↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
37/45

第37章:僕の最初の魔術


 僕は深く息を吸い込み、冷涼な朝の空気が肺を満たすのを感じた。


 さっきまで頭をかき乱していた雑念のすべてを振り払い、意識を集中状態へと無理やり引き戻した。今の僕の意識はただ一点にのみ注がれていた――右の手のひらだ。


 体内の魔力の流れを制御しようと、さっきの感覚をもう一度再現してみる。


 スッ。


 あの奇妙な感覚が再び蘇ってきた。鳥肌が立つ。心臓のすぐ近く――まさに魔術回路が存在する場所から、何かが目覚める気配がした。そのエネルギーは魔術神経をゆっくりと這うように伝わり、温かく脈動しながら、やがて右の手のひらへと流れ着いた。


 目にその実体は見えないものの、皮膚の神経がその存在をはっきりと捉えていた。これこそが、純粋な魔力だ。


 額にわずかに皺が寄った。イメージを研ぎ澄まし、魔力の流れを安定させるためにエネルギーの乱れと格闘した。ひどく遅く感じられた数秒の後、手のひらのエネルギーのうねりはようやく静まり、一定の安定を見せた。


 体外へ魔力を安定して流し出せるのなら、呪文の長い詠唱をわざわざ口にすることなく、そのまま直接魔術現象として実体化させられるんじゃないだろうか?


 無詠唱の魔術は大気中の魔力へとすぐに霧散してしまうと先生は言っていたけれど、それでも僕は試してみたかった。その真実を、自分の目で確かめてみたかったのだ!


 好奇心に突き動かされ、手の中にある純粋な魔力の塊を水球へと変えようと試みた。


 科学的に言えば、水は単なるH2Oにすぎない。一つの酸素原子に結合した二つの水素原子だ。


 手のひらの魔力が結合エネルギーおよび触媒として機能することをイメージした。周囲の草原の朝の空気から水蒸気分子と湿気を奪い取り、気体成分を無理やり分離させ、僕の手のひらの上にある単一の重心点へと共有結合で凝縮させるよう、そのエネルギーに命じた。


 シュルルル……


 空気を摩擦する微かな擦過音が響いた。手のひらの周囲の温度が一気に急降下した。どこからともなく透明な露の粒子が現れ始め、強力な磁力に引き寄せられる青いダイヤモンドの粉のように、宙を舞いながら漂った。


 微小な水滴同士が衝突し、融合し、急速に凝縮していった。ほんの数秒のうちに透き通った液体の渦が形成され、手のひらの上の空間を旋回しながら、やがてリンゴ大の見事な球体へと丸く収まった。その表面は静かに波打ち、朝日の光を反射してサファイアのような魅惑的な輝きを放っていた。


 自らの手で生み出した奇跡に、僕は目を丸くして息を呑んだ。


 成功した! 物理理論を頼りに、本当に魔術を発動させたんだ!


 しかし、その喜びは束の間のものだった。


 ブルルルッ!


 先ほどまで静かに回転していた水球が、突如として激しく震え出した。構造が形を失い、支えを失ったかのように表面が不規則に沸騰し始める。


 バシャアンッ!


 瞬く間に水球は破裂し、僕の顔を強打する水飛沫となって弾け散ると、風に吹かれて跡形もなく蒸発して消え去った。


「えっ? どうして弾けちゃったの?!」

 手の甲で頬についた冷たい水飛沫を手荒に拭いながら、僕は叫んだ。


 数歩離れた場所から僕を見守っていたディナが、歩み寄ってきた。ドレスが青草の先を擦ってサラサラと静かに音を立てる。


「それは詠唱をせずに魔術を具現化しようとしたからよ、リアム」

 ディナは胸の前で腕を組み、仕方のない子を見るような眼差しで僕を見つめながら窘めた。


「家でも注意したじゃない?」

 魔術師の帽子がわずかに揺れるほど深く息を吐き、彼女は続けた。

「詠唱は格好つけるためのただの言葉遊びの詩なんかじゃないわ。骨組みとして機能するものなのよ! 支えとなる枠組みもなしに無理やり魔力を変形させようとすれば、制御不能なエネルギーの乱れによって、魔術現象の基礎は瞬時に崩壊してしまうの」


