101 「いまのお手伝い君は……嫌いだよ」
一話1000字前後の短編連作です。
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お手伝いさんの様子がおかしいことに気付き、一歩後ずさる錬金術士。
そのまま背後から一思いに貫いてしまわなかったのは、いままで長い時間お世話になったお礼だとでも言いたいのだろうか。
「クッソがぁ……!」
膝をついて見ているしかない師匠は歯噛みする。
こうなることを分かっていたはずはないが、彼は戦いの中で〝死ななくても痛みは感じる〟ことに気付いていた。だからこそ死なない程度にいたぶってダメージを蓄積させ、師匠を行動不能に陥れていたのだった。
「お手伝い……く、ん?」
こうして至近距離まで近付いてようやく理解する。師匠が今の彼のことを「別人」と言っていた訳を。
……こんなにも冷たくて空っぽな瞳を宿すような人ではなかったから。
「何ですか、先生? オレに言いたいことがあるなら、最期の言葉として聞いてあげますよ」
やはり感情の感じられない冷めた声音。いつもの暖かな思いやりの感じられる優しさは微塵も無い。
本当に別人なんだと、分かってしまった。
「お手伝い君は『オレ』なんて似合わないよ……『僕』って、言ってよ……」
いったい何があったのか全く想像もつかないが、これだけは分かる。
心の底からの、紛れも無い本音だ。
「いまのお手伝い君は……嫌いだよ」
彼女の知っているままであれば、きっと相当なショックを受けただろう。頭を抱えて、部屋の隅っこで膝を抱えるに違いない。
だが、違った。
「そうですか」
あっさりとした、あっけない返事。
錬金術士の言葉など少しも響いていないような、聞こえてすらいないような、無感動そのものだった。
「では」
ついにヴィオがその胸を貫こうと腕を引き絞った時、奇跡が舞い降りる。
「——きゃんっ」
後ずさると何かに足を取られて尻餅をつく錬金術士。そして吹き荒れる強風に捲れ上がるスカート。
錬金術士の顔はみるみるうちに真っ赤になっていく。
「…………っ」
その程度で彼が狙いを外すはずがないが、目を見開いて瞬間冷凍されてしまったかのように動きが固まった。
師匠は何が起こったのか、理解できなかった。
絶好のチャンスである瞬間を、見逃した?
「あ、あれは……っ!」
目を凝らして、そして彼が固まってしまった原因を紐解き、呆れる師匠。
錬金術士の両足に8の字に絡まる布。
「パンツだ……ずり落ちたパンツでこけやがった」
運良く、いや運悪く吹いた強風でスカートがふんわりと持ち上がったということは、彼は見てはいけないものを見てしまったのだ。
錬金術士の顔がゆでだこになっているのがいい証拠。
その布は、彼女のお気に入りだったものだが、以前お手伝いさんが洗濯をしている時にゴムを切ってしまっていたのだ。
確認した時はなんともなかったが、このタイミングでついに果てたらしい。
「す」
彼は目にも留まらぬ早業で姿勢を正し、
「みま」
人一人飛び越えられそうなほど高くジャンプ。
「せん」
空中で体を丸め、
「でしたァ!!!!」
土下座の態勢のまま硬い地面に両膝と頭を打ち付けた。
衝撃を吸収しきれなかった地面から「ゴっツンッ!!」という激しい音を響かせて、動かなくなる。
僅かに陥没した地面に彼の血がトクトクと満ちていく。
「お、お手伝いく〜ん!?」
彼は、これ以上ない美しい土下座のまま、気絶していた。
次回第102話「——そして」
お楽しみに!




