第18章:街への到着
ガレンの声が僕の温かい夢の霧を突き破り、耳障りで場違いに響いた。
「リアム、起きろ。ディナもだ」
まぶたが糊付けされたかのように重かった。体全体が抗議の悲鳴を上げ、このざらついた小麦の袋の心地よい温もりから動くことを拒んでいた。馬車の単調な揺れは、完璧な子守唄になっていたのだ。
「あと五分……」
眠気の残るかすれ声で呟いた。意識はまだ夢の世界を漂っていた。
「あと五分もしたら、ジョナスがお前をこの小麦の袋ごと馬小屋へ運んじまうぞ」
今度は冗談抜きの鋭い声が返ってきた。
一瞬で目が覚めた。
冷たく湿った夜の空気が、現実を突きつけてきた。関節がきしむ音を立てる中、僕は体を強張らせて起こした。荷台の後ろの開口部には、ガレンの大きな影が立ちふさがり、外のかすかな光を遮っていた。その隣では、御者のジョナスが皮肉っぽい視線を僕に向けていた。
ディナはすでに降りており、眠そうな目をこすりながらおぼつかない足取りで立っていた。
「降りろ、ガキ」
ジョナスが舌打ち交じりに言った。
僕も彼を睨み返しながら飛び降りた。硬い石の上に足が着地し、ふくらはぎにピリッとした痛みの衝撃が走った。
『そんな目で見るなよ、オヤジ。言われなくても降りるっての』
僕は心の中で愚痴をこぼした。
馬車は待ってはくれなかった。けたたましい車輪の軋み音を立てて、街に入ろうとする人々の列を追い越し、先へと進んでいった。
城壁が見えた。
ただの壁ではない。灰色の空を支えているかのような巨大な石の防壁であり、壮大なロマネスク様式の建築で築かれていた。巨大な花崗岩の切石で造られた表面は薄暗い光の下で濡れて鈍く光り、ところどころに苔が生え、これまで経てきた幾何もの世紀の無言の証人となっていた。
「壁が……すごく大きいな」
思わず呟いた。視線でその頂を追おうとしたが、まるで雲と一体化しているかのようだった。左右を見渡すと、城壁は見渡す限りまっすぐに延び、草原と森を切り裂いて遠くの彼方へと消え去っていた。
「高さ十五メートルくらいあるのかな?」
疲労も忘れ、純粋な感嘆を込めて僕は尋ねた。
「正確には十七メートルだ」
ガレンの背中からトムが訂正した。
「すごいな……まさかこの壁、島全体を分断しているのか?」
「ああ、北端の海岸までな」
ガレンが短く答えた。
視線を正面の門へと移した。分厚い鉄の扉で閉ざされた巨大な石のアーチ門だ。その両脇には、二人の衛兵が立っていた。銀色に輝く穂先の槍を握り、彫像のように微動だにせず佇んでいる。
彼らの身につけている鎧が僕の目を引いた。全身を覆うフルプレートアーマーで、やや外側に広がった肩当てと、バイザーの開閉ができる兜を備えていた。その胸当てのまさに中央には、一匹の黒竜の紋章が刻み込まれていた。
このような鎧は、小さな工房の鍛冶屋が手作業で作ったものには見えなかった。鋼の板はあまりにも均一で、継ぎ目も精密すぎた。蒸気機関のない世界でこの精度と強度を実現するには、水力を利用して巨大な槌を動かす水力破砕機のような技術をすでに確立し、人の手を遥かに超える力と速度で鋼を鍛造しているに違いない。
少なくとも金属加工技術の面においては、彼らは中世の終わりに位置していた。
「ぼさっと突っ立ってないで行くぞ。もう日が暮れる」
ガレンの声にハッとした。彼は僕たちの先を歩き出した。
急いで後を追い、疲れた様子のディナの隣に並んだ。
「大きな街に入るのは初めて、リアム?」
彼女が優しく尋ねた。
「うん。中がどんな風になっているのか、すごく気になって」
「それなら、もうすぐ見られるわよ」
僕たちは他のいくつかの集団の後ろに並んだ。身につけている革の服や軽鎧を見るに、そのほとんどは冒険者のようだった。中には小さな角が生えた狼のような奇妙な獣を連れている者もおり、使い魔か騎乗用の動物なのだろう。
