第36章:魔術の修練・第三部
「よし、それじゃああなたの体に本当に魔術回路があるかどうか、確かめてみましょうか」
ディナは座っていた姿勢からゆっくりと立ち上がった。ドレスについた目に見えない埃を払い、僕を見て頷いた。
その言葉を聞いた瞬間、足にバネでもついたかのようだった。僕は嬉しさのあまり飛び跳ね、両拳を宙に突き上げた。
「よっしゃあ! ついに僕が魔術師かどうかが証明される時が来たぞ!」
「そんなに嬉しいの?」
ディナは片手で口元を覆い、僕の子供じみた仕草を見て指の隙間から快活な笑いを漏らした。
「当たり前だよ、先生! もし僕が魔術師じゃなかったら、さっき先生が教えてくれた複雑な理論も将来の計画も、全部無駄になっちゃうじゃないか」
「へえ? リアム、もう将来の計画なんて考えてるのね? 偉い偉い」
ディナの柔らかな手が僕の頭の上に置かれた。彼女は誇らしげな微笑みを浮かべながら、僕の金髪をくしゃくしゃと撫でた。
「当然だよ。男なら自分の未来くらい自分で決められなきゃ」
僕は胸を張り、得意満面の表情を作ってみせた。
それに……前の人生のように後悔ばかりを繰り返したくはなかったのだ。
大学へ行き、講義室に座り、そのまま帰宅する。教授の話す講義内容が頭に入っていようがいまいが、これっぽっちも気に留めなかった。卒業後に自分が何者になるのかすら考えずに日々を浪費していた。あの過ちを、ここでも繰り返すわけにはいかないのだ。
「でも心配いらないわよ、リアム。あなたは心配しすぎなの」
ディナは胸の前で両腕を組んだ。
「あなたはエルフなんだから。絶対に魔術回路を持っているわ」
「ほら、エルフといえば魔術、っていう言葉もあるじゃない?」
「ハイエルフじゃなくて普通のエルフだとしても、魔術回路を持っている可能性は極めて高いわ。それはどうして……かしら?」
ディナは首を傾げ、僕の答えを促すようにわざと言葉を切った。
「エルフ族の魔術の才能の発現率は、人間族よりも遥かに高いから」
僕は躊躇なく言葉を継ぎ、正解を返した。
「ちゃんと私の話を聞いてたのね」
ディナの瞳が満足そうに輝いた。
「当然だよ。ディナ先生の言葉は一言だって聞き逃してないからね。黒い森で初めて出会った瞬間から今この瞬間に至るまで、先生が言ってくれた言葉はすべて鮮明に覚えているよ」
僕は背筋を伸ばし、確信に満ちた目で彼女をまっすぐに見つめた。
『ちょっと待て。今の言葉、何なんだ?! くそっ、恥ずかしすぎる! どうして僕の口から、あんな口説き文句みたいな安っぽいセリフが飛び出したんだ?! ディナに変態じみた気味の悪いガキだと思われたらどうするんだ?!』
「そう言ってもらえて嬉しいわ」
ディナは再び頷いた。
ディナ先生は、僕が元の世界で知っていた女性たちとはまるで違っていた。
見た目は美しく、性格や立ち振る舞いは極めて優しくて親切だ。戦いでは頼りになり、料理もでき、頭も良く、いつも温かな気遣いのオーラを放っている。まさにライトノベルからそのまま飛び出してきたメインヒロインそのものだった。
「はい、これ」
ディナは上着のポケットに手を入れ、僕の顔の前に真っ白な紙を一枚差し出してきた。
僕は彼女の手からその紙を受け取った。眉をひそめながら指先でそれを裏表ひっくり返してみる。
どこからどう見ても、ただの紙にしか見えなかった。まあ、ディナの本の黄ばんだ紙や、冒険者ギルドの依頼板に貼られていた古びた羊皮紙に比べれば、ずっと上質な質感であることは認めざるを得ないけれど。
だが……先生がこの白紙を僕に手渡した意図は何なんだ?
