第三章 『全員集合』⑦
廊下に出た黒崎を澪が待っていた。
「お疲れさまでした。黒崎先生」
「ん? 何や、待っとってくれとったとや?」
白々しく黒崎は言った。彼は知っていたのである。自分の行動は、逐一、澪に監視されているのだということを。
「それで、竹田さんとはどのようなお話を?」
そう澪が問う。
「わざわざ聞くっちことは、部屋の盗聴はやっとらんか……」そんなことを考えながら、黒崎は答えた。
「別に大した話はしとらん。ただ、ちょっと若者に、生きる希望を与えよっただけたい」
「生きる希望、ですか?」
「そうたい。去年の全国大会で優勝してから、恭也は、ずっと死んだごたる目ばしとったからなぁ。剣の道を生きる上で自分より強か男の存在。それが、今のあいつにとっての生きる希望たい」
黒崎は、自信たっぷりに腕を組んで見せた。
「そうですか。私にはよく理解できませんが。何にせよ、現在の黒崎先生は指揮官というお立場です。勝手な行動は、たとえ受け持ちの生徒さんであっても慎んでいただきたく……」
「分かった、分かった。次からは気をつける」
まるで、「明日から勉強頑張る」と言い訳する子供のように、黒崎は適当な返事をした。
「それでは、私は準備がありますので、失礼いたします。黒崎先生は、指揮官室にてお寛ぎください」
「えー? また、あそこね」
黒崎は、あからさまに嫌な顔をした。
「指揮官室の環境に、何かご不満でも?」
「不満だらけばい。テレビは見られんし、ラジオすら聞けん」
「申し訳ありません」
「あんたのその言葉は、もう聞き飽きたばい」
「申し訳……」
再び謝ろうとする澪を、黒崎は遮った。
「もうよか。準備があるとやろ? 早く行け」
「はい。失礼します」
深々と頭を下げると、澪は、黒崎に背を向けて廊下を歩き出した。
そこに、急に何かを思い出したように黒崎は呟いた。
「あ、そうたい」
それに反応し、澪が振り返った。
「何でしょう?」
「いや、……ありがとうな」
「え? 何が?」
「貴方は何者なんですか? そうレオから聞かれた時、咄嗟に誤魔化してくれたことたい」
「あぁ、あれですか」
「そう、それたい。いやぁ、助かったばい」
黒崎がありがたがって見せる。
その前で澪は、彼女にしては珍しく、少し戸惑いがちに答えた。
「いえ、別に。……仕事ですから」
「仕事? あれは仕事じゃなかろう。仕事ば優先させるとやったら、あの場合、俺に過去を喋らせたほうが、話は円滑に進んだはずばい」
「仕事です」
それでも澪は、頑なにそう返事をした。
「仕事、か。まぁ、それやったらそれでも構わん。俺が感謝しとることに違いはなかとやけん。それに、俺には、あんたが悪か奴とはどうしても思えん。何の因果で『MC』に殺人術を教えることになって、今ここにおるとかは知らん。ばってん、そのうちに教えてくれんね? 仕事じゃなくて、本当のあんたの心の中を。今回の件について、あんたが何を考え、何を思っているのかを」
黒崎が澪に微笑みかける。
「……」
澪は、黙って黒崎を見つめ返した。その表情は、何かを語りたそうな様子でもある。
だが、彼女は、
「……失礼します」
と会釈をするだけで、急ぎ足でその場を去ってしまった。
澪の姿が消えた廊下に立ち、黒崎はそっと小さく呟いた。
「一遍凍ってしまった人の心ば溶かすとは、難しかねぇ」
そして、また彼も、指揮官室へと向かって歩き出すのだった。
数十秒後。誰もいなくなった廊下に、会議室から千鶴の声が聞こえてきた。
「ちょっと、いきなり目の前でズボン脱がんといてよ、豊! 男は廊下で着替えてや。……あ、レオ君はえぇねんで、どんどん脱いで。何やったら、ウチ、着替え手伝うわ」
まるで体育の授業前のような会話だが、これから行われるのは、バスケットボールやサッカーではない。自らの生命を懸けた交渉に出るための訓練である。
しかし、六人が、“本当の意味”でそれを理解するのは、もう少しあとのことだった。
この日から彼らは、地下射撃場に設置された人形の標的に向かい、ひたすら引き金を引き続けた。




