第22章:野心
文字がかすれかけた木製のメニュー看板から、唯一名前のわかる料理である肉のステーキを注文した。僕の頭の中では、ステーキといえばミディアムレアに焼き上げられたジューシーな牛肉に、黒胡椒やキノコのソースがかけられたものだった。
だが残念なことに、現実は往々にして期待を裏切るものだ。
その料理は、縁の欠けた木皿に乗って運ばれてきた。何の動物かもわからない肉の塊――老いた牛か、あるいはイノシシだろうか――がそこに転がっていた。色は濃い茶色で、ところどころ黒焦げになっており、ソースも付け合わせもない。ただ粗い白い結晶の粒が上に振りかけられているだけだった。
一方、ディナは美味しそうな黄色い麦粥を注文し、ガレンは大ジョッキ一杯のエールだけを頼んでいた。
僕は用意された木製のナイフとフォークを手にとった。表面はざらついており、ろくに研磨されていないのは明らかだった。
ギコギコ。
この肉を切るには余計な力が必要だった。筋が硬く、ナイフの刃を跳ね返してくる。数秒格闘した末、ようやく一口大に切り分けることに成功し、それを口に運んだ。
僕の顎の動きが一瞬止まった。
「……」
不味い。
単に「味付けが薄い」というレベルではない。これは不味さそのものの定義だった。
粗塩の鋭く苦みのある塩辛さが舌を直撃し、肉の強烈な生臭さを覆い隠そうとして――見事に失敗していた。ニンニクも、胡椒も、いかなる香辛料の香りもしない。肉は硬くパサついており、まるで焼き網の火によって生命の水分をすべて吸い尽くされてしまったかのようだった。
僕はその肉塊を無理やり飲み込み、ざらざらとした食感が喉を下っていくのを感じた。
なんなんだこれは?
頭の中に、以前読んだ異世界小説の数々が浮かんできた。そこでは主人公たちが異世界の料理をよく絶賛していたものだ。
『わあ、この魔物の肉、すごく美味しい!』とか、『純粋で自然な味わいだ!』とか。
デタラメだ。
あいつらの舌は麻痺しているのか? それとも味覚の基準がそこまで低いのか? うま味調味料や香辛料が当たり前の現代に二十一年間生きてきた人間として、これを食べるのは石器時代に逆戻りしたような気分だった。味が薄くて不味いことで有名なイギリス料理ですら、この銅貨三十五枚の「ステーキ」より十倍は美味しいはずだ。
フォークを置き、賑わう街の通りを見つめた。人々が行き交い、笑い合い、値段の交渉をしている。平和な街だ。しかし、彼らの食べ物は……不味い。
「わけがわからないよ」
テーブルの沈黙を破り、僕は呟いた。
静かに麦粥を口に運ぶディナと、命の水であるかのようにエールをあおるガレンを見つめた。
「このアヴァロン島って温暖な気候なんだよね? 空気も暖かくて、雨も多い。地理的に見れば、こういう土地は香辛料の植物にとって天国のはずだ。胡椒、丁字、肉荳蔻、シナモン……いくらでも育つはずじゃないか」
皿の上の哀れな肉をナイフの先で指した。
「それなのに、どうしてこの料理はこんなに味気ないんだ? 塩の味と生臭さしかない。その香辛料はどこへ消えたの?」
ディナは木のスプーンをそっと置いた。ガレンはジョッキを下ろし、豊かな口髭についたエールの泡を手の甲で拭った。二人はしばし顔を見合わせた。苦々しい現実を理解し合っている者の視線だった。
「どうやら貴族の舌をお持ちのようだな、リアム」
ガレンは小さく鼻を鳴らした。嘲笑うわけではなく、どちらかといえば自嘲気味の口調だった。
「お前の言う通りだ。この島は確かに香辛料が豊富だ。『緑の黄金』、商人どもはそう呼んでいる。だがな、まさにそのせいで、俺たち庶民が口にすることなんて滅多にないのさ」
僕が怪訝そうに眉をひそめたのを見て、ディナが説明を引き継いだ。彼女は少し身を乗り出し、声を潜めた。
「単純な経済の法則よ、リアム。国外からの需要が高すぎるの」
彼女の人差し指がテーブルの上に適当な円を描いた。
