第40章:ハーフエルフの少女
「先生、誰かに見られる前に、早くこの遺体を火葬した方がいいよ」
顔に不安の色を滲ませ、彼女を振り返りながら僕は言った。
左右に広がる、静まり返ってどこか不気味なぬかるんだ小道を見渡した。
この静けさが長く続くとは思えなかった。先生の話では、この道はヴェニンブルクから王都や他のいくつかの都市へと繋がる街道なのだという。巡回部隊や商隊が通りかかって誤解を招く前に、早く行動を起こさなければならなかった。
「そうね」
引き締まった真剣な面持ちで、ディナは頷いた。
「みんなを……燃やすの?」
幼い少女が尋ねてきた。首を少し傾げ、トラウマの名残と好奇心が入り混じった赤い瞳で僕たちを見つめている。
「ええ。すぐに火葬しないと、大気中の魔力に晒されて全員がアンデッドやゾンビに変貌してしまうからよ」
その子を怖がらせないよう、ディナはできる限り優しい声色で答えた。
「そうなんだ……」
金髪の少女はその小さな両足で背筋を伸ばし、呟いた。
それから胸の前で両手を合わせ、黒焦げの地面にゆっくりと膝をつくと、死体の山に向かって深く頭を垂れた。
「エヴァ神様、この者たちはいま、あなたの御許へと還りました。どうか、彼らが現世で為したすべての善行をお受け入れください。その罪をお許しになり、あなたの天国で安らかな憩いの場をお与えください」
その祈りの言葉を耳にして、ディナもその隣にそっとしゃがみ込んだ。目を閉じ、厳かな静寂の中で祈りを捧げる。
その光景に胸を打たれ、僕も両手を合わせて頭を垂れた。
君たちが誰なのか、どこから来たのか、どんな罪を着せられていたのか、僕には何一つわからないけれど……生前に受けた苦痛と屈辱は、どんな生き物であっても決して味わうべきものではなかったはずだ。
誓おう。いつの日か、僕がこの世界で権力を手にした暁には、君たちのような不遇な者を生み出す腐敗した奴隷制度を、跡形もなく消し去ってみせる。
神よ、どうか彼らの魂を御許へお受け入れください。もし輪廻転生や二度目の人生というものがあるのなら、僕に授けてくれたあの奇跡のように、遥かに恵まれた生を彼らにお与えください。
アーメン。
短い別れの祈りを終え、僕とディナ、そして元奴隷の幼い少女は立ち上がった。
「よし、それじゃあ始めるわね。二人とも、少し後ろに下がりなさい」
ディナは左手を上げて下がるよう合図し、指示を出した。
異論を挟むことなく、僕はすぐに少女の手首を引き、死体の山から安全な距離をとれる場所まで下がらせた。
ディナが一歩前へ進み出た。魔導杖を天に向けて高く掲げる。先端に嵌め込まれたクリスタルが即座に反応し、眩い青い魔導の光を放った。
僕は目を細めた。ディナの唇は呪文を一節たりとも唱えていないのに、突如として熱の歪みが空気を切り裂いた。何もない空間から、赤みを帯びたオレンジ色の火球が彼女の頭上の空間に忽然と実体化したのだ。
ゴオオオオッ!
炎の舌が荒れ狂い、熱気球ほどもある巨大なサイズへと凄まじい勢いで膨れ上がっていった。
ちょっと待て。先生、まったく呪文を口にしていないぞ? それなのに、魔術現象が完璧に生み出されているじゃないか?!
どうしてこんなことが可能なんだ? 魔術の基礎理論では、安定した外殻を構築するために呪文の詠唱が不可欠だとされていたはずだ。今朝の特訓で僕自身が身をもって証明した事実じゃないか! 彼女が僕に教えた理論は間違っていたのか?
いや……ゴブリンの巣に潜入したときも、狭い路地でチンピラに襲われたときも、先生は同じことをしていた。彼女はいつも一言も発することなく魔術を発動させていた!
まさか……呪文の詠唱って、必ずしも口から声に出して唱える必要はないのか?
