7. 喧嘩
ある日、あたしはカイトと大ゲンカをした。
原因は・・・。
「お前な、最近怠けてるだろ。ちょっと魔法が使えるようになったからって、いい気になってんじゃねえぞ。平和とか正義なんて、生半可な気持ちで守れるもんじゃないんだからな」
そんな風に、いつものように偉そうなことを言われたからだった。
だからあたしも、売り言葉に買い言葉で言い返してしまった。
「なによ!偉そうに言うけど、あんたたちが守れるわけ?実際に戦って守ってるのはあたしたちじゃない!あんたたちは守られてるだけじゃないの!」
言った瞬間、横にいたカナちゃんがあたしの脇腹を小さくつついた。
「結花ちゃん、それは言ったらダメだよ・・・」
カナちゃんの声は、いつもみたいにお兄ちゃんをかばう感じじゃなかった。
本気で止めようとしていた。
でも、その時のあたしはどうしても止まれなかった。
だって、カイトのやつはいつもそうだった。
あたしが魔法少女になるために頑張っていることを知っているくせに、何かあるたびに「甘い」とか「向いてない」とか言ってくる。
それに、この日のスポーツチャンバラの練習では、とうとうカイト相手に通算二十連敗目を喫したところだった。
もちろん、負けたこと自体は悔しい。
でも、それ以上に悔しかったのは、カイトがあたしよりずっと余裕そうな顔をしていることだった。
他にもいろいろ理由はあった気がする。
でも・・・もう、そんなことはどうでもいい。
とにかく、その時のあたしは理屈じゃなくて、ただカイトの言葉が許せなかったのだ。
「なんだよ。見習いのくせに守ってるつもりなのかよ」
カイトは冷やかな目であたしを見る。
「そんなんだったら、お前に正義なんて守れやしねえよ。魔法少女なんか、さっさと辞めちまえ」
いつもの憎まれ口。いつもの挑発。いつもと同じ。
なのに、その日はどうしても我慢できなかった。
「お兄ちゃん!もう少し優しい言い方しようよ~」
カナちゃんは困った顔で、あたしとカイトの間に立つ。
いつもそうだ。
あたしとカイトがぶつかるたびに、カナちゃんは間に挟まれて大変な思いをしている。
でも・・・それも今日で終わり。
今日こそ、カイトに思い知らせてやる。
そう思った瞬間、あたしは魔法を使っていた。
簡単だった。
スポーツチャンバラでは一度も勝てない相手なのに、魔法を使えばカイトの身体なんて簡単に吹き飛ばせた。
壁に叩きつけられ、むせ返りながら片膝をつくカイト。
そんなカイトを見下ろしながら、あたしは・・・。
今思えば、本当に恥ずかしいことだけど。
優越感に浸っていたんだ。
「これでも怪我しないように手加減してあげてるんだからね!これでも、あたしが怠けてるなんて言える?」
カイトは少し血の混じった唾を吐き出してから、あたしを睨みつけた。
「何度でも言ってやる。お前は怠けてるし、いい気になってる。お前に正義なんて守れねえよ」
その時、血を見て少しだけ怖くなった。
怪我をさせるつもりなんてなかった。
だけど、ここで引いたら負けだと思ってしまった。
あたしの魔法で、もう一度カイトの身体が浮かび上がる。
もちろん手加減はしている。
でも、さっきより強くしなければ、カイトは絶対に認めない。
そう思ってしまった。
二度目の攻撃のあと、カイトは立ち上がることもできなくなった。
「どう?これで思い知ったでしょ」
あたしは必死に強がった。
「本気を出したら、あたしの方が百億万倍強いんだからね。今度また偉そうなこと言ったら、絶対許さないんだから!」
だけど。
カイトは動けないほど傷ついているはずなのに、それでもあたしを見る目だけは変わらなかった。
鋭くて。
怖いくらい真っ直ぐな目だった。
その視線に、一瞬だけ背筋が冷たくなる。
「まだわかんないの!?」
三度目の攻撃をしようとした時。
とうとうカナちゃんが、あたしの前に立った。
「もうダメ・・・ダメだよ、結花ちゃん」
その瞬間。
正直に言うと、あたしは少しホッとした。
ダメなのは、自分でもわかっていたから。
でも、自分では止められなかった。
誰かに止めてもらいたかったのだ。
「・・・カナちゃんに免じて、今日だけは許してあげる」