「農民や採取者たちは、収穫した香辛料を地元の市場には売らないわ。大商人や貴族の代理人に直接売るのよ。そこから香辛料は綺麗に梱包されて、海の向こうのアタナシア大陸へ輸出されるの」
「貴族や商人にとっちゃ、地元民に売るよりも国外へ輸出した方が遥かに儲かるからな」
残り半分になったエールのジョッキを睨みつけながら、ガレンが付け加えた。
「ここの庶民はどうかって? 残りカスか、最低品質のものしか回ってこない。黒胡椒やきめ細かい白塩なんて、小さな小袋一つで労働者の一週間分の賃金に匹敵するんだ。大きな祭りや特別な行事のときにしか買えないよ」
僕は黙り込み、その情報を咀嚼した。
輸出による激しいインフレ、それに拍車をかける貧富の格差と、貴族が牛耳る貿易の独占。
技術的な要因も無視できない。化学肥料もなく、産業機械もなく、近代的な灌漑システムもない――彼らの農業技術はこの時代にとどまったままだ。低い生産性に高い輸出需要が重なれば……結果として庶民の手に渡る品物は枯渇する。
この世界における魔術の存在も、大して役に立っていないようだった。どうやら「奇跡」の恩恵は下層まではしたたり落ちてこないらしい。一般の民衆、とりわけ農民たちは、今なお自分たちのやり方で悪戦苦闘しているのだ。
この世界の問題も、地球と同じくらい複雑なのだと知った。土地が肥沃であっても、流通システムが壊れている。農民は香辛料を育てながらも、自分たちの食事でその美味しさを味わうことすらできないのだ。
「そうか……納得したよ」
僕は呟き、新たな敬意――あるいは憐れみ――を抱きながら、再び硬い肉を切り分け始めた。
僕たちはしばらく無言で食事を続けた。街の風が通りの砂埃と、かすかな馬の糞の匂いを運んでくる。
「ところで、リアム」
今度のガレンの声は重々しかった。僕は顔を上げた。彼の茶色い瞳が、僕の頭をじっと見据えていた。
「昨日から気になっていたんだが、どうしてお前はその頭の布を一度も脱がないんだ? 食事中すらそのままだろう?」
心臓がドクンと一つ跳ねた。
反射的に頭のニット帽に手が伸びた。その裏で、尖った耳の先端が押し込められている感触が伝わってきた。
僕は笑った。自分自身の耳にさえ不自然に聞こえる笑い声だった。
「あ、これ……その……あのさ……」
言い訳を探しながら、僕は顔を背けた。
「僕の頭……ハゲてるんだ。うん、頭頂部が。まだ子供なのにハゲててさ、人に見られるのがすごく恥ずかしいんだよ、あはは……」
静寂。
誰も笑わなかった。ディナは片眉を上げて僕を見つめた。ガレンは、『俺を馬鹿にしてるのか?』とでも言いたげな無表情で僕を見据えていた。
あまりにも馬鹿げた言い訳だった。異世界の基準からしても無理がありすぎる。
僕は大きく息を吐き、がっくりと肩を落とした。彼らに嘘をつくのは筋違いだと感じた。
身を前に乗り出し、近くへ寄るよう手招きした。
「本当はね……」
通り過ぎる馬車の音にかき消されそうな小声で、僕は囁いた。
「僕……エルフなんだ」
ディナの目がまん丸に見開かれた。ガレンがエールで少しむせた。
「エルフ?」
ディナが声を出さずに唇だけで繰り返した。
僕は力なく頷き、ニット帽の端を少しだけ持ち上げた。長く尖った耳の先端が見える程度にだけ見せ、すぐに元通り深くかぶり直した。
「隠していてごめん」
ガレンは静かにジョッキを置いた。見落としていたエルフの特徴を探すかのように、真新しい真剣さで僕の顔を観察した。
「道理でな……」
ガレンが呟いた。
「きめ細かすぎる肌に、その澄んだ緑の瞳……人間じゃないか、少なくとも混血じゃないかとは疑っていたんだ。だが純血のエルフだったとはな」
「本物のエルフを直接見るのは初めてだわ」
ディナは目を輝かせて僕の顔を観察しながら、興奮気味に囁いた。
「この街でも亜人やドワーフ、ノームならよく見かけるけれど……エルフはアヴァロン島じゃ滅多にいないもの」