 ディナは身を乗り出し、まだ困惑している僕の表情を覗き込んだ。

「詠唱を使うことで、魔術師は自らの想像力だけでゼロから魔術を構築する時間を無駄にせずに済むのよ。さっき……水球を無理やり作ろうとしたとき、頭の中でその形状や形成過程をものすごく具体的かつ複雑に思い描いていたでしょう?」


「ええと……う、うん」

 急に強張った首筋を掻きながら、僕は視線を逸らして口ごもった。

 まあ厳密には、文字通り単なる『水球』を思い浮かべていただけではないのだけれど。


「難しく考えすぎなのよ、リアム」

 ディナはくすくすと笑い、首を横に振った。

「詠唱を行えば、そんな面倒な手順をすべて省略できるの。呪文が最も安定した基本形状として魔術を自動的に呼び出してくれるのよ。魔術がしっかりと形作られた後で初めて、制御のために想像力を使うの――威力を高めたいのか? 形状や規模を変えたいのか? それとも弾道を誘導したいのか? 想像力は制御のために使うものであって、最初から生み出すために使うものじゃないわ」


「でも……どうして詠唱にはそんな違いがあるの?」

 尋ねた。


「詠唱の言葉の連なりそのものに、その現象を引き起こす魔導の痕跡がすでに含まれているからよ」

 頭上に広がる青空を見上げながら、ディナが説明した。

「もし魔術師が新しい形態の魔術を創り出したなら、世界がその魔術現象を認めるまで、少なくとも数秒間はその魔術を自力で安定させなきゃいけないの。新しい系統の魔術として認められて初めて、世界はその魔術の引き金となる言葉を創作者に授けてくれるのよ」


 ディナは人差し指をそっと立てた。

「そうすれば、魔術師は使うたびにゼロから魔術を構築して想像し直す必要がなくなるわ。一気に完成形へと飛び越えることができるのよ」

「その上で、魔術師はその魔術を誘導するために想像力を使えばいいだけ。威力を上げたいなら、注ぎ込む魔力を増やせばいい。すごく助かるでしょう?」


 僕は静かに頷いた。

 最初から全工程を思い描くのに比べれば、遥かに単純だ。


「それにね……」

 ディナは続けた。

「もし最初から魔術を形作った場合、例えば無詠唱のファイヤーボールなんかは、呪文を使ったファイヤーボールと同じ結果にはならないわ」

「どうしてか分かる?」


「人によってファイヤーボールに対するイメージが違うから?」

 推測してみた。


「正解よ」

 ディナは薄く微笑んだ。

「誰もが異なる形でファイヤーボールを想像するわ。大きさも、消費する魔力量も、爆発の規模すら違ってくる」

「けれど呪文を使えば、生み出されるファイヤーボールは常に安定するの。大きさも一定で、魔力の出力も計算通り、破壊力もはっきりと分かっている。呪文というのは、すべての魔術師が使える実証済みの鋳型のようなものなのよ」


「なるほど、理解できたよ……」

 彼女の説明を頭の中で噛み砕きながら、僕は小さく呟いて頷いた。


「理解できたなら上出来よ」

 草原の風に吹かれたピンクの髪を払いながら、ディナは微笑んだ。

「だからこそ、呪文の詠唱の段階へ進む前に、まず基礎の土台を固めなきゃならないの。魔力操作から始めるわよ。手のひらだけでなく、両腕と両足のすべての筋肉組織へと魔力を巡らせてみなさい。エネルギーが水のように流れるのを感じるのよ」


 僕はゆっくりと息を吸い、再び全神経を集中させようとした。

 先生の指示は単純に聞こえる――両腕と両足の筋肉組織全体に魔力を流し込むこと。しかし、四つの異なる方向へと同時に移動するエネルギーを制御するために意識を分散させるのは、単一の手のひらに集中させるよりも遥かに難しかった。


 目を閉じた。

 核を感じろ。


 心臓の近くの温かい感覚が静かに脈打った。その熱源を、水門が開かれたばかりのダムに見立てた。ゆっくりと、先生が魔術神経と呼んだ目に見えない経路をつたって、そのエネルギーが流れ出るに任せた。