外は暗かったが、この門の周辺は明るく照らし出されていた。煙を上げるオレンジ色のありふれた松明の光ではない。ここの明かりは青みがかった白色で、壁の側面に吊るされた水晶のランタンから放たれていた。その光は安定しており、まるでLEDライトのようだった。
門の衛兵たちは一人一人を入念に検査していた。
「通行証は?」
彼らは厳格ながらも礼儀正しい口調で尋ねた。
心臓の鼓動が少し速くなった。通行証なんて持っていない。身分証すらないのだ。
「どうしたの、リアム?」
僕の不安を察したのか、ディナが振り返った。
僕はぎこちなく笑い、両手の指先をいじった。
「あの……身分証も入市許可証も持ってないんだ」
ディナはくすくすと笑った。
「あは、何かと思えば」
「え?」
「心配いらないわ。ちゃんと入れるから。ほら、私たちの番よ」
兜のバイザーを上げ、二十代前半ほどの若い顔を覗かせた衛兵の一人が、僕たちを見て破顔した。
「ガレン! ディナ! 無事に戻ってこれたんだな! 非番のときに代番の同僚から聞いたぞ、二日前にダイアウルフの討伐依頼で出て行くのを見かけたってな」
彼は僕たちの姿を上から下まで見つめた。
「あんたたち……あまり無事そうには見えないが。それにトムは……」
「どうしてこんなことになったんだ? ガレン、お前のパーティーにはディナもいるんだろ? ダイアウルフみたいな下等なCランクの魔物に、あんたたちがここまで追い詰められるなんて信じられないぜ」
彼の視線がついに僕へと向けられ、兜の隙間から値踏みするように見つめられた。好奇心に満ちた一対の青い瞳が見えた。
「このガキは誰だ?」
「リアムだ。森で見つけたから連れ帰った」
ガレンが答えた。
「それと、俺たちがどうしてこうなったかはお前に関係ないだろ」
ガレンは顔を背け、トムを背負ったまま足早に城門をくぐり抜けていき、僕とディナの二人を取り残した。
「あいつ、どうしたんだ? 俺、何かまずいこと言ったか?」
「ごめんなさいね、ロロ。ガレンが無愛想で」
「いいさ、ディナ。あいつのあんな性格は子供の頃から慣れっこだ。で、その子の入市許可が欲しいんだろ?」
「ええ。これ、銀貨一枚よ」
ディナはすぐに腰の革袋に手を入れ、きらりと光る銀貨を一枚手渡した。
ロロは僕をしばし見つめた。
「ヴェニンブルクの街へようこそ、坊主」
「ありがとう」
僕は頷いて返した。
「それじゃあ、行くわね」
「ああ」
ディナが城門へと歩き出し、僕はその後ろをついていった。
「ディナ、ちょっと待ってくれ!」
「何?」
「いや……何でもない」
「特に何もないなら行くわよ。おいで、リアム」
僕たちは門を通り抜けた。城壁の厚みは凄まじく、内部には詰所のような空間があり、ランタンの明かりの下で数人の兵士が報告書を書いていた。
僕は後ろを振り返った。ロロという男は兜を脱いでいた。その顔には明らかな落胆の色が浮かび、深くため息をついていた。
僕は以前にも、あのような表情を見たことがあった。
自分自身に失望している人間の表情だ。
城壁の端に立っていたガレンの元へと歩み寄った。
「ディナ、俺は治療のためにトムを先に教会へ連れて行く」
僕たちが追いつくと、ガレンが言った。
「お前はリアムを連れて先に家に帰ってろ。トムを教会に預けたら、後でお前の家へ行く」
「わかったわ」
ディナが頷いた。
ガレンとトムは別れ、違う方向へと歩いていった。ディナと二人きりになった僕は、口を少し開けたまま目の前の光景を見つめていた。
「ここが……異世界の街……」
「行くわよ、リアム。私の家へ」
ディナが歩き出した。
完全に方向感覚を失った僕は、雛鳥のように彼女の後を追った。金もなければ、宿もなく、身分証もない。今の僕に残された道はただ一つ、彼らの親切にすがるしかなかった。
それにしてもこの街は……僕が思い描いていた中世の都市の予想を遥かに超えていた。
歴史の教科書にあるような不潔な中世の街ではない。人や動物の糞尿にまみれた泥だらけの道はない。鼻を突くアンモニア臭もしない。