「そうなのか? エルフってもっと……美形だったり、美人だったりするもんかと思ってたがな」
ガレンは率直に、あまりにも率直に口にした。
「お前は……まあ、普通に見える。その耳以外はな」
「おい、聞こえてるんだけど」
僕は不貞腐れて抗議した。
「ははは、悪い悪い」
ガレンは笑いながら僕の肩を叩いた。
「冗談だよ。同年代の子供と比べりゃ、ずっと整った顔立ちをしてるさ」
その褒め言葉に、僕は顔を赤らめた。
ディナは頬杖をつき、希少な標本を解剖するかのような視線で僕の顔を観察した。
「リアム、あなたはどの種類のエルフなの? ハイエルフ? 普通のエルフ? ダークエルフ? それともハーフエルフ?」
「それって何が違うの?」
「全然違うわよ。ハイエルフは上位種族なの。他の種族よりも魔術師になる素質が格段に高くて、寿命も真竜と同等のほぼ不老不死よ。魔術協会の代表もハイエルフだわ。ただ、他のエルフに比べて子供ができにくいから、人口は極端に少ないけれどね」
ディナは指を一本立てた。
「普通のエルフは……まあ、生物学的には私たち人間に近いの。不老不死じゃなくて、寿命も百歳程度だし、普通に繁殖するわ。人間と比べた唯一の長所といえば、容姿が整っていて、魔術の才能が私たちより少し高いくらいね」
「じゃあダークエルフは?」
僕は尋ねた。
「基本的には普通のエルフと同じよ。肌の色が褐色だってことくらいしか違いはないわ」
「で、あなたはどれなの?」
僕は力なく首を横に振った。
「正直、わからないんだ。記憶に靄がかかっていてね。あの森で目を覚ましてから、自分の過去も家族のことも何も思い出せないんだ」
僕は自分の手のひらを見つめた。
「覚えているのは自分の名前、リアム・アシュフォードと、自分がエルフだってことだけなんだ。それ以外は……真っ暗だ。幸いにも、黒い森で生き延びるのを助けてくれる加護があることには気づけた。あれがなかったら、みんなに出会う前に飢え死にしていただろうね」
「記憶喪失か……」
ガレンは何度も頷いた。
「お前がこの世界について何も知らない様子だった理由も、それで合点がいったよ」
ガレンは僕を鋭く見つめた。その顔から笑みが消え、テーブルの空気を冷え込ませるほどの真剣さに取って代わられた。
「いいか、リアム。俺たちはお前がエルフだろうが、人間だろうが、ゴブリンだろうが気にしない――あ、訂正だ、ゴブリンだったらとっくに首を刎ねてるな。要するに、お前は俺たちの仲間だ。それは変わらない」
その言葉に胸が温かくなったが、ガレンの表情を見て僕は笑うのをとどまった。
「だが、他の連中が俺たちほどお人好しだと思うなよ」
彼はさらに身を乗り出し、その声は鋭い警告の囁きとなった。
「その頭の布はかぶり続けておけ。人前で軽々しく耳を見せるな。人間か、耳の長い亜人として誤魔化すんだ」
「どうして?」
胃がきりきりと痛むのを感じながら、僕は尋ねた。
「お前には高い値がつくからだ」
ガレンは冷淡に答えた。
ディナが頷いた。その顔には深い嫌悪感が浮かんでいた。
「エルフはアタナシア大陸にある自分たちの帝国領から滅多に出ないの。ここアヴァロン島では、エルフはとても希少な存在よ。奴隷商人なら、あなたのような若くて健康なエルフ一人に金貨数百枚を払うわ」
「そしてエルフの奴隷の行く末は……」
ディナは下唇を噛み、言葉を続けるのをためらったが、意を決して口にした。
「腐った貴族たちに狙われて……性奴隷にされることが多いわ。それどころかもっと酷い場合は、魔術回路を抉り取られて売り捌かれるのよ」
顔から血の気が引いていくのを感じた。さっきの硬い肉のせいですでに失せかけていた食欲が、完全に吹き飛んだ。
『捕まったら待ち受ける運命は二つに一つだ! 性奴隷にされるか、器官を奪われて死ぬかだ!』
くそっ、なんなんだその二者択一は?