そんな言い方しかできなかった。
本当は違う。
本当は・・・。
「でも、次も許してもらえるなんて思わないでよね!」
また憎まれ口になってしまう。
あたしは、こんなことを言いたいわけじゃないのに。
ようやく呼吸が整ったカイトは、ゆっくり立ち上がった。
膝についた汚れを払いながら、何も言わずにその場を去っていく。
いつものカイトなら、絶対に何か言い返してくるはずだった。
「チビ結花」とか。
「ニセピンク」とか。
そんなくだらないことを言って、またあたしを怒らせるはずだった。
なのに、何も言わない。
それが、どうしてか怖かった。
「あんた・・・ベソかいてんの?みっともない!悔しかったら何か言ってみなさいよ!」
自分でも意味のない挑発だとわかっていた。
ただ、何でもいいから反応してほしかった。
でも、カイトは振り返らなかった。
胸の奥に、ぽっかり穴が空いたような気がした。
本当は泣きそうなのは、あたしの方だった。
「結花ちゃん」
カナちゃんが静かに言った。
「今のは、結花ちゃんが悪いよ。ちゃんと謝らないとダメだよ」
・・・わかってる。
あたしだって、わかってる。
だけど素直になれなかった。
「カナちゃんまで、お兄ちゃんだからってかばうの?」
「違うよ」
カナちゃんの声が少し震える。
「そういうことじゃないでしょ」
そして、はっきり言った。
「お兄ちゃんと仲直りするまで、結花ちゃんとは口きかないから」
その言葉が、胸に突き刺さった。
「・・・仲直りもなにも」
あたしは背を向けた。
「・・・あんなやつ、最初から仲悪いもん」
そう言って歩き出した。
カナちゃんは追いかけてこなかった。
その背中が見えなくなった瞬間。
我慢していたものが全部あふれ出した。
涙が止まらなかった。
その晩、あたしは一晩中泣いた。
そして次の日。
教室で、いつも隣にいるはずのカナちゃんが、ものすごく遠い存在になってしまったことを実感して。
また泣いた。
そしてもう1日たって。
とうとう、あたしの意地が折れた。
ううん、最初から、そんな意地なんて張るべきじゃなかったんだ。
やっと、そう気づいたのだった。
だからその日の放課後。
あたしは謝りに行くことにした。
許してもらえないかもしれない。
もう遅すぎるかもしれない。
それでも。
あたしが全部悪かったって、ちゃんと伝えたかった。
でも、あたしが向かった先で待っていたのは、思っていたような展開じゃなかった。
カイトもカナちゃんも、あたしには会ってくれなかった。
玄関の前まで行って、何度も呼びかけたけど、返事はなかった。
代わりに出てきてくれたのは、カンナさんだった。
「結花ちゃん・・・」
カンナさんは、あたしの顔を見ると少しだけ悲しそうな表情をした。
きっと、全部聞いているんだ。
カナちゃんからも、カイトからも。
「カンナさん・・・あたし・・・」
謝らなきゃ。
ちゃんと謝らなきゃ。
そう思っているのに、言葉が出てこなかった。
喉の奥が詰まって、声にしようとすると涙になってしまう。
「結花ちゃん、落ち着いて」
カンナさんは優しく言った。
「話はだいたいカナルから聞いているわ」
やっぱり。
そう思うと、余計に申し訳なくなった。
「それにね・・・」
カンナさんは少し間を置いてから続けた。
「今は会いたくないって言っているけれど、二人とも結花ちゃんのことを待っていたんじゃないかなって、私は思うわ」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥にずっと乗っていた重たいものが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。
もちろん、本当かどうかなんてわからない。
カンナさんがあたしを安心させるために言ってくれているだけかもしれない。
それでも。
その言葉だけで、少しだけ前を向けた。
「あたし・・・」
涙がこぼれる。
「取り返しのつかないこと、しちゃったよ・・・」
しゃくり上げながら、あたしは言った。
するとカンナさんは、少し寂しそうに笑った。
「そうね」
その一言に、胸が痛くなる。
でも。
「魔法少女が、普通の人を魔法で傷つけるなんて・・・絶対にしてはいけないことだわ」