「あなたの手にあるそれは『魔導紙』よ。誰かに魔術回路があるかどうかを検出するための、触媒の媒体としての役割が主な機能なの」
はぁ?! コピー用紙にしか見えないこの簡素な紙で、魔術の適性を測るっていうのか?
完全に予想外だった! もっとファンタジーらしい儀式で測るものだと思っていたのだ。ほら、光る水晶玉の上に手をかざすと、青いホログラム画面が劇的に浮かび上がって使用者の戦闘力や能力値がずらりと数値化されて表示される、みたいなやつだ。
「どうしたの? 何で急にそんながっかりしたような顔をしてるの?」
僕の反応を見て、ディナは不思議そうに首を傾げた。
僕は痒くもない後頭部を掻いた。
「あ、その……魔術師の才能を測るのって、魔法の水晶玉みたいな魔導具を使うものだと思ってたんだ。で、その球体に手のひらを当てると青い光のパネルが投影されて、僕たちのステータスが数値で詳しく表示されるんじゃないかなって」
「リアム……あなたの想像力って、本当に豊かね」
ディナは再び口元を覆い、こみ上げる笑いを堪えて吹き出した。
「そんな手順があるわけないじゃない。あなたが言ったような魔導具なんて、この世界には存在しないわよ。それに仮にそんなハイテクな代物があったとしても、絶対に高価すぎて私に買えるわけがないわ」
ディナは静かに首を横に振った。
「それに魔術師としての私の知る限り、生身の力量が数値化されてステータスとして表示されるなんて話、聞いたことも見たこともないわ」
「そうなんだ……」
ゲーマーとしての期待が現実に打ち砕かれ、僕は小さくため息をついた。
「じゃあ、この紙はどうやって機能するの?」
カサカサと小さな音を立てながら、僕はその白い紙を空中でひらひらと振ってみせた。
「やり方はとても単純よ。その紙の繊維の中に、あなたの魔力を流し込むだけでいいの」
僕は眉をひそめた。
「どうやって流せばいいの?」
「意識を集中させて。体内の血管を温かい水流が流れていると想像して、そのイメージの水を、今持っている紙へと注ぎ込むように導くのよ」
ディナは真剣な口調で指示を出した。
「もしこの初歩的なイメージ化ができずに紙が何の反応も示さなかったら、あなたに魔術回路がない証拠よ」
「この紙には反応機能もあるの。あなたが持っている基本属性に応じて、紙の状態が具体的に変化するのよ」
ディナはその変化の可能性を順を追って一つずつ説明し始めた。
「もし生まれ持った基本属性が水なら、紙はずぶ濡れになる。火なら、黒焦げに燃え上がるわ。土なら、ボロボロに崩れて泥のようになる。風なら、紙は真っ二つに切り裂かれるの」
彼女は一息置き、僕が内容を理解するのを待った。
「さらに……雷なら、紙は激しく縮んでから燃え尽きるわ。陽なら、紙は丸まって球体になり、明るい黄白色の光を放つ。そして陰なら、跡形もなく塵となって消滅するの」
「それから、もし派生属性を持っているなら、その派生属性の特徴を表す視覚効果が現れるわ」
ディナは静かに息を吸った。
「もしこれらすべての反応が一つも現れなかったら……あなたに魔術回路はないと確定するわ」
「待って、先生みたいに二重属性の場合はどうなるの? 紙はどう反応するの?」
好奇心いっぱいに尋ねた。
「二重属性の場合、使用者が持っている属性の数に応じて、紙の物理的な反応が均等に分割されて現れるのよ。直接見せてあげるわ」
ディナは僕の手からその白い紙をすっと抜き取った。
僕はディナが持つ紙を食い入るように見つめた。
ヒュッ!