「それが現実だ」
ガレンが付け加えた。
「だが、一生隠れ住むことなく、この王国で庇護を得る方法が一つだけある」
「何?」
「エヴァ教会に入ることだ」
「教会?」
「ええ。ルシ王国の多数派の宗教よ」
ディナが説明した。
「エヴァ教の教義の根幹の一つに、『神の前ではすべての種族が平等である』という教えがあるの。人間の街なのにたくさんの亜人を見かけるのもそれが理由よ。教会が人種差別を禁じているからなの」
「教会に入るか、少なくとも連中の庇護下に入れば、非合法の奴隷商人どももお前を公然と捕まえることなどできなくなる」
ガレンが続けた。
「だがな……」
彼は僕を上から下まで見つめた。
「お前のそんな性格を見ていると、教会向きとは思えんがね」
僕は苦笑いした。
「だから今のお前にとって最善の選択肢は、強くなることだ。とことん強くな」
ガレンが締めくくった。
「あるいは高ランクの冒険者になって強力な後ろ盾を得るかだ。その時が来るまでは、秘密を死守しろ」
「みんなは僕を売ったりしないよね?」
半分冗談、半分本気で僕は尋ねた。
「金貨数百枚なんて……大きな誘惑だよ」
ガレンは鼻を鳴らし、僕の頭を乱暴に叩いてニット帽をずらした。
「俺たちを侮辱するな、小僧。恩を仇で返すほど落ちぶれちゃいない。俺たちにだって誇りがある」
「ありがとう」
僕は心から言った。計り知れない安堵感が胸を満たした。
「さて、もう行くぞ」
ガレンが立ち上がり、テーブルの上に銅貨を何枚か置いた。
「待って」
僕は引き止めた。金袋を取り出し、テーブルの上に銅貨を何枚か置いて三人分の会計を済ませた。
「言っただろ、今日は僕が奢るって。みんなにはすごく助けてもらったんだから」
ガレンは薄く笑った。
「わかったよ、大金持ちのエルフの旦那。遠慮なくご馳走になるさ」
僕たちは席を立ち、食べ残した硬い肉を後にした。トムが治療を受けている大聖堂へと向かって歩き出す。
歩きながら、さっきの会話に思考が戻っていった。
「ところでディナ」
足音のリズムを崩しながら尋ねた。
「さっき言ってた帝国って……エルフたちが住んでいる場所は、どんな国なの?」
ディナは顔を向け、指で顎をトントンと叩いた。
「正直、あまり詳しくは知らないの。かなり専門的な知識だから。昔、魔術学院にいたときに読んだ地理の本で知っている程度よ」
彼女は思い出すように、しばらく空を見つめた。
「アタナシア大陸の強国の一つだと言われているわ。他の大国と違うのは、極端に閉鎖的だってことね。鎖国主義よ。国境は常に軍隊によって厳重に警備されていて、外の人間が入るのも、交易を行うのもひどく困難なの」
「そうなんだ……」
僕は呟いた。閉ざされた国か。
「確か、その国の名前は……」
ディナは眉をひそめて言葉を詰まらせた。
「レヴァナ連合帝国だ」
ガレンが不意に口を挟んだ。重く確信に満ちた声だった。
ディナが指をパチンと鳴らした。
「そう、それよ! 珍しく物知りね、ガレン。どこで知ったの?」
ガレンは誇らしげにニヤリと笑った。
