8. 相沢桃果①
※この話はももか視点です。
「ねえねえ、ももかさんが初めて一人で敵をやっつけたのっていつ?」
そう聞いてきたのは、私の可愛い後輩――鈴原結花ちゃんだった。
結花ちゃんは今、私の見習いとして魔法少女になるための修行をしている。
でも、実は私にも同じような時期があった。
私も昔、カンナさんのところで見習いをしていたのだ。
それは、今からちょうど三年前。
まだ私が、今の結花ちゃんと同じ三年生だった頃の話。
「私が初めて敵を倒したのはね、結花ちゃんと同じ三年生の時だよ」
そう答えると、結花ちゃんの目が輝いた。
「やっぱり、ももかさんはすごいなぁ・・・! その時のお話、聞きたいなぁ」
その顔を見ると、つい何でも話してあげたくなる。
だけど。
私は少しだけ迷ってから、首を横に振った。
「うーん・・・その話は、結花ちゃんが一人前になってからにしようかな」
「えー!」
結花ちゃんは不満そうな顔をする。
でも、こればかりは仕方がない。
だって。
あの日の勝利は、私が胸を張って自慢できるようなものではなかったから。
むしろ。
私はあの日のことを、ずっと忘れられずにいる。
あれは、三年前のある日のことだった――。
その日、私たちの小学校は授業を切り上げて午後は休校になった。
理由は、町に敵が現れたという連絡が入ったから。
『機械の国』から来たロボット型の敵が、人を襲っているらしい。
校庭に集められ、家の方向が近い子同士でグループを作る。
先生たちは何度も、
「寄り道しないで、まっすぐ帰ること」
「危ないと思ったらすぐ逃げること」
と言っていた。
そして、小学校と同じく中学校も休校になっていて、私と同じ方向に帰ることになったのは――。
「ゆうたん!」
鈴原裕太さん。
結花ちゃんのお兄さんだった。
私が裕太さんのことを「ゆうたん」と呼んでいたのには理由がある。
私がまだ小さくて、うまく言葉を話せなかった頃。
本当は「裕太さん」と呼びたかったのに、どうしても言えなくて。
気がついたら「ゆうたん」になっていた。
その呼び方は、今でも変わっていない。
「『機械の国』のロボットが町に出たらしいから、気をつけて帰ろうね」
ゆうたんは、私を心配してくれていたんだと思う。
でも、その時の私は少し調子に乗っていた。
「ロボットなんて怖くないもん」
胸を張って言う。
「もし出てきても、私がゆうたんを守ってあげる」
もちろん、本気だった。
私は昔から魔法少女が大好きだった。
そして、大好きな人を守るのは魔法少女の役目だと思っていた。
それに・・・。
少し恥ずかしいけれど。
ゆうたんに「すごいね」って言ってもらいたかった。
「はは・・・ももかは勇ましいな」
ゆうたんは笑った。
そして、優しく私の頭を撫でる。
「でも、カンナさんと一緒じゃない時は、ももかだって逃げないとダメだよ」
「はあい」
私は素直に返事をした。
ゆうたんは、いつだって私のことを考えてくれていた。
だから。
私は何も疑っていなかった。
まさか本当にその直後、私たちの前に敵が現れるなんて想像もしていなかったんだ。
「ももか!」
突然。
ゆうたんが大声で叫んだ。
「逃げて!」
私は一瞬、意味が分からなかった。
だって、さっき言われたことを、もう一度言われただけなのに。
どうして、そんな必死な声を出すんだろう・・・。
そう思った。
でも、気付いた時には敵は、もうすぐそこまで迫っていた。
私は反射的に、ゆうたんの言葉通り逃げようとした。
でも、一歩踏み出したところで、私は気が付いた。
ゆうたんの様子がおかしい。
いつも優しくて、何でも落ち着いているゆうたんが。
地面に座り込んでいた。
足がもつれて転んだのだ。
そして、震えていた。
その姿を見た瞬間、私は胸が締め付けられるような気持ちになった。
ゆうたんが怖がっている。
その事実が、私には信じられなかった。
もちろん、今なら分かる。
怖くない人なんていない。
初めて敵を見た時、誰だって怖い。
私だってそうだった。
カンナさんと初めて一緒に戦った時、私は泣いて動けなくなった。
何もできなかった。
ただ、カンナさんが戦っている背中を見ているだけだった。
私が強くなったんじゃない。
強かったのはカンナさんだった。
私は、ただその隣にいただけ。
なのに。
いつの間にか私は勘違いしていた。
魔法少女になったから。
変身できるようになったから。
敵と戦えるようになったから。
私はもう、怖くない人間になったんだと思っていた。
違った。
怖い。
本当は、今だって怖い。
でも。
今は、怖いかどうかじゃない。
私は自分で決めた。
私は――。
「ゆうたんを置いて逃げられないよ!」
初めて。
私はゆうたんの言うことに逆らった。
大好きな人を守りたかったから。
震える手を握りしめる。
そして。
私は叫んだ。
「マジカルゲージ、ファイナルランク!」
胸の奥から、魔力があふれてくる。
「プロモーション!!」
光が私の身体を包み込む。
「魔法少女ミラクルミニかんな、参上っ!!」
今思えば。
あの頃の私は、本当に小さかった。
だから名前も「ミニかんな」。
まだ正式な魔法少女ではなかった。
カンナさんがいなければ、一人で変身することだって禁じられていた。
でも。
この時だけは違った。
私は一人で変身した。
自分の意思で。
ゆうたんを守るために。
だから。
きっと勝てる。
そう思った。
敵のロボットは、私よりずっと大きかった。
腕を振り回されるだけで、吹き飛ばされそうになる。
光線のような攻撃が飛んでくる。
何度も倒れた。
痛かった。
怖かった。
もう無理だと思った。
それでも。
後ろを見る。
そこには、動けずにいるゆうたんがいた。
私は立ち上がった。
絶対に守る。
その気持ちだけで、身体を動かした。
夢中だった。
だから、どうやって最後の一撃を決めたのか、今でもはっきり覚えていない。
ただ。
気が付いた時には。
敵は動きを止めていた。
私が、一人で倒したのだ。
でも・・・。
その時の私には、勝利の喜びなんてなかった。
そんなことより。
「ゆうたん!」
私は急いで駆け寄った。
ゆうたんは、まだ地面に座り込んでいた。
「あはは・・・ももか」
ゆうたんは苦笑いする。
「カッコ悪いところ、見せちゃったね」
そう言って笑おうとしていたけれど。
声はまだ震えていた。
きっと怖かったんだ。
私はそれを見て思った。
怯えている人を安心させるには、笑顔が一番なんだって。
だから。
私も精一杯笑った。
自分だってボロボロだったけれど。
「敵はもうやっつけたから、大丈夫だよ!」
そう言った。
ゆうたんは私を見て。
「ありがとう」
と言った。
「ももかは勇気があって、本当にえらいな」
その言葉は嬉しかった。
でも。
ゆうたんの表情は、どこか寂しそうだった。
その時の私は、理由が分からなかった。
ただ。
私は褒めてもらえたんだと思っていた。
だから笑った。
これで全部大丈夫だと思っていた。
でも、その日を境に。
ゆうたんは、少しずつ私を避けるようになった。




