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第26章:軍服の少女

「僕の金と武器はどこだ?」

 僕は焦りながら呟き、両手でベッドの上を素早く手探りした。


 部屋の隅々へと視線を走らせ、やがて部屋の角にある木製テーブルの上にきちんと置かれたジャケットと武器に目が留まった。


 僕は急いでその机へ駆け寄り、ジャケットをひったくった。チャリン……生地が動いた拍子に、ポケットの奥から金属の触れ合う音がかすかに聞こえた。


「よかった、なくなってない」

 安堵のため息が口から漏れた。


 拳銃のすぐ隣に置かれていたデジタル腕時計へと手を伸ばした。


「今は夜の十時か」

 ぼんやりと光る画面を見つめ、目を細めながら小さく呟いた。だが次の瞬間、僕の瞳孔が大きく見開かれた。

「えっ? 六日? 最後に意識があったのって、まだ四日だったよな?!」


 トントン……トントン……


 木造の階段を上がってくる足音がかすかに聞こえ、家の静寂を破った。反射的に体が強張り、僕はすぐにベッドへと飛び戻り、背もたれに体を預けて座り直した。


 ギィ……


 木製の扉がきしんで開いた。出入り口には、料理の入った椀を乗せた木製トレイを手にしたディナが立っていた。視線が交差した瞬間、彼女の緑の瞳が見開かれた。顔に浮かんだ驚きは、瞬く間に計り知れない安堵の表情へと溶けていった。時間を惜しむように、彼女は足早に入ってくると、サイドテーブルの上にトレイを適当に置いた。


「もうダメかと思ったわよ、リアム!」


 残された距離も気にせず、ディナは僕めがけて飛び込んできた。


 不意に、僕の体はひどくきつく抱きしめられた。彼女の体温が服越しに伝わり、心を落ち着かせる甘い香りが鼻腔をくすぐった。それに……ちょっと待て。僕の胸を圧迫しているこの柔らかくて弾力のある感触は……。僕の顔は一瞬で熱くなった。


「ありがとう、もう大丈夫だよ」

 少し息苦しそうな声で答えながら、右手でためらいがちに彼女の小さく震える背中を軽く叩いた。

「ところで、僕、どのくらい気を失ってたの?」

 普通に息ができるよう、彼女の腕からゆっくりと身を引きながら重ねて尋ねた。


「二日くらいよ」

 ディナは少し潤んだ目尻を手の甲で拭った。

「あの路地であなたが急に倒れたときは本当にびっくりしたわ。できる限り急いで教会へ運んだの。そしたら偶然にも、ノア神父様が直々に治療を手伝ってくださったのよ」


「ノア神父様?」

 大聖堂で出会ったあの黒衣の謎めいた青年の記憶を手繰り寄せながら、僕は眉をひそめた。


「ええ」

 ディナは力強く頷いた。

「あの方の治癒魔術のおかげで、当初の予想よりもずっと早く回復できたのよ」


「ごめんね、ディナ。迷惑をかけて」

 膝の上の毛布へと視線を落としながら、僕は言った。

「たくさん面倒をかけてきたのに、その上こんな風にずっとお荷物になってばかりで……治療費、すごく高かったんじゃないの?」


「ううん、そんなことないわ」

 ディナはピンクの髪を揺らしながら、強く首を横に振った。

「ちっとも迷惑なんかじゃないわよ」

 彼女は優しく微笑み、僕の手の甲を握った。

「それに治療費のことだけど、ノア神父様は一銭も受け取らなかったの」


「それって……タダだったってこと?」

 信じられない思いで目を丸くし、彼女をまじまじと見つめた。


「ええ」

 ディナは肩を軽くすくめ、唇に薄い笑みを浮かべた。

「それが神職としての務めだから、ですって」


「ふーむ……」

 僕は顎を軽く撫でた。


 無償で治癒魔術を施してくれる謎の神父だと? この世にタダ飯なんて存在しない。アリョーシャ・ノアというあの男……どう考えても怪しすぎる。


「この二日間何も食べてないでしょう。だからご飯を持ってきたの」

 ディナはトレイの上から木製の椀を差し出した。表面から細い湯気が立ち上り、煮込んだ麦とかすかな出汁の香りを運んできた。


 椀の中身を見下ろした。麦粥だ。ナターシャがよく食べていたのとまったく同じ、青白い黄色をしていた。この家でのこれまでの食事体験を思い出し、僕の期待値は急降下した。


「ほら、口を開けて。食べさせてあげる」

 ディナは気負いなくそう言うと、粥をスプーンですくい、フーフーと軽く吹き冷ました。


 僕は目を見張った。食べさせてもらう? 寝室で美少女に?