「トムだ。あの本の虫が、酒を飲んだときに世界の政治情勢について長々と説教してくれたんだよ。潜在的な敵を知っておくのは重要だからな」
「連合帝国、か……」
僕はその名を繰り返した。
「なんだか……権威主義的な国家に聞こえるね」
「その通りだ」
ガレンは真面目な顔つきになって頷いた。
「あそこの統治体制は、こっちとは根底から違うとトムが言っていた」
「何が違うの?」
「中央集権だ」
ガレンが答えた。
「レヴァナでは皇帝が絶対の法だ。軍事も経済も領土もすべて一手に握っている。あそこの貴族は肩書を与えられた官僚にすぎず、私兵も持っていない。すべてが皇帝のものだ」
ガレンは遠くに見える領主の城を指差した。
「ここルシ王国とは大違いだ。こっちには公爵、伯爵、男爵といった連中が実質的な権力を持っている。自分の領地を持ち、勝手に税を取り立て、私兵まで抱えているんだ。忠誠の誓約によって形式上は王都の王に従っているが、実態はそれぞれの領地の小王様のようなものさ」
「権力が分散しているんだね」
僕はまとめた。
「そうだ。だからこそ貴族同士の国境紛争が絶えない」
ガレンが付け加えた。
「唯一の例外が、このヴェニンブルクの街だ」
「どうして?」
「ヴェニンブルクは黒い森に直接面した、ルシ王国の最重要都市の一つだからだ。勢力図の上ではエイブラハム公爵の領地に属しているが、実際には王家が直接統治している。今の総督も王族の一人だ」
僕はスポンジのようにその情報を吸収しながら、静かに頷いた。
奴らはまだ封建制度を使っているのか。
この政治構造がもたらす意味を分析しようと、頭が急速に回転し始めた。
表面的には、封建制は安定しているように見える。だが僕のように現代世界の知識を持つ者から見れば、これは隙だらけの体制だ。
権力が分散しているということは、王が国家を完全に掌握できていないことを意味する。貴族たちが不満を抱いて反乱を起こすことも、互いに足を引っ張り合うこともあり得る。
ジャケットの襟の陰に隠しながら、唇に薄い笑みを浮かべた。
これは好機だ。
自らの勢力を築き上げるための肥沃な土壌だ。
中央集権のレヴァナ帝国で何かを起こそうとすれば、牙を剥いた瞬間に皇帝の全力によって叩き潰されるだろう。だがここは? 分裂した封建国家の中だ。
金と……武器さえあれば……。
この世界に来て以来、僕を大いに助けてくれたチート能力のことを思い浮かべた。
現代の軍事技術と元の世界の政治知識があれば、ここで自分の領地を持つことなど決して不可能ではない。
もしかすると……自分自身の自治区を立ち上げられるのではないか? あるいは……近代的な独裁共和国を?
狂気の沙汰に思える発想だったが、考えれば考えるほど理に適っているように思えた。
庇護を得るために教会の手下になる?
お断りだ。他人の慈悲に自分の運命を預ける気などない。奴隷にされるのを恐れて一生隠れ住むのか?
それはネズミの生き方であって、人間の生き方ではない。
自らの自由を――そして自分の首の安全を――保障する唯一の方法は、最も強力な武器を手にする側に回ることだ。自分自身の国家を持ち、軍隊を持てば……誰が僕を奴隷にできるというのか?
