第33章:これまで聞いたことのない言葉
「気に入ってくれて嬉しいわ」
ディナは僕に微笑みかけた。長いピンク色の髪が上空の風に煽られて優雅になびき、その整った美貌は朝日の黄金色の輝きに照らされていた。
その笑顔は……。
これまでの人生で見た中で、もっとも美しく、もっとも純粋な笑顔だった。
「この景色を気に入ってくれて嬉しい」
風の唸りに負けることなく、彼女の柔らかく透き通った声が続いた。
「あなたがそんな表情を見せてくれて、本当に嬉しいわ」
彼女は少し言葉を切った。僕の手を握る手に一層力がこもり、肌の奥へと染み渡るような温もりを伝えてきた。
「本当によかった……あなたが無事で、本当によかったわ、リアム」
「怖かった……あのとき、あなたを失うんじゃないかって、本当に怖かったの」
澄んだ双眸に涙が滲み始め、深い真心がそこに映し出されていた。
「自分を救ってくれた人を、救えなかったらどうしようって怖かった」
「あの夜の路地で本当にあなたを失っていたら、私は一生自分を許せなかったわ」
「もしそうなっていたら、ガレンやトム、お母さんやナターシャにも顔向けできなかった」
彼女は静かに息を吸い、込み上げる感情を落ち着かせようとした。
「出会ってまだ一週間も経っていないから、奇妙に聞こえるかもしれないわね、リアム。でも……あなたがダイアウルフの襲撃から私を救ってくれたときも、あのゴブリンの巣で私たちを守ってくれたときも……あなた自身、私たち全員よりもずっと弱いはずなのに、それでも前に出て私たちを守る勇気を持ってくれた」
「ガレンがあの女の人たちを手にかけたとき、あなたが激怒したことも……私たちが逃げるために巣を焼き払う作戦を拒絶したことも……」
ついに目尻から一筋の涙が零れ落ち、風に吹かれて飛び去っていった。
「自分の方がずっと必要としていたはずなのに、あのダイアウルフの獲物を私たちに譲ってくれたこともそう。あのときはまだお互いのことすら知らなかったのに、見返りも求めずに渡してくれた」
「出会ってほんの数日だなんて、そんな時間の長さは関係ないって気づいたの」
ディナは空いている手の甲で目尻を拭った。
「何年も知っている人たちよりも、あなたはずっと多くの優しさをくれたわ」
「あなたは私の命の恩人よ。あのとき黒い森であなたがいなかったら……私は間違いなく、今ここにこうしていなかった」
彼女のまっすぐな眼差しが、僕の心の防壁を射抜いた。
「だから、あなたが生きていてくれて、そんなに嬉しそうな顔を見せてくれて……本当に心から感謝しているの」
何なんだ、これは? どうして彼女は僕をそこまで高く評価するんだ?
僕が君を救った?
違う、そんなの誰だって普通の人間ならすることだ。
頼むから……そんな目で僕を見ないでくれ。
僕はそんな目で見つめられるような立派な人間じゃない。
僕はただの負け犬だ。
地球で現実から逃げ回ってばかりいた、役立たずのゴミ屑だ。
この世界に来てからだって、自分の命を守ることすらろくにできなかった。
取り返しのつかない馬鹿な真似ばかりしてきた。
……君が助けを求めていたまさにその瞬間に、自分の武器の引き金を引くという単純なことすらできなかった、臆病な負け犬にすぎないんだ。
結局のところ……僕は誰一人救えやしなかった。
君が思い描いているような英雄なんかじゃ、決してないんだ……。
ディナは親指で僕の手の甲を優しく撫で、安心させるように触れてくれた。
「でも、もう全部大丈夫よ」
その一言を聞いた瞬間、目頭が熱くなった。泣き出したかった。頭の中を絶え間なく苛み続ける思いのすべてを、吐き出してしまいたかった。
君の目の前で大声で叫びたかった――ちっとも大丈夫なんかじゃない、と!
何の手がかりもないまま、突然異世界に放り出された。基礎知識を教えてくれる神のような存在も、案内役すらいなかった。見知らぬひ弱なエルフの子供の体に閉じ込められて目覚め、恐ろしく暗い森の真ん中にたった一人取り残され、ゴブリンの巣で骨の山になりかけた。
黒い森でディナやガレンに出会う前に、上位の魔物と直接かち合わずに済んだのは幸運だったとはいえ。
それでもその後、すべてをゼロから始めなければならなかった。文字の読み書きを一から学び、この世界の歴史や規則を一から理解しなければならなかった。
その上、首から血を噴き出しながら女性の首が刎ねられる光景を目の当たりにしなければならなかった。昔なら、スマホの画面やパソコンのモニターで血みどろの描写を見ても、せいぜい身震いする程度ですんでいた。だが、その凄惨な現実が自分の目の前で繰り広げられたときはどうだ? 空気に触れた血の生臭い臭い、肉が引き裂かれる音、そして胃袋の中身をすべてぶちまけたくなるほどの吐き気……あまりにも胸糞の悪すぎる感覚だった。
あんな光景に平気で慣れていられる奴なんて、頭がおかしい奴だけだ!