 途端に両頬にカッと血が上るのを感じた。慌てて両手を上げ、焦りながらその申し出を断った。

「ま、待って! 自分で食べられるよ、ディナ! 腕が折れてるわけじゃないんだから!」


 ディナは何度か瞬きをし、それから面白がるような視線を露骨に向けてきた。悪戯っぽい笑みがその唇に浮かぶ。

「あらあら、もしかして綺麗なお姉ちゃんに食べさせてもらうのが恥ずかしいのかしら? 照れなくていいのに。リアムはまだ子供なんだから」


『子供じゃない! 僕の精神年齢は二十一歳の成人男性なんだぞ!』

 心の中で叫びながらも、手はおとなしく彼女の手から椀と木のスプーンを受け取っていた。


 粥を一口口に運んだ。味はなく、舌の上で抵抗もなく崩れ、塩気もほとんど感じられなかった。

 しかし……その温もりはゆっくりと喉を通って流れ落ち、二日間空っぽだった胃袋へと染み渡っていった。どういうわけか、この味のなさが逆にひどく心を落ち着かせてくれた。


「美味しい?」

 片手で頬杖をつきながら、僕をじっと見つめて彼女が尋ねた。


「うん。すごく助かるよ」

 僕は素直に返し、黙々と咀嚼を続けた。


 食べながら、左手をそっと毛布の下へと滑り込ませ、あの路地のチンピラに容赦なく叩きのめされた腹と肋骨のあたりを触ってみた。


 目が少し見開かれた。


 なだらかだった。


 折れた骨の出っ張りもない。押しても突き刺すような痛みはない。全身を覆っていたはずの青紫色のあざすら、跡形もなく消え去っていた。僕の命を奪いかけたあの凄惨な蹴りがまるで幻であったかのように、肌は元通りになっていた。


 治癒魔術の力……これは本当に常識外れだ。


 地球なら、あれほどの重傷は大手術と何ヶ月もの入院治療を要するはずだ。それがここなら? 魔術だけで、たったの二日で完治してしまった。


 魔術というのは、本当に凄まじい……。


 空になった椀をトレイの上に戻した。木が触れ合う音が部屋の静寂を破った。


「ディナ……」

 二人の間に不意に降りてきた気まずさを破るように、僕は静かに呼びかけた。手で毛布の端を固く握りしめる。

「あの路地でのことなんだけど……」


 僕は視線を伏せ、彼女の緑の瞳を見つめる勇気が出なかった。

「本当にごめん。あのとき僕が躊躇したせいで……あんな酷い目に遭わせてしまった」


 声がかすかに震えた。

「引き金を引くのを躊躇った僕の間抜けさのせいで……君は奴らの餌食になりかけたんだ。本当にごめんなさい」


 僕は頭を垂れ続け、罪悪感に胸を締めつけられるままにした。椀に残った乾いた粥の跡を見つめながら、己の弱さに嫌気がさしていた。


「何を言ってるのよ、もう」


 ペシッ!


 不意に、僕の額に強烈なデコピンが直撃した。


「痛っ!」

 ジンジンと痛む額を反射的に手で押さえ、僕は声を上げた。


 顔を上げると、ディナが眉を寄せて僕を見つめていたが、そこに怒りの色はなかった。妹や弟を諭す姉のような、ただ優しい眼差しだけがあった。


「いい、リアム?」

 その口調は毅然としていながらも、温かみに満ちていた。

「本来ね、子供っていうのは子供らしく振る舞うべきものなのよ。怖ければ泣いて、大人の背中に隠れていればいいの。人を殺すことなんてしなくていいのよ」


 彼女は少し乱れた僕の金髪を優しく撫でた。

「人間に向けて武器を向けたときに手が震えたっていうのはね……あなたにまだ良心が残っている証拠よ。あなたは正しいことをしたのよ、リアム。だから、もう自分を責めるのはやめなさい」


 ディナは少し身を屈め、僕と視線の高さを合わせた。その緑色の瞳は、心からの優しさを湛えていた。

「それに、あのチンピラが胸糞の悪い暴言を吐いたとき、あなたは全力で立ち向かって私を庇おうとしてくれたじゃない。それだけでも、私にとっては十分すぎるくらい嬉しかったわ」


 彼女の唇に柔らかな微笑みが浮かび、僕の胸に残っていた不安を綺麗に洗い流してくれた。

「私のために本気で怒ってくれる人がいるって分かって、本当に嬉しかったんだから」


「でもね」

 ディナは手を引っ込め、胸の前で腕を組んだ。その表情は真剣なものへと変わり、ベテラン冒険者としての空気を漂わせた。

「あの出来事は、あなたにとっても貴重な教訓にしなければならないわ」

 彼女の声のトーンは少し重くなり、深い真剣さを滲ませた。

「あなたのあの奇妙な武器は確かに強力よ。でも、あれが手から離れたり使えなくなったりした瞬間、あなたは手も足も出ない無防備な標的になってしまうの」


「ましてやエルフという身の上を考えれば、そんな状況はあまりにも危険すぎるわ」


「これから先、あなたはもっとずっと危険な脅威に直面することになるはずよ。私がいつだってあなたの側にいて守り続けられるわけじゃないの」


「だからこそ、自分の身を守るための力を持たなきゃいけないのよ」

 ディナは晴れやかに微笑み、その緑の瞳は熱意に輝いていた。

「前の約束通り、明日の朝から魔術を教えてあげる! せめて身を守るための基礎魔術だけでもね。あなたはエルフなのよ、リアム。その体に眠る魔術師としての素質をドブに捨てるなんて、勿体なさすぎるもの」


