第27章:一枚の硬貨の価値
「見知らぬ天井だ……」
僕は無理やり体を起こし、少し強張った顔をこすってから、こめかみを軽く揉んだ。
「またあの夢か」
ここ最近、僕の眠りはいつもあのゴブリンの巣の凄惨な光景に支配されていた。救えなかった捕虜たちの絶望に満ちた顔が、頭から離れない。だが、今回は……昨夜の狭い路地で感じた息の詰まるような無力感まで、その悪夢に加わっていた。
左手首に目をやった。05:00。
「まだ朝の五時か。早すぎるな」
デジタルの画面に表示されている日付と年は、依然としてシステム初期設定のままだった――2026年2月7日。
だが、ここで地球の暦の基準をそのまま当てはめるわけにはいかない。
この世界の一年が365日なのか、それともまったく異なる暦法に従っているのかさえ、僕にはわからないのだ。
早く文字の読み書きを覚えなければならない。
この世界の基礎知識を得るためだけに、いつまでもディナや他人に頼り続けるわけにはいかないのだから。
毛布をめくり、冷たい板の床へと足を下ろした。身じろぎした拍子に、不快な悪臭が一気に鼻を突いた。服の襟元を引っ張って匂いを嗅いでみる。
「うげっ、臭っ。ドブ水そのものの臭いだ」
自分自身に嫌気がさして鼻をつまんだ。
「こんな酷い臭いの僕を相手に、ディナが文句の一つも言わずに普通に接してくれていたのが不思議なくらいだ」
臭いの問題はひとまず置いておいて、確認すべきもっと急ぎの用件があった。
「システム」
ピーン!
青く透き通ったインターフェースが目の前で柔らかく発光し、元の世界のオンライン通販サイトと瓜二つのデザインをしたホログラム画面を映し出した。画面の隅にある、小さくも重大な変化がすぐに目に留まった。
「待てよ……これ何だ?」
目を細めながら僕は呟いた。
「知名度ポイントが三に増えてる?」
人差し指で顎を触った。
「ガレンとディナとトムのおかげか?」
視線をその下の行へと移した。
「でも歴史影響ポイントはゼロのままだな。まあ当然か。世界を揺るがすような大事件も、この世界の歴史書に名を残すような偉業も、まだ何も成し遂げていないんだから」
再びその「三」という数字に意識を集中させた。
理屈から言えば、僕を知る人間が増えれば増えるほど、毎月手に入る不労ポイントも増えるはずだ。
だが……三ポイントというのは少なすぎる気がした。すでにロロという衛兵、御者のジョナス、ギルド受付のエララ、ディナの母親、ナターシャ、さらにはあの謎めいたアリョーシャ・ノア神父にまで会っている。大聖堂の人々や、ギルドにいた何十人もの冒険者だっている。どうしてシステムには三人しかカウントされていないのか?
「僕という存在が明確に認識されなきゃいけないってことか?」
推測してみた。
「単に顔を知っているとか道ですれ違った程度じゃダメで、その相手が僕個人に対して一定の絆や個人的な承認を抱いていなきゃならないのか?」
「まあいいや」
小さく息を吐き出した。両手を一度パチンと叩いて、小難しい考えを追い払う。
「三ポイントの不労所得でも、三ポイントは三ポイントだ。何もないよりはずっとマシだ」
画面を閉じようとしたそのとき、右下の隅でゆっくり点滅している新しいアイコンが目に入った。
「待てよ……この機能、何だ? 前はこんなアイコンなかったはずだ」
好奇心を抑えきれず、頭の中で仮想カーソルを動かして箱型のそのアイコンをタップした。画面が瞬時に切り替わり、整然と並んだ空のマス目の列が表示された。マインクラフトのインベントリ画面にそっくりだった。
画面上部の太字の文字を読み取った。
「インベントリ?」
心臓が大きく跳ねた。
「まさか……異世界の主人公たちが必ず持っている、あの伝説のアイテムボックス機能なのか?!」
興奮で血が騒ぎ出す。
「確かめてみよう。説明文を読んでみるか」
空中に浮かぶ説明テキストを読んだ。
【インベントリは、オンライン通販システムに付属する異次元収納機能です。ユーザーが複数回の取引を行うことで自動的に解放されます。ユーザーはシステムで購入した商品だけでなく、外界の物理的な物品もこの異次元空間に格納することができます。インベントリ内の時間は完全に停止しており――生鮮食品や生肉なども永遠に鮮度を保ち続けます。現在の最大容量は50スロットです。アイテムのサイズや重量がスロットの容量に影響を与えることはありません】
数秒間、画面を食い入るように見つめた。脳がその情報を処理していく。
「ってことは……」
歓喜に声が震え始めた。
「これからは、あの重い登山リュックを背負って歩き回らなくていいのか?! スロットの上限内なら、重さも大きさも関係ないんだな?!」
両拳を握り締め、ガッツポーズを作った。
「本物のアイテムボックスじゃないか! ついに僕にも手に入ったぞ!」
感情を抑えきれずに叫んでしまった。
しまっ――!
