眼鏡の奥の表情は極めて真剣だった。
「先輩冒険者たちから噂を聞いたんだ。最近、この街の治安が少し不安定らしい。国王が次期国王候補を発表するという噂が立ち始めてから、見知らぬ余所者がヴェニンブルクに大量に流れ込んできているらしいんだ」
「わかった。警戒は怠らないよ」
ヒロは頷き、その忠告を頭に叩き込んだ。
「ヒロ、私もついて行きたいな。ダメかな?」
ミユキが控えめな声で言った。
ヒロはその黒髪ショートヘアの少女を見つめ、それから判断を下した。
「いや、お前は休んでいてくれ。こういう用事は男に任せておけばいい」
「でも……」
「ミユキ、わかってくれ」
ヒロは彼女を見つめながら言った。
それを見ていた雪乃が何かを察したように、口を挟んだ。
「ミユキ、ヒロと石川に行かせてあげなさい」
それを聞き、ミユキはようやく頷いた。
時間を無駄にすることなく、ヒロと石川は踵を返して歩き去った。
「私は先に体を洗ってお風呂に入ってくるわ」
一日中のコボルド狩りで強張った筋肉をほぐすように両腕を高く伸ばしながら、ヤナミが明るい声を上げた。
「おい、待てよ! 俺が先だ!」
裏庭へ通じる少女の進路を遮るように立ち塞がり、健太が抗議した。
「俺の体は汗とコボルドの血生臭さでいっぱいなんだぞ! 一日中水を浴びたくて我慢に我慢を重ねてたんだ!」
「男のくせに女の子に譲りなさいよ、健太」
ヤナミは軽蔑を込めて彼を上から下まで見下ろし、鼻で笑った。
「だいたい、あんたが何十回体を洗ったところで、その薄汚い身なりと平凡な顔が変わるわけじゃないでしょ!」
「あぁ?! 今何つった、この毒舌女が?!」
健太は歯ぎしりした。
「はいはい。少しは譲ってやれよ、健太」
涼は深くため息をつき、健太の服の襟首を後ろから無理やり引っ張って引き離した。
「おい、離せよ、涼! 離せって! ヤナミとの話はまだ終わってねえぞ!」
首根っこを掴まれた子猫のように、健太はジタバタと暴れた。
雪乃はそのくだらない茶番から視線を逸らし、家の中へと入っていった。
……
「みんな、もう寝たのか、雪乃?」
ヒロは重いため息をつきながら食器棚の隅に小麦の袋を下ろした。薄暗い空気の中に粉の粒子が舞い散る。
ヒロは周囲を見渡した。室内は静まり返っていた。まだ起きているのは雪乃だけで、木製テーブルの上に身をかがめて座っていた。傍らのランプの温かい光が、細い指で羽ペンを握りしめる彼女の真剣な横顔を照らしていた。
「ええ。お風呂から上がってすぐ、一時間前にはもう寝たわ」
雪乃は顔も上げずに答えた。羽ペンの先端が羊皮紙の上を滑り続け、整然とした黒いインクの文字を刻んでいく。
「随分と遅かったのね」
「もう夜の十一時を回っているはずよ。あなたと石川、どこへ行っていたの?」
インクを走らせる手を少しも休めることなく、雪乃が尋ねた。
ヒロは静かに歩み寄り、雪乃の向かいの椅子に腰を下ろした。古びた木がきしむ音が静寂を破る。
「買いに行った小麦の商人が、ちょうど人手を欲しがっていてね。荷降ろしの人が足りないって言うから、手伝っていたんだ……」
「そう、わかったわ」
雪乃は手を一瞬止めた。小麦の粉で汚れた服からかすかに漂う汗の匂いに至るまで、すっかり埃まみれになったヒロの姿をじっと見つめた。
「その小麦二袋が、彼らがくれた報酬なの?」
「ああ。悪くないだろ? 俺たちの生活費の足しになる」
「そうそう、これ。お前が預かっておいてくれ。後でうっかり使っちゃいそうだから」
