第三章 『全員集合』⑥
「そ、それは……」
言葉を詰まらせる恭也のあとを、豊が継いだ。
「拳銃。“ニューナンブM60”だ」
「お詳しいですね、小柳さん。そのとおりです。この“ニューナンブM60”は、日本製の三十八口径リボルバーで、警察官が所持している拳銃として有名です。昔は、銃身部分が七十七ミリと長かったのですが、現在では、このように五十一ミリが主流になっています。当然、重量も軽くなりました。そのため、中学生である皆さんにも扱い易いと判断し、これを採択したのです。因みに、『MC』も同じ物を三丁、失踪の際に研究施設から持ち出しています」
「扱い易い? じゃあ、ひょっとして、僕たちがやることって……」
「はい。射撃の訓練です」
何の躊躇いもなく、澪は返答した。
「そんなの、おかしい。……おかしいよ」
呻くようにそう呟いたのは亜依だった。
彼女の呟きは、次第に、悲鳴にも似た訴えへと変わっていく。
「澪さん。貴女、自分で仰っていることが分かっているんですか? 私たちは、ごく普通の中学生なんですよ。銃なんて撃てるわけがないじゃないですか。っていうか、撃てたとしても撃ちません。絶対に! 嫌です! 大体、失踪したその四人と私は、何の関係もないんです。……もう、帰らせてください」
言葉の最後は、涙で擦れた声になっていた。
「そう、ですか」
そんな亜依の姿を眺めながら、澪が小さく溜め息を吐く。どうやら呆れているようだ。
だが、亜依にとっては、このまま帰ることができるのならばそれでもよかった。僅かな期待を瞳にこめて、彼女は澪を見つめ返した。
ポーカーフェイスを保ったまま、澪が静かに口を開いた。
「仕方、ありませんね」
「帰らせてくれるのだろうか?」亜依の心の中で、期待が一気に膨らむ。
だが、澪は、手に持つ拳銃をゆっくりと構えながら告げた。
「山瀬亜依さん。たった今、貴女は、今回の作戦において不必要な人間であることが判明しました。因って、死んでいただきます」
拳銃の照準が、亜依の額にぴたりと合わせられ、止まった。
「……え?」
瞬きもできず、亜依は自分に向けられた銃口を見た。その穴は、まるで死神の棲み家であるかのような漆黒の闇として、彼女の両眼に映っていた。
「それでは、山瀬さん。お疲れさまでした」
澪の細い指が、引き金にかかる。言葉は変わりなく丁寧だが、どうやら本気のようだ。
そこに、
「ちょ、ちょい待ち!」
慌てて恭也が止めに入った。
「竹田さん、どうしました?」
顔と銃は亜依に向けたまま澪は尋ねた。
「どうしました、じゃなかよ。あんた、人を殺そうとしよるとばい」
「はい、承知しています」
「じゃあ、それが良かことかそうじゃなかかも、分かっとるよな?」
「はい」
「それやったら、手ば降ろせ」
「本当に、降ろしていいのですか?」
そう澪が問う。
「どういう意味や?」
恭也は気色ばんだ。
「今回、皆さんが交渉していただく相手は、ただの子供ではありません。銃を所持した『MC』です。話し合いの最中に、いえ、出会い頭から銃撃戦となる可能性も十分に予測できるのです。その際、山瀬さんのような方がいらっしゃると、他の皆さんの生命を脅かすことになるかも知れません。それでも宜しいのですか?」
澪は、亜依から恭也へと、ゆっくり視線を移した。
感情が読めないその瞳を睨み据え、恭也はきっぱりと答えた。
「構わん。目の前で殺されそうになっとる人間ば見捨てるとか、俺にはできん」
「オラも同じだ」
突然、恭也の後ろから低い声が聞こえてきた。清次郎だ。
「ん? 何や、おっさん、おったとや? ずっと黙っとるけんけん、存在ば忘れとったばい」
恭也が悪態を吐く。
だが、その顔は、自分の意見に賛同してくれる者が現れたことで緩んでいた。
それだからか、
「煩せぇ。男はベラベラと喋らねぇもんだ」
そう言い返す清次郎も、別に怒っている様子ではない。
「おっと、こっただ奴さ相手にしてる場合じゃねがった」
呟くと清次郎は、恭也から澪へと体を向け直して続けた。
「『MC』の四人は、オラが責任を持って連れてくる。だから、手さ降ろしてけろ」
澪は答えた。
「山川さん。貴方は、明治時代には海外にまでその名を轟かせた山川流総合格闘術の現師範代。その実力は大きく評価されています。しかしながら、飛び道具を所持した『MC』が相手となると、さすがの貴方でも一筋縄ではいかないかと……」
「じゃじゃじゃ。山川流をなめるでねぇ!」
「申し訳ありません。ですが、差し出がましいようですが、それが真実です」
「分がった。そこまで言うなら、どっちが強ぇのか自分の目で確かめてみたらいいじゃ。ただし、その女を殺さねぇのが条件だ。殺すなら、オラは、『MC』とは会わねぇ」
清次郎が真っ直ぐに澪を見据える。
これには、澪も折れるしかなかった。
「仕方ありません。今回の作戦において、山川さんを外すわけにはいきませんから」
彼女は、漸く拳銃を腰に戻した。
「ふう」と、誰からともなく安堵の空気が流れる。
しかし、その中で、銃口を向けられていた亜依だけは、全身を震わせながら焦点の合わない目でどことも分からない場所を見つめていた。
「それでは」
そう前置きし、何事もなかったかのように澪は告げた。
「これより、皆さんを地下射撃場へと案内いたしますが、その前に、着替えを準備しておりますので、お召し替えをお願いします。十分後、再び迎えに上がります。なお、今後、任務完了までの間、当施設からの勝手な外出及び訓練の放棄は認めません。もし、背かれた場合、どなたであれ即刻処分の対象とさせていただきます。ご承知おきください。それから、竹田さんが気になさっていた学校ですが、皆さんは本日より“病欠”ということになっております。ご安心ください。では、のちほど」
初めに挨拶した時と同様、六人に向かって丁寧に頭を下げると、澪はドアを開けて黒崎を促した。
「そしたらな」
軽く手を挙げ、黒崎が会議室を出ようとする。
その背中に、
「あっ! ちょっと待った!」
恭也が声をかけた。
「何や?」
「ちょっと聞きたかことがあるとやけど、よかね?」
「あぁ、構わんばい」
そう返事をすると黒崎は、先に部屋を出るよう澪に手で合図をした。
「失礼致します」
指示どおり澪が去り、ドアの閉まる音が聞こえる。
それを待ってから恭也は、黒崎へと近づき、何かを耳打ちした。
「あぁ、強かよ。多分、お前よりも強か」
黒崎がそう返事をする。
「やっぱりか」
嬉しそうに恭也は大きく頷いた。その両眼は、腕を組み横を向いている清次郎の顔をしっかりと捉えていた。
「話は、それだけや?」
「あぁ。呼び止めてすまんやったね。……ありがとう」
「……ありがとう」久しく耳にしなかった彼の感謝の言葉に、黒崎は一瞬驚きの表情を見せたが、それには気づかぬ風を装い、会議室をあとにして行った。




