第四章 『それぞれの想い』①
第四章 『それぞれの想い』
七月三十一日。都内某ホテル最上階の一室。
「……それで、『MC』が持ち出したという拳銃は、その三丁だけかね?」
ソファーに深く腰をかけ、静かにそう尋ねる韮沢総理の前で、吉川長官は身を固くした。
「それが……」
「やはり、他にも?」
「はい。“コルト・パイソン”を一丁」
「それも拳銃の名前かね?」
「“357マグナム弾”を使用する拳銃です。マグナムは強装弾ですので、その威力は、他の三丁とは比較になりません」
「そんな物が、どうしてあの施設に?」
「恐らくは、研究員の中の誰かが秘密裏に所有していたものかと思われます。『MC』研究施設という性格上、武器に関しての規制が緩やかだったものですから。……反省しています」
「もういい。それで、持ち出された実弾の数は?」
「“ニューナンブM60”に使用する“38スペシャル弾”は数量が多く、よく把握できていません。ですが、“357マグナム弾”は、五発です。これは、間違いありません」
「五発、か」
そう韮沢総理が呟くと、
「それから……」
実に言い難そうに、おずおずと吉川長官が再び口を開いた。
「まだあるのかね?」
総理が、辟易とした表情を浮かべる。
「申し訳ありません」
「で、どんな銃だ?」
「いいえ、拳銃ではなく、火薬です」
「火薬?」
「はい。TNT火薬を十キログラムほど」
「十キロ? 重さで言われても分からんよ。例えば、その量を一度に爆発させたとするとどうなる?」
「仕掛け方によって大きく変わりますが、恐らくは、一般的なビルが二、三棟破壊されてしまうかと……」
「なるほど」
本気になった『MC』から被る損害としては大したことではないと思ったのか、総理は軽い返事をしただけで続けた。
「ところで、話は変わるが、『MC』研究施設の運営責任者は誰だったかな?」
「テロ対策が主たる目的の『MC』ですので、防災担当の内閣府特命担当大臣、小山田大臣です」
「では、その研究施設を守る立場にあるのは?」
「小山田大臣を長とする国家公安委員会の管理の下、我々警察庁が保護しています」
「宜しい。それでは最後の質問だ。今回の『MC』失踪の件、その責任は誰にある?」
びくりと肩を震わせたのち、俯きながら吉川長官は答えた。
「責任は、全て私に」
それを聞いた瞬間、韮沢総理は大きく笑った。
「いやいや、そうじゃないだろう。無理をしなくてもいい。意地悪な問いをしてすまなかった。責任は、君だけでなく小山田君にもある。無論、この私にも、だ。そうだろう?」
「いいえ、それは……」
返答に困る吉川長官に、総理は更に言葉を足した。
「私が言いたいのは、責任のありかを明確にするより、もっと大切なことがあるということだ。そもそも、小山田君に至っては、林田君のあとを継いだばかりで、何も知らないに等しいのだからな。そこで、事情をよく知っている君に頼みがある」
「何でしょう?」
そう問う吉川長官に韮沢総理は、一台の携帯電話を手渡しながら告げた。
「今から三十分後、この携帯に澪君から着信が入る。そこで君は、『MC』が持ち出した銃器について、私に話したように詳しく彼女に伝えて欲しいんだ。ただし、“TNT火薬のことは除いて”な」
「はい。承知しました」
総理の意図は分からなかったが、吉川長官は素直に従った。
「では、確かに頼んだぞ。それから合宿の件だが、“準備はできているので明日から決行する”とも伝えておいてくれ」
「合宿を? 予定より早いのでは?」
「澪君が願い出てきたんだ。“今のままで『MC』との交渉の場に出たとしても、一分と持たずに全員が射殺されてしまうでしょうから”と」
「そうですか。それにしても、仕事に主観を挿むことのない彼女が、予定の変更を申し出るとは驚きです」
「君もそう思うかね? 私もだよ。どうやら、澪君は、黒崎君とともに生活をする中で、その心に少しずつ変化が起きているようだ。ひょっとすると、六人の子供たちへの情も湧き始めているのかも知れない」
「それは困りましたね。私情を捨て、我々の指示する仕事内容のみを的確かつ忠実にこなせるからこそ、『MC』の教育係でいられたのだというのに。彼女は、それを忘れているのではないでしょうか? もし、宜しければ、私から言い聞かせておきますが?」
そう進言する吉川長官に、韮沢総理は小さく首を横に振って答えた。
「いや、それには及ばんよ。今回の件は、そのような澪君の心情の変化も、計算に入っているのだから」
「そうでしたか。出すぎた発言をしてしまい申し訳ありません。いやはや、総理の描かれている絵は、私のような者には理解が……。お見逸れいたしました」
頻りに敬服している様子を見せる吉川長官だったが、その言葉どおり、“何ゆえ、澪の心情の変化までが計算に入っているのか”については分からないでいた。
「では、電話の件、宜しく頼んだぞ」
最後にそう念を押すと、韮沢総理は、ソファーから立ち上がり、部屋をあとにして行った。
三十分後。時間どおりに澪からの着信があり、吉川長官が電話に出た。彼は、韮沢総理から指示されたままを彼女に伝えた。
「承知しました。では、明日のお迎えを待っています。韮沢総理には、ご配慮いただき感謝しております、とお伝えください」
丁寧だが抑揚のない何時もの口調で、澪は礼を述べた。
「あぁ、分かった。伝えておく」
TNT火薬のことを話していないため、後ろめたさを覚えながら吉川長官は電話を切った。同時に、ほんの一瞬、嫌な予感が頭の中をかすめたが、彼は無理矢理それを振り払った。