慌てて両手で自分の口を塞いだ。
「バカ、まだ朝の五時だぞ。家中の人を起こしちゃうところだった」
ゆっくりと手を下ろしたが、口元には満面の笑みが残っていた。
「インベントリ、か……」
小さく呟き、頭の中で即座に様々な状況を組み立てた。
「この機能があれば、怪しまれることなくどんな重火器だって隠し持てるじゃないか」
サイドテーブルに近づき、黒い拳銃を手に取った。手のひらに伝わる約900グラムの重みは、すでにすっかり馴染んでいた。親指で反射的にセーフティを確かめ、左手でスライドを数ミリだけ引いて、薬室内に真鍮色の弾丸が装填されているのを確かめる。
「このグロック17は、普通のゴブリンや人間を相手にするなら十分すぎるほど強力な武器だ。だけど……」
「……ゴブリンロード級の魔物を相手にするには、この9ミリ弾じゃ明らかに力不足だ。もっと強力な火力が必要になる」
ベッドの端に再び腰を下ろし、拳銃を太ももの脇にそっと置いた。
「はぁ、意味ないか……」
深く絶望に満ちたため息が漏れた。
「どんなに強力な銃器を買ったところで、僕の手が引き金を引くのを拒んでいるようじゃ、何の意味もないじゃないか」
両手を持ち上げ、薄暗い部屋の明かりの下で震える自分の手のひらを見つめた。
「僕に人間を殺せるのか?」
「本当に……この手で他人を殺す覚悟なんて持てるのか?」
自嘲気味な笑いが喉から漏れた。木製の壁に背をもたせかけ、自分自身を罵る。
「本当に間抜けだな、僕は。昨日、あの薄汚いチンピラに顔をボコボコにされて殺されかけたっていうのに、まだそんな単純な決断すら下せないなんて」
暗い思考を振り払うように首を振り、再びホログラム画面に視線を戻した。
「ところで、残りのポイントはあとどれくらいだ?」
画面の右上隅に目をやった。
【残高:599ポイント】
片眉が上がった。
「五百九十九ポイント。いつの間にか初期資金の半分近くを使い果たしちゃってるな。この数日間の戦闘で、ずいぶん出費がかさんだもんだ」
「よし。それじゃあ、もう一つの重要な機能を試してみるとするか」
背筋を伸ばし、あぐらをかいた。
「この世界のお金とシステムの換算レートを確かめるときだ」
椅子にかけてあったジャケットのポケットに手を伸ばし、ディナの母親からもらった銀貨を一枚取り出した。夜明けの光を浴びて、その貴金属は魅惑的な輝きを放っていた。
「正直なところ、この硬貨の彫刻の細かさは見事なものだな」
親指でその表面をなぞりながら感心した。
硬貨の片面には、フードをかぶった男性の横顔の浮き彫りが施されていた。顎の鋭い輪郭やシルエットからして、二十代くらいの青年に見える。
「これ、誰の顔なんだろう? ルシ王国の初代国王か? でも服装からすると、魔術師のようにも見えるな。宮廷魔術師か何かか? それともファンタジーアニメに出てくる大賢者か? それにしても、この硬貨の鋳造技術は完璧なまでに精密で左右対称だ。まるで現代の工場でプレスされた硬貨みたいじゃないか」
「やっぱり、この世界を侮るわけにはいかないな。近代的な産業機械もないのに、これほど高品質な通貨を大量生産できるなんて、冶金技術がどれほど進んでいるかの証明だ」
視線を画面に戻し、『チャージ/残高追加』と書かれたアイコンを人差し指でタップした。
ファッ。
突如として、息を呑むような空間現象が巻き起こった。システム画面の真正面の空間が歪み、渦を巻き、引き裂かれて、拳ほどの大きさのブラックホールを作り出したのだ。その中の暗闇は底知れず深く、まるで宇宙の虚無に直接繋がっているかのようだった。
僕は驚愕してその異変を見つめた。
「すごいな。空間が引き裂かれてこんな穴ができるなんて、生まれて初めて見たぞ」
空間の穴の裏側を覗き込もうとしてみたが、僕が位置を変えるたびに、穴は常に僕の正面を向いていた。
「つまり、この穴の後ろ側を見ることはできないってわけか」
「気になってきたな……この穴の中に石を入れたらどうなるんだ? それとも、自分の手を入れたら?」
試してみたい誘惑は強烈だったが、やめておくことにした。何か良からぬことが起きるのが怖かったからだ。こんな馬鹿な真似をして手を失ったりしたら笑い話にもならない。
僕はその空間の裂け目の中に銀貨を落とし入れた。硬貨はチャリンという音も立てずに飲み込まれ、暗闇の中へと消え去った。画面上の投入確定ボタンをすぐに押す。