やっぱり。
怒られると思った。
当然だと思った。
だけど。
「でもね、今回のことは私自身も反省しなければならないと思っているの」
「え・・・?」
思わず顔を上げる。
カンナさんは、静かに続けた。
「私は今まで、魔法の使い方や戦う技術を教えることばかり考えていたわ。でも、本当に大切なのは、それをどう使うかという心の部分だった」
「・・・」
「桃果があまりにも真っ直ぐで優しい子だったから、私は少し勘違いしていたのかもしれない」
カンナさんは優しい目であたしを見る。
「結花ちゃんも、他のみんなも・・・魔法少女である前に、普通の女の子なんだもの」
その言葉に、胸が苦しくなった。
カンナさんはあたしを責めないようにしてくれている。
でも、だからこそ、甘えちゃいけないと思った。
「違います」
あたしは首を振った。
「そんなこと、全部わかってます」
声が震える。
「魔法で人を傷つけちゃいけないことくらい、わかってる・・・わかってたんです!」
一度息を吸う。
「今回のことは・・・あたしが悪かったんです」
「結花ちゃん・・・」
「カンナさんが教えてくれなかったからじゃありません。あたしが、自分で止まれなかっただけです」
言葉にすると、改めて自分がしたことの重さがわかった。
カイトが悪口を言ったから。
悔しかったから。
ムカついたから。
そんな理由で。
あたしは、大切な人を傷つけた。
「結花ちゃん」
カンナさんは、ゆっくりと言った。
「よく聞いてね」
あたしは顔を上げる。
「わかっていることと、実際にできることは違うの」
「・・・」
「ダメだと知っていても、感情が追いつかないことは誰にでもあるわ」
カンナさんの声は、とても穏やかだった。
「大事なのは、そこで終わらないこと」
「・・・」
「今回のことを本当に反省したなら、次は同じことをしないようにする。それが成長するってことだと思うわ」
あたしは小さくうなずいた。
「・・・でも」
声が震える。
「カイトもカナちゃんも・・・もう許してくれないよ」
その言葉を聞いて、カンナさんは少し考えるような顔をした。
「そうね」
そして、優しく続けた。
「人を許すっていうのも、簡単なことじゃないから」
「・・・」
「許してあげる側にも、勇気がいるのよ」
カンナさんは少しだけ笑った。
「例えばだけど」
「今回、結花ちゃんがあんなことをしてしまったのは・・・カイトが意地悪だったからよね?」
あたしは黙ってうなずいた。
「じゃあ、カイトのことが大嫌いだった?」
その質問に。
あたしはすぐには答えられなかった。
違う。
そうじゃない。
カイトのことが嫌いだったわけじゃない。
ただ。
意地悪されるのが嫌だった。
悔しいことを言われるのが嫌だった。
本当は。
カイトに認めてもらいたかっただけなのかもしれない。
「・・・違います」
小さな声で答える。
カンナさんは、優しく微笑んだ。
「そうよね」
「カイトも、きっと同じなんじゃないかな」
「え・・・?」
「カイトも結花ちゃんのことが嫌いだから怒ったんじゃないと思うわ」
その言葉に、胸が締め付けられる。
「だから、すぐに仲直りできなくても大丈夫」
「・・・」
「時間はかかるかもしれない。でも、本当に大切な相手なら、いつかまた向き合えると思う」
カンナさんはそう言った。
その笑顔は、いつもの優しい司令官の笑顔だった。
『魔法の国のプリンセス』
肩書だけじゃなく、みんなから慕われる理由が、少しだけわかった気がした。
「だから、結花ちゃん」
「はい・・・」
「今できることをしましょう」
「・・・謝ります」
あたしは涙を拭いた。
「ちゃんと、自分の言葉で謝ります」
「うん」
カンナさんは頷いてくれた。
その日の帰り道。
まだ胸は痛かった。
カイトに許してもらえるかもわからない。
カナちゃんが、また親友に戻ってくれるかもわからない。
でも。
逃げることだけは、もうしたくなかった。
魔法少女になるっていうのは。
強い魔法を使えることじゃない。
間違えた時に、自分の弱さを認めることなのかもしれない。
そう思った。
次回からしばらく過去編に入ります。