 心臓の鼓動が一段と跳ね上がった。魔術を学ぶ? ついに!


「本気なの、ディナ?」

 期待に目を見開きながら、僕は熱っぽく尋ねた。


「当たり前でしょ! 魔術師は一度口にした言葉を曲げたりしないわ」

 彼女はウインクをしながら頼もしく答えた。

「そうそう、ガレンからも言付かっているのよ。明日の朝、お見舞いに顔を出すって。あなたの容態をすごく心配してたんだから」


「あの人……また僕に小言を言いに来るに決まってるよ」

 僕のことをあれほど気にかけてくれていると知り、胸に温かいものが広がるのを感じながらも、僕は苦笑いを浮かべて呟いた。


 ディナは木製の椅子から立ち上がり、スカートの皺を直した。

「それじゃ、トレイは下に持っていくわね。もう一眠りしなさい。明日はあなたにとって長い一日になるんだから」


「ありがとう、お姉ちゃん」

 僕は冗談めかして返した。


 ディナは舌をペロッと少しだけ出すと、踵を返して扉の向こうへと姿を消した。


 ディナが去ると、部屋は再び静寂に包まれた。満腹になった腹が誘うはずの睡魔は、なぜだか綺麗さっぱり消え失せていた。


 毛布を跳ね除け、ベッドから降りた。部屋の隅にある木製の窓へと足音を忍ばせて歩み寄る。窓枠を押し開けた。


 ギィ……


 ヴェニンブルクの街の夜風が一気に顔を撫で、夜露と暖炉の煙の匂いを運んできた。二つの銀の月が夜空に傲然と浮かび、古典的な西欧風の建物が並ぶ屋根の連なりを淡い光で照らしていた。


 階下の赤レンガの通りは人通りも途絶え、街灯のランタンが放つ魔導の光だけがぼんやりと道を照らしていた。


 不意に、耳が特徴的な規則正しい音を捉えた。


 パッカ……パッカ……パッカ……


 大通りの方角から、一台の馬車がほどよい速度で走ってきた。だが、ジョナスのあの粗末な荷馬車とはわけが違っていた。その馬車は目を見張るほどの豪奢な気品を放っていた。車体は艶やかな黒で塗られ、縁には複雑な金色の唐草模様の装飾が施されている。美しい鬣を持つ二頭の白馬が、優雅な足取りでそれを引いていた。


 その豪華な馬車の進む先を目で追った。馬車がちょうど僕の部屋の窓の真下を通り過ぎたとき、街灯のかすかな光が透明な窓ガラスを透かした。


 一瞬、時間がゆっくりと流れたように思えた。


 魔導クリスタルの白い光だけに照らされた車内の中で、一人の少女が背筋を伸ばして座っていた。その身なりは異様なほど目を引いた――胸元に金色の竜の紋章があしらわれ、金色の縁取りが施された黒い軍服姿で、一般的な貴族の女性が着るドレスとはまるで対照的だった。しかし、何よりも目を奪われたのはその髪だった。


 燃え盛る炎のような鮮烈な赤毛が、その整った美貌を彩っていた。


 二階からの僕の視線に気づいたかのように、その少女が顔を向けた。


 目が合った。一対の青い瞳が、まっすぐに僕を見据えていた。その眼差しは冷徹で、鋭く、瞬時に僕の背筋を凍りつかせた。


 視線が交差したのは、わずか二秒ほどの間だった。馬車はそのまま走り去り、謎めいた少女を乗せて石畳の曲がり角の向こうへと消えていった。


 僕は窓辺に立ち尽くし、息を呑んでいた。


「赤毛の軍服の少女……誰なんだ?」

 僕は呟いた。彼女の放っていたオーラは、明らかにただ者ではなかった。アニメに出てくる女将軍のキャラクターを思い起こさせた。


 根拠のない好奇心を振り払おうと首を振り、窓を閉めて鍵をかけた。


 ベッドへと足取りを戻す。柔らかなマットレスの上に体を横たえ、暗い木製の天井を見つめた。頭の中は、明朝の魔術訓練への期待で満たされていた。


 ゆっくりとまぶたが重くなり、僕の意識は暗闇の中へと沈んでいった。

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