突如として、魔導の神秘現象が目の前で巻き起こった。風も火種もないというのに、白い紙の半分が見えないカミソリで切り裂かれたかのように、鋭い風切り音とともに綺麗に真っ二つに切断された。それと同時に、残りの半分が一瞬で燃え上がり、赤く燃え盛る炎に呑み込まれて灰へと消え去った。
ディナはその紙の燃えかすが草原の風に吹き散らされるままにし、僕を見た。
「ほら、自分の目で見たでしょう?」
そういうことか……。
理屈の上では、ひどく単純な工程に聞こえる。この紙の繊維に自らの魔力を流し込むだけでいい。だが、実践するのはまるで別の話だった! ディナはこの紙に向かって流れる水流をイメージしろと言ったが、僕の脳は血管の中にそんな神秘的なエネルギーを『感じる』方法を未だに理解できずにいた!
ディナの手から新しい魔導紙を受け取った。
両手でその紙の両端を掴み、中央の何もない白い面にすべての意識と視線を集中させた。極限の集中の中で顔が強張る。
集中しろ、リアム。集中するんだ。目を閉じて感じろ。
そのエネルギーを想像しろ。勢いよく流れる温かい川の流れをイメージしろ。ファンタジー小説のページの中で、主人公たちが魔術を発動する描写を思い浮かべていたときとまったく同じようにやるんだ! エネルギーを引き出し、押し出せ!
ドクン。
心臓が一拍、遅く鼓動した。
突如として、左胸のあたりから奇妙なむず痒い感覚が這い上がってきた。体腔の中で何者かが目覚め、激しく蠢き始めるのを感じた。
科学の理屈でどう言い表せばいいのか、さっぱりわからなかった。だが、僕の直感が反応していた。それはまるで生命を持っているかのようで、心臓から勢いよく送り出される温かい血液のように神経の経路をつたい、腕の組織を駆け抜け、やがて紙を掴んでいる指先へと一気に流れ込んだ。
「わぁ……」
息が喉に詰まった。信じられない思いで目を見開き、手の中の紙に今まさに起きている途方もない現象を見つめた。
目の前で、ディナが少し開いた口元を片手で覆っていた。その緑色の瞳は大きく見開かれ、隠しきれない驚愕を露わにしていた。
「私……リアムが私と同じように少なくとも二重属性は持っているだろうとは思っていたけれど。でも、同時に三つの属性を発現させるだなんて……? エルフ族の生まれ持った才能は、本当に侮れないわね」
ディナが呟いた。
ディナの感嘆の呟きは耳に入らなかった。
僕の五感のすべて、注意のすべてが、手の中の物体に釘付けになっていた。目頭が熱くなり、溢れんばかりの感情の渦で胸が満たされた――爆発するような歓喜、純粋な幸福感、魔術の才能があったという安堵、そして魔術の奇跡に対する畏敬の念。
手のひらの魔導紙は、劇的な変貌を遂げていた。正確には、三つの異なる物理変化が同時に等分されて現れていたのだ。
三分の一が鋭く切り裂かれ、もう三分の一が炎に呑まれて黒焦げになり、そして最後の三分の一がまるで水鉢に浸されたかのようにぐっしょりと濡れそぼっていた。
信じられない! 僕……成功したんだ!
本当に三つの基本属性を同時に授かっていたんだ……火、風、そして水!!
「それなら、先生……この才能の使い方を教えてください」
興奮でまだ少し震えている両手をぎゅっと握りしめながら、僕は頼み込んだ。
「いいわよ……魔術回路があることが確認できたし、それも同時に三つの属性を持つことが分かったんだから、その力の使い方を教えてあげる」
「水属性に関しては、私自身あまり得意じゃないの。でも昔、魔術学園にいた頃にかじったことがあるから、初歩の魔術くらいなら知っているわ。だから水属性については、私にあまり期待しすぎないでね」
魔術学園?