おまけに、薄汚い狭い路地で底辺のチンピラに蹴られ、殴られ、殺されかける激痛まで味わわなければならなかった。
地球での人生ですらゴミ屑のようで、挫折と失敗にまみれていたというのに。くそっ……どうして異世界に来てまで、こんな目に遭わなきゃならないんだ?
異世界の主人公たちってやつは、召喚してくれた女神から最初からチート級の最強能力を授かるものじゃないのか? 難なく美少女ハーレムを作り、何の不自由もない順風満帆な人生を送るんじゃないのか?
それなのに、今の僕を見ろよ、ふざけやがって。体はひ弱。魔術師の素質が本当にあるかどうかも怪しい。与えられた唯一の恵みといえばオンライン通販システムだけで、それすらもひどく腹立たしい悪徳資本主義の仕組みで動いている!
たとえ魔術の才能があることが証明されたとしても、一晩で強くなれるわけじゃない。泥臭く基礎から這い上がるように学ばなければならず、それには決して短くない時間がかかるのだ!
そんな惨めな愚痴のすべてを怒鳴り散らしたかった。
だが、その言葉は喉の奥につかえたまま出てこなかった。唾を必死に飲み込み、奥歯を噛み締め、そうした弱さやトラウマのすべてを心の底深くに押し戻して埋めた。彼女の前で、そんな脆くて情けない顔を見せるわけにはいかなかった。
深く息を吸い込み、冷たい朝の空気に胸の中のあらゆる不満を凍りつかせた。
「正直に言うとね、誰かにそんな風に言ってもらえたのは、生まれて初めてなんだ」
「君のその言葉……すごく救われたよ」
「ありがとう、ディナ」
朝日の温もりを顔に受けながら、僕は心からの笑みを浮かべて返した。
本当だ。僕にそんな言葉をかけてくれた人は、君が初めてだった。昔の僕の家族ですら、僕の目を見てそんな風に言ってくれたことは一度もなかったのだから。
「私……そう言ってもらえて嬉しいわ、リアム」
一瞬、彼女の整った顔に鮮やかな赤みが差すのが見えた。
ディナはすぐに顔を背け、遠くの雲を落ち着かない様子で見つめた。
それ以上何も言わず、彼女は魔術の杖を空へと掲げた。青いクリスタルが眩く光を放つ。
「い、行きましょう! 修練場はまだ遠いんだから!」
わざとらしいほど明るい声を張り上げ、照れ隠しに話を逸らそうとしながら彼女は叫んだ。
ゴォッ!
次の瞬間、重力が足場を失ったかのようだった。僕たちはヴェニンブルクの街の屋根並みを飛び越え、空を切り裂いて急加速した。
夜明けの黄金色の光が、爽やかな温もりで僕たちの全身を包み込んだ。
この高度から、街の営みの息吹が見て取れた。路地を駆け回る子供たちの集団が僕たちを指差しながら上げる歓声が、微かに耳に届いた。別の角では紙の凧が風に乗って舞い、雪のように白い羽を持つ鳩の群れが、まるで僕たちの飛行を先導するかのように並んで飛んでいた。
これが……魔術で空を飛ぶ感覚なのか? 飛行機の狭い座席に閉じ込められていたときとは、文字通り百八十度異なる感覚だった。顔を打つ風、この無重力感……まるで世界で一番自由な人間になったかのようだった。
やがて、レンガ造りの街並みはゆっくりと後方に遠ざかり、目の前には広大なエメラルドグリーンの絨毯のような景色が広がっていった。鬱蒼とした森が足元遥か下に見える。だが僕たちが向かっている方角は、あの暗く危険な黒い森ではなく、ヴェニンブルクの西の地平線へと一直線に向かっていた。
ルシ王国を黒い森から守る巨大な城壁の向こうには、密集した村落や都市の拡張地が広がっているだけだろうと最初は思っていた。しかし見渡す限り広がっていたのは、澄んだ川の流れによって切り裂かれた鬱蒼たる樹海と、遠くで風に揺れる緑の草原だけだった。
気になってきた……あの美しい森の葉の陰にも、狂暴な魔物たちが潜んでいるのだろうか?