 最初の流れを両足へと下ろし、太もも、ふくらはぎ、爪先へと導いた。続いて残りの流れを肩へと押し上げ、上腕、前腕を這わせ、最後に握りこぶしへと落ち着かせた。


「うっ……」

 苦しげな呻き声が唇から漏れた。


 信じられないほど不快だった。内側から筋肉を無理やり膨らまされているかのようだった。血管を流れる血液が熱湯に取って代わられたかのように、肌が熱を帯びる。全身を掻きむしりたくなるような鋭い痒みが襲ったが、僕は必死に耐えて動かないようにした。


「耐えて、リアム。集中を切らさないで」


「魔力を安定させるのよ」


 こめかみから冷や汗が垂れ始めた。そのエネルギーの流れを、閉じた電気回路のようにイメージした。電流のバランスを取らなければならない。足の電圧が強すぎるなら弱める。腕が弱すぎるなら、さらにエネルギーを注ぎ込む。


 少しずつ、刺すような熱さと痒みが治まっていき、一定で安定した温もりへと変わっていった。体に奇妙な感覚を覚えた。ひどく軽いのに、同時に途方もなく引き締まり、頑丈になったかのように感じられた。


 目を開けた。

 周囲の世界がわずかに違って見えた。草の緑はいっそう鮮やかに映り、風のそよぎはより詳細に聞き取れ、呼吸の一つ一つが常軌を逸した効率で酸素を送り込んでいるのが実感できた。


「拳を握ってみて、リアム」

 僕の状態に満足そうに頷きながら、ディナが指示した。


 言われるがままに従った。指を折り曲げて拳を作ると……


 ポキリ。


 指の関節が鋭く音を立てた。それだけでなく、腕の筋繊維がこれまでの人生で味わったことのないほどの力で引き締まるのを感じた。


 信じられない……。子供の身に宿っていい力じゃないぞ。


「それじゃあ」

 ディナはバリアマジックの天蓋の何もない空間を指差した。

「跳んでみなさい」


「跳ぶ? どのくらい高く?」


「お好きにどうぞ。本能に任せればいいわ。でも踏み切りの足場として、足に魔力を流し続けるのを忘れないでね」


 僕は頷いた。両膝を軽く曲げ、足のエネルギーがバネとして機能するのをイメージした。全力ではなく、体の推進力の半分程度に留めた。


 地面を蹴り上げた。


 ドォッ!


「うわああああっ!」


 恐怖に目を見開いた。足元の地面が信じられない速度で一気に遠ざかった。大砲から撃ち出された砲弾のように、僕の体は空中へと垂直に飛び上がった。風が顔を乱暴に叩きつける。


 跳びすぎたことに、そのときになってようやく気づいた――空中ほぼ四メートルだ!


「ま、待って! どうやって着地すればいいの?!」

 空中でバランスを崩し、僕はパニックになって叫んだ。両手両足が壊れた風車のようにめちゃくちゃに回転する。


「足の裏に魔力を集中させて着地の衝撃を和らげるのよ!」

 下からディナが顔を上げて叫んだ。


 慌ててエネルギーの流れのすべてを両足へと移した。


 ドサッ!


 草の上に勢いよく着地した。足の魔力が骨折を防ぐほど衝撃の大半を吸収してくれたものの、バランスを崩してしまった。体は後ろへ倒れ込み、見事に尻もちをついた。


「痛たた、くそっ……」

 じんじんと痛む尻をさすりながら愚痴をこぼした。


 目の前で、ディナは口元を手で押さえ、笑いを堪えて肩を震わせていた。

「踏み切りのときに足へ魔力を込めすぎたのよ、リアム。でも初めての挑戦にしては……すごく見事だったわ! 出力の容量がかなり大きいわね」


「効果がこんなにとんでもないなら、先に言ってくれればよかったのに」

 乾いた草くずや土をズボンから払いながら立ち上がり、僕はぼやいた。


 ディナは誇らしげな笑顔を崩さずに近づいてきた。

「それこそが魔力操作の本質よ。この技術を使えば、肉体的な未熟さを補うだけでなく、自分の体そのものを武器にも盾にも変えられるの」


 僕は静かに頷き、体内のエネルギーの流れを再び安定させた。正しく習得できれば、この身体強化技術はこの世界における最大の生命保険になるはずだ。追い詰められて銃の弾が尽きたとしても、超人的な速度で逃げ出すことだってできるのだから。