ヒロは汚れたズボンのポケットを探り、銀貨を一枚取り出すと、雪乃の羊皮紙の真横に置いた。チャリン。
「つまり……ミユキの同行を断った本当の理由は……こんな肉体労働をしている姿を見られたくなかったから?」
「もしそうなら、心配する必要なんてないのに。ミユキは仕事の内容で人を見下すような子じゃないわよ」
「いや、そうじゃないんだ」
ヒロは静かに首を横に振った。
「ミユキを断ったのは……このパーティーのために、自分が役に立っていると実感したかったからだ」
「知っての通り、あのコボルド狩りや大ネズミ退治のときから、俺たち男四人は戦いの大半をお前たち女子に頼りっきりだった。本来なら、俺たちがお前たちを守るべき立場のはずなのにさ」
ヒロは膝の上で拳を固く握りしめた。
「いつまでも足を引っ張る荷物になりたくないんだ。健太も、涼も、石川も、きっと同じ無力感を味わっているはずだ」
「健太がいつも文句ばかり言って怒鳴り散らしているけれど、理由はよく分かってる。戦いで何の役にも立てない自分が悔しくてたまらないんだよ」
「何て言ったらいいのかしら。驚いたわ」
雪乃は淡々と彼を見つめたが、やがてその唇に――滅多に見せない――かすかで柔らかな笑みが浮かんだ。
「いつまでも平気なふりをした顔をし続けるつもりかと思っていたわ」
「でも言っておくけれど……私はあなたたち四人を足手まといだとか役立たずだなんて、一度も思ったことなんてないわよ」
「いつもの雪乃らしくないな。そんなに率直に言ってくれるなんて」
少女の素直な言葉に、ヒロは少し虚を突かれたように言った。
「この世界に来てから、気づいたことがいくつかあるのよ」
「だいたい、いつまでも孤立して無口で他人を拒絶し続けるような態度は……ここでは命取りになるだけだもの」
「確かにその通りだな」
片頬に手を当てながら、ヒロの口から少し疲れたような小さな笑いが漏れた。
「今の雪乃は、学校のヒエラルキーの頂点に君臨していた『氷の女王』にはとても見えないよ」
「何よその悪趣味な二つ名は?」
雪乃は露骨に嫌悪感を示して舌打ちした。
「他人の噂話しかすることのない暇人たちがつけた馬鹿げた呼び名でしょ」
「はは、その方が俺の知ってる雪乃らしいよ」
「ところで雪乃、まだこの世界の言葉を勉強してるのか?」
ヒロは少し身を乗り出し、羊皮紙の上に整然と並ぶ見慣れない文字の列を覗き込んだ。
「ええ。ここの言葉の読み書きができるようになれば、パーティーにとっても大きな助けになるわ」
雪乃が説明した。
「私たちが授かった加護は母語話者みたいにどんな言語でも話せるようにしてくれるけれど、文字の読み書きまではカバーしてくれないもの。だから、ゼロから学ぶしかないのよ」
「『どんな言語でも』っていうのは少し大げさな気もするけどな。どうして俺たちの加護が複数の言語を翻訳できるって確信できるんだ?」
「確証はないわ。ただの推測よ」
「そうか」
「そういえば、この世界の文字だけど……ラテン文字のアルファベットをベースに使っているんだよな?」
ヒロは指を伸ばし、雪乃が書いた文字の一つをそっと指差した。
「そうよ。だけど文法構造は地球のどの言語とも似ても似つかないわ。私の持てる語学知識を総動員して翻訳を試みたけれど、さっぱり歯が立たない。発音もひどく耳慣れないものばかりよ。でも、少なくとも計算にはまだアラビア数字を使ってくれているのが救いね」
「俺も勉強したいな。もっと役に立ちたいし」
「なら、一緒に勉強してみる?」
雪乃が提案した。