2026年のフランスのパリでさえ、至る所から悪臭が漂っていたというのに、ここにはそれがなかった。
まるでスイスの街のように、清らかで澄み切っていた。
道路は整然と敷き詰められた赤レンガで舗装されている。両脇には鉄格子の蓋がついた側溝があり、水が滞りなく流れていた。
建物は石と木で造られた西欧風の造りで、ガラス窓や鍛鉄のバルコニーが設えられていた。頂部の水晶から白い光を放つ街灯の柱が通りの隅々を照らし、大理石の彫像や美しい噴水を浮かび上がらせていた。遠くには巨大な時計塔がそびえ立ち、その針は18:30を指していた。
しかし、奇妙なことに……静まり返っていた。通りにはほとんど人通りがなく、足早に行き交う人が数人いるだけだった。
『ヴェニンブルクの街の夜は、いつもこんなに静かなのだろうか?』
「想像していた中世の街そのままだ」
僕は呟いた。
「え?」
ディナが振り返った。
「ううん」
首を横に振った。
「ただ、ルシ王国の街は全部こんな感じなのかなって聞きたくて」
ディナは少し考えた。
「いいえ。私の知る限り、王都やヴェニンブルクのような幾つかの大都市だけよ。他の小さな街はもっと……まあ、素朴ね」
「どうして?」
「ヴェニンブルクが黒い森への玄関口だからでしょうね」
前方の通りを指差しながら彼女は答えた。
「ルシ王国中から冒険者や商人が集まる中心地なのよ。ここはお金の巡りが早いの。もっとお金を引き寄せるためには、街の見栄えを良くしておかなきゃいけないでしょう?」
「それに、この街はジュリア王女が直接治めているのよ」
「ジュリア王女?」
「ええ。歴代のヴェニンブルク総督と比べても、すごく有能な方なの」
「そうなんだ……」
濡れた赤レンガを踏みしめ、疲労で少し丸まったディナの背中について歩いた。二人の足音が、静まり返った通りに小さく響いていた。
「そういえば」
かすれた声で静寂を破った。
「さっきの衛兵さん……仲が良さそうだったね」
ディナは少しだけ顔を向け、薄い微笑みを浮かべた。
「ああ、ロロ? そうね。私たちの幼馴染の一人よ」
『単に仲が良いだけじゃない気がするな。あいつ、明らかにディナに好意を抱いている』
なぜだかそう考えると、胸が少しチクチクと痛んだ。
「じゃあ、みんな彼と一緒に育ったの?」
幼い頃のガレン、ディナ、トムがこの石畳の通りを駆け回る姿を想像しながら、僕は尋ねた。
「そう言えるわね」
彼女は答えた。
「違いと言えば、ロロは安全な道を選んだってこと。街の衛兵になってね。安定した収入があるわ……収入の浮き沈みが激しい私たち冒険者とは違ってね」
「門番になるのも、そこまで悪くないと思うけどね」
僕は呟いた。
「でもね」
雲の切れ間からくっきりと見え始めた二つの銀の月を見上げながら、ディナが付け加えた。
「お金だけじゃ手に入らないものだってあるのよ」
僕は答えなかった。視線を同じく双子月へと向けた。
お金では手に入らないもの……。
それは一体何なのだろう。
「ディナ、どうして……」
冒険者になる道を選んだ理由についての問いが、喉元まで出かかった。
「なあに?」
彼女は振り向き、緑色の瞳で僕を優しく見つめた。
「……ううん」
首を横に振った。胸の奥に留めておくことにした。そこまで個人的な事情に踏み込む権利は、今の僕にはない。
それから十分ほど、心地よい沈黙の中で歩いた。夜のヴェニンブルクは想像していたよりもずっと穏やかだった。冷たい空気が、すでに閉まったパン屋から漂うかすかな焼き立てのパンの匂いを運んでくる。
同じような建物に挟まれた、木と石で造られた二階建ての家の前で僕たちは足を止めた。窓からは温かく迎えるようなオレンジ色の光が漏れていた。
ディナがその重い木製の扉を押した。
ギィィ。
「お姉ちゃん、やっと帰ってきた!」
奥から小さな影が飛び出してきて、ディナの腰に力いっぱい抱きついた。
僕は玄関口に佇み、ただその光景を眺めていた。