「よし、体の準備運動はここまでね」

 ディナは魔導杖を持ち上げ、自分の手のひらをポンと軽く叩いた。

「自分の魔力の流れを制御できるようになったんだから――まあ、完全に使いこなすにはまだまだ反復練習が必要だけど――ひとまず次の講義に進みましょう」


 その緑の瞳が熱意に輝いた。

「呪文を使って、あなたの最初の魔術を詠唱してみるわよ」


 心臓が再び激しく高鳴った。

 これだ。ずっと待ち焦がれていた瞬間だ。


「さっきの魔導紙で証明した通り、あなたには風、火、そして水の属性があるわ」

 ディナは僕をまっすぐに見つめて言った。

「水属性から始めましょう。さっき無詠唱で失敗したばかりだから、この世界の言語の『外殻』を使った場合との違いを見てみるのよ」


 ディナは小さく咳払いをし、姿勢を正した。

「よく聞いて、私の発音に続きなさい。初級水属性魔術の詠唱よ。ウォーターボール。呪文はね……」


 彼女は一息置き、唇から紡ぎ出される一音一音に力を込めた。

「眠れる露よ、我が手のひらに集いて、流れゆく清流を形作れ」


 僕は眉をひそめ、頭の中でそのフレーズを反復した。

 眠れる露よ、我が手のひらに集いて、流れゆく清流を形作れ。


「なんだか……少し詩的だね」

 感想を口にした。


「そういうものよ」

 ディナはくすくす笑った。

「さっき言った通り、その言葉こそが呼び出したい現象を表しているのよ。さあ、呪文を唱えてみて。でも今度は、唱えながら右の手のひらに魔力を流すの。さっきみたいな複雑な工程を考える必要はないわ。言葉そのものに骨組みを作らせるのよ。あなたの想像力の仕事は、その水球の大きさと、どこへ放つかを決めることだけよ」


 僕は頷いた。深呼吸をして肩の力を抜き、右手をまっすぐ前方へ伸ばし、手のひらを天蓋の何もない空間へと向けた。


 胸元に魔力を集中させ、手のひらへと押し出した。それと同時に、唇がディナに教わった呪文を紡ぎ始めた。


「眠れる露よ……」


 手の前の空気が波打ち始めた。毛穴から放出された魔力が、目に見えない何かに受け止められるのを感じた。僕の口にした言葉が、まるで空中に透明なガラスの器を組み立てていくかのようだった。


「……我が手のひらに集いて……」


 何もない空間から青く澄んだ水滴が現れ始めた。今度はさっきの試みのように荒れ狂うことはなかった。水は従順に集まり、詠唱が生み出した見えない「器」を満たすように流れ込んだ。


「……流れゆく清流を形作れ」


 ゴォッ。


 そして水はゆっくりと形を成し、僕の手のひらの前で安定して浮かぶ一つの水球となった。


 大きさはメロンほどだった。表面は滑らかで、一滴の水もこぼすことなく安定して回転していた。冷たく湿り気を帯びた気配がその球体から放たれている。


「すごい……」

 水面に映る自分の顔を見つめ、僕は息を呑んで呟いた。


 さっきとはまるで違っていた。手応えが非常にしっかりしている。さっきは今にも破裂しそうな水風船を抱えている気分だったが、今は完全に僕の意思に従う硬質な物体を手にしている感覚だった。


「一発で成功させたわね、リアム!」

 ディナは嬉しそうに手を叩いて褒めた。

「本当に呑み込みが早いわ。さあ、今度は想像力を使いなさい。水球を前へ撃ち出すよう命じるのよ。この結界に向かって放ちみなさい!」


 目の前の透明な天蓋を見据えた。

 よし。どれほどの破壊力があるのか試してみよう。


 イメージを研ぎ澄ました。この水球が大砲の弾のようにまっすぐ突き進み、高圧で標的を粉砕する様を思い描いた。


「放て!」

 手のひらをわずかに前へ突き出しながら叫んだ。


 シュッ!