「はい、先生」
「偶然にも、あなたは私と同じ二つの属性――火と風を持っているわ。中級レベルまでなら、どちらもそれなりに使いこなせるわよ。最近は学園にいた頃に比べて、魔術の鍛錬に打ち込む機会も減っちゃっていたけれどね」
「まずは手始めに、『魔力操作』を教えるわ」
「魔力操作?」
眉をひそめて首を傾げ、僕は繰り返した。
「そうよ。魔術師として最も基本的な技術を教えるわ」
「さっきあなたがやったこと――あの紙に魔力を流し込んだのも――魔力操作の一部なのよ」
「先生、その魔力操作の技術って、本当にそんなに大事なの?」
眉間に皺が寄り、抑えきれずに半ば駄々をこねるような口調になっていた。
「もしそこまで重要じゃないなら、この部分は飛ばしちゃダメ?」
正直に言えば、先生が普段使っているような、火や風を直接放てる魔術を早く習いたかったのだ。
僕の焦った態度を見て、ディナは深くため息をつき、肩を落とした。
「いい、リアム?」
「この技術を身につけずに魔術を使うことなんてできないわ。魔力操作は魔術師の土台なのよ。これがなければ、呪文に注ぎ込んだ魔力は制御不能になって暴走してしまうわ」
「制御を失った魔術は極めて危険よ――術者自身にとっても、周囲の人々にとってもね。攻撃魔術の弾道を制御することすらできなくなるし、それは数ある危険な結果のほんの一つにすぎないわ。だからこそ、この技術は絶対に学ばなきゃならないの」
……なるほど。魔術師にとってこれほど重要な技術だとは知らなかった。
「この技術を軽視してしまって、ごめんなさい、先生」
少し頭を下げると、恥ずかしさで耳の先が熱くなった。
「いいのよ」
ディナは頷き、口元をわずかに緩めた。
「ところで、あなたに一つ質問があるわ」
「あなたにとって……魔術って何だと思う?」
僕は一瞬言葉に詰まった。
魔術って……何だ?
科学的に可能な現象を、超常的な手段によって実現すること?
たぶん、そういうことじゃないのか……?
困惑した僕の顔を見て、ディナは長いため息をついた。
「魔術とはね、人間や他の種族が、本来なら自然界で絶対に起こり得ない自然現象を操作し、創出することを可能にする能力のことよ」
「それが魔術と呼ばれるものよ」
「魔術を行使するためには、魔力を持っていなければならないわ。そしてすべての生命――アンデッドのような不死の存在でさえも――魔力を宿しているの」
「魔力とは、この世界の至る所に満ちているエネルギーよ。大気の中に、大地に、海に、山に、砂漠に、空に、そしてあらゆる生き物の体内にね」
ディナは手をゆっくりと動かした。その指先は、僕たちの頭上に広がる大気と広大な空を指し示し、どれほど無尽蔵のエネルギーが周囲に循環しているかを表現しているかのようだった。
「もし人が魔力を完全に使い果たせば、死に至るわ」
「もし生まれつき魔力を持たずに生まれたなら、大気中の魔力中毒によって死んでしまう。普通に酸素を吸うことすらできないのよ。生き永らえるためには、特殊な魔導具を使わなきゃならないわ」
「そんな人がいるの?」
尋ねた。
「ええ、稀ではあるけれどね。でも確かに存在するわ」
「それじゃあ、すごく不憫な運命だね」
それを聞いて、ディナはしばし沈黙した。
「説明を続けるわね」
「私たち魔術師は、体内の魔力を使って魔術を具現化するわ。全身からの魔力の流れが魔術神経を通って魔術回路へと送られ、再び同じ魔術神経の経路を通って体外へと放出されるの。魔術回路が生の魔力を魔術現象へと変換する役割を担い、魔術神経は二重の機能を持っているわ――体内や周囲の大気から魔力を吸い上げる経路であり、同時に魔術回路で精製された魔力を体外へ導く伝導体でもあるのよ」
「だからこそ魔力操作が重要なの! この技術を身につければ……こんなことだってできるようになるわ」
ディナは不意に振り返り、僕たちを覆う大木の幹へと歩み寄った。彼女を追うように体を回した――
――そして次の瞬間、僕は信じられない思いで目を見開いた。
うわああっ。
「どう? すごいでしょ?」
「すごいどころじゃない――あり得ないよ!」
僕は飛び起き、まるで重力を好き勝手に無視できるかのように木の幹に直立して張り付いているディナを、瞬きもせずに見つめた。
「どうやってやってるの、先生?!」
すげえ、めちゃくちゃ格好いい! 魔術を使えば、壁に張り付いて歩けるのか――まるでスパイダーマンそのものじゃないか?! この世界には常識の限界なんて存在しないのか?!
