第29章:緊急クエスト
ナターシャが去った後、僕たちの食卓には重苦しく気まずい沈黙が垂れ込めていた。僕は胸につかえる罪悪感を抱えたまま、残ったパンをじっと見つめていた。ディナが汚れた皿を片付けようと立ち上がろうとした、そのとき……
バタンッ!
何の前触れもなく玄関の扉が勢いよく開け放たれ、僕たち二人は驚いて飛び上がった。
「よう! 無事そうで何よりだ、リアム!」
無骨な顔に満面の笑みを浮かべ、ガレンが中へと大股で入ってきた。
その大柄な男は、冒険者の戦闘装備一式を身に纏い、出入り口に仁王立ちしていた。戦いでへこんでいた銀のプレートアーマーはすでに修繕されて再びピカピカに輝き、外からの朝日の光を反射していた。そして背中には、自慢の大剣が禍々しい威圧感を放ちながら背負われていた。
「ガレン! うちに来るときは先にノックしろって、何度も言ってるでしょうが?!」
ディナは木製の床を踏み鳴らし、不機嫌そうな顔で椅子から立ち上がった。大男のもとへと小走りで駆け寄ると、背後の扉を乱暴に閉めた。
バタンッ!
「ああ、悪い悪い」
ガレンは悪びれもせずに痒くもない後頭部を掻きながら、からからと笑った。それから視線で部屋中を見渡す。
「ところで、カーラおばさんはどこだ?」
「お母さんなら台所で忙しくしてるわ」
胸の前で腕を組みながらディナが答えた。
「朝っぱらから完全装備で来るなんて珍しいじゃない。何かあったの?」
ガレンの顔からおどけた笑みが瞬時に消え去り、真剣な表情へと変わった。
「ここ数日、おばさんの娘を借りなきゃならんくなったからな」
彼はディナの目をまっすぐに見据えて言った。
不意に重くなったその声のトーンに、ディナの体が強張った。先ほどまでの苛立ちは消え去っていた。
「教えて、一体何が起きたの?」
緊張を孕んだ低い囁き声で彼女が尋ねた。
部屋の隅で、僕は椅子に座ったまま黙っていた。二人の会話に気づいていないふりを装い、テーブルの上のカップに視線を固定する。
だが、その耳は彼らの一言一句をはっきりと捉えていた!
「昨日、ギルドに正式な報告書を提出したんだ」
ガレンは板壁に広い肩をもたせかけながら説明を始めた。
「俺たちのパーティーが黒い森の外縁部で巨大なゴブリンの巣を発見した、とな」
彼は重いため息をついてから言葉を続けた。
「その報告を受けて、ギルドは真相を確かめるために現場へ精鋭の斥候隊を急派した。で、連中が何を見つけたと思う?」
ガレンの顎が固く引き締まった。
「あのとき俺たちが出くわしたゴブリンの巣は、単独のものじゃなかったんだ。あの一帯には、互いに連絡を取り合う大規模な巣が全部で五つも存在することが判明した」
ディナの緑の瞳が見開かれた。その顔から瞬時に血の気が引いていく。
「ご、五つの巣?! それって……」
「ああ」
ガレンは沈痛に頷き、彼女の最悪の予感を裏付けた。
「かつての血みどろの悲劇と同じように、ヴェニンブルクへの大規模なゴブリンの大侵攻が起きる可能性が極めて高い」
彼は背筋を伸ばし直した。首筋に青筋が浮かぶ。
「だからこそ、ギルドは先制攻撃を仕掛ける決断を下した。街中の冒険者を総動員して、大規模な合同掃討遠征を行うつもりだ。街へ攻め込まれる前に、あの緑の害虫どもを根こそぎ叩き潰す!」
ガレンはごつごつとタコの固い大きな手をディナへと差し出した。
「だから、この緊急クエストにお前を正式に誘いに来た。どうする?」
『ゴブリンの侵攻? 何だって?! しかも五つも巣がある?!』
心臓が胸から飛び出しそうになるほど激しく跳ね上がった。
あのときの一つの巣で見た恐怖と絶望だけでも、僕にとっては十分トラウマものだったのだ。それなのに、五つもあるだなんて?!