頭を巡る疑問の嵐を抱えながら、僕はその巨大な火炎の塊を呆然と見つめ続けた。
「とんでもなく大きなファイヤーボールだな……」
渇いた唾を飲み込みながら呟いた。
普段先生が放っている標準的なファイヤーボールとはまるで別物に見えた。体積を修正して巨大化させたのだろうか? 数メートル離れた場所に立っている僕の肌すら焦がしそうな熱気だった!
奇妙なことに……あの巨大な火球の真下に立つ先生自身は、至って平然としていた。あんな超高温の下で、どうして暑がることも溶けることもなく平気でいられるんだ?
水や土の属性魔術ならまだ理解できる。だが、あの火球は明らかに数千度もの熱を放っているのだ。その致命的な火球を、何の防護もなしに平然と自分の頭上に留まらせている! もしかして魔術の使い手は、自分の魔術に対して自動的に耐性を持っているのだろうか?
僕の隣で、幼い少女が見上げていた。その赤い双眸が見開かれ、火球のオレンジ色の光を反射しながら、顔に残っていたトラウマの名残を洗い流すほどの純粋な感嘆を浮かべていた。
「我らは神より生まれ、神へと還る」
ディナは静かで厳かな声音で唱え、杖をゆっくりと下ろした。
「神が汝らのすべての罪を赦し、善き行いを受け入れ給わんことを……ファイヤーボール」
魔導杖をしなやかに、しかし力強く一閃させ、ディナはその巨大な火球を撃ち出した。灼熱の弾頭が空気を切り裂いて飛び、死骸の山と馬車の残骸のど真ん中を直撃した。
ドゴォォォォンッ!
凄まじい爆風が一瞬にして巻き起こった。肉と骨の山は極限の超高温の炎に瞬時に呑み込まれ、ものの数分で灰色がかった灰へと焼き尽くされて崩れ去った。
耳をつんざく轟音に続いて熱風の衝撃波が僕の顔を激しく打ち据え、金髪を煽った。
ディナの魔術の火力は常軌を逸していた。哀れな奴隷たちの遺骸が塵へと還っただけでなく、堅木でできた馬車の残骸や鉄製の道具、奴隷商人の護衛たちが身につけていた鋼鉄の鎧や剣までもが一瞬で融解し、熱せられた蝋のように溶け落ちていったのだ。すべてが消滅し、残ったのは黒焦げの大地と、風に吹かれて舞い上がる灰だけだった。
昼の風がチュニックを揺らし、僕は飛ばされないように魔術師の帽子を押さえた。
目の前に広がる壊滅の光景を見つめた。
この世界のファイヤーボールは、多くのファンタジー世界のように甘く見られるような魔法呪文などでは断じてなかった。
僕は生唾を飲み込んだ。
「よし、終わったわ。早く戻りましょう」
ディナがこちらへと歩み寄ってきた。
「魔術師様、すごいです……あんなに強い火の魔術を使えるなんて」
幼い少女がディナを見上げ、その赤い瞳はまるで天から舞い降りた女神でも見つめるかのように、途方もない感嘆の輝きを放っていた。
「ありがとう」
上着の裾についたわずかな灰を払いながら、ディナは薄く微笑んで返した。
「そういえば、まだあなたの名前を聞いていなかったわね」
「私はディナ・オクタヴィア、魔術師よ。そしてこっちは弟子のリアム・アシュフォード……この子も魔術師なの」
ディナは僕を指差し、その整った顔に親しみやすく穏やかな笑みを浮かべた。
僕はその少女をじっと見つめ返した。
「わ、私は……アリス・ノートンです。ブエナ村のハーフエルフです……」
アリスは視線を伏せ、汚れたドレスの前で両手を不安そうに握りしめながら、緊張で声を震わせて名乗った。
そのハーフエルフという言葉を聞いて、僕の目が見開かれた。
半エルフ?