「魔力操作を使えば、足の裏に魔力を流し込むだけで、こんな風に張り付いて歩けるのよ」
ディナは平然と上へと歩き進み、幹から大枝へと移動すると、まるで平らな地面の上にでも立っているかのように涼しい顔でそこに佇んだ。
「それだけじゃないわ。魔力操作を使えば、走る速度を跳ね上げたり、体に受ける衝撃を和らげたり、暗闇の中でも物をはっきりと見通したり、敵の感知から気配を消したり、物理的な攻撃力を強化したり、水の上を歩くことだってできるの」
「これらすべてが、魔力操作の恩恵よ。マーシャルアーツの使い手にとっても必須の基本技術なの。ガレンだってこれら全部をこなせるわ」
「じゃあ……」
新しい気づきが頭を駆け巡り、声が小さくなった。
「……あのとき、何時間も走り続けたのに君たちがまったく疲れていなかったのは、それが理由だったんだね」
「あのゴブリンの巣で、暗闇の中でも敵をはっきり見分けられていた理由も、それで説明がつく!」
「全部、この魔力操作の技術のおかげだったの?」
「その通りよ」
ディナが頷いた。
つまりあのとき、彼らは僕がついてこられるようにわざわざ速度を落としてくれていたのだ。暗視能力にしても――この世界の人間が生まれ持つ身体能力なのかと思っていた。すべては……この技術の恩恵だったのだ。
ディナは大枝から飛び降り、着地音一つ立てずに草の上に完璧に着地した。
彼女は僕に向かって両手を差し出した。
「私を攻撃してみて」
「え?」
「ほら、私の腕を殴ってみなさいよ」
自分の右腕をポンポンと叩きながら彼女は促した。
「私の心配なんてしなくていいわ。あなたのパンチくらいじゃ、私に傷一つつけられないから」
「でも……先生相手にそんなことできないよ」
「いいから、やってみなさいって」
その真剣な顔を見つめ、僕は生唾を飲み込むしかなかった。右拳を固く握りしめ、短く構えをとると、加減をしながらディナの右腕に向けてまっすぐ拳を叩き込んだ。
ドスッ!
拳はまともに命中した。しかし、ディナは何の反応も示さなかった。そよ風でも浴びたかのように平然とした顔をしている。
「ほらね?」
ディナは満足げな笑みを浮かべ、白く滑らかな右腕を見せてきた。
「痛みなんて微塵も感じないし、怪我一つしてないでしょう?」
さっきのパンチが手加減しすぎだったのだろうか? 僕は当惑して自分の拳を見つめた。
だがそんなはずはない。あの強さで殴られれば、普通の人間なら痛がるはずだ。自分の打撃力にはそれなりの自負があった。
ディナは今度は左腕を僕の胸の前に差し出してきた。
「今度は、この左腕を殴ってみなさい。さっきの一撃とまったく同じ力加減でね」
深く考えることもなく、僕は再び拳を振り抜き、同じ力加減で彼女の左腕を叩いた。
バチンッ!