 水球は驚くほどの速度で空気を切り裂いて飛翔した。


 ドカァン!


 ディナが張ったバリアマジックの表面に、水球が激突した。巨大な水風船をガラスの壁に投げつけたような衝撃音が響いた。水は四方八方に飛び散って草の上に落ち、空気中に湿り気の残滓を残した。


 冷たさの残る自分の手のひらを見つめた。


「推進力はそれなりにあるな」

 顎を撫でながら分析した。

「でも破壊力はかなり低い。これじゃ敵をずぶ濡れにするか、胸に直撃させて後ろによろめかせるのが関の山だ」


「当然よ、リアム。これは初級の水属性魔術なんだから。元々殺傷力を持たせることを主眼にして作られたものじゃないのよ」

 ディナは歩み寄り、再び僕の隣に立った。

「普通、魔術師や冒険者はウォーターボールを手を洗ったり、飲み水が切れたときの補給に使ったり、小さなボヤを消すために使うものよ。殺傷力のある水魔術を使いたいなら、中級魔術を学ばなきゃならないわ」


 補助魔術、か。威力がその程度なのも頷ける。


 頭の中で思考が再び激しく回転し始めた。地面に染み込んでいく水たまりの跡を見つめる。


 ちょっと待てよ。ディナは詠唱が安定した骨組みを作ると言った。そして僕の想像力の役目は、その骨組みに大きさや圧力、弾道といった修正を加えることだ。


 元の世界の現代科学の知識から導き出された途方もないアイデアが、脳裏をよぎった。


「ディナ先生」

 真剣な眼差しで彼女を振り返った。


「なあに?」


「もう一度ウォーターボールを詠唱するとき……想像力を使ってその物理的性質を変化させてもいいかな? 詠唱が最初の形を安定させてくれさえすれば、残りは自由に制御していいって言ったよね?」


 話の意図が掴めない様子で、ディナは眉をひそめた。

「理論上は可能よ。魔力を多く注げばサイズを大きくできるし、弾速を速くすることもできるわ。一体何をするつもりなの?」


 僕は答えなかった。口元に薄い笑みが浮かぶ。


 この初級の水魔術に打撃力しかなくて殺傷力に欠けるというのなら……その性質を極限まで変化させたらどうなる?


 水が物を切断できないのは、圧力が集中していないからだ。だが地球には、ウォータージェットカッターと呼ばれる技術が存在する。微細なノズルから数万PSIの圧力で噴射された水流は、分厚い鋼板すら容易に切り裂くことができるのだ。


 さっきの僕の魔術に足りなかったのは、想像力による修正だけだった!