「そうなのね。よろしくね、アリス・ノートン」
ディナは歩み寄り、姉のように深い愛情を込めて、その短い金髪の頭を優しく撫でた。
「ちなみにね、このリアムもエルフなのよ。でもあなたみたいなハーフじゃなくて、純血のエルフだけどね」
「エルフ……私と同じ?」
アリスは首を傾げ、まるで生まれて初めて目にする珍しい標本を観察するかのように、僕の頭のてっぺんからトレッキングシューズの先までまじまじと見つめた。
「よろしく、アリス」
その真剣な視線に、僕は気まずそうにうなじを掻きながら愛想笑いを返した。
「よし、顔合わせはひとまずここまでね。安全な場所に着いてからゆっくり話しましょ。早くここを離れなきゃ」
「先生、この後も魔術の特訓を続けるの?」
歩み寄りながら尋ねた。
ディナは静かに首を横に振った。
「いいえ、今日はここまでよ。魔術の修行は、明日の遠征が終わってから再開しましょ。それに、明日の朝に向けて戦闘装備の準備をするために早く帰らなきゃいけないしね」
「わかった」
僕は頷いた。
時間を無駄にすることなく、ディナは再びフライトマジックを発動させた。僕たち三人は猛烈な速度で大気を切り裂き、ヴェニンブルクの街へと一直線に空を飛んだ。
飛行の間、普通の子どものように高所恐怖で悲鳴を上げるどころか、アリスはむしろ心から楽しんでいるようだった。赤い瞳を輝かせて雲の上からのパノラマを堪能し、汚れた顔にはかすかな笑みが絶えなかった。
ここからの景色は確かに息を呑むほど素晴らしいが、上空の風は本当に身に凍みる。このフライトマジックに空気抵抗を遮断する流線型の防護殻のような機能がついていれば……もっと完璧な飛行になるのに、と僕は寒さに耐えてジャケットの前を合わせながら心の中でぼやいた。
フワッ!
僕たちは見慣れたレンガ造りの家の前に滑らかに着地した。
「ここ……?」
目の前の二階建ての建物を眺め、アリスがおずおずと呟いた。
「私の家よ。着いたわ」
ディナは明るく言い、木製の扉を押し開けた。
ギィ……
アリスはみすぼらしいドレスの端を握りしめ、玄関先でためらいがちに立ち尽くした。泥のついた靴で中の清潔な板床を汚してしまうのを恐れるかのように、体を小さく縮こまらせている。
「平気よ、入って。遠慮しないで」
ディナは優しく促し、少女の肩に手を添えて中へと導いた。
「お姉ちゃん、また家に知らない人を連れてきたの?!」
居間の方から、抗議する甲高い声が突如として響いた。ナターシャだ。ピンク髪を二つ結びにした少女が、足音を踏み鳴らし、腰に手を当てて現れた。
その緑の瞳を鋭く細め、アリスの姿を頭から爪先まで見定めた。ナターシャの視線は、アリスの残る擦り傷や汚れ、そしてボロボロの衣服に釘付けになった。
「お姉ちゃん、この子って……奴隷じゃないの?」
彼女の声から抗議のトーンが抜け、不意に言葉が詰まった。
自らの暗い境遇をあっさりと見抜かれ、アリスはすぐに深く頭を垂れた。小さな肩に見えない鎖が再び巻きつき重くのしかかったかのように、彼女の体が再び震え出した。
「シッ、そうよ。詳しい話は中でしましょ」
ディナは口元に人差し指を当て、失言を戒めるように素早く妹を制した。
「そうなの……」
ナターシャは長いため息をつき、それから僕へと鋭い視線を向けた。
僕の頭に乗った魔術師の帽子に気づいた瞬間、彼女の目が好奇心に輝いた。
「ところで、お姉ちゃん、魔術の特訓の成果はどうだったの? この生意気なエルフ、本当に才能あったわけ?」
「ああ、それね! リアム、信じられないくらいものすごい才能があったのよ! 先に食堂に行きましょ、後で詳しく教えてあげるわ」
ディナは隠そうともしない誇らしげな声で胸を張って答えた。
僕は中へ足を踏み入れ、少し得意気な気持ちが混ざったぎこちない笑みをナターシャに向けた。
「チッ、むかつく奴!」
ナターシャは鼻を鳴らし、少し膨れ面をしてすぐに顔を背けた。