「でも、ガレン……」
ディナは下唇を噛み、不安そうにスカートの端を握りしめた。
「私たちのパーティーは人手不足よ。トムはまだ教会で寝たきりじゃない」
「あいつを連れて行くわけにはいかないでしょう?」
「おいおい、ディナ。大規模な遠征に参加するのが初めてみたいな言い草だな」
息の詰まる空気を和らげようと、ガレンは低く笑った。
「これほど大規模なレイドクエストになれば、俺たちだけで戦うわけじゃない。大きな部隊に編入されて、他のパーティーと足並みを揃えて連携するんだ」
ディナは深く息を吸い、覚悟を決めた。差し出されたガレンの手を取り、強く握りしめる。
「わかった、参加するわ。で、出発はいつ?」
「明日の夜明けだ。街の広場から本隊と共に出発する」
ガレンが手際よく答えた。
それからガレンの視線が部屋の隅へと向けられ、僕の守りを貫いて射貫いた。彼は僕のテーブルへと歩み寄ってきた。
「リアム」
その声のトーンは劇的に優しくなっていた。
「意識が戻って無事で本当によかった。肋骨はまだ痛むか?」
「全然痛まないよ」
首を横に振りながら答えた。
「全部ノア神父様の高位の治癒魔術のおかげだよ。神父様の魔術のおかげで、こんなに短期間で完全に治ったんだ」
「それなら何よりだ」
ガレンは満面の笑みを浮かべ、安堵の息を吐いた。
「ノア神父様が、その特別な治癒魔術をトムにも施してくださればいいんだがな。あの本の虫の足が今日中に治れば、『カノル』パーティーも万全の戦力で戦場に出られるってのに、ハハハ!」
ガレンは自分の太ももをポンと叩き、立ち去る準備をした。
「よし、俺はもう行かないとな。明朝の出撃に備えて、ギルド本部で戦略の作戦会議に出なきゃならん」
ガレンの大きな手が木製扉のノブにかかろうとしたまさにその瞬間、理屈を超えた感情の衝動が僕の声帯を突き動かした。
「待って、ガレン!」
思わず叫んでいた。
僕は机をドンと叩き、椅子から立ち上がった。
「僕も……僕もそのクエストに行きたい!」
ガレンの足が止まった。彼はゆっくりと振り返り、片眉を大きく上げて僕を見つめた。
「本気で言ってるのか、坊主?」
僕はひるまない眼差しで頷いた。
生き残るために最も安全で合理的な道ばかりを探してきた、いつもの僕らしくない行動だった。
けれど……。
これは、あのときの自分の過ちと臆病さを償うためのチャンスなのだ。もう二度と逃げたくない。仲間の命が危険に晒されているときに、ただ恐怖で震えてすべてを台無しにするだけの荷物にはなりたくない。成功させたい。この惨めな人生の中で、せめて一度くらいは勝利を掴み取りたいんだ!
体の脇で右手を固く握りしめた。
自分の武器を、正しいことのために使いたい。あの不潔な巣穴の底で、今この瞬間も死を待っているはずの、僕よりも遥かに苦しみ恵まれない人たちを救うために。やらなきゃいけないんだ!
こんな正義の味方染みた衝動は、陳腐で理不尽に聞こえるかもしれない。だがどうしようもないじゃないか。人間の感情や決意が、純粋な論理だけで測れたことなどいつあったというのか?
ガレンは僕の緑の瞳をまっすぐに見つめた。そこに宿る揺るぎない決意の炎を認め、無骨な顔にようやく薄い笑みが浮かんだ。彼は僕のもとへと歩み寄り、タコの固い手のひらを僕の頭に乗せ、金髪を軽くくしゃくしゃと撫でた。
「ようやく……一人前の男のいい顔をするようになったじゃないか」
誇らしげな温かい声音で彼は低く笑った。
「その顔が見られて安心したよ、リアム」
それから僕が今着ている普段着のチュニックへと視線を走らせた。
「それに認めてやるよ、その服、案外似合ってるぞ。ずっと見栄えがいい」
ガレンは頭から手を離すと、手のひらを大きく開いて僕の胸の前に差し出した。
「それじゃあ、明日の遠征よろしく頼むぞ、リアム・アシュフォード」
少しのためらいもなく、僕はその手を取った。僕たちの握手は力強く温かく結ばれた。
「こちらこそよろしく頼むよ、ガレン・スミス」
しっかりと返した。
ガレンは握手を解いた。
「よし、早くギルドへ行かなきゃな。ついでに今回の遠征の追加志願兵として、お前の名前もギルドに登録してきてやるよ」
本当に出て行く直前、ガレンは革ベストのポケットに手を突っ込んだ。
「そうそう、忘れそうになってた。受け取れ、ディナ」
ヒュッ!
小さな革袋が放物線を描いて宙を飛んだ。ディナは両手で素早くそれをキャッチした。
チャリン!