「リアム? またぼーっとしてるの?」
ディナの声によって現実に引き戻された。
「あ、ごめん」
頭の中に芽生えたばかりの野心を隠しながら、僕は微笑んだ。
「ただ……この世界の複雑な政治に圧倒されていただけだよ」
「政治なんて頭が痛くなるだけだ」
ガレンが愚痴をこぼした。
「魔物の倒し方でも考えてる方がずっとマシだぜ」
「うん、確かに政治は面倒だよね……」
僕は静かに呟いた。
彼らの後ろを歩きながら、口元に薄い笑みを浮かべた。
賑わうレンガの歩道を進み続けた。
不意に、うなじのあたりに奇妙な感覚を覚えた。
風の冷たさではない。誰かの視線、あるいは複数の視線が僕を見つめていることを知らせる、第六感のような本能的な警告だった。
反射的に通りの反対側、逆方向に行き交う人々の流れへと視線を向けた。
そこ、粗末なチュニックを着た現地の人混みの中に、ひときわ異彩を放つ集団がいた。あまりにも目立っていた。
七人。男が五人、女が二人。
冒険者の装備を身につけていたが、その佇まいには何とも言えない違和感があった。
大柄な男が先頭を歩き、肩に大剣を担いでいた。銀色の胸当てを着けていたが、その品質は……粗悪だった。金属は薄すぎ、鈍い光を放ち、安価な量産品のように見えた。ガレンの重厚な鎧とは大違いだ。
駆け出しのタンクだな、と推測した。
その後ろには弓と剣を持った二人の女、残りの男二人は短剣二本と槍をそれぞれ手にしていた。
僕の足を止めさせかけたのは、彼らの冒険者パーティーの構成ではない。そうではなく……。
彼らの顔立ちだった。
金髪や赤髪、明るい茶髪に西欧風の顔立ちをしたコーカソイドが大半を占めるこの世界にあって……彼らは異様に目立っていた。
艶やかな黒い直毛。濃い茶色や真っ黒な瞳。石鹸で手入れされているのが明らかな、日焼けもしていない白磁のような肌に現代的な顔立ち。その骨格も東アジア人のそれだった。
そしてその見た目は……ひどく若かった。十五か十六歳程度だろう。
視線が交差した。
僕を見た彼らの目が大きく見開かれた。幽霊でも見たかのような驚愕の色が走る。
僕の頭の中に一つの結論が閃いた。
あいつら、絶対に地球から来た人間だ!
身なりがあまりにも清潔で、現代的で、この中世の街の住民にしてはあまりにも「アジア人」すぎた。
雑踏の中、張り詰めた一秒が過ぎ去った。
僕は視線を逸らした。
一方的に視線を断ち切り、ニット帽をさらに深くかぶり直して、目の前にあるガレンの広い背中に視線を戻した。今あいつらと関わりを持つ気はなかった。
向こうも僕に声をかけるつもりはないようで、そのまま通り過ぎていった。大海原で互いを認識しながらも無言ですれ違う二隻の船のようだった。
「どうしたの、リアム?」
ディナの声に緊張が解けた。僕の足取りが緩んでいたのに気づいて、彼女が振り返った。
「何でもないよ」
できる限り平然を装って答えた。
晴れ渡った朝の空を見上げ、高鳴る鼓動を鎮めようとした。手元のデジタル腕時計に目をやる。
画面には08:20という数字が点滅していた。
太陽の位置と建物の影を見比べた。腕時計の表示よりも、実際にはもう少し時間が進んでいるようだった。
「あ、そうか」
時計の側面にある調整ボタンを押しながら、僕は小さく呟いた。
「時間を合わせなきゃ」
「昨夜見た時計塔と僕の時計には一時間のズレがあったはずだから、今は……」
ボタンを何度か押し、数字を09:20へと変更した。
時刻合わせ完了だ。
「行こう」
ディナに声をかけ、ガレンに追いつくために歩足を早めた。