僕たちは奥へと進んだ。玄関の棚に泥だらけのトレッキングシューズを脱ぎ捨て、だるそうに歩いて居間の花柄のソファへと体を投げ出した。ふかふかのクッションの感触が、一日中張り詰めていた筋肉を一気にほぐしてくれた。
「あら、ディナ、リアムちゃん、魔術の勉強はもう終わったのかい?」
母親らしい声が迎えてくれた。カーラが使い古したエプロンで手を拭きながら台所から出てきた。
「終わりました、おばさん」
礼儀を保とうと、少し姿勢を正して答えた。
「どうだったかい? 魔術は使えそうかい?」
顔の細かな皺に興味津々の笑みを浮かべ、その中年の女性が尋ねた。
「お母さん、聞いて驚かないでね! このリアムったら、三つの基本属性を同時に授かっていたのよ! 火と、風と、水よ!」
興奮に少し声を上ずらせてディナが声を上げた。
「私みたいに二重属性を持っているだけでも魔術界じゃ珍しいって、お母さんも知ってるでしょう? それなのに、三重属性の使い手だなんて……」
それからの十分間、先生は僕の魔術神経の異常さや魔術の才能がいかに規格外であるかについて、滔々と語り倒した。その過剰なまでの賛辞に、僕の顔は恥ずかしさで沸騰しそうだった。
頼むからやめてくれ、先生! 土属性の魔術を使って自分で穴を掘り、今すぐ生き埋めになりたい気分だった!
その嵐のような称賛の最中、赤い一対の瞳がこっそりと僕の方を盗み見ているのに気づいた。目が合った瞬間、アリスは小さくビクッと肩を跳ねさせた。彼女は慌てて顔を伏せ、ぎこちなく素早い手つきで鶏のスープを口に運び始めた。
「まあ、なんて素晴らしいんだろう! リアムちゃん、あんたは将来、きっと誰からも尊敬される偉大な魔術師になるよ」
カーラは心からの感嘆を込めた眼差しで僕を見つめ、褒め称えた。
「あ、ありがとうございます、おばさん……」
僕はしどろもどろに答え、痒くもないうなじを掻いた。
「お、おばさん……ごちそうさまでした」
一滴も残さず綺麗になった椀の中に木のスプーンを置き、アリスが小さく呟いた。
「あら、綺麗に食べたねえ。それじゃあ、おばさんが片付けておくよ」
カーラが立ち上がりながら言った。
「い、いえ、おばさん! 私が洗って台所へ下げますから!」
アリスは少し慌てたように椅子から飛び起きんばかりにして引き止めた。
「いいから、いいから、気にしなくていいよ」
カーラはアリスの肩を優しく押し留め、座り直させた。
「今日あんたはお客さんなんだから。アリスはここに座って、リアムやディナとのんびりお話しでもしておいで」
それ以上の反論を待つことなく、カーラは空の器を手に取り、台所へと悠然と歩いていった。
カーラが去った後、ディナは片手で頬杖をつき、アリスをじっと見つめた。
「確か、ブエナ村ってヴェニンブルクの街から六キロほど離れた場所にある村よね? 腕利きの弓兵を多く輩出することで有名な農村地帯のはずよ」
ディナの声のトーンは徐々に低くなり、深い同情を帯びていった。
「本当のところ……あそこで何が起きたの? あなたのような小さな子が、どうして奴隷商人の馬車に運ばれるようなことになったの、アリス?」
アリスが突然強張り、視線を伏せたのを見て、ディナは慌てて手を振った。
「あ、ごめんなさい! 思い出すだけで辛い記憶を呼び覚ましちゃうわよね」
「話したくないなら、無理に話さなくていいのよ。今の質問は忘れてちょうだい」
アリスは白いワンピースの端をぎゅっと握りしめた。深く息を吸い込み、肩の震えを必死に抑えようとする。
「い、いいえ、魔術師様……」
消え入りそうな小さな声で彼女は答えた。
「私……全部、お話しします」
深い悲痛を湛えた顔をゆっくりと上げ、彼女は続けた。
その『魔術師様』という改まった呼び名が耳に入るとディナの目がわずかに細められたが、今はそれを咎め立てしないことを選んだ。ディナは静かに頷き、すべてを受け止めるような理解の笑みを返した。