袋の中から重い金属がぶつかり合う澄んだ音が響いた。
「これ……」
ディナは袋の紐を緩めた。何枚もの金貨の鮮やかな黄色い輝きが顔を照らし、彼女の目がわずかに見開かれた。ディナは顔を上げ、疑問に満ちた表情でガレンを見上げた。
「あのゴブリンの巣の場所について、決定的な偵察報告をもたらしたことに対するギルドからの特別報酬だ」
ガレンはさらりと説明した。
「一緒に見つけたんだろ? なら、受け取る権利がある」
まだためらっている様子のディナを見て、ガレンは軽く手を振った。
「心配すんな。俺の取り分はもう抜いたし、今朝教会に寄ってトムの分も渡してきたところだ」
ディナの唇に感動の笑みがこぼれた。彼女は金貨の袋を胸の前でぎゅっと抱きしめた。
「本当にありがとう、ガレン。すごく助かるわ」
「どういたしましてだ。明日に備えて装備を整えておけよ」
ガレンはウインクを返した。ノブを回して木製の扉を大きく押し開け、家を出て行った。
ガレンが去ると、部屋は再び静寂に包まれた。温かい朝日の光がガラス窓の隙間から差し込み、空中に舞う微細な埃を照らし出していた。
扉の向こうへと消えていくガレンの広い背中を見送り、それからディナが固く握りしめている金貨の革袋へとゆっくりと視線を移した。
ちょっと待てよ。ディナとトムがそれぞれ取り分をもらったのだとすれば……。
「ねえ、僕の取り分は?」
眉をひそめて首を傾げながら、僕は思わず口にしていた。
「僕の分は全然ないの?」
そのあまりに素直で明け透けな問いに、ディナの肩が小さく揺れた。鈴を転がすような笑い声が唇から零れ落ち、温かく食堂の静寂を破った。
「もちろんあるわよ、リアム」
整った顔に悪戯っぽい笑みを浮かべて彼女はからかった。
素早い動作で、ディナは上着の内ポケットに手を突っ込み、小さな包みを僕に向かって放り投げた。
ヒュッ!
「ほら、あなたの分よ」
反射的に両手を伸ばし、パシッと手応えのある音を立ててその小さな革袋をキャッチした。
チャリン……
袋の中で重なり合う貴金属の音は、実に耳に心地よかった。手のひらに伝わるずっしりとした重みが、なんとも魅惑的だった。
「さっき玄関に立っていたとき、ガレンは実際、私に一つだけお金の袋を投げたんじゃないのよ」
ディナは微笑みながら胸の下で腕を組んで説明した。
「すごく素早く二つ同時に投げたの。もう一つは、最初からあなたのために用意されていたのよ」
「そ、そうだったんだ……」
僕はしどろもどろに呟いた。
熱湯でも浴びせられたかのように、顔が一瞬でカッと熱くなった。
うわ、恥ずかしすぎる! 女の子の前で反射的にがめつい顔をして取り分をねだるなんて! 二十一歳の成人男性としてのプライドが木っ端微塵だ。
僕は慌ててその金貨の袋をズボンのポケットに押し込み、気まずさをごまかすために痒くもない頬を掻いた。
ディナは僕の動揺を気に留めなかった。先ほどまでの穏やかな表情は次第に真剣なものへと変わり、背筋を伸ばして非常に厳格な指導者の空気を漂わせた。
「よし、お小遣いの喜びはひとまずしまっておいて」
ディナは身を乗り出し、鋭い緑の瞳で僕をじっと見つめて言った。
「明日の朝の大規模な遠征に参加するっていう危険な決断を下した以上……今日の私たちの予定はひどく過密で過酷なものになるわよ」
ディナは両手をパンッ!と打ち鳴らした。その鋭い音に、僕は少しビクッと肩を跳ねさせた。
「今日中に、頭で考えなくても完全に使えるようになるまで、基礎魔術の実践を叩き込むわ。覚悟はいい、リアム?」
挑戦状のように突きつけられた『魔術』という言葉を耳にした瞬間、残っていた気恥ずかしさは風に吹かれて綺麗さっぱり吹き飛んだ。血が再び騒ぎ出し、純粋な高揚感で満たされる。
思わず小さく飛び跳ね、右の拳を握り締めて木製の天井に向けて高く突き上げた。
「もちろん準備万端だよ、ディナ先生!」
満面の輝かしいやる気と笑顔を浮かべ、僕は高らかに叫んだ。