「心配かけてごめんね、ナターシャ」
二つ結びにした妹のピンクの髪を撫でながら、ディナが優しく言った。
「中へ入ろう、お母さんが夕飯を作って待ってるわ」
ナターシャと呼ばれた幼い少女が、ようやく僕の存在に気づいた。ディナそっくりの大きな緑の瞳が、疑わしそうに僕を上から下まで見つめた。
「この人、誰?」
「ああ、リアム・アシュフォードよ」
ディナが説明した。
「森の中で会ったの。街に来るのも初めてで宿もないから、ひとまず連れてきたのよ」
「ふーん」
ナターシャは素っ気なく答え、僕を不審者でも見るかのような目で見つめ続けた。
「おいで、リアム。入って」
ディナが促した。
僕はためらいがちに敷居を跨いだ。
「ちょっと、あんた! 突っ立ってないでよ!」
ナターシャが高飛車な口調で声を張り上げた。
「お姉ちゃんが入ってって言ってるでしょ!」
「お邪魔します」
僕は靴を脱ぎ、床の端に揃えて置いた。
家の中の空気は暖かく、パンと薪の香りで満ちていた。
地球にいた頃のアパートと比べれば、ここは小屋のように狭く感じられた。だがこの世界において、この中世の時代にあっては、このような家を持つことは外にいる何千もの恵まれない人々に比べれば贅沢なことなのだろう。壁は木材で覆われたレンガ造りで、床板は磨かれてかすかに光を反射していた。部屋の隅にある石造りの暖炉が心地よく爆ぜ、部屋中に温もりを行き渡らせている。花柄のカバーがかけられた使い古されたソファに、四脚の椅子に囲まれた長方形の木製ダイニングテーブル、そして本がぎっしり詰まったいくつかの本棚。すべてが簡素で、清潔で、我が家の温かみを放っていた。
「あたしの家、どう? 素敵でしょ?」
ナターシャは顎を突き出し、誇らしげな声で尋ねてきた。
「普通だけど」
僕は何も考えず、反射的に答えた。
「な、何ですって?!」
彼女の顔が一瞬で怒りに赤く染まった。
「普通だって言ったんだよ」
僕は唇にからかうような笑みを浮かべて繰り返した。どういうわけか、こんな生意気な子供をからかうのが妙に楽しかった。見た目は完全にディナのミニチュア版だった。
「お母さん、ただいま!」
僕たちの他愛のない口喧嘩をよそに、ディナが声を上げた。
台所から中年の女性が現れた。顔には細かな皺が刻まれていたが、その瞳はディナと同じ温かさを湛えていた。淡いピンクの髪は色あせ始め、白髪が混ざっていた。
「ディナ! 無事で本当によかった!」
その女性は娘をきつく抱きしめた。
「あら、この男の子は誰?」
「あ、この子はリアム……」
ディナは僕たちが出会った経緯をかいつまんで話し始めた。
僕はディナの母親を観察した。年齢はおそらく四十代前半といったところだろう。顔に刻まれた疲労の線が、実年齢よりも老けて見せていた。服装は質素で、茶色の綿のロングドレスを着ていた。
僕は恐縮して頭を下げた。
「それじゃあディナ、早くお風呂に入りなさい。ひどい匂いよ」
母親は笑いながら言った。
「リアムちゃん、テーブルに座っててね。すぐ夕飯を用意するから。ナターシャ、新しいお友達のお相手をしてあげて」
「ありがとうございます、おばさん」
僕は素直に礼を言った。
黒いポンチョを脱いで折りたたみ、バックパックを椅子の脇に置いた。頑丈そうなダイニングテーブルの席に着く。
ナターシャが向かいの席に座り、両手で頬杖をつきながら、大きな目で瞬きもせずに僕を見つめてきた。
「あんたの服、変なの。バッグも変」
彼女は言った。
「どこから来たの? それと、どうしてずっと頭をそんな布で隠してるの?」
僕はニット帽をさらに深くかぶり直した。
「すごく、すごく遠い国から来たんだ。これは……頭を温めるためだよ」
「すごく遠い国ねぇ……」
僕の答えに不満そうに彼女は呟いた。
「その場所のこと、話してみてよ」
僕は彼女を見つめた。
「また今度ね」
僕は薄く微笑んで答えた。
「話す気になったらね」