ブラックホールは一瞬で縮み、閉じた。次の瞬間、画面の中央に通知ウィンドウが浮かび上がった。
【銀を検出(純度:90%)】
【換算レート:5ポイント】
【この換金取引を続行しますか?(はい/いいえ)】
あんぐりと顎が外れそうになった。
「はぁ?」
そのふざけた数字の見間違いではないかと、目をこすって確認した。
「なんなんだよこれ?! たったの五ポイント?! 冗談だろ?!」
その数字を見て頭に血が上った。
「本物の銀貨だぞ! この世界じゃ、これ一枚で庶民がご馳走を食べられるんだぞ! もっと高いレートで換算されるべきだろ! それなのにたったの五ポイントだと?! カップ麺二個すら買えないじゃないか!」
悔しさに髪をかきむしった。
「クソぼったくりシステムめ! 次元間通販アプリも、あの強欲な資本主義企業と同じくらいケチだったってわけか! 銀貨を何枚か換金するだけで、現代の技術を享受しながら不労所得でリッチにのんびり暮らそうっていう僕の異世界スローライフ計画が崩壊したじゃないか!」
深呼吸をして、無理やり感情を落ち着かせた。
「客観的に計算してみよう。銀貨一枚で五ポイント。システムは素材そのものと現地通貨のどっちを優先しているんだ?」
「もう一度見直してみよう。ダイアウルフの毛皮三枚は、システムだと百五十ポイントだった。だけど、ガレンが毛皮と肉をギルドに売ったとき、僕の手元には正味で銀貨四十枚が入った」
下唇を噛んだ。
「もしその銀貨四十枚を直接システムに換金したとしたら……四十掛ける五で……二百ポイントになる!」
その利益の差に目を見開いた。
「待てよ。ってことは、ドロップ品をまず現地の住民に手動で売って現金化してから、そのお金をシステムに換金した方が利益率が高いってことか! あの狼の毛皮の売却をギルドに任せた僕の判断は正しかったんだ」
「それにしても……この換算率は酷すぎる。この街で半年間働かずに暮らせるはずの大金が、たったの二百ポイントにしかならないなんて。このシステム、本当に悪辣な資本家だな!」
「クソッ」
小さく悪態をつき、手で手荒に顔をこすった。
取引をキャンセルするために【いいえ】ボタンを押すと、銀貨が再び手の中に実体化して転がり落ちてきた。
「本気で知恵を絞らなきゃな。この銀貨四十枚を、どうやって何千枚、何万枚の銀貨に化けさせるか」
再びグロック拳銃をちらりと見て、価値の試算をしてみた。
「この武器は百ポイントで買った。ってことは、現地の通貨レートに換算すると……銀貨二十枚に相当するわけか。めちゃくちゃ高いな。新しい武器の購入を見送った僕の判断は正しかったよ」
軍事装備はさておき、日用品のカテゴリーへと目を走らせた。
「いくら節約しなきゃならないとはいえ、衛生面で妥協する気はないぞ。石鹸、シャンプー、香水は、どんなに高くたって絶対に手に入れなきゃならない必需品だ」
人差し指でシステムのホーム画面を下にスクロールしていくと、鮮烈な赤いセールバナーが目に飛び込んできた。
「ほう? タイムセールだと? ジンクのボトル入りシャンプー、桜の香りが八十パーセントオフ?!」
思わず小さく吹き出してしまった。
「すげえな、月末のセール商戦がこの次元間通販アプリにも存在するのかよ!」
「600ミリリットル入りでたったの二ポイントか。めちゃくちゃ安いじゃないか」
迷うことなく【購入】ボタンを押した。その後、同じく破格のセール中だったボディソープとメンズ香水を買い物かごに素早く追加した。
ピーン!
【購入が完了しました。合計支払額:7ポイント】
「たったの七ポイントですんだ。割引アルゴリズムが味方してくれて助かったよ。銀貨一枚とちょっとの価値ですんだんだからな」
画面の隅にある最新の残高に目をやった。
【残高:592ポイント】
青い光の瞬きとともに、近代的なパッケージに入った三本の分厚いプラスチックボトルがベッドの上に実体化した。ボディソープ、シャンプー、香水のボトルを手に取り、爽快な満足感を味わう。
さあ風呂に入って、この体をピカピカに洗い流し、あの吐き気のするドブの臭いを消し去るとしよう。ずいぶんと軽くなった足取りと、しばし重荷から解放された心で、僕は部屋の外へと踏み出した。