「痛っ!」
ディナは小さく悲鳴を上げ、顔をしかめて反射的に左腕を引っ込め、痛そうに素早くさすった。
「うわっ、先生! 大丈夫?!」
罪悪感で顔をいっぱいにしながら、僕は慌てて一歩踏み出した。
「ごめんなさい! あんなに強く殴るつもりじゃなかったんだ!」
「だ、大丈夫よ、リアム。落ち着いて」
痛みに口元を少し引きつらせながらも、ディナは軽く手を振った。
「ほら、違いがはっきりと分かったでしょう?」
ディナは両腕を並べて僕の目の前に差し出した。
最初に殴った右腕は何の傷もなく綺麗だった。一方、左腕には薄っすらと赤みが差し、青あざに変わりかけていた。
「最初の一撃のとき、私は右腕の皮膚組織に魔力を集中させて流し込み、物理的な耐久力を強化していたの。だからあなたの拳は私の防御をまったく貫通できなかった」
ディナは左腕の赤みを優しくさすりながら説明した。
「でも二発目のときは、あえて左腕に一滴の魔力も流さなかったのよ。その結果? 普通の私の腕は、あなたの打撃の衝撃による痛みにそのまま反応したってわけ」
「これで分かったでしょう? 戦いの中で生き残るために、この技術を身につけることがどれほど決定的に重要なのかが」
とんでもなく実用的な技術だ。
だがよく考えてみれば……この世界の魔術師という存在は、あまりにもチートすぎやしないか?! 遠距離から呪文で凄まじい破壊力を叩き込めるだけでなく、本来ならマーシャルアーツの近接戦士の領域であるはずの身体強化技術まで使いこなせるというのか!
僕は生唾を飲み込み、燃えるような眼差しでディナを見つめた。
「お願い、ディナ先生! 今すぐその魔力操作の技術を僕に教えて!」
「いいわよ」
「で、でも……少し下がって、元の席に座り直して」
ディナは頬を薄く赤らめ、僕の視線を避けた。
「顔が……近すぎるわ、リアム」
「あ――ごめん。わかった」
僕は席に戻って座り直し、先ほどの子供じみた行動の照れくささを鎮めるために静かに息を吸った。
「さっき言った通り、あの紙に魔力を流し込んだのも魔力操作の技術の一部なのよ」
ディナは薄く微笑んで首を傾げながら言った。
「うん」
僕は静かに頷いた。
不意に、ある閃きが頭をよぎった。
「先生の言うことって……あのときの感覚を、体の他の部位で繰り返せばいいってこと?」
身を乗り出して尋ねた。
「その通りよ。慣れるまで何度も繰り返すの」
ディナは励ますように微笑んで答えた。
「最初は難しく感じるかもしれないけれど、反復して鍛錬を重ねれば必ず身につくものよ」
彼女はシートの上に優雅に足を崩して座った。
「さっきの私みたいに、いきなり木に張り付いて歩けるようになる必要はないわ。まずは、特定の部位に流し込む魔力量をコントロールできるようになりなさい。例えば……この手のひらにね」
ディナは手を伸ばし、彼女よりも小さな僕の手のひらをそっと優しく包み込んだ。
「すごく小さくて、温かい……」
彼女は呟いた。その親指が無意識のうちに僕の手のひらを優しく撫でた。
「あのぉ……」
その仕草に耳の先まで一気に熱くなるのを感じて、僕は呟いた。
「あっ! ごめんなさい!」
ディナはハッとして飛び退き、慌てて手を引っ込めた。その顔は茹でダコのように真っ赤に染まっていた。
「そ、それじゃあ、僕、今から特訓を始めるよ」
気まずさを振り払うようにしどろもどろに言い、シートから立ち上がって目の前の開けた草地へと数歩進み出た。
「いい、この結界の外には絶対に出ちゃダメだからね」
平然とした声の調子を取り戻そうと努めながら、ディナが釘を刺した。
「うん」
僕は力強く頷いた。
「ディナ先生」
足を止めて、もう一度呼びかけた。
「特訓を始める前に、一つだけ聞きたいことがあるんだ」
「何かしら?」
ディナが振り向き、真剣に僕を見つめた。
「この辺りにも、ゴブリンやオークはいるの? この結界の外に」
「この周囲にはいないわ。でもゴブリンやオーク、トロールやオーガといった魔物は……害虫のようにこの世界の陸地の至る所に蔓延っているのよ。黒い森の中だけに限定されているわけじゃないわ」
結界の外に広がる草原へと手を軽く振りながら、ディナは説明した。
「だから気をつけなさい。この近くにゴブリンやオークはいなくても、別の種類の魔物はうろついているんだから。絶対に私が張った結界の境界を踏み越えないことね」
「はい、先生」
この近くにはいない? 王国の軍隊が定期的に掃討しているのだろうか?