 再び右手を前へ突き出した。


「眠れる露よ、我が手のひらに集いて、流れゆく清流を形作れ」


 ゴォッ。


 手のひらの前に、再びメロン大の水球が具現化した。


「また出したの?」

 ディナは目を凝らして僕を観察しながら呟いた。


 僕は目を閉じた。さっきよりも遥かに膨大で濃密な魔力を、その水球へと流し込んだ。


 待て。まずはサイズを変えるんだ。メロンほどの体積の水は、限界まで圧縮するには大きすぎる。質量の大半を切り捨てなければならない。


 ゆっくりと、水球の体積がテニスボール大にまで劇的に縮小していった。余分な水滴がぽたぽたと落ち、足元の草を濡らした。


「水が減った? どうして小さくするの、リアム?」

 ディナが当惑して尋ねた。


 これくらいで十分だ。


 あらゆる方向から水球を無理やり超高圧で圧縮し、水の質量を限界ギリギリまで凝縮させる様子を、全力でイメージした。


「リ、リアム? 何をしているの? 魔術の形が……不安定に震えているわ!」

 ディナの声が切迫したものへと変わった。


 目を開けた。


 目の前の水球は先ほどよりさらに小さく縮んでいた。元の体積から三割ほど減少しているだろうか。


 水は本来そこまで圧縮できない物質だが、問題はない。


 この密度なら、内部の圧力は数十万PSIに達しているはずだ。撃ち出せば、その速度はおそらくマッハ七、八に達する。あの結界を打ち砕くには十分すぎる。


 さっきの観察からして、ディナの結界は一点集中の貫通攻撃を受け止める構造にはなっていない。面で受ける大規模な攻撃を防ぐためのものだ。


 その水球はもはや透き通った青色ではなかった。


 黒ずんだ深い濃紺へと変色していた。


 その表面は周囲の空気を巻き込むほどの凄まじい超高速で回転し、電動ドリルのような甲高い唸り音を発生させていた。


 あの結界を突破するためには、すべての破壊力をただ一点に集約させなければならない。


 空気抵抗を極限まで減らし、貫通力を最大化するために、流線型の形状にする必要もある。


 さらに形状を修正した。


 水の塊はゆっくりと、近代的なスピッツァー弾の形状へと姿を変えていった。標的に激突した際に砕けないよう弾頭の先端はわずかに丸みを帯びさせ、側面にはドリルの刃のように逆回転する螺旋の溝を刻み込んだ。


 キィィィン……


 唸り音はいっそう甲高さを増した。


 弾体の周囲の空気が激しく振動し始める。


「リアム! 今すぐやめなさい!」

 ディナはパニックになって一歩後ずさりしながら叫んだ。

「その水の中の魔力密度、絶対に異常よ! 呪文の基本構造を無理やり改変しているわ!」


「黙って見てて」

 視線を逸らさずに僕は低く呟いた。


 限界まで高圧圧縮。回転を一点に集中!


 そして――撃て!


 ドシュウウウッ!!!


 水が跳ねる音などしなかった。


 聞こえたのは、空気が鋭く引き裂かれる轟音だけだった。


 弾丸の形をした水弾は一直線に前へと放たれ、深い青の閃光のように視界から消え去ると、ディナの透明な結界の表面へと強烈に激突した。


 ギギギギギッ!


 耳を劈く甲高い摩擦音が空中に炸裂した。


 今度の水弾は、最初のように粉々に砕け散ったりはしなかった。超高速で回転する先端が、防御障壁の表面を直接削り穿っていたのだ。


 青い六角形のドーム表面が激しく明滅を繰り返し、超高圧の水弾が持つ凄まじい貫通力を防ごうと必死に抵抗した。衝突面から眩い火花が飛び散る。


 パリンッ!


 まるで窓ガラスが大槌で叩き割られたかのように、魔族の即死魔術すら耐え抜くとディナが豪語していたあの防御魔術に……大きな亀裂が走り、青い光の破片となって四散し、大気中に溶けて消え去った。


 僕の水弾は何の抵抗も受けることなく、砕け散った結界を突き抜けた。そのまま草原の上を数十メートル一直線に飛び去ると、遠くの大木の幹を直撃した。


 ドカァン!


 大人の太ももほどの太さの木が激しく揺れ、葉を落とした。


 その幹の中央に、綺麗な小さな穴がぽっかりと空いていた――正面から裏側まで、滑らかに完全に貫通した風穴だった。


 静寂。


 草原の風が吹き抜け、消え失せた防御魔術の光の残骸を吹き散らした。


 魔力の摩擦でかすかに煙を上げる自分の手のひらを見つめ、それから遠くの穴の空いた木を見つめた。


 ウォータージェットカッター……魔術版か。破壊力が常軌を逸している。


 いや、もはやウォータージェットですらない。ウォータージェットの原理で撃ち出された『水弾』だ。


 ゆっくりと振り返り、氷像のように固まっているディナを見た。魔術師の帽子が少し傾いている。緑色の瞳は大きく見開かれ、顎が外れんばかりに呆然として、草の上に焦げた角材として転がっている防護用魔導具の成れの果てを見つめていた。


「ディナ先生……?」

 おずおずと呼びかけた。


 ディナの肩が小さく震えた。彼女が僕の方を向く。


 その眼差しには、信じられないという驚愕と純粋な畏怖が入り混じっていた。


「初級の水属性魔術が……魔族の即死魔術を受け止めるために設計された防御魔術を打ち砕いた……? たった一発の弾丸で貫通したの……?」


「初級の防御魔術だったとはいえ、それでも……信じられないわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。