「雨が降ってなくてよかったよ!」
風の唸りに負けないよう声を張り上げて叫んだ。
「え?! 何て言ったの、リアム?」
ディナの返事はほとんど聞き取れず、耳元をかすめる強風の風切り音にすっかり呑み込まれていた。
それに気づいたディナは、僕の腕を優しく引っ張った。彼女は僕たちの位置を調整し、僕の体が水平に飛び、彼女のすぐ真横に並んで浮遊するようにしてくれた。
「ただ言っただけだよ」
今度は普通の声量で繰り返した。
「今日は天気が晴れてて、雨が降らなくてよかったねって」
「ああ、そうなのね」
ディナは納得して頷いた。
この夜明けの天気は実に晴れ渡り、涼やかだった。あまりにも心地よく、開けた草原の上に身を投げて一日中寝転がっていたくなるほどだった。
「それなら、この晴天を無駄にしないように、私と一緒に真面目に魔術を学びなさい!」
僕の考えを読んだかのように、ディナが不意に声を上げた。
「えぇ……?」
僕は情けない声を漏らした。
「文句を言わないの」
唇を尖らせて彼女は続けた。
「雨季の真っ只中にこんな晴天に恵まれるなんて、ものすごく貴重なことなんだからね」
「はいはい、わかったよ」
僕は降参して答えた。
「わかった、今日は持てる力を全部出し切って魔術を学ぶって約束するよ」
どうせ魔術の習得は最初からの僕の主目的だったのだ。地球からやって来た正気な人間なら、超常の力を使えるようになる千載一遇の好機を断る奴なんてどこにいるというのか?
「ところで、初めて空を飛んだ感想はどう?」
ディナが横目で僕を見ながら尋ねた。
「本当にすごいよ。鳥みたいに体が軽くて。すごく自由になった気分だ」
頭上に広がるどこまでも続く大空を見上げながら、僕は素直に答えた。
「あはは、そう言うと思った!」
ディナは快活に笑った。
「昔、私が初めてこのフライトマジックを使えたときも、あなたとまったく同じことを感じたものよ」
不意に、彼女の小さな唇に悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
「それなら、本当の『自由』の感覚を味わうために……これをやらなきゃね」
「え? 何を――」
ヒュッ!
「うわあああっ!」
心臓が喉から飛び出しそうになった。
ディナが何の前触れもなく、不意に僕の左手首を掴んでいた手を離したのだ。僕は取り乱して絶叫した。
反射的に目を固く閉じ、体中のすべての筋肉を強張らせ、真っ逆さまに地上へ叩きつけられる自由落下の恐怖に備えた。
一秒……二秒が過ぎた。
恐れていた自由落下の衝撃はまったく訪れなかった。下に落ちるどころか、僕は耳をつんざく風の唸りだけを伴いながら、空中に安定して浮かび続けていた。
激しく脈打つ心臓を押さえながら、おそるおそる片目を薄く開けた。
「どう? 驚いた?」
ディナのからかうような笑い声が聞こえた。振り返ると、彼女は僕の二メートルほど横で何気なく浮かんでおり、口元を手で覆って笑いを堪えていた。
「ディナ、君って人は……本当にひどいよ」
命を弄ばれたことへの怒りを装い、僕は胸の前で腕を組んでわざとらしく不満げな顔を作って見せた。
「ごめんごめん! ちょっとした冗談よ」
ディナはついに吹き出し、白い歯を覗かせて笑った。
「でも……手を離したのに、どうして僕は浮いたままなんだ?」
好奇心があっという間に苛立ちに打ち勝って尋ねた。
両手を大きく広げてみた。驚くべきことに、空中で体を回転させたり向きを変えたりすることすら、極めて容易にできることに気づいた。
「あなたの存在が、私が発動しているフライトマジックの術式に組み込まれているからよ」
彼女は説明した。
「この魔術は、私の体を中心とした半径五メートルの範囲に一種の浮遊力場を展開しているの。私の魔術の範囲内に留まっている限り、あなたが落ちることは絶対にないわ」
それから彼女の表情が少し真剣なものへと変わった。
「だけどね……もし私から五メートル以上離れるような無茶をすれば、魔術の効果は即座に途切れて、重力に引きずり落とされるわよ」
「じゃあ、この高さから落ちたら……?」
唾を飲み込みながら探りを入れた。
「肉のミンチになって即死よ、他に何があるの?」
ディナはあっけらかんと答え、どこか恐ろしく見える無表情で肩をすくめた。
その率直すぎる答えを聞いて、僕は慌てて彼女の側へと身を寄せ、その防護範囲の内側に安全に収まるよう位置取った。
「魔術って本当に……凄まじいと同時に恐ろしいな」
僕は小さく呟いた。
「ほら、下を見て。着いたみたいよ」
ディナが声を上げた。
彼女の視線の先を追った。遥か眼下に、巨大な絨毯のように青々とした草原が広がっていた。その一角には、野生の鹿や水牛、豚や牛に似た動物たちの姿が見え、朝露に濡れた草を夢中で食んでいた。
ディナは魔力を操作し、魔術の浮力を少しずつ弱めていった。僕たちの体は斜め下に向かって降下を始め、下層の大気を切り裂きながら、やがてその草原の地表へと近づいていった。
トンッ!
わずかな着地音とともに、靴底がようやく確かな大地を踏みしめた。