僕は右手をゆっくりと前へと突き出し、何もない手のひらを見つめながら、魔力の流れに意識を集中させようとした。
だが、頭の片隅に引っかかり続ける疑問が一つあった。そもそも、これら魔物の起源はどこにあるのだろう? 地球の動植物と同じような生物学的進化の過程を経ているのだろうか? もし自然淘汰によるものだとしたら、ゴブリンのような極端な寄生種を進化が生み出すことなどあり得るのだろうか?
学生時代や大学で学んだ進化生物学の理論では、生物が環境に適応する第一の目的は、子孫を残すための効率的な繁殖を通じて自らの種を維持することにある。寄生生物は宿主に依存するものだが、ゴブリンはさらにその上をいっている。自らの種の中にメスが存在せず、繁殖のためには他の進化種族の胎内を絶対に必要とするのだ。
自然の進化の論理に従うなら、メスのいない種など最初から絶滅しているか、少なくとも血筋を維持するために無性生殖や雌雄同体へと進化しているはずだ。だがゴブリンには、自立した生殖機能など微塵も備わっていない。
なら、奴らの宿主の境界線はどこまでなのだ? 人間やエルフ、亜人のような高度な知性を持つ人型種族の胎内であることが絶対条件なのか? もし森のサルや類人猿のような野生の霊長類に種を植え付けたとしても、ゴブリンは産まれてくるのだろうか? もし答えがイエスなら、なぜ奴らは武装した人間に襲いかかり拉致するという大きなリスクをわざわざ冒すのだ?
指先が固く握りしめられた。
ゴブリンというのは、本当に胸糞の悪い生き物だ。あのときの巣の光景を思い出すだけで……純粋な怒りで血が逆流した。
僕がこの国を掌握し、産業革命と軍制改革を成し遂げた暁には……この害虫どもを完全に根絶やしにしてやると誓う。この大地から奴らという存在を、一匹残らず抹殺してやるのだ。
冷酷で暗い薄笑いが、僕の唇の端にゆっくりと刻まれた。
そうだ。奴らのために、特別に『素敵な場所』を誂えてやる。毒ガス室を備えた巨大な強制収容所だ。単に駆除するだけでなく、軍事科学と軍事魔術の研究のための無尽蔵の実験動物として使い潰してやる。かつて第二次世界大戦でナチス・ドイツがやったのと同じようにな。倫理のかけらもない汚らわしい魔物どもに、人権などという言葉はただの冗談だ。
だが、この野望は僕一人では決して実現できない。
深く息を吸い込み、視線を特訓へと集中させた。
どうやら早急に、自分自身の組織を立ち上げ始める必要がありそうだ。どれほど壮大な計画や謀略も、頭の中にしまっておくだけではただの妄想で終わってしまう。
おそらく、明日のゴブリン掃討遠征が終わった後、その第一歩を踏み出すことになるだろう。今の僕の身体と同年代の孤児たちを路上から集め、絶対の忠誠心を植え付けて育て上げるのだ。ビジネスの基盤が整い、十分な資金が集まった後で、組織の規模を一気に拡大していけばいい。