「だいたい学校にいた頃、あんたはいつも私のすぐ下の学年二位にいたじゃない。その位置に座っていた人間がどれほど頭が良いのか、見てみたいものね」
「はは、買い被りすぎだよ。思ってるほど頭は良くないさ」
「謙遜はやめなさい。早く椅子を引いてこっちに座りなさいよ」
「はいはい、わかりましたよ」
「ヒロ、風呂上がったぞ」
「お前、体洗わないのか?」
裏手から風呂を済ませたばかりの石川が入ってきた。彼は足を止め、ランプ一つだけが灯る薄暗い部屋で、ヒロと雪乃の二人が身を寄せ合って座っているのを見た。
「こんな薄暗いところで、二人っきりで何やってんだ?」
小さなタオルで濡れた髪を拭きながら、石川が尋ねた。
ヒロは石川を一瞥した。
「雪乃がこの世界の言葉を勉強しててさ。それを見てたら、俺も一緒に勉強したくなったんだよ」
ヒロが説明した。
「どうだ? お前も混ざるか?」
「俺は……遠慮しとくよ」
石川は断った。
「さっき何十袋も小麦を運んだせいで、体中がバキバキで痛くてたまらんのだ」
「そうか。じゃあ、ゆっくり休んでくれ」
「それじゃ、俺は先に寝るぜ、ヒロ、雪乃」
「二人もあまり夜更かしすんなよ。早く寝ろよな」
石川は大きくあくびをし、眠気で少し目を潤ませながら、自分たちの寝室へとだるそうに歩いていった。
「ありがとう、石川。気をつけるよ」
去っていく友人の背中を見送りながら、ヒロが答えた。
石川が扉の向こうへと消えた後、ヒロと雪乃は再び勉強に没頭した。
しばらくして、ヒロが静寂を破った。
「ところで、雪乃……気づいていたか?」
「何に?」
「この国が、どうやら内戦の瀬戸際にあるらしいってこと」
ヒロが唐突に真剣な声音で口火を切った。
「知っているわ」
雪乃はペンを机の上に置き、ヒロを見つめた。
「国王が一ヶ月以内に王位継承候補者の選定を発表するという噂が広まって以来、人々は戦争の可能性を口にし始めているもの。無理もないわ。国王は何らかの試練を通じて、次の王となる候補者を一人選ぼうとしているんじゃないかしら」
雪乃は椅子の背もたれに体を預けた。
「私が読んできた歴史書や小説でも、いつだってパターンは決まっているわ。どんな試験かは知らないけれど、どこかの領地の統治に関わるものである可能性が高いわね」
「問題は……その試験の最中に、国王が暗殺でもされたら……」
雪乃は言葉を切り、ランプの炎をまっすぐに見つめた。
「内戦が勃発する、だな」
声のトーンを重くしてヒロが引き継いだ。
「勝負の手綱を握る審判が……いなくなるんだから」
「そうよ」
雪乃は炎から視線を外し、再びヒロを見据えた。
「それぞれの貴族派閥を後ろ盾に持つ王子や王女たちが、その好機を見逃すはずがないわ。試験の規則も、誰が試験で優れていたかどうかも、もはや誰も意に介さなくなる」
「なら……もしその最悪のシナリオが本当に起きたら、俺たちはどうすべきなんだ?」
ヒロが尋ねた。
「どうすべきか、ですって?」
雪乃は小さく息を吐いた。インク瓶に蓋をし、羊皮紙を重ねて羽ペンと一緒に几帳面に揃えてから立ち上がった。
「いつも通りにするだけよ。鍛錬して、力をつけ、お金を貯めて、冒険者のランクを上げる。今の私たちの力で、他に何ができるっていうの?」
「お前の言う通りだな」
ヒロは力なく呟いた。
「もう遅いわ。私、寝るわね」
雪乃は自分の部屋へと歩いていった。
残されたヒロはただ一人、夜の静寂の中で揺らめくランプのオレンジ色の炎を見つめながら佇んでいた